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34、語らい
しおりを挟む俺たちはアトリエを出て、大学をぐるりと取り囲む遊歩道を歩いている。大学はとっくの昔に冬休みに入っているから、学生の姿はほとんどない。
それでも、時折林の中でキャンバスに色を乗せる学生の姿を見ることもあった。ほとんど葉した木々の中、ふかふかの黄色い落ち葉の上ににイーゼルを立て、のんびりとした調子で絵の具を練っている学生の背中が遠くに見える。または、大きなカメラを胸に抱えて林の中を歩く学生の姿も。
静かで、穏やかな時間だった。風の音や鳥の声が微かに響くだけの、心地よい静寂。
俺たちは手を繋いで、申し訳程度に舗装された遊歩道をゆっくりと歩いた。
「……不思議なこともあるもんだな」
と、ティルナータはぽつりと呟いた。こうしてティルが落ち着くまでは、怒涛の質問攻めだった。「お前は何を言ってるんだ?」「どうして? どうしてそう言い切れるんだ?」「夢? 夢を見たってどういうことだ?」「いつそれに気づいたんだ!?」と、ティルナータは俺の胸ぐらを両手で掴み、勢い込んでそんなことを尋ねて来たものだった。
俺がこれまでに見た夢の話をしていると、ティルナータの瞳はうるうると潤み始めた。
俺が話していたのは、悠真である俺が知り得ない、ティルナータとセッティリオの過去の話。幼い頃のエピソードを懐かしく思いながら語るうち、ティルナータはついに泣き出してしまった。当たり前のことだが、すっかり混乱してしまったらしい。
首を振り振り涙を流すティルをしばらく抱きしめていると、ティルナータはふと顔を上げ、じっと俺の瞳を覗き込んでいた。そして、「外の空気を吸いたい」と言った。
そして俺たちは黙り込んだまま、しばらく遊歩道を歩いていたというわけだ。ティルナータは俺の手をしっかりと握って、泣き疲れた迷子の子どものような表情をしていた。それはとても無防備で、無垢な表情だった。
「……信じてくれた?」
「……信じざるを得ないよ。だって……そこまで詳しく、僕の幼少期を知っているんだから」
「だよなぁ。ま、でも、俺もまだよく分かんねーけど」
「でもなぜ……こんなことが」
ティルナータは俺の手を握ったまま、ふとその場に立ち止まった。真冬の冷たい空気が俺たちを包んでいるが風はほとんど吹いていなくて、頭上から差す太陽の光が、じんわりとあたたかい。
絹糸のような金髪の一本一本に、きらきらと陽の光が透ける様子は、とても綺麗だ。長いまつ毛には、ついさっき泣いた時の涙の雫がひとつくっついていて、まるで宝石のように光り輝いている。透明度の高いルビーのような瞳は、こっちの世界じゃあり得ないほど美しい色だ。
「……死ぬ間際……。一列に並んだ星々に、願い事をしたんだ」
「え……?」
「ティルと、戦のない国で一緒にいたいってさ」
「……僕と……?」
「その願いが叶ったんだろうなって、俺は勝手に思ってる。きっと神様が、俺にご褒美くれたんだろうなって。あの時城にいた敵兵は、俺の炎であらかた死んだはずだ。あの炎は、ちょっとやそっとじゃ消えないからな、城は焼け落ちたけど、場内にいた数百……いや、千あまりの敵兵は死んだと思う。ま、そのご褒美っつーか」
「……ご褒美って……軽すぎるだろ馬鹿野郎!!」
「ご、ごめんなさい!」
久々に、ティルナータに怒鳴られた。軍人らしいビシッとした鋭い声に、背筋が伸びるぜ……。
「そんな顔すんなって。俺は満足してるんだ。ちゃんとティルを守れたことも、平和な世界で……たった数日でも、ティルと一緒にいられたことも」
「……たとえまた、別れることになったとしてもか」
「そうだな……。別れはつらい、けど……でも……」
俺は冷え切った指でティルの頬を撫で、柔らかな金髪を白い耳に引っ掛けてやった。金色の、細い棒状の小さなピアスがキラリと光る。
「ティルはもう、自分の運命を受け入れてるんだろ?」
「……そうだな」
「だったら俺は、お前の背中を押すだけだよ。あの絵……まだ全然修復終わってないけどさ、お前の未来が見れて、俺は……なんつーか、嬉しかったし」
「……」
「ティルは、すっげーかっこいい王様になるよ。それがすごく誇らしい」
「誇らしい……か」
「だって俺は、子どもの頃のお前も、騎士として活躍していた時のお前も、こっちに来てからのお前のことも、お前の未来も、全部見れたってことじゃん……なんつうかもう、それだけで俺は……」
「……」
——そうしてティルナータの全てを見守ってきた。絵画を通じて、未来を見た。ティルナータの背中を押せた……。それで満足だ。思い残すことはない。
——……でも本当は、もっともっと、ティルナータのそばにいたかった。
言葉にしたら、身体がばらばらになりそうな気がして、俺はそれ以上何も言えなかった。息が詰って、胸が苦しい。
「うん……俺は、もうそれだけで……。ティルがこっちにいられる時間はあとちょっとしかないけど、俺……」
「ユウマ」
ティルナータが、ふと俺の言葉を遮った。
そして、どことなく寂しげな笑みを浮かべつつ、こんなことを言う。
「家に帰ろう」
「……え?」
「僕を、抱いてくれないか」
「えっ」
ティルナータは真っ赤に頬を染めつつも、真摯な眼差しで俺を見上げ、そう言った。無言で見つめ合ううちに、ティルナータの目はまたじんわりと潤みはじめる。その眼差しが、たまらなく色っぽいものへと、変わっていく。
「途中でやめないで、最後まで……僕を抱いて欲しい。ユウマの全てを、この身体に刻み込みたい」
「ティル……」
「お願いだ。僕は……ユウマに愛されたい。その記憶を、祖国に持って帰りたいんだ。この先どんなことになっても、ユウマに愛されたことを想い出せば……僕はきっと、強くあれると思うから」
ティルナータは俺の手を取って、手のひらにキスをしてくれた。愛おしげに俺の手に頬ずりをして、強請るような上目遣いで俺を見上げるティルの眼差しに、心臓が破裂しそうにドキドキした。
「帰ろう」
「……うん」
俺はその場でティルナータを抱きしめて、深々と頷いた。
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