異聞白鬼譚

餡玉

文字の大きさ
上 下
139 / 339
第五幕 ー荒ぶる海神ー

七、月に想う

しおりを挟む
 


 ――舜。



 ふと、誰かに呼ばれたような気がした。
 舜海は顔を空に向け、茜色の夕日に照らされた山々を見渡す。其の日の修業を終え、鴨川のほとりを南へと下っている所であった。

 御所のほど近くに置かれた陰陽寮・土御門邸つちみかどてい。そこには陰陽師たちが住まう屋敷が置かれており、舜海もそこに身を寄せているのである。
 共に歩く五人の陰陽師たちは、立ち止まった舜海に気づくこともなく、からっ風の吹く川沿いの道を下っていた。舜海は慌てて、早足で三人を追いかけた。

「どうした? 舜海」

 先頭を行く業平が歩きながら首だけで振り返った。

「いや、何でもないっす」
「そうか。しかし、思ったより筋がええな。もっと雑な男かと思っていたが、わりに丁寧や」 

 業平は笑いながら、都訛りでそう言った。

「そりゃどうも」

 舜海はからりと笑う。

「調子に乗らんことだ。それでも私には敵わなかったのだから」
と、すぐ前を歩く陰陽師が振り返る。身内の中にいると都訛りになる業平は、そんな詠子の言葉にまた笑う。

 業平の娘だ。名を、藤原詠子という。齢十八であるが、幼い頃から父の仕事を間近で見ていたせいか、舜海など足元にも及ばぬほどの使い手である。
 詠子は女の割には背が高く、肩も広く張っている。揃いの黒い装束を着ていても分かるほど体格が良い。袖から覗く日に焼けた腕は引き締まった筋肉に覆われて逞しく、実際剣術の腕前もなかなかのものであった。
 
 霊力の高さも、術を使いこなす器用さも父親譲りの才能を持っている詠子は、顔立ちも父親によく似ている。
 業平は男らしい華を持つ凛とした目鼻立ちをしており、身に纏う空気は都が似合って品がある。そんな父に似ているのは喜ばしいことなのかもしれないが、残念なことに詠子は女である。父に似た男っぽい雰囲気のある顔立ちをしており、目鼻口がどれも大きくしっかりとして、紅や白粉といった類のものはとても似合いそうにない、そんな女だった。

 もっとも、修業に明け暮れ、既に陰陽師衆の中でばりばりと仕事をこなしている詠子は、そういった女らしい嗜みなどにはまるで興味が無いように見えた。

「そんなもん、すぐに追いつたるわ」

 舜海は頬を膨らませながら、詠子にそう言い返す。

「ははは、詠子は幼い頃から私の術を見とったからなぁ。まぁ当分は無理やろう」
「当然だ」
と、詠子。
「そんなん、分からへんやん」

 つんとした口調で肩を怒らせて歩いている詠子の背中に、舜海はややむきになりながらそう言い返した。

「まぁ、霊力の強さだけで言えば、舜海は陰陽師衆の中でも一二を争うほどに強いからな。油断はできひんな、詠子」

 業平は上機嫌だ。仕込みがいのある弟子を迎え入れたことを喜んでいるのか、張りのある表情をして活き活きとしている。

 自分の前をゆく父子。
 
 千珠と詠子は、年齢は変わらない。しかし詠子には、幼い頃から持ち続けているような曲がりようのない太い芯と、自尊心があった。常に迷い迷って不安に苛まれていた千珠とは、まるで違う人生を歩んできた女だ。

 高名な父の後を追い、迷いなく進む先が見える人生を行く女だ。

 千珠は、元気だろうか。今、どうしているのだろう。
 あの不安に揺れやすい心はここ数年で落ち着いてきたように見えていたが、こうして自分と離れることで、寂しさのあまりくよくよとしているのではあるまいか……。
 と、そこまで考えて苦笑する。
 

 ——あいつはそこまで、やわではないか。
 未だに寂しがっているのは、俺の方かもしれへん。


 舜海はまた、群青に移ろい始めた空を見上げた。


 逢いたい、早く千珠の顔が見たい。声が聴きたい。細い身体を、抱きしめたい。


 東に昇り始めた白い月に、舜海は千珠の笑顔を想う。





 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

巨根騎士に溺愛されて……

ラフレシア
BL
 巨根騎士に溺愛されて……

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...