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第三章 陰陽寮のひとびと
一、翌朝
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夜が明けたらしい。
薄ぼんやりとした光が差し込んでくるのを肌で感じた千珠は、うっすらと目を開いた。
見慣れない天井。頭を巡らすと、傍らで黒装束を着込んだままの舜海が眠っていることに気がつく。
そういえば、舜海の寝顔を今まで一度も見たことがない。舜海はいつも千珠を見守って、夜通し起きているからだ。
久方ぶりの情事で疲れたのだろうか。それとも、陰陽寮の中にいる安心感なのか、舜海は千珠が起き上がってもまだ、微動だにぜず眠っている。
うつぶせになって眠っている舜海の、広い背中に手を添えてみた。引き締まった背筋が、掌の下で規則正しく上下している。
あの後、舜海は千珠の身体をきちんと清めてから眠りにつかせてくれた。着替えてくると言って舜海がその場を離れている間に、千珠は眠ってしまったらしい。
久し振りに重ね合った身体は、あちこちに痛みを残していた。舜海を深くまで誘い込んだ腰はずしりと重く、鈍い痛みがうずくまっている。舜海の体重を受け止めるために大きく開いていた脚の付け根も痛い。
互いの顔を見ていたかったから、自然と向かい合う体位ばかり選んでいたせいもある。それでも、今の千珠にはその痛みすら、甘く心地よかった。
早く早くと急く千珠を宥めながら、どこまでも優しく丁寧に事を運んでくれた舜海。焦れて焦れて熱く蕩けた身体に、敢えてゆっくりと入ってきては、緩やかな抜き挿しで、余す所なく舜海のものを感じさせられた。
それでももっと深く入ってきて欲しくて、千珠は自ら腰を揺らして舜海を誘い込み、舌を吸い、全身全霊で舜海を求めた。思い出すと、また身体の最奥が切なく疼く。
声は、途中までは我慢していたはずだけど、途中からよく覚えていない。誰かに聞かれていなかったかと、今になって恥ずかしくなる。
交わりによって気が高まったおかげか、妖気は十分に満ち、心も穏やかだ。
千珠は舜海の横顔を眺めながら、昨日言われたことを思い出していた。
――あの子のために、自分がなすべきことは何だろうか……。
「……起きてたんか」
白い朝日に染まる障子を見つめて考え事をしていた千珠は、舜海の掠れた声に我に返った。
「うん。よく寝てたな、珍しく」
「お前に精気吸われて、ばてばてや」
「……そりゃ悪かったな」
千珠は少し顔を赤くして、素っ気なくそう言った。舜海は笑いながら起き上がる。
「それもあるけど、夜中のうちに業平殿にお前の話を伝えておいた。あの子どものこと、調べてくれるそうや」
「ほんとか?」
「ああ、少し時間はかかるやろうがな」
「そっか、すまないな」
「そっちのほうが、陰陽師衆としてもも策を立てやすいってさ」
「なるほどね。……良かった」
何やらしげしげと舜海に見つめられ、ぐいと腕を引かれてその身体を抱き寄せられた。千珠は力を抜いて、されるがままにもたれかかる。
衣越しに、互いの体温を感じる。舜海は深呼吸をすると、千珠の首筋に顔を埋めてきた。
「……お前の匂い、ええ香りや」
「そうかな……」
「うん。かすかに甘い……せやな、桜みたいな香りやな」
「桜……?」
「ああ」
首にかかる髪の毛をかき上げられ、耳の後ろに唇を寄せられる。それだけの動きなのに、千珠はびくりと身体を反応させてしまう。
舜海は低く笑って、千珠を更に強く抱きしめながら囁いた。
「気持ちええんか?」
「……そうじゃない」
「じゃあ、何で……こんなに身体が反応するんや?」
「ぁ、んっ……」
うなじを這う、弾力のある唇。背筋を指一本で撫で上げる、あざとらしい動き。昨日の行為を彷彿とさせる指使いに、千珠はたまらず声を漏らした。舜海は、楽しげに笑う。
「この程度で感じてんのか。昔より更に感じが良うなったんちゃうか」
「なってな……あっ!」
「誰か他の男と、こんなことせぇへんかったやろな?」
「し、してない……っしてないよっ……」
「ほんまか?」
どうせ、千珠がそんなことを出来やしないと分かっていて言っているのだろう。舜海は意地の悪い笑みを浮かべながら、背後から千珠の襟元に手を差し込み、昨夜の名残を指で捏ねくる。
「あっ、やめっ……!」
「ここも、前より感度良うなってへんか?自分で弄ってたんやろ」
「し、してないっ!! そんなこと!」
千珠はむきになって声を荒げるが、その声は舜海の唇に塞がれてしまう。舜海の濃厚な口付けには抵抗出来ず、一瞬にしてへなへなと力が抜ける。
「……やめろ、よ」
「ほんまにそう思ってんのか?」
「もう……朝だ」
「関係ないやろ」
舜海は力なく抵抗を示す千珠の手をねじり上げると、伸し掛かって蒲団に押し付けた。微かな痛みに、千珠は顔をしかめる。
「……痛い」
「千珠、気持ちええならもっと欲しがれ」
「あ……んっ、ち、調子に……乗るな……よ!」
腕を囚われ、鎖骨を吸われながら千珠は喚いた。しかし身体は言うことを聞かず、舜海の思うままにされていく。
「また……誰か来たら……」
「まだ大丈夫やろ」
「声、聞かれたら、はずかしい、から……っ」
「我慢しろ」
「ふ、ん……いやっ、だめだよっ……」
「大丈夫やから」
「大丈夫ちゃうやろ。ええ加減にせぇ、この変態生臭坊主が」
不意に、障子の外で柊の声がした。そしてすらりとした長身の影が現れる。
二人はぎょっとして、その影を見上げた。柊が腕を組むような動きをしたことが、影の動きで分かる。
「ちょっと待っててやるから、ふたりとも取り敢えずその格好を何とかせぇ。俺、入られへんやん」
「ひ、柊……」
舜海は慌てて千珠から離れると、自分からさっと障子を開く。朝日を浴びた忍装束の柊が、柱ににもたれかかって仏頂面をしていた。
出てきた舜海をじろりと見ると、柊はやれやれと肩をすくめた。
「こんな大事なときに、千珠さまにちょっかいを」
「……すまん。というか、お前いつからここにおったんや」
「千珠さまが起きた気配があったから、声かけようとしたらお前も起きてきた」
「じゃあ殆ど聞いてたんかい!!」
「機会を窺っていたらそうなっただけや」
「……ったく」
舜海は赤面しつつ、ちらりと柊の顔を見る。柊はにやにや笑いながら顔を近づけてくると、小声で舜海に囁いた。
「昨晩は久しぶりに楽しんだんか?」
「……そんなんちゃうわ」
「随分とお疲れのようだが」
「やかましい!」
「お前もな」
障子が開いて、浴衣をきちんと着直した千珠が微妙な表情で立っていた。二人に中に入るよう促すと、後ろ手に障子を閉める。
柊は意味ありげににやりと笑うと、「三人揃うのも、久し振りですね」と言った。
「覗きも大概にしろって言ってるだろ」
千珠はため息混じりにそう言いながら、蒲団を畳んでその上にあぐらをかく。気を取り直すように軽く咳払いをすると、「槐、どうだった?」と尋ねた。
「まぁ、あれだけ恐ろしい物を見た割には,落ち着いてたな。千瑛殿に大目玉を食らっていたが」
「へぇ、父上も怒るんだな」
「槐はちょろちょろとよう動くからな、生意気やし」
と、舜海が口を挟む。
「まぁ、千珠さまのことを心配してはったよ。けどまぁ、この様子なら大丈夫やな。昼から千瑛殿とここへ来る予定や」
「そうか」
「舜海は槐に剣を教えてるそうやな。千瑛殿に聞いてん」
「へぇ、お前が?」
千珠が意外そうな顔で舜海を見ると、舜海はぽりぽりとこめかみを掻く。
「青葉でも師範をしてたって話をしてたら、千瑛殿に頼まれてな。ここによう来てるんや」
「そうなんだ」
「全く俺の言うことはきかへんけどな」
「何だよ、師匠なんだろ?」
「あいつ、俺のことはおちょくりきってんねん。俺は千珠のお付きのもんやと思い込んでるらしくてな」
「実際、そうだろ」
「……お前ら兄弟は揃いも揃って……」
千珠の素っ気ない言葉に、舜海は青筋を浮かべて拳をぷるぷると震わせたが、柊に肩を叩かれ宥められ、渋々拳を引っ込める。
「ま、はよその元気な顔見せてやってくださいよ。千瑛殿も心配してはったし」
「うん。あ、俺の忍装束は?」
千珠は思い出したように柊にそう尋ねた。
「あ……千瑛殿のお屋敷に忘れてきた」
と、あさっての方向を見やりながら言う。
「まったく。これじゃ動きづらいな……」
業平に借りた浴衣のままでは、人前には出にくい。
「陰陽師の装束でも着とくか?」
「それは嫌だ」
千珠は渋い顔をすると、やおら立ち上がって二人の前で浴衣を脱ぎ始める。
「お、お前、何してんねん!」
舜海は呆気にとられ、柊は平然とそんな行動を眺めている前で、千珠は右手を自分の心臓の上に押し付けた。するとそこからしゅるしゅると白い布が生まれ、みるみるうちに千珠の身体を包み込んでゆき、白い狩衣と淡い灰色の袴を形作った。
それは、初めて千珠が青葉にやってきた時と同じ服装だった。千珠は胸から手を離すと、袖を広げて出来栄えを確認するように全身を見下ろす。
「へぇ、そうやってはったんですね」
柊は感心したように拍手をする。千珠は一息つくと、
「結構集中力がいるんだ」と、言った。
「だから不精して、いつも忍装束なんですか?」
「まあ、それもある。それに、この格好は目立つから」
「黒い衣にしたらええじゃないですか」
「黒い色、作れないんだ。俺、全体的に白っぽいだろ」
「……確かに」
柊は心底納得したように頷くと、千珠の衣服をつまんでしげしげと見つめ、「便利やな……」と呟いた。
「さて、俺は本願寺にもう一度行ってくる。昨日の状況を確認したい」
と千珠。柊も頷いた。
「そうやな、俺も見ておきます。……ひどかったですね、しかし」
千珠は、立ち籠める土煙と血煙、濃い血の匂いを思い出していた。そして、あの少年の瞳の色を。
今、あの子は何を思ってこの朝を迎えているのだろうか。
「俺はこっちで少しやることがあるから、柊と二人で行って来いや」
と、舜海は欠伸をしながらそう言った。
「何だ、一緒に行かないのか」
「ん? なんや、寂しいんか」
にやつく舜海の表現から、あからさまに残念そうな口ぶりになってしまっていたことに気付いて、千珠は思い切りふくれっ面をした。
「馬鹿野郎! そんなわけないだろ!! 行くぞ、柊!」
「はいはい」
呆れ顔の柊を引き連れて、千珠はぷいと行ってしまった。
舜海は二人を送り出すと、今まで浮かべていた笑顔をすっと引っ込めた。真剣な表情で、千珠の白い背中を見つめる。
「さて……」
舜海は息をつくと、業平の部屋へ向かった。
薄ぼんやりとした光が差し込んでくるのを肌で感じた千珠は、うっすらと目を開いた。
見慣れない天井。頭を巡らすと、傍らで黒装束を着込んだままの舜海が眠っていることに気がつく。
そういえば、舜海の寝顔を今まで一度も見たことがない。舜海はいつも千珠を見守って、夜通し起きているからだ。
久方ぶりの情事で疲れたのだろうか。それとも、陰陽寮の中にいる安心感なのか、舜海は千珠が起き上がってもまだ、微動だにぜず眠っている。
うつぶせになって眠っている舜海の、広い背中に手を添えてみた。引き締まった背筋が、掌の下で規則正しく上下している。
あの後、舜海は千珠の身体をきちんと清めてから眠りにつかせてくれた。着替えてくると言って舜海がその場を離れている間に、千珠は眠ってしまったらしい。
久し振りに重ね合った身体は、あちこちに痛みを残していた。舜海を深くまで誘い込んだ腰はずしりと重く、鈍い痛みがうずくまっている。舜海の体重を受け止めるために大きく開いていた脚の付け根も痛い。
互いの顔を見ていたかったから、自然と向かい合う体位ばかり選んでいたせいもある。それでも、今の千珠にはその痛みすら、甘く心地よかった。
早く早くと急く千珠を宥めながら、どこまでも優しく丁寧に事を運んでくれた舜海。焦れて焦れて熱く蕩けた身体に、敢えてゆっくりと入ってきては、緩やかな抜き挿しで、余す所なく舜海のものを感じさせられた。
それでももっと深く入ってきて欲しくて、千珠は自ら腰を揺らして舜海を誘い込み、舌を吸い、全身全霊で舜海を求めた。思い出すと、また身体の最奥が切なく疼く。
声は、途中までは我慢していたはずだけど、途中からよく覚えていない。誰かに聞かれていなかったかと、今になって恥ずかしくなる。
交わりによって気が高まったおかげか、妖気は十分に満ち、心も穏やかだ。
千珠は舜海の横顔を眺めながら、昨日言われたことを思い出していた。
――あの子のために、自分がなすべきことは何だろうか……。
「……起きてたんか」
白い朝日に染まる障子を見つめて考え事をしていた千珠は、舜海の掠れた声に我に返った。
「うん。よく寝てたな、珍しく」
「お前に精気吸われて、ばてばてや」
「……そりゃ悪かったな」
千珠は少し顔を赤くして、素っ気なくそう言った。舜海は笑いながら起き上がる。
「それもあるけど、夜中のうちに業平殿にお前の話を伝えておいた。あの子どものこと、調べてくれるそうや」
「ほんとか?」
「ああ、少し時間はかかるやろうがな」
「そっか、すまないな」
「そっちのほうが、陰陽師衆としてもも策を立てやすいってさ」
「なるほどね。……良かった」
何やらしげしげと舜海に見つめられ、ぐいと腕を引かれてその身体を抱き寄せられた。千珠は力を抜いて、されるがままにもたれかかる。
衣越しに、互いの体温を感じる。舜海は深呼吸をすると、千珠の首筋に顔を埋めてきた。
「……お前の匂い、ええ香りや」
「そうかな……」
「うん。かすかに甘い……せやな、桜みたいな香りやな」
「桜……?」
「ああ」
首にかかる髪の毛をかき上げられ、耳の後ろに唇を寄せられる。それだけの動きなのに、千珠はびくりと身体を反応させてしまう。
舜海は低く笑って、千珠を更に強く抱きしめながら囁いた。
「気持ちええんか?」
「……そうじゃない」
「じゃあ、何で……こんなに身体が反応するんや?」
「ぁ、んっ……」
うなじを這う、弾力のある唇。背筋を指一本で撫で上げる、あざとらしい動き。昨日の行為を彷彿とさせる指使いに、千珠はたまらず声を漏らした。舜海は、楽しげに笑う。
「この程度で感じてんのか。昔より更に感じが良うなったんちゃうか」
「なってな……あっ!」
「誰か他の男と、こんなことせぇへんかったやろな?」
「し、してない……っしてないよっ……」
「ほんまか?」
どうせ、千珠がそんなことを出来やしないと分かっていて言っているのだろう。舜海は意地の悪い笑みを浮かべながら、背後から千珠の襟元に手を差し込み、昨夜の名残を指で捏ねくる。
「あっ、やめっ……!」
「ここも、前より感度良うなってへんか?自分で弄ってたんやろ」
「し、してないっ!! そんなこと!」
千珠はむきになって声を荒げるが、その声は舜海の唇に塞がれてしまう。舜海の濃厚な口付けには抵抗出来ず、一瞬にしてへなへなと力が抜ける。
「……やめろ、よ」
「ほんまにそう思ってんのか?」
「もう……朝だ」
「関係ないやろ」
舜海は力なく抵抗を示す千珠の手をねじり上げると、伸し掛かって蒲団に押し付けた。微かな痛みに、千珠は顔をしかめる。
「……痛い」
「千珠、気持ちええならもっと欲しがれ」
「あ……んっ、ち、調子に……乗るな……よ!」
腕を囚われ、鎖骨を吸われながら千珠は喚いた。しかし身体は言うことを聞かず、舜海の思うままにされていく。
「また……誰か来たら……」
「まだ大丈夫やろ」
「声、聞かれたら、はずかしい、から……っ」
「我慢しろ」
「ふ、ん……いやっ、だめだよっ……」
「大丈夫やから」
「大丈夫ちゃうやろ。ええ加減にせぇ、この変態生臭坊主が」
不意に、障子の外で柊の声がした。そしてすらりとした長身の影が現れる。
二人はぎょっとして、その影を見上げた。柊が腕を組むような動きをしたことが、影の動きで分かる。
「ちょっと待っててやるから、ふたりとも取り敢えずその格好を何とかせぇ。俺、入られへんやん」
「ひ、柊……」
舜海は慌てて千珠から離れると、自分からさっと障子を開く。朝日を浴びた忍装束の柊が、柱ににもたれかかって仏頂面をしていた。
出てきた舜海をじろりと見ると、柊はやれやれと肩をすくめた。
「こんな大事なときに、千珠さまにちょっかいを」
「……すまん。というか、お前いつからここにおったんや」
「千珠さまが起きた気配があったから、声かけようとしたらお前も起きてきた」
「じゃあ殆ど聞いてたんかい!!」
「機会を窺っていたらそうなっただけや」
「……ったく」
舜海は赤面しつつ、ちらりと柊の顔を見る。柊はにやにや笑いながら顔を近づけてくると、小声で舜海に囁いた。
「昨晩は久しぶりに楽しんだんか?」
「……そんなんちゃうわ」
「随分とお疲れのようだが」
「やかましい!」
「お前もな」
障子が開いて、浴衣をきちんと着直した千珠が微妙な表情で立っていた。二人に中に入るよう促すと、後ろ手に障子を閉める。
柊は意味ありげににやりと笑うと、「三人揃うのも、久し振りですね」と言った。
「覗きも大概にしろって言ってるだろ」
千珠はため息混じりにそう言いながら、蒲団を畳んでその上にあぐらをかく。気を取り直すように軽く咳払いをすると、「槐、どうだった?」と尋ねた。
「まぁ、あれだけ恐ろしい物を見た割には,落ち着いてたな。千瑛殿に大目玉を食らっていたが」
「へぇ、父上も怒るんだな」
「槐はちょろちょろとよう動くからな、生意気やし」
と、舜海が口を挟む。
「まぁ、千珠さまのことを心配してはったよ。けどまぁ、この様子なら大丈夫やな。昼から千瑛殿とここへ来る予定や」
「そうか」
「舜海は槐に剣を教えてるそうやな。千瑛殿に聞いてん」
「へぇ、お前が?」
千珠が意外そうな顔で舜海を見ると、舜海はぽりぽりとこめかみを掻く。
「青葉でも師範をしてたって話をしてたら、千瑛殿に頼まれてな。ここによう来てるんや」
「そうなんだ」
「全く俺の言うことはきかへんけどな」
「何だよ、師匠なんだろ?」
「あいつ、俺のことはおちょくりきってんねん。俺は千珠のお付きのもんやと思い込んでるらしくてな」
「実際、そうだろ」
「……お前ら兄弟は揃いも揃って……」
千珠の素っ気ない言葉に、舜海は青筋を浮かべて拳をぷるぷると震わせたが、柊に肩を叩かれ宥められ、渋々拳を引っ込める。
「ま、はよその元気な顔見せてやってくださいよ。千瑛殿も心配してはったし」
「うん。あ、俺の忍装束は?」
千珠は思い出したように柊にそう尋ねた。
「あ……千瑛殿のお屋敷に忘れてきた」
と、あさっての方向を見やりながら言う。
「まったく。これじゃ動きづらいな……」
業平に借りた浴衣のままでは、人前には出にくい。
「陰陽師の装束でも着とくか?」
「それは嫌だ」
千珠は渋い顔をすると、やおら立ち上がって二人の前で浴衣を脱ぎ始める。
「お、お前、何してんねん!」
舜海は呆気にとられ、柊は平然とそんな行動を眺めている前で、千珠は右手を自分の心臓の上に押し付けた。するとそこからしゅるしゅると白い布が生まれ、みるみるうちに千珠の身体を包み込んでゆき、白い狩衣と淡い灰色の袴を形作った。
それは、初めて千珠が青葉にやってきた時と同じ服装だった。千珠は胸から手を離すと、袖を広げて出来栄えを確認するように全身を見下ろす。
「へぇ、そうやってはったんですね」
柊は感心したように拍手をする。千珠は一息つくと、
「結構集中力がいるんだ」と、言った。
「だから不精して、いつも忍装束なんですか?」
「まあ、それもある。それに、この格好は目立つから」
「黒い衣にしたらええじゃないですか」
「黒い色、作れないんだ。俺、全体的に白っぽいだろ」
「……確かに」
柊は心底納得したように頷くと、千珠の衣服をつまんでしげしげと見つめ、「便利やな……」と呟いた。
「さて、俺は本願寺にもう一度行ってくる。昨日の状況を確認したい」
と千珠。柊も頷いた。
「そうやな、俺も見ておきます。……ひどかったですね、しかし」
千珠は、立ち籠める土煙と血煙、濃い血の匂いを思い出していた。そして、あの少年の瞳の色を。
今、あの子は何を思ってこの朝を迎えているのだろうか。
「俺はこっちで少しやることがあるから、柊と二人で行って来いや」
と、舜海は欠伸をしながらそう言った。
「何だ、一緒に行かないのか」
「ん? なんや、寂しいんか」
にやつく舜海の表現から、あからさまに残念そうな口ぶりになってしまっていたことに気付いて、千珠は思い切りふくれっ面をした。
「馬鹿野郎! そんなわけないだろ!! 行くぞ、柊!」
「はいはい」
呆れ顔の柊を引き連れて、千珠はぷいと行ってしまった。
舜海は二人を送り出すと、今まで浮かべていた笑顔をすっと引っ込めた。真剣な表情で、千珠の白い背中を見つめる。
「さて……」
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