異聞白鬼譚

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第二幕 ー呪怨の首飾りー

五、妖しい贈り物

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 千珠はその部屋の襖を、両側に大きく開いた。
 夜闇が忍び込む暗い部屋の中には、献上された着物や反物、陶磁器、楽器や武具などが並んでいる。その中に、ひときわ異様な空気を放つ黒漆塗りの螺鈿細工の箱が目に止まる。

 千珠はゆっくりと近づくと、その箱に触れようと手を伸ばしかけた。その時。
「待て!」
 舜海の鋭い声が響き渡り、千珠はぴたりと手を止める。振り返ると、舜海が硬い表情でその箱を睨み付けていた。

「その箱からは、激しい怨念を感じる。お前は触らんほうがええ」
「怨念だと?」
「これは梅園の義父から紗代様に贈られた装飾品やな。身内を呪うなんてことはないやろうし……誰かが紛れ込ませたんかもしれへん。誰も触ったらあかんで」
 外に数人の兵達が集まっていたため、舜海は彼らにそう言い付けると、もう一度箱を見下ろした。
 艶やかに磨き上げられた黒漆に、螺鈿細工の蝶があしらわれた美しい箱だ。ちょうど、女が両掌を広げたのと同じくらいの大きさである。

「彼らに確認するか」
 千珠は腕組みをしてそう言った。
「せやな。まず殿に報告や。宴会の途中やろうがしょうがない。あっちは何も起こってないな?」
「はっ! 騒ぎにはなっておりませぬ」
「分かった。千珠はここにいろ」
「おう」
 舜海は光政たちの宴席へと向かい、千珠は少し離れた場所から、不穏な匂いを放つその箱を見張ることになった。
  




 大広間では華やいだ空気で、紗代の家族は久々の再会を喜び、新しく生まれた赤子の話で大いに盛り上がっていた。光政も盃を片手に、そんな親戚たちに笑顔で付き合っている。 留衣は光政のすぐそばに座っているが、無理に笑顔をこしらえている様子がありありと伝わってくるような、引きつった笑顔である。留衣は貴族の物腰が苦手なのだ。
 
「殿」
 舜海はそっと光政の傍へゆくと、今し方の事柄を耳打ちをした。光政はちょっと眉を寄せたが、すぐに笑顔に戻ると舜海に目配せをし、その場から下がらせた。
「ところで義父上、あの螺鈿細工の箱には一体どんな宝物が収められているのです?」


 紗代の父親は、梅園有道 うめぞののありみちという男である。紗代とは似ても似つかぬ平凡な風体の男だった。
 しかし優しげな雰囲気を持ち、子や孫たちにはとても懐かれる存在であった。光政は、そんな有道が呪われた品物を自分達に送りつけてくるとは到底思えず、努めて穏やかにそう尋ねる。

「あれは宋の商人から買い付けたものでな、一族の繁栄を約束すると言われる首飾りなのだ。とても美しい石が埋め込まれておって、きっと紗代も気に入ると思い運ばせたものだよ」
 義父は屈託の無い笑顔でそう言った。心底そう信じて光政に献上したのだろう。
「ええ、とても美しい石でしたわね。見ているだけで吸い込まれるような」
と、紗代が普段見せぬような柔らかな笑顔でそう言った。
「お前、もう見たのか」
「ええ、殿が参られる前にお土産の品は全て改めさせていただきましたので」
「そうか……」

 光政は、胸騒ぎがし始めるのを感じていた。舜海たちの言うことが正しいのであれば、紗代に何か悪い影響をもたらすに違いない。
 ひいては自分や光喜にも……。

「久方ぶりにそんなに酒を飲んで、どうもないか?」
 光政の問に紗代は首を傾げ「まさか、お酒で我を失うわたくしではありませぬ」と、微笑む。
「そうだったな。……すまぬが所用にて少し席を外させていただく、ゆるりと寛がれよ、義父上」
「ありがたいこと。そうさせていただくよ」

 あくまでも家族水入らずの場を勧めるかのように、光政は穏やかな口調と笑みをその場に残し、そっと宴の席を離れた。
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