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第一章 青葉の国
七、破戒僧・舜海
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二人で二ノ丸から屋外へと出てきた千珠と舜海は、互いに何も言わず、出方を窺うようにしばらくその場に突っ立っていた。
「お前……ほんまに男か?」
と、舜海が出し抜けにそんな事を訊ねてきたため、千珠はうんざりしたような顔をした。
「何をどうすれば信じる? 別に脱いでもいいが……」
「阿呆。お前の裸なんか見ても嬉しくないわ。だが驚きやな、こんな男がこの世におるとは。お前の母君はさぞかし美しいんやろうなぁ」
「一族で一番の美女だったと聞く。強さも、一族の中で右にでるものはいなかったと……どこまで本当か分からぬがな」
「お前は母を知らんのか?」
「俺が幼い頃に死んだらしい」
「そうか……」
舜海は黙って懐から数珠を取り出すと、しばらく黙って黙祷した。
二人はなんとなく連れ立って歩き、いつしか舜海が千珠に城の中を案内する格好になっていた。
「お前は殿に拾われて幸せや。これが東軍軍勢の誰かやったらと思うと恐ろしい」
「何故だ」
「東軍を束ねる難波江一族は、冷酷無慈悲な奴らでな。国も治安が悪く、荒れていて人民も苦しんどる」
「ふうん」
「お前があっちに付いてたら、この世はどうなることやら」
「国を変えるほどの力が、俺にあるとは思えないが」
「おや、気弱な発言やな。必ず勝利をもたらす伝説の白珞が口にする台詞とは思えへん」
「ふん」
千珠は鼻を鳴らし、舜海の袈裟に錫杖、そして刀というちぐはぐな格好をちらりと見て訊ねた。
「お前、その格好から見ると法師だろう? そんな物騒なもん、持ってていいのか」
「存在自体が物騒なお前に言われたないねんけど」
「失敬な奴め。せっかく力を貸してやろうと言っているのに」
「お前、ほんまに強いんやろうな?」
「ふん。ご所望とあらば、お前など一瞬であの世に送ってやる。直接仏とやらに会ってくるといい」
「あぁ? なんやと! 生意気な餓鬼やな。表出ろやこの野郎」
「ここは表だ、馬鹿者め」
「ぐぬぬ……!」
「何をやっているのだ、騒々しい」
女の声だ。
本丸御殿の前を歩いていた二人は、声のする方に顔を向けた。
石垣に腕組みをして倚りかかっているのは、真っ黒な装束に身を包み、不敵な笑みを浮かべた髪の長い女だった。
丈の短い黒い着物の下は、身体に添うように引き絞った黒い袴である。短く切った両袖と、鉄製の籠手の間に覗く肌は浅黒く日に焼けている。
忍装束という地味な出で立ちだが、その場が明るく照らされるような、若い女特有の華があった。
「舜海、こいつがそうなのか?」
「おう留衣、こいつが白珞族の千珠や」
「へぇ、忍者がいるのか? 初めて本物を見た」
と、千珠は年齢相応の子どもらしく、わずかに目を見開いて珍しげにそう言った。
「ふうん……なんだ、こんな生っちょろいやつが、本当に鬼か?」
と、留衣も無遠慮に千珠を眺め回しながら腰に手を当て、自分よりも少しばかり背丈の低い千珠を見下すように、勝気な口調でそんなことを言う。
「そうやで。千珠、こいつが光政殿の妹君、留衣や」
「ふぅん」
千珠は留衣の目つきが気に入らなかったのか、すぐさま興味を失ったようそっぽを向いた。留衣は千珠に歩み寄りながら、兄によく似た興味津々の笑みを浮かべている。
「爪を見せてみろよ」
千珠が黙って右手を差し出すと、留衣はその手を取り、掌を引っくり返したり鉤爪をつまんだりしながら、物珍しげに観察している。
「何故女のくせにそのような口調で、そんな格好をしているんだ」
「私は幼い頃より忍として修行を積んできた。今さら女の姿などできぬ。それにこっちのほうが動きやすくてよい」
留衣はそう言いながら、今度は千珠の耳を飾る耳飾りに目を留めた。
紅く細長い円筒状の石でできた小さな耳飾りは、金色の華奢な装飾が施され、篝火の光を受け、美しく透き通ってきらめいている。
「それは?」
「母の形見だ」
「きれいだな」
「やはり女やな。光物が好きらしい」
と、横で舜海が言う。
「悪いか? 美しいものは美しいのだ」
女と言われたことに腹を立てたのか、留衣はむっとした顔で舜海を睨む。
「はいはい。いちいち突っかかってくるな」
と、舜海は両手を挙げて降参の姿勢を見せた。
「お前こそ、立派な名をもらっておきながら殺生ばかりをして、恥知らずなやつめ」
留衣はため息混じりに首を振るが、舜海はそんな留衣の言葉に腹を立てるでもなく、きりりと表情を引き締める。
「俺は、仏のもとで意味のある殺生をしとる。全て天下平定のためや」
舜海の迷いのない言葉に、千珠はふと、人間と自分との間にある違和感を感じた。
鬼や妖は、己の本能に従って殺生をする。
しかしこれからは、この国のため、光政のために殺生をしなければならない。
千珠本人が望む望まないに関わらず。
一人になりたくないばかりに、光政の言葉を呑んだ。
まだ心も決まっていないのに……。
自分の意志のみできっぱりと道を選ぶ舜海のことが羨ましく、何だか少し、憎らしく思えた。
「お前……ほんまに男か?」
と、舜海が出し抜けにそんな事を訊ねてきたため、千珠はうんざりしたような顔をした。
「何をどうすれば信じる? 別に脱いでもいいが……」
「阿呆。お前の裸なんか見ても嬉しくないわ。だが驚きやな、こんな男がこの世におるとは。お前の母君はさぞかし美しいんやろうなぁ」
「一族で一番の美女だったと聞く。強さも、一族の中で右にでるものはいなかったと……どこまで本当か分からぬがな」
「お前は母を知らんのか?」
「俺が幼い頃に死んだらしい」
「そうか……」
舜海は黙って懐から数珠を取り出すと、しばらく黙って黙祷した。
二人はなんとなく連れ立って歩き、いつしか舜海が千珠に城の中を案内する格好になっていた。
「お前は殿に拾われて幸せや。これが東軍軍勢の誰かやったらと思うと恐ろしい」
「何故だ」
「東軍を束ねる難波江一族は、冷酷無慈悲な奴らでな。国も治安が悪く、荒れていて人民も苦しんどる」
「ふうん」
「お前があっちに付いてたら、この世はどうなることやら」
「国を変えるほどの力が、俺にあるとは思えないが」
「おや、気弱な発言やな。必ず勝利をもたらす伝説の白珞が口にする台詞とは思えへん」
「ふん」
千珠は鼻を鳴らし、舜海の袈裟に錫杖、そして刀というちぐはぐな格好をちらりと見て訊ねた。
「お前、その格好から見ると法師だろう? そんな物騒なもん、持ってていいのか」
「存在自体が物騒なお前に言われたないねんけど」
「失敬な奴め。せっかく力を貸してやろうと言っているのに」
「お前、ほんまに強いんやろうな?」
「ふん。ご所望とあらば、お前など一瞬であの世に送ってやる。直接仏とやらに会ってくるといい」
「あぁ? なんやと! 生意気な餓鬼やな。表出ろやこの野郎」
「ここは表だ、馬鹿者め」
「ぐぬぬ……!」
「何をやっているのだ、騒々しい」
女の声だ。
本丸御殿の前を歩いていた二人は、声のする方に顔を向けた。
石垣に腕組みをして倚りかかっているのは、真っ黒な装束に身を包み、不敵な笑みを浮かべた髪の長い女だった。
丈の短い黒い着物の下は、身体に添うように引き絞った黒い袴である。短く切った両袖と、鉄製の籠手の間に覗く肌は浅黒く日に焼けている。
忍装束という地味な出で立ちだが、その場が明るく照らされるような、若い女特有の華があった。
「舜海、こいつがそうなのか?」
「おう留衣、こいつが白珞族の千珠や」
「へぇ、忍者がいるのか? 初めて本物を見た」
と、千珠は年齢相応の子どもらしく、わずかに目を見開いて珍しげにそう言った。
「ふうん……なんだ、こんな生っちょろいやつが、本当に鬼か?」
と、留衣も無遠慮に千珠を眺め回しながら腰に手を当て、自分よりも少しばかり背丈の低い千珠を見下すように、勝気な口調でそんなことを言う。
「そうやで。千珠、こいつが光政殿の妹君、留衣や」
「ふぅん」
千珠は留衣の目つきが気に入らなかったのか、すぐさま興味を失ったようそっぽを向いた。留衣は千珠に歩み寄りながら、兄によく似た興味津々の笑みを浮かべている。
「爪を見せてみろよ」
千珠が黙って右手を差し出すと、留衣はその手を取り、掌を引っくり返したり鉤爪をつまんだりしながら、物珍しげに観察している。
「何故女のくせにそのような口調で、そんな格好をしているんだ」
「私は幼い頃より忍として修行を積んできた。今さら女の姿などできぬ。それにこっちのほうが動きやすくてよい」
留衣はそう言いながら、今度は千珠の耳を飾る耳飾りに目を留めた。
紅く細長い円筒状の石でできた小さな耳飾りは、金色の華奢な装飾が施され、篝火の光を受け、美しく透き通ってきらめいている。
「それは?」
「母の形見だ」
「きれいだな」
「やはり女やな。光物が好きらしい」
と、横で舜海が言う。
「悪いか? 美しいものは美しいのだ」
女と言われたことに腹を立てたのか、留衣はむっとした顔で舜海を睨む。
「はいはい。いちいち突っかかってくるな」
と、舜海は両手を挙げて降参の姿勢を見せた。
「お前こそ、立派な名をもらっておきながら殺生ばかりをして、恥知らずなやつめ」
留衣はため息混じりに首を振るが、舜海はそんな留衣の言葉に腹を立てるでもなく、きりりと表情を引き締める。
「俺は、仏のもとで意味のある殺生をしとる。全て天下平定のためや」
舜海の迷いのない言葉に、千珠はふと、人間と自分との間にある違和感を感じた。
鬼や妖は、己の本能に従って殺生をする。
しかしこれからは、この国のため、光政のために殺生をしなければならない。
千珠本人が望む望まないに関わらず。
一人になりたくないばかりに、光政の言葉を呑んだ。
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自分の意志のみできっぱりと道を選ぶ舜海のことが羨ましく、何だか少し、憎らしく思えた。
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