異聞白鬼譚

餡玉

文字の大きさ
上 下
157 / 339
第五幕 ー荒ぶる海神ー

二十五、千珠と宇月

しおりを挟む
 その後も、気まずい沈黙が二人の間に横たわり続けていた。

 宇月は千珠に近寄ろうとせず、必要最低限の用事がある時だけそばにやって来る。それにはさすがに淋しさを覚え、千珠はゆっくりと身体を起こすと、回廊に座って海を眺めている宇月の背中を見つめた。

「……ごめん」

 小さな声で謝る千珠に気づいた宇月は、驚いた顔で振り返った。千珠はどういう顔をしていたらいいのか分からず、ふいと目を逸らす。

「千珠さまともあろうお人が、何と気弱な発言でございましょう」

 宇月は部屋の外からそう言うと、再び海のほうを向いてしまう。千珠はどうしていいか分からず、ただ、宇月の見ている海を同じように見つめる。

「俺、女はたくさん抱いてみた。でも、どうしても接吻はできなかった」
「……いきなりなんというお話ですか」

 宇月はまたじろりと千珠を睨む。千珠は、構わず続けた。

「全然、美味そうじゃないんだ。何も惹かれないし、迫られるとむしろ恐ろしかった。蛇に狙われるような感じがして、身が竦んで」
「……」
「でも、今日お前のことはすごく美味そうに感じた。もっと、触れてみたいと思った」
「……」
「必死で術を護るお前の姿、とても、頼もしかった」

 宇月ははたと振り返って、千珠を見た。千珠は、その時のことを思い出しながら、遠い海を眺める。ゆっくりと、日の傾きかけた海を。

「お前は強い女だ。そして、自分の力に誇りを持っている。どんな時も、曲がらない強い心を持っている」
「……」
「俺に色んなことを教えてくれた。お前のお陰で、俺は強くなった」
「い……いきなり何でございますか。千珠さまらしくもない」

 宇月は顔を赤くして、少し居心地が悪そうにそう言った。千珠には、その頬が紅いのは、夕日のせいなのか宇月が照れているせいなのか分からなかった。そんな宇月を、千珠はまっすぐに見つめる。

「だから、お前は特別な女だ。俺にとって」
「……」

 千珠はそう言うと、視線を落として自分の手元を見下ろした。そして、軽くため息をつく。

「……何が言いたいのか、分からないけど。……だからお前に近づきたくなった……っていうことだ」 
「ふふ……」

 宇月の含み笑いに、千珠は顔を上げる。宇月は、手を口元に近づけて笑っていた。
 千珠はへそを曲げる。

「おい、俺が必死で謝ってるのに笑うとはどういうことだ」

 宇月は笑うのをやめると、千珠に歩み寄って枕元に正座をした。

「ちょっと、嬉しかったでござんす。千珠さまにそんなふうに言っていただけるとは」
「いや、別に……」
「私は、このような見た目でございますから、女として扱われたことがないのです。だから、さっきは少し戸惑ったのですよ」

 千珠は、そんなことを言う宇月を見た。

 まるで子どものような小さな体。千珠よりも五、六は歳上なのに、丸顔で幼く見える。しかしよく見ると、宇月は丸みのある綺麗な形の目をしているし、小さな鼻と口は形よく整っている。千珠はそんなことに初めて気がついた。

 無造作に結った短い髪と、耳の横にかかる前髪は焦茶色。いつも陰陽師の黒装束を身に纏っているが、もっと明るい色の衣をまとえば、きっと……。
 ふとそんなことを想像していた自分に驚くと、軽く咳払いをする。

「俺はまだ十七だ。俺から見れば……お前は十分女だよ」

 千珠は小さくそんなことを言った。宇月は、ぎこちない千珠の気遣いに、また少し笑う。

「何で笑うんだ」
「いえ、嬉しかったのです。そんなふうに人に気を遣えるようにまで成長されたのかと思うと」
「五月蝿いな」

 千珠は顔を赤くしてそっぽを向いた。宇月も、はにかむように微笑む。
 宇月の小さな手が、千珠の手に重なる。その小さな手の冷たさに驚き、そして同時に胸がきゅんと音を立てる。

「……冷たいな。ずっとあんなとこにいるから」
「千珠さまに熱があるからそう感じるのです」
「そうかな」

 千珠はその手を自分の両手で包み込んだ。自分の手にすっぽりと収まる宇月の手を見つめながら、熱を分けるようにきゅっと握り締める。

「小さい手だな。こんな手で、よくあんな巨大な術を操れるもんだ」
「千珠さまこそ、こんな華奢なお身体で、よくあんな巨大な龍を跳ね除けたものでございます」
「華奢って言うな」

 千珠がまた膨れると、宇月はまた楽しそうに笑った。
 そんな宇月の笑顔を見て、千珠は宇月の手を自分の方に引き寄せていた。
 宇月は暴れなかった。千珠は宇月の肩に手を回して軽く抱きしめながら、さらりとした髪の毛に頬を擦り寄せる。そして、深く息をした。身体の力を、抜くように。

「……華奢じゃないぞ」
「……そうでございますね」

 ——何だろう、安心する。

 宇月を抱きしめていると、心が温まる。
 この温もりを、守ってやりたいと思う。
 何故かな……。

 千珠はそう思いながら、宇月の髪に頬をすり寄せる。口元が、自然と綻んでいることに,千珠自身は気づいていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

淫獄桃太郎

煮卵
BL
鬼を退治しにきた桃太郎が鬼に捕らえられて性奴隷にされてしまう話。 何も考えないエロい話です。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

処理中です...