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第五章 消えぬ迷い
一、在るべき場所か
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その戦は、大勝利に終わった。
東軍の中でも巨大な勢力を誇っていた中津川軍を失ったことで、難波江一族の権勢は見る間に瓦解してゆくことになった。
瀬戸内から青葉の背後を討とうとしていた海賊も、舜海の軍勢と千珠の力により全滅となった。
西軍連合に囚われた難波江利治の一族郎党は皆、敢え無く武州の地にて処刑された。
その二日後の夜。
千珠と舜海が京のはずれに仕度された屋敷にて青葉の軍勢と合流すると、そこは既に勝利を祝う宴の真っ最中であった。
光政をはじめ重臣たちが集い酒を酌み交わし、白拍子の雅やかな舞を眺めながら雑仕女達のもてなしを受け、皆が上機嫌であった。
二人の姿を見つけると、菊池宗方は杯を高く上げ「おお! 我らが軍神と、英雄が戻られたぞ!」と、大声を上げる。
若い女に左右を陣取られて酒を注がれながら、一人窓の外を眺めていた光政であったが、その声に顔を向ける。千珠と目が合うと、ほっとしたように微笑んだ。
舜海はすぐさま酒宴の円の中に混じって、上機嫌で酒を飲み始めたが、千珠はあまりの活気に気圧されてしまい、その場から動けずにいた。
「千珠殿も飲みなされ! そなたがおらねば我らの勝利はありえなかったのだからな!」
と、唯輝は今までのあれこれなどなかったことのような機嫌の良い赤ら顔で、満面の笑みを浮かべ声を掛けてきた。
千珠は軽く首を振ると「病み上がりゆえ、今日は遠慮させていただく。失礼」と、姿を消してしまった。
「相変わらずつれないのう」
「まぁまぁ。今日は飲むで!」
鼻を鳴らす唯輝の盃に、舜海は注意を逸らすようになみなみと酒を注ぐと、唯輝はすぐに上機嫌になって大声で笑った。
光政も、静かにその場を離れていた。
✿
光政が部屋に戻ると、千珠が上座の脇に座っている。光政は安堵して微笑むと、その隣に座った。手にしていた酒瓶を床に置き、杯に注ぐ。
「……もう、戻ってこないかと思っていた」
光政は杯に目を落としたままそう言った。
「夢か現か……俺、父上と母上に会ったんだ」
「ほう。そんなことが」
「俺、色々考えた。父上にも、言われた」
千珠は光政を見上げた。
「この手を必要としている人がいると、父上は俺にそう言って下さった。母上のいる場所から、お前が見えた。あんなお前の顔はもう、見たくない」
「千珠……」
「京に上る時、俺は父上に会う」
「朝廷の人間か?」
「ああ。神祇省の長官だ」
「そんな上の人間に会えるのか?」
「お前は帝に会うだろ?」
と、千珠は笑う。
久々に見た千珠の笑顔に、光政は思わずその身をぐいと引き寄せ、力を込めて抱き締めた。
「その笑顔に、焦がれていた」
千珠も光政の背に手を回すと、肩口に顔を埋めて大きな身体にしがみつく。
——……戦は終わった。俺の役目は、これで終わりだ。
でも、俺はここに居続けることだって出来る。
人間と共に生きる、そんな人生もいいじゃないか。
何をためらうことがある。
——だって今更、一人になんかなれない。ここが、俺のいるべき場所なんだ……。
光政の暖かく大きな手に愛撫を受けながら、千珠はそう、思おうとした。
東軍の中でも巨大な勢力を誇っていた中津川軍を失ったことで、難波江一族の権勢は見る間に瓦解してゆくことになった。
瀬戸内から青葉の背後を討とうとしていた海賊も、舜海の軍勢と千珠の力により全滅となった。
西軍連合に囚われた難波江利治の一族郎党は皆、敢え無く武州の地にて処刑された。
その二日後の夜。
千珠と舜海が京のはずれに仕度された屋敷にて青葉の軍勢と合流すると、そこは既に勝利を祝う宴の真っ最中であった。
光政をはじめ重臣たちが集い酒を酌み交わし、白拍子の雅やかな舞を眺めながら雑仕女達のもてなしを受け、皆が上機嫌であった。
二人の姿を見つけると、菊池宗方は杯を高く上げ「おお! 我らが軍神と、英雄が戻られたぞ!」と、大声を上げる。
若い女に左右を陣取られて酒を注がれながら、一人窓の外を眺めていた光政であったが、その声に顔を向ける。千珠と目が合うと、ほっとしたように微笑んだ。
舜海はすぐさま酒宴の円の中に混じって、上機嫌で酒を飲み始めたが、千珠はあまりの活気に気圧されてしまい、その場から動けずにいた。
「千珠殿も飲みなされ! そなたがおらねば我らの勝利はありえなかったのだからな!」
と、唯輝は今までのあれこれなどなかったことのような機嫌の良い赤ら顔で、満面の笑みを浮かべ声を掛けてきた。
千珠は軽く首を振ると「病み上がりゆえ、今日は遠慮させていただく。失礼」と、姿を消してしまった。
「相変わらずつれないのう」
「まぁまぁ。今日は飲むで!」
鼻を鳴らす唯輝の盃に、舜海は注意を逸らすようになみなみと酒を注ぐと、唯輝はすぐに上機嫌になって大声で笑った。
光政も、静かにその場を離れていた。
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光政が部屋に戻ると、千珠が上座の脇に座っている。光政は安堵して微笑むと、その隣に座った。手にしていた酒瓶を床に置き、杯に注ぐ。
「……もう、戻ってこないかと思っていた」
光政は杯に目を落としたままそう言った。
「夢か現か……俺、父上と母上に会ったんだ」
「ほう。そんなことが」
「俺、色々考えた。父上にも、言われた」
千珠は光政を見上げた。
「この手を必要としている人がいると、父上は俺にそう言って下さった。母上のいる場所から、お前が見えた。あんなお前の顔はもう、見たくない」
「千珠……」
「京に上る時、俺は父上に会う」
「朝廷の人間か?」
「ああ。神祇省の長官だ」
「そんな上の人間に会えるのか?」
「お前は帝に会うだろ?」
と、千珠は笑う。
久々に見た千珠の笑顔に、光政は思わずその身をぐいと引き寄せ、力を込めて抱き締めた。
「その笑顔に、焦がれていた」
千珠も光政の背に手を回すと、肩口に顔を埋めて大きな身体にしがみつく。
——……戦は終わった。俺の役目は、これで終わりだ。
でも、俺はここに居続けることだって出来る。
人間と共に生きる、そんな人生もいいじゃないか。
何をためらうことがある。
——だって今更、一人になんかなれない。ここが、俺のいるべき場所なんだ……。
光政の暖かく大きな手に愛撫を受けながら、千珠はそう、思おうとした。
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