32 / 339
第四章 苦悶、そして復讐
六、断ち切る
しおりを挟む
父に背中を押されると同時に、千珠は夜闇に引き戻され、意識は急激に時空を越えた。
目を開くと、そこは写し絵の中あった薄暗い社の中だった。あたりには誰もおらず、不気味なほどにしんとしている。
——あそこで見た通り、合戦へ……。
いてもたってもいられなかった。
千珠は血の匂い辿り、古社から飛び出し戦場へと全速で駆ける。
✿
男たちの雄叫びと悲鳴、地を踏み鳴らす轟音が近い。
山間を駆け抜け、吉野川を背に繰り広げられている合戦場に飛び出した千珠はひときわ高く跳躍し、合戦場のど真ん中にひらりと降り立った。
突如地に降り立った千珠の姿に、敵も味方も動きを止めた。ふわり、と千珠の周りに涼やかな風が巻き起こり、土埃を巻き上げる。
味方の兵からは、「千珠さまだ!」「生きておられたのか」などと声が上がり、東軍の兵たちからは、「白珞鬼だ! 英嶺山の奴らは何をしている!?」「しかしこのような子鬼ならば、我々の力でも……!」などとざわめきが聞こえてくる。
千珠は辺りを見回すと、手近な兵を捕まえて尋ねた。
「総大将はどこにいる?」
「か、風上におられるとのことです!!」
足軽兵らしき若い兵は、上ずった声でそう応じた。まだその後ろ姿しか拝んだことのなかった千珠に突然声をかけられて、完全に泡食っている様子である。
「お前が鬼族の生き残りとやらか!? 殺された仲間の恨み、ここで晴らしてくれるわ!」
高らかな声とともに、馬に乗った大柄な男が進み出てきた。
黒縅の厳しい鎧を纏い、居丈高な口調をする壮年の男である。
「我が名は中津川長兵衛! 東軍連合の要である!」
「……わざわざ名乗ってくれるとは、人間の戦は分かりやすくて良いものだな」
刀を振りかざして馬を駆り、一直線に斬りかかって来る武者を睨め付ける千珠の目が、ぎらりと光る。
千珠は軽く地を蹴り、中津川長兵衛に向かって跳んだ。
すれ違いざまに鉤爪を振るうと、がしゃん、と呆気なく武者の首が地に落ちて転がる。主を失った馬はそのまま何処かへ走り去ってしまった。
一瞬のことに、周りで刀や槍を振り回していた男たちの動きがぴたりと止まる。
「ここは任せるぞ!」
その場の大将を討ち取ったということになど毛頭興味はないといった様子で、千珠は掻き消すように姿を消した。
残された敵兵たちは、千珠の圧倒的な強さと、目にも止まらぬその動きに呆然としている。
千珠の存在に鼓舞された西軍が東軍を落とすのに、そう時間はかからなかった。
✿ ✿
風上へと旋風のように走っていると、また合戦の場面に行き当たった。
土煙で灰色に染まった世界の中、ひときわ鮮やかな緋縅の鎧が目に飛び込んでくる。光政だ。
千珠は数珠を外して懐へ収めると、宝刀を抜いた。
宝刀を唸らせ、光政の周りに群れる敵兵を一振りで薙ぎ払うと、ふわりと身軽に地面に降り立つ。
千珠の妖気があたりの土埃を吹き飛ばし、鮮やかになった色彩の中に、白い衣と銀色の髪がきらめいた。
そこにいた全ての兵が、呆然と千珠の登場を見守った。光政も状況が把握できない様子で、呆気に取られて目を見開いている。
「せ、千珠……?」
「見れば分かるだろ。それより、留守中の青葉に東軍の海賊が攻め入ろうとしている。早く誰かを戻したほうがいいぞ」
「な、何だと? それは誠か?」
光政は尚も驚きを隠せない様子でありながら、表情を引き締めて辺を見回す。
「舜海、行け! お前の軍勢なら足が速い。青葉を頼んだぞ!」
「おう!」
舜海は片手を挙げて自らの軍勢を率いると、その場を離れ始めた。
「俺も行こう。海賊はやっかいだからな」
と、千珠は雪崩込むように斬りかかって来る鎧武者をひらりひらりと舞うように蹴り飛ばしながら、そう言った。
「お前……もう大丈夫なのか?」
光政が心配そうな目を向ける。
「平気だよ。心配をかけてすまなかったな」
千珠はそう言うなり宝刀を逆手に持ち替え、背後の敵を貫いた。
「戦は油断禁物だぞ。殿」
そう言って、千珠は不敵に微笑む。
「……はは、お前らしくなってきた」
光政は安心したように笑うと、表情を引き締めた。
「俺の国を頼むぞ。お前が行くならなんの心配もないだろうがな」
「ああ、安心しろ。先に京で待っていてやる」
千珠はそう言い残すと、その場からふっと消えた。敵軍から、またひときわざわめきが上がる。
光政は人知れず安堵の笑みを浮かべ、刀を振り上げた。
「皆見たか! 千珠が戻った!! 我々には軍神がついている! 恐れず進め!! 勝利は我らのものだ!!」
光政がそう叫ぶと、西軍の兵から雄叫びが上がる。
士気に満ち溢れた西軍の兵に、東軍の兵士たちは後退りを始めた。
「全軍、進めーーーーっ!!」
目を開くと、そこは写し絵の中あった薄暗い社の中だった。あたりには誰もおらず、不気味なほどにしんとしている。
——あそこで見た通り、合戦へ……。
いてもたってもいられなかった。
千珠は血の匂い辿り、古社から飛び出し戦場へと全速で駆ける。
✿
男たちの雄叫びと悲鳴、地を踏み鳴らす轟音が近い。
山間を駆け抜け、吉野川を背に繰り広げられている合戦場に飛び出した千珠はひときわ高く跳躍し、合戦場のど真ん中にひらりと降り立った。
突如地に降り立った千珠の姿に、敵も味方も動きを止めた。ふわり、と千珠の周りに涼やかな風が巻き起こり、土埃を巻き上げる。
味方の兵からは、「千珠さまだ!」「生きておられたのか」などと声が上がり、東軍の兵たちからは、「白珞鬼だ! 英嶺山の奴らは何をしている!?」「しかしこのような子鬼ならば、我々の力でも……!」などとざわめきが聞こえてくる。
千珠は辺りを見回すと、手近な兵を捕まえて尋ねた。
「総大将はどこにいる?」
「か、風上におられるとのことです!!」
足軽兵らしき若い兵は、上ずった声でそう応じた。まだその後ろ姿しか拝んだことのなかった千珠に突然声をかけられて、完全に泡食っている様子である。
「お前が鬼族の生き残りとやらか!? 殺された仲間の恨み、ここで晴らしてくれるわ!」
高らかな声とともに、馬に乗った大柄な男が進み出てきた。
黒縅の厳しい鎧を纏い、居丈高な口調をする壮年の男である。
「我が名は中津川長兵衛! 東軍連合の要である!」
「……わざわざ名乗ってくれるとは、人間の戦は分かりやすくて良いものだな」
刀を振りかざして馬を駆り、一直線に斬りかかって来る武者を睨め付ける千珠の目が、ぎらりと光る。
千珠は軽く地を蹴り、中津川長兵衛に向かって跳んだ。
すれ違いざまに鉤爪を振るうと、がしゃん、と呆気なく武者の首が地に落ちて転がる。主を失った馬はそのまま何処かへ走り去ってしまった。
一瞬のことに、周りで刀や槍を振り回していた男たちの動きがぴたりと止まる。
「ここは任せるぞ!」
その場の大将を討ち取ったということになど毛頭興味はないといった様子で、千珠は掻き消すように姿を消した。
残された敵兵たちは、千珠の圧倒的な強さと、目にも止まらぬその動きに呆然としている。
千珠の存在に鼓舞された西軍が東軍を落とすのに、そう時間はかからなかった。
✿ ✿
風上へと旋風のように走っていると、また合戦の場面に行き当たった。
土煙で灰色に染まった世界の中、ひときわ鮮やかな緋縅の鎧が目に飛び込んでくる。光政だ。
千珠は数珠を外して懐へ収めると、宝刀を抜いた。
宝刀を唸らせ、光政の周りに群れる敵兵を一振りで薙ぎ払うと、ふわりと身軽に地面に降り立つ。
千珠の妖気があたりの土埃を吹き飛ばし、鮮やかになった色彩の中に、白い衣と銀色の髪がきらめいた。
そこにいた全ての兵が、呆然と千珠の登場を見守った。光政も状況が把握できない様子で、呆気に取られて目を見開いている。
「せ、千珠……?」
「見れば分かるだろ。それより、留守中の青葉に東軍の海賊が攻め入ろうとしている。早く誰かを戻したほうがいいぞ」
「な、何だと? それは誠か?」
光政は尚も驚きを隠せない様子でありながら、表情を引き締めて辺を見回す。
「舜海、行け! お前の軍勢なら足が速い。青葉を頼んだぞ!」
「おう!」
舜海は片手を挙げて自らの軍勢を率いると、その場を離れ始めた。
「俺も行こう。海賊はやっかいだからな」
と、千珠は雪崩込むように斬りかかって来る鎧武者をひらりひらりと舞うように蹴り飛ばしながら、そう言った。
「お前……もう大丈夫なのか?」
光政が心配そうな目を向ける。
「平気だよ。心配をかけてすまなかったな」
千珠はそう言うなり宝刀を逆手に持ち替え、背後の敵を貫いた。
「戦は油断禁物だぞ。殿」
そう言って、千珠は不敵に微笑む。
「……はは、お前らしくなってきた」
光政は安心したように笑うと、表情を引き締めた。
「俺の国を頼むぞ。お前が行くならなんの心配もないだろうがな」
「ああ、安心しろ。先に京で待っていてやる」
千珠はそう言い残すと、その場からふっと消えた。敵軍から、またひときわざわめきが上がる。
光政は人知れず安堵の笑みを浮かべ、刀を振り上げた。
「皆見たか! 千珠が戻った!! 我々には軍神がついている! 恐れず進め!! 勝利は我らのものだ!!」
光政がそう叫ぶと、西軍の兵から雄叫びが上がる。
士気に満ち溢れた西軍の兵に、東軍の兵士たちは後退りを始めた。
「全軍、進めーーーーっ!!」
10
お気に入りに追加
234
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
琥珀に眠る記憶
餡玉
BL
父親のいる京都で新たな生活を始めることになった、引っ込み思案で大人しい男子高校生・沖野珠生。しかしその学園生活は、決して穏やかなものではなかった。前世の記憶を思い出すよう迫る胡散臭い生徒会長、黒いスーツに身を包んだ日本政府の男たち。そして、胸騒ぐある男との再会……。不可思議な人物が次々と現れる中、珠生はついに、前世の夢を見始める。こんなの、信じられない。前世の自分が、人間ではなく鬼だったなんてこと……。
*拙作『異聞白鬼譚』(ただ今こちらに転載中です)の登場人物たちが、現代に転生するお話です。引くぐらい長いのでご注意ください。
第1幕『ー十六夜の邂逅ー』全108部。
第2幕『Don't leave me alone』全24部。
第3幕『ー天孫降臨の地ー』全44部。
第4幕『恋煩いと、清く正しい高校生活』全29部。
番外編『たとえばこんな、穏やかな日』全5部。
第5幕『ー夜顔の記憶、祓い人の足跡ー』全87部。
第6幕『スキルアップと親睦を深めるための研修旅行』全37部。
第7幕『ー断つべきもの、守るべきものー』全47部。
◇ムーンライトノベルズから転載中です。fujossyにも掲載しております。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる