209 / 339
第六章 引き受けるもの
終 白い花
しおりを挟む国境から三津国城を見つけた舜海が、嬉しそうに声を上げた。
「おお! 城や! ひっさしぶりやのぅ!」
「やっと着いた……」
柊は疲れた声でそう言うと、肩をぐるぐると回してやれやれと息を吐いている。
「柊、お前そんなに疲れやすかったか? もう歳なんじゃないか?」
と、そんな柊を千珠がからかう。
「なっ、そんなことはありません。そもそも、千珠さまが俺に小言を言われるようなことばかりするから、俺の苦労が増えて説教に割く時間が増えるわけで……」
「ああもう、五月蝿い!」
千珠はぷいとそっぽを向くと、さっさと先に城の方角へと走り始めてしまった。
「あっ、ほらまた! そうやって集団行動をせずに……」
「お前、この二年で苦労したんやな……。老けるわけや」
舜海が気の毒そうにそう言うと、柊はむっとしたような顔で舜海を振り返り、
「やかましいな! 老けてへんわ!」と怒鳴った。
「こういう喧騒が、懐かしいでござんすなぁ」
宇月は呑気にそんな事を言い、無言で山吹も頷く。
千珠は愛馬の朝霧に乗って、心地良い春の風の中を駆けた。
馴染んだ居場所が近づくにつれ、心が軽くなり、気持ちが緩むのを感じる。
千珠はふと、夜顔を想った。
――夜顔。
お前にもいつか、故郷と呼べる場所が出来るのかな。
時間はかかっても、素直に笑える日が来るのだろうか。
また、会うことがあるのかな。会いたいな。
大きくなった、お前と……。
千珠は微笑みを浮かべながら、徐々に徐々に大きくなる三津國城を見上げて走った。
桜の花びらがひとひら、千珠の頬をかすめてゆく。
❀ ❀ ❀
夜の風が暖かくなってきたある日のこと。
二人は小さな砂利を踏みながら、川の畔を手をつないで歩いていた。
そよそよと、心地良い川の流れの音が耳をくすぐる。りんりんという虫の声と、風が草を薙ぐ優しい音が、二人を優しく包み込む。
夜顔は、自分と手をつなぐ大柄な男を見上げた。
その視線に気づくと、藤之助はにっこりと笑顔を見せる。
微笑まれると嬉しくて、夜顔はぎこちなく同じ表情を作ろうとした。でもそれは、まだうまくいかなかった。
ふと藤之助の手が、夜顔の頭の上に置かれた。
「お、ほらご覧、これが夜顔だよ」
不意に脚を止めた藤之助の声のする方に目を向けると、そこには夜闇に咲く白い花が見えた。
「よる、がお……?」
「そう、これが夜顔という花だ。お前の名前と一緒だ」
「いっしょ?」
「ああ、一緒だ。お前によく似ているだろう」
夜顔は、その美しい花をじっと見つめた。鼻を寄せて、匂いを嗅ぐ。
「いい、におい……」
「そうだろう」
藤之助は微笑んだ。
「いっしょ」
「うん、そうだね」
「とうのすけと、よるがお……ずっと、いっしょ」
藤之助は、夜顔の言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにくしゃくしゃと破顔した。
「ああ、ずうっと一緒だよ。夜顔」
夜顔が笑う。
藤之助の笑顔を真似るように、顔を綻ばせて。
うれしい、うれしい。
二人は再び手をつないで、夜の道を歩く。
新しい家族。
これからは、穏やかに生きていく。
いつまでもいつまでも、一緒に。
終
12
お気に入りに追加
237
あなたにおすすめの小説



禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる