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第六章 引き受けるもの
終 白い花
しおりを挟む国境から三津国城を見つけた舜海が、嬉しそうに声を上げた。
「おお! 城や! ひっさしぶりやのぅ!」
「やっと着いた……」
柊は疲れた声でそう言うと、肩をぐるぐると回してやれやれと息を吐いている。
「柊、お前そんなに疲れやすかったか? もう歳なんじゃないか?」
と、そんな柊を千珠がからかう。
「なっ、そんなことはありません。そもそも、千珠さまが俺に小言を言われるようなことばかりするから、俺の苦労が増えて説教に割く時間が増えるわけで……」
「ああもう、五月蝿い!」
千珠はぷいとそっぽを向くと、さっさと先に城の方角へと走り始めてしまった。
「あっ、ほらまた! そうやって集団行動をせずに……」
「お前、この二年で苦労したんやな……。老けるわけや」
舜海が気の毒そうにそう言うと、柊はむっとしたような顔で舜海を振り返り、
「やかましいな! 老けてへんわ!」と怒鳴った。
「こういう喧騒が、懐かしいでござんすなぁ」
宇月は呑気にそんな事を言い、無言で山吹も頷く。
千珠は愛馬の朝霧に乗って、心地良い春の風の中を駆けた。
馴染んだ居場所が近づくにつれ、心が軽くなり、気持ちが緩むのを感じる。
千珠はふと、夜顔を想った。
――夜顔。
お前にもいつか、故郷と呼べる場所が出来るのかな。
時間はかかっても、素直に笑える日が来るのだろうか。
また、会うことがあるのかな。会いたいな。
大きくなった、お前と……。
千珠は微笑みを浮かべながら、徐々に徐々に大きくなる三津國城を見上げて走った。
桜の花びらがひとひら、千珠の頬をかすめてゆく。
❀ ❀ ❀
夜の風が暖かくなってきたある日のこと。
二人は小さな砂利を踏みながら、川の畔を手をつないで歩いていた。
そよそよと、心地良い川の流れの音が耳をくすぐる。りんりんという虫の声と、風が草を薙ぐ優しい音が、二人を優しく包み込む。
夜顔は、自分と手をつなぐ大柄な男を見上げた。
その視線に気づくと、藤之助はにっこりと笑顔を見せる。
微笑まれると嬉しくて、夜顔はぎこちなく同じ表情を作ろうとした。でもそれは、まだうまくいかなかった。
ふと藤之助の手が、夜顔の頭の上に置かれた。
「お、ほらご覧、これが夜顔だよ」
不意に脚を止めた藤之助の声のする方に目を向けると、そこには夜闇に咲く白い花が見えた。
「よる、がお……?」
「そう、これが夜顔という花だ。お前の名前と一緒だ」
「いっしょ?」
「ああ、一緒だ。お前によく似ているだろう」
夜顔は、その美しい花をじっと見つめた。鼻を寄せて、匂いを嗅ぐ。
「いい、におい……」
「そうだろう」
藤之助は微笑んだ。
「いっしょ」
「うん、そうだね」
「とうのすけと、よるがお……ずっと、いっしょ」
藤之助は、夜顔の言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにくしゃくしゃと破顔した。
「ああ、ずうっと一緒だよ。夜顔」
夜顔が笑う。
藤之助の笑顔を真似るように、顔を綻ばせて。
うれしい、うれしい。
二人は再び手をつないで、夜の道を歩く。
新しい家族。
これからは、穏やかに生きていく。
いつまでもいつまでも、一緒に。
終
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