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第五章 消えぬ迷い
三、情念※
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夜明け前に、千珠は光政らの休む屋敷へと戻ってきた。
白白とした光が、少しずつ町を朝に染めてゆくさまを、千珠は屋敷の屋根の上から見渡していた。
静かだった。
もう、ここには戦の気配も、脅かされ怯える人間の気配も感じられない。
——……これが平和か。
千珠は小鳥の声に耳を澄ませ、小綺麗に整えられた広い庭を見下ろした。屋敷を覆う塀の上に立って、中島のある広い池に優雅に泳ぐ大きな鯉や、中庭に迷いこんできた野良猫たちが、池の縁から鯉を狙っている様子を、ぼんやりと眺めていた。
ここは御所から近い場所にある、朝廷に仕える一貴族の屋敷だ。
広々とした寝殿を始め、西の対、東の対に分かれて青葉の重臣たちが寝泊まりをしており、兵たちは町中の宿にて都での数日を過ごすのである。
ふと、軽い物音に千珠は目線を下ろした。池にせり出した釣殿の先に、着流し姿の光政が立っている。
「千珠」
戦の間はずっと鎧直垂姿であったため、こんなにも寛いだ格好を見るのは久しぶりだ。千珠はひらりと屋根から庭へと降り立つと、池の縁石を踏んで光政の元へ歩み寄った。
「父上と語り合えたようだな」
「……ああ。やっと会えた」
屋外であるにも拘らず、すぐさま光政の手が伸びてきて千珠の身を抱き寄せた。そして強く強く、抱き締める。
「もうお前は戻ってこないのではないかと思っていた」
「離せ。人目につきたくない」
「ああ……すまん」
一瞬緩んだ腕であったが、今度は手首を掴まれてそのまま部屋の中へと引っ張り込まれてしまう。後ろ手にぴったりと障子を閉めると、光政はもう一度千珠を抱いた。
「……戦は終わったんだ。もう、俺とこんなことする必要ないだろ。女ならばいくらでもいる」
千珠はもぞもぞと居心地悪そうに身動ぎをしたが、光政の腕は強さを増すばかりだ。
合戦の最中、夜な夜な光政の相手になっていた千珠であったが、それは互いに人を斬って昂ぶった精神を宥め合うようなものだと思っていた。
つまり、平和の訪れた今、こうして光政に抱かれる理由は何もないはず。
「は、離せ……!」
「嫌だ」
「光政……あっ」
光政の舌が唇を割って入って来るぬるりとした感触に抵抗を感じた千珠は、思わずその胸を突き飛ばした。
「やめろって……!」
「千珠、これからもずっと、俺のもとにいてくれるのだろう?」
「……それは」
「ならば、掟に従い、俺を殺して自由になるか」
「お前の命など、欲しくない。国のために力を貸したのに、お前が死んだら、青葉の国はどうなるのだ」
「ほう、お前は優しいんだな」
「違う。意味がないって言ってるだけだ」
むきになってつんとそっぽを向いた千珠の頬に、光政の大きな掌が添えられた。そして、追い縋られるようにまた唇が重なる。
「や……、やっ……めろ」
「千珠、俺は、お前を離さぬよ」
「あっ……!」
足を払われ、受け身を取るまもなく畳の上に引き倒された千珠は、痛みに顔をしかめて光政を見上げた。
昇りかけた朝日の忍びこむ薄明かりの下、濃密な情念の込もる眼差しを受け止めた途端、感じたのは恐怖だった。
——この男は、ただならぬ情を俺に向けてくる。国へ帰ってもまだ、こんな風に俺を抱き続けるのか? それでは妾と何も変わらないじゃないか。
どろりとした人間の情に巻き込まれることがひどく恐ろしいものに思えて、身体中が強張ってゆく。
「いやだ……! やめっ……やめろ……!」
「千珠、お前を手放したくないんだ」
「っ……む……んっ……!」
頬に添えられていた両手の親指が千珠の唇をこじ開け、そこから舌が捩じ込まれた。蛇のように絡みつくその舌が、千珠の口内を滅茶苦茶に暴れまわる。
「……千珠」
袴の裾から忍び込んでくる手が太腿から尻を撫で、双丘の間を指が潜り込んでくる感覚に、千珠ははっとして脚をばたつかせた。
「いやだ!! もう、こんな……!」
「だったらもっと、本気で抵抗すればいいだろう。お前の力ならば、容易いはずだ」
「っ……!」
何故、抵抗できないのだろうと、千珠の頭の片隅で考えていたところであった。
光政は千珠に馬乗りになったまま帯を解いて逞しい裸体を晒すと、脚で千珠の袴を一気に引き下げる。
熱に浮かされたような光政の目には、いつもの穏やかさや冷静さの欠片もなく、千珠の身を欲している男の猛々しさしか見て取ることは出来ない。
千珠はだらりと身体から力を抜いて、考えた。
——なぜ抵抗出来ないんだろう……。僧兵からこの生命を救い出し、戦の最中に温もりをくれたこの男のことを、やはりどこかで慕う気持ちでもあるのだろうか。
——……いや、違うな。
俺も、欲しいんだ。人の肌に感じる安堵感が。
こうして行為に溺れている間は、何も考えずに済むからだ。
——これからのことも、過去のことも。何も。
白く滑らかな肌を光政の掌が慈しむように撫で回り、舌と指が千珠のまだ幼い体を丁寧に愛撫する。
「ん……っ、う……んっ」
千珠は声を漏らした。次第に荒くなる呼吸を殺そうと唇を噛み締めながら、脚の間に埋められた光政の髪の毛を震える手でまさぐった。
絡みつく舌が、千珠をどこまでも追い詰める。じゅ、じゅぷ……と淫らな音をさせながら千珠を味わう光政の動きには逆らえない。じっくりと快楽を教え込まれてしまった千珠の肉体は、すでに悦びを感じ始めている。
「んぅ……あ、ぁっ……!」
波のように押し寄せる高まりに、千珠は背を仰け反らせる。しなやかな白い肢体が、徐々にうっすらとした朱に染まっていく。長い銀髪を乱して、千珠は悶えた。
「お前は……何より美しい」
顔を上げ、右手で尚も千珠を愛撫しつつ耳元で光政が囁く。敏感に反応する千珠の身体を、光政は愛おしげに弄び続けた。
「俺と、一つになれ」
「あ、ぁっ……!」
一瞬千珠は眉根を寄せたが、二人の身体はすぐに呼応し合う。下だけをはだけさせられ、膝の裏を掴まれて足を開かされた格好のまま、千珠はただ快楽に身を任せていた。
連動する腰の動きが、徐々に速さを増す。
「……千珠、ずっと、俺のもとにいろ……。いいな?」
「あ……はぁっ……!!」
「返事をしろ、千珠」
「んうっ……! ん、ぁ、あっ……!」
返事など出来るはずもない有り様の千珠を、光政は恍惚とした笑みを浮かべていじめ続ける。
手首を固く戒められながら光政の逞しい肉体に揺さぶられ、千珠は熱く速い吐息を漏らすことしか出来ないでいた。
「もう……離さぬぞ。お前をひとりにはしない」
千珠の喘ぎ声に急かされるように、光政はより一層千珠を激しく穿つ。千珠の屹立からは、とろとろと透明な体液が溢れ出し、白く滑らかな下腹をいやらしく艶めかせていた。
「……あっ……やめろっ……やめ、こんな、こと……っ……」
「本気で言っているのか? ……こんなにも、俺を求めているくせに」
「あぅっ……ぁ! ん、っぅ、んんっ……!!」
「ほうら、また達した……。なんと、愛らしい」
「はぁっ……も、やめ……。はぁっ……ぁ、あ」
千珠はゆるゆると首を振るが、浅ましく揺れる腰の動きは止まらない。繋がったまま千珠を引き起こし、さらに下から激しく突き上げる光政の首筋に縋りながら、千珠は押し殺した悲鳴をあげた。
ぎゅっと伏せた長い睫毛に、汗か涙か、きらりと光るものがある。
「っ……は……千珠……。っ……」
うわごとのように千珠の名を口にしながら、光政は最奥を突き上げながら果てた。
体内で迸る精の熱さを感じながら、千珠はどこか虚ろな瞳で、朝陽に白く染まりつつある障子を見つめていた。
明けゆく空が、汗で艶めいた肌を明るく照らすまで、二人は身を重ね合わせていた。
白白とした光が、少しずつ町を朝に染めてゆくさまを、千珠は屋敷の屋根の上から見渡していた。
静かだった。
もう、ここには戦の気配も、脅かされ怯える人間の気配も感じられない。
——……これが平和か。
千珠は小鳥の声に耳を澄ませ、小綺麗に整えられた広い庭を見下ろした。屋敷を覆う塀の上に立って、中島のある広い池に優雅に泳ぐ大きな鯉や、中庭に迷いこんできた野良猫たちが、池の縁から鯉を狙っている様子を、ぼんやりと眺めていた。
ここは御所から近い場所にある、朝廷に仕える一貴族の屋敷だ。
広々とした寝殿を始め、西の対、東の対に分かれて青葉の重臣たちが寝泊まりをしており、兵たちは町中の宿にて都での数日を過ごすのである。
ふと、軽い物音に千珠は目線を下ろした。池にせり出した釣殿の先に、着流し姿の光政が立っている。
「千珠」
戦の間はずっと鎧直垂姿であったため、こんなにも寛いだ格好を見るのは久しぶりだ。千珠はひらりと屋根から庭へと降り立つと、池の縁石を踏んで光政の元へ歩み寄った。
「父上と語り合えたようだな」
「……ああ。やっと会えた」
屋外であるにも拘らず、すぐさま光政の手が伸びてきて千珠の身を抱き寄せた。そして強く強く、抱き締める。
「もうお前は戻ってこないのではないかと思っていた」
「離せ。人目につきたくない」
「ああ……すまん」
一瞬緩んだ腕であったが、今度は手首を掴まれてそのまま部屋の中へと引っ張り込まれてしまう。後ろ手にぴったりと障子を閉めると、光政はもう一度千珠を抱いた。
「……戦は終わったんだ。もう、俺とこんなことする必要ないだろ。女ならばいくらでもいる」
千珠はもぞもぞと居心地悪そうに身動ぎをしたが、光政の腕は強さを増すばかりだ。
合戦の最中、夜な夜な光政の相手になっていた千珠であったが、それは互いに人を斬って昂ぶった精神を宥め合うようなものだと思っていた。
つまり、平和の訪れた今、こうして光政に抱かれる理由は何もないはず。
「は、離せ……!」
「嫌だ」
「光政……あっ」
光政の舌が唇を割って入って来るぬるりとした感触に抵抗を感じた千珠は、思わずその胸を突き飛ばした。
「やめろって……!」
「千珠、これからもずっと、俺のもとにいてくれるのだろう?」
「……それは」
「ならば、掟に従い、俺を殺して自由になるか」
「お前の命など、欲しくない。国のために力を貸したのに、お前が死んだら、青葉の国はどうなるのだ」
「ほう、お前は優しいんだな」
「違う。意味がないって言ってるだけだ」
むきになってつんとそっぽを向いた千珠の頬に、光政の大きな掌が添えられた。そして、追い縋られるようにまた唇が重なる。
「や……、やっ……めろ」
「千珠、俺は、お前を離さぬよ」
「あっ……!」
足を払われ、受け身を取るまもなく畳の上に引き倒された千珠は、痛みに顔をしかめて光政を見上げた。
昇りかけた朝日の忍びこむ薄明かりの下、濃密な情念の込もる眼差しを受け止めた途端、感じたのは恐怖だった。
——この男は、ただならぬ情を俺に向けてくる。国へ帰ってもまだ、こんな風に俺を抱き続けるのか? それでは妾と何も変わらないじゃないか。
どろりとした人間の情に巻き込まれることがひどく恐ろしいものに思えて、身体中が強張ってゆく。
「いやだ……! やめっ……やめろ……!」
「千珠、お前を手放したくないんだ」
「っ……む……んっ……!」
頬に添えられていた両手の親指が千珠の唇をこじ開け、そこから舌が捩じ込まれた。蛇のように絡みつくその舌が、千珠の口内を滅茶苦茶に暴れまわる。
「……千珠」
袴の裾から忍び込んでくる手が太腿から尻を撫で、双丘の間を指が潜り込んでくる感覚に、千珠ははっとして脚をばたつかせた。
「いやだ!! もう、こんな……!」
「だったらもっと、本気で抵抗すればいいだろう。お前の力ならば、容易いはずだ」
「っ……!」
何故、抵抗できないのだろうと、千珠の頭の片隅で考えていたところであった。
光政は千珠に馬乗りになったまま帯を解いて逞しい裸体を晒すと、脚で千珠の袴を一気に引き下げる。
熱に浮かされたような光政の目には、いつもの穏やかさや冷静さの欠片もなく、千珠の身を欲している男の猛々しさしか見て取ることは出来ない。
千珠はだらりと身体から力を抜いて、考えた。
——なぜ抵抗出来ないんだろう……。僧兵からこの生命を救い出し、戦の最中に温もりをくれたこの男のことを、やはりどこかで慕う気持ちでもあるのだろうか。
——……いや、違うな。
俺も、欲しいんだ。人の肌に感じる安堵感が。
こうして行為に溺れている間は、何も考えずに済むからだ。
——これからのことも、過去のことも。何も。
白く滑らかな肌を光政の掌が慈しむように撫で回り、舌と指が千珠のまだ幼い体を丁寧に愛撫する。
「ん……っ、う……んっ」
千珠は声を漏らした。次第に荒くなる呼吸を殺そうと唇を噛み締めながら、脚の間に埋められた光政の髪の毛を震える手でまさぐった。
絡みつく舌が、千珠をどこまでも追い詰める。じゅ、じゅぷ……と淫らな音をさせながら千珠を味わう光政の動きには逆らえない。じっくりと快楽を教え込まれてしまった千珠の肉体は、すでに悦びを感じ始めている。
「んぅ……あ、ぁっ……!」
波のように押し寄せる高まりに、千珠は背を仰け反らせる。しなやかな白い肢体が、徐々にうっすらとした朱に染まっていく。長い銀髪を乱して、千珠は悶えた。
「お前は……何より美しい」
顔を上げ、右手で尚も千珠を愛撫しつつ耳元で光政が囁く。敏感に反応する千珠の身体を、光政は愛おしげに弄び続けた。
「俺と、一つになれ」
「あ、ぁっ……!」
一瞬千珠は眉根を寄せたが、二人の身体はすぐに呼応し合う。下だけをはだけさせられ、膝の裏を掴まれて足を開かされた格好のまま、千珠はただ快楽に身を任せていた。
連動する腰の動きが、徐々に速さを増す。
「……千珠、ずっと、俺のもとにいろ……。いいな?」
「あ……はぁっ……!!」
「返事をしろ、千珠」
「んうっ……! ん、ぁ、あっ……!」
返事など出来るはずもない有り様の千珠を、光政は恍惚とした笑みを浮かべていじめ続ける。
手首を固く戒められながら光政の逞しい肉体に揺さぶられ、千珠は熱く速い吐息を漏らすことしか出来ないでいた。
「もう……離さぬぞ。お前をひとりにはしない」
千珠の喘ぎ声に急かされるように、光政はより一層千珠を激しく穿つ。千珠の屹立からは、とろとろと透明な体液が溢れ出し、白く滑らかな下腹をいやらしく艶めかせていた。
「……あっ……やめろっ……やめ、こんな、こと……っ……」
「本気で言っているのか? ……こんなにも、俺を求めているくせに」
「あぅっ……ぁ! ん、っぅ、んんっ……!!」
「ほうら、また達した……。なんと、愛らしい」
「はぁっ……も、やめ……。はぁっ……ぁ、あ」
千珠はゆるゆると首を振るが、浅ましく揺れる腰の動きは止まらない。繋がったまま千珠を引き起こし、さらに下から激しく突き上げる光政の首筋に縋りながら、千珠は押し殺した悲鳴をあげた。
ぎゅっと伏せた長い睫毛に、汗か涙か、きらりと光るものがある。
「っ……は……千珠……。っ……」
うわごとのように千珠の名を口にしながら、光政は最奥を突き上げながら果てた。
体内で迸る精の熱さを感じながら、千珠はどこか虚ろな瞳で、朝陽に白く染まりつつある障子を見つめていた。
明けゆく空が、汗で艶めいた肌を明るく照らすまで、二人は身を重ね合わせていた。
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