43 / 339
終章 生きる場所
一、帰りを待つ者
しおりを挟む
今更、一人になんてなれない。
孤独が怖い。
弱くなったもんだ、俺も。
いや、そもそも強くなんか無かったのだ。
いつも、そっと誰かに守られていることに、気付かなかっただけだった。
✿
千珠は、一足先に三津國城へ戻って来た。
海と山に守られた平和な国。
十六夜の月明かりに浮かび上がる、美しい国。
——俺が斬り殺した人間たちの命と引き換えに守りたかったのは、この場所……?
千珠は音も無く、青葉の寺に降り立った。
千珠が瀕死の怪我を負い、介抱を受けた離れの小部屋。
——花音、どうしてるかな。
ふと、千珠の頭に少女の笑顔がよぎる。
もうすぐ夜が明ける。
千珠はふと、このままここを去ってしまおうか、と思った。
そうしたからといって、行くあてもない。
かといってこの場にとどまり、人間達の情念に巻き込まれることも、千珠にとってはどこか恐ろしいことだった。
迷っていた。
足元がふらつきそうに、不安だった。
千珠がどうすることも出来ずにぼうっと離れの前に佇んでいると、がたがたと戸の開けられる音がした。
はっとして千珠が身を硬くすると、そこには花音の姉のような存在である由宇が、箒を持って姿を現すところであった。寺で生活している女たちは、夜が明ける前に動き出すのだ。
由宇は花音が一番懐いていたこともあり、この女の顔だけは千珠も覚えている。
山際から太陽が顔を覗かせ、中庭に一条の光が差し込み、千珠は一瞬眩しさに顔をしかめた。朝日が千珠の銀髪をきらきらと輝かせる。
由宇もまたやや眩しげに顔を上げ、そして千珠の姿をその目に捉えると、すぐさま表情を明るくする。
「まあ、千珠さま……!」
由宇は安心したような笑顔を浮かべて、小走りに千珠に近寄ってきた。
「由宇殿」
「ああ……! ご無事だったのですね。おかえりなさいませ!」
由宇は深々と頭を垂れた。
「皆様、無事に帰ってこられるのですね」
「はい。戦は終わった」
「ありがとうございました。千珠さまのおかげでございます。こんなに早く戦が終わるなんて。本当に、良かった……!」
由宇は安堵ゆえの泣き笑いの表情で、千珠を見上げる。千珠はどんな顔をしていいのか分からず、ただ由宇の足元を見つめていた。
——優しげな顔の女。皆を心配して、不安な日々を過していたのだな……。
千珠は、やや垂れ気味でおっとりとした由宇の目に涙が滲むのを見つけ、思わず付け加えるようにこう告げた。
「夕刻には光政殿も戻られる。舜海も」
「そうですか。それをいち早くに知らせに来てくださったのですね」
「いや、そういうわけでは……」
「さ、中に入ってお休みになって。すぐに何か暖かいものを持ってきますから。夜露で冷えましたでしょう?」
宇佐の手が千珠の袖に触れ、中に入るように急かした。
「さぁ、お早く」
「……」
千珠は何も言わず、頷く。由宇はにっこりと笑った。
孤独が怖い。
弱くなったもんだ、俺も。
いや、そもそも強くなんか無かったのだ。
いつも、そっと誰かに守られていることに、気付かなかっただけだった。
✿
千珠は、一足先に三津國城へ戻って来た。
海と山に守られた平和な国。
十六夜の月明かりに浮かび上がる、美しい国。
——俺が斬り殺した人間たちの命と引き換えに守りたかったのは、この場所……?
千珠は音も無く、青葉の寺に降り立った。
千珠が瀕死の怪我を負い、介抱を受けた離れの小部屋。
——花音、どうしてるかな。
ふと、千珠の頭に少女の笑顔がよぎる。
もうすぐ夜が明ける。
千珠はふと、このままここを去ってしまおうか、と思った。
そうしたからといって、行くあてもない。
かといってこの場にとどまり、人間達の情念に巻き込まれることも、千珠にとってはどこか恐ろしいことだった。
迷っていた。
足元がふらつきそうに、不安だった。
千珠がどうすることも出来ずにぼうっと離れの前に佇んでいると、がたがたと戸の開けられる音がした。
はっとして千珠が身を硬くすると、そこには花音の姉のような存在である由宇が、箒を持って姿を現すところであった。寺で生活している女たちは、夜が明ける前に動き出すのだ。
由宇は花音が一番懐いていたこともあり、この女の顔だけは千珠も覚えている。
山際から太陽が顔を覗かせ、中庭に一条の光が差し込み、千珠は一瞬眩しさに顔をしかめた。朝日が千珠の銀髪をきらきらと輝かせる。
由宇もまたやや眩しげに顔を上げ、そして千珠の姿をその目に捉えると、すぐさま表情を明るくする。
「まあ、千珠さま……!」
由宇は安心したような笑顔を浮かべて、小走りに千珠に近寄ってきた。
「由宇殿」
「ああ……! ご無事だったのですね。おかえりなさいませ!」
由宇は深々と頭を垂れた。
「皆様、無事に帰ってこられるのですね」
「はい。戦は終わった」
「ありがとうございました。千珠さまのおかげでございます。こんなに早く戦が終わるなんて。本当に、良かった……!」
由宇は安堵ゆえの泣き笑いの表情で、千珠を見上げる。千珠はどんな顔をしていいのか分からず、ただ由宇の足元を見つめていた。
——優しげな顔の女。皆を心配して、不安な日々を過していたのだな……。
千珠は、やや垂れ気味でおっとりとした由宇の目に涙が滲むのを見つけ、思わず付け加えるようにこう告げた。
「夕刻には光政殿も戻られる。舜海も」
「そうですか。それをいち早くに知らせに来てくださったのですね」
「いや、そういうわけでは……」
「さ、中に入ってお休みになって。すぐに何か暖かいものを持ってきますから。夜露で冷えましたでしょう?」
宇佐の手が千珠の袖に触れ、中に入るように急かした。
「さぁ、お早く」
「……」
千珠は何も言わず、頷く。由宇はにっこりと笑った。
11
お気に入りに追加
236
あなたにおすすめの小説


飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる