異聞白鬼譚

餡玉

文字の大きさ
上 下
123 / 339
第四幕 ー魔境へのいざないー

十九、ここにいる

しおりを挟む
「ううう、うううう……」

 千珠は、頭を押さえて地面に蹲り、苦しげに呻き続けていた。舜海はそんな千珠を引き起こして背中から抱き締め、言葉をかけ続けることしかできなかった。

「終わった、終わったんや。もうええ、もうええから。帰ってこい、千珠。俺を見ろ、千珠……」

 ぶるぶる震える千珠の身体から、少しずつ力が抜けていくのを感じた舜海は、千珠の肩を掴んで向き直らせ、赤く染まった千珠の目を覗き込んだ。

「千珠!! しっかりせぇ!」

 涙を流しながら、既にそこにはない魔境を求めるかのような目をしていた千珠が、ふと舜海と視線を交じらせる。
 
 すると、縦長に裂けていた瞳孔が、徐々に徐々に元に戻り始めた。

 ひとつ、ふたつ瞬きをする度に、血のように赤く染まった瞳が、明るい琥珀色に戻っていく。荒い呼吸をしながら、頭を押さえていた手からも、ゆっくりと爪が縮んでいった。

「千珠!! おい、分かるか!」
「……はぁ、はぁ、がっ……はぁっ……!」

 尚も血が熱いのか、千珠は苦しげに息をして、また血を吐いた。舜海はたまらず、千珠を強く抱き締める。

「……俺は、何も出来ひんのか……!」

 静かに歩み寄ってきた業平が、舜海の肩に手を置いた。舜海が振り返ると、業平は柔らかく微笑み、懐から小さな五芒星の描かれた懐紙を取り出した。
 ふぅとひと息、吐息を吹きつけ、「鎮まり給え」と小さく唱えると、千珠の額にぴたりと押し付ける。
 ぴくん、と千珠の身体が硬直し、一瞬後にはまるで糸の抜けたからくり人形のように、全身の力が抜けて崩れ落ちた。

「千珠!」

 慌ててその身体を支え、舜海は業平を見上げた。業平は静かに微笑んで見せ、頷く。

「千珠……」

 術に疲弊し、ふらふらになりながら駆け寄ってきた千瑛は、その成り行きを見守りつつ、舜海の脇に座り込んだ。
 そして、舜海の焼け爛れた右腕を見下ろし、痛ましげに眉を寄せる。

「ありがとう、舜海殿。こんな怪我をしてまで、千珠を守ってくれたのだね」

 そう告げ、深く頭を垂れる。

「いえ……。良かった。無事に終わって」

 舜海はそう言うと、あちこちで倒れこんでいる陰陽師たちや、神祇官たちを見回し、さっきまで闇が渦巻いていた空を見上げた。

 皮肉なほどに澄んだ美しい冬の星空が、そこにある。

 ぴく、と身体を揺らした千珠の様子を窺うと、うっすらと持ち上がった瞼と、星空と同じくらい透き通った琥珀色の瞳が見えた。

「千珠……!」

 ほっとしたように舜海が名を呟くと、千珠はぼんやりと舜海を見上げ、乾いた唇を薄く開いた。

「……終わったな」

 掠れた声が、その唇からため息のように零れる。

「ああ、終わった。ようやったな、千珠」
「……俺は、ここにいるよな?」

 千珠は舜海を見上げて、重たい瞬きをした。

「ああ、ここにいる」

 しっかりと千珠の手を握り、舜海はそう応えた。

「そうか……良かった」

 千珠はそう呟くと、舜海の胸に頬を寄せて、舜海の鼓動を確かめるように、ぎゅっとその衣にしがみつく。

 そして、深い眠りに落ちていった。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】 ────────── 身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。 力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。 ※シリアス 溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。 表紙:七賀

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

神々に寵愛され祝福と共に~のんびりと快適生活~

神ൢ座ൢ
BL
ある村にて『災厄の象徴』として産まれた少年が居た。其の少年の名は煤ケ谷 零。少年は存在を否定され続けていた。 少年は闇から産まれた琥珀と2人だけで人生を過ごした。琥珀を置いて行く事に後悔と罪悪感を背負う。 未だに身体が幼い少年は存在意義の確率が認識出来ない。幸せや愛を知る事無く恵まれずに命を終えてしまった。 幸せや愛に執着する少年は神々により第2の人生を授かる。時の彷徨い子と新たな命と共に転生させてくれた。 其処には剣や魔法があり其れだけでは無く異性や同性等。結婚も何でも有りな異世界だった。 新たな命と共に此処で幸せや愛を求め乍のんびりと。快適生活していく話です。 ☒ 異性×同性あり☒ BL×異世界 ☒ バトル×アクション ☒ 剣×魔法 ☒ ✽はR--18要素です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...