ロスト・ナイト—異世界から落ちてきたのは迷子の騎士でした—

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22、もう一人の異世界人

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 ガタガタと砂利道を爆進してきたのは、数え切れないほどの黒塗りセダンだった。
 雑木林の中に作られた道は、ごつごつとした大きな石や細かい砂礫が転がっている。それらを乗り上げるたびに大きく車体を振動させつつ、黒塗りの車の群れが俺らのいる採石場へと集まってきているのだ。


 ——……な、何、これ……。九条のやつ、なんか変なもん召喚しちゃったんじゃねーのか!?


 俺たちが呆然とその光景を眺めていると、あっという間に採石場の周りは黒塗りセダンで取り囲まれた。車が止まるやいなやバタンバタンとドアが開き、どこからどう見てもカタギじゃない風貌をした若い男たちが俺ら四人を取り囲み、どこからどう見てもメンチを切っているようにしか見えない目つきで俺たちを睨んでいる。

 俺は淡島と九条と顔を見合わせつつ、即座にティルナータを腕の中に抱き込んだ。しかし、ティルナータはそんな俺の腕を跳ね除けると、ずいっと俺たち三人の一歩前へ出て仁王立ちをして、声高にこう宣言した。

「なんだ貴様らは!! 僕の主人とその友人たちに手を出すことは許さんぞ!!」

 一番か弱げに見えるであろう外国人の少年が最前線へ出て、しかも大声で自分たちを威嚇していることに驚いたのか、そのチンピラ風の若者たちは一瞬ひるんだような顔をした。しかし、その中でも特に強面で、どえらくゴツい身体をしたオールバックの男が、ティルナータの声量に負けじとこんなことを言う。

「ここはなぁ、俺たちのシマなんだよ!! いったいここで何してやがる!!」

「シマ……やと……? 知らんで、そんなん……」
「や、ヤクザのシマ……!? ちょ、九条お前!! なんつーとこで魔法陣展開してくれてんだよ!!」
「あー俺らもう死んだわー……。そこの砂利の山ん中に埋められてー、誰の目にも触れずお陀仏だぁ……」
「おい、このでかい男は何と言ったんだ?」

 チンピラの言葉が分からないティルナータは俺に通訳を求め、俺は九条の襟首をつかんで揺さぶり、淡島はやけに達観した表情を浮かべ、空を仰いで合掌している。
 するとオールバック男はブチ、とこめかみに青筋を浮かべ、やたら綺麗に撫でつけられた茶髪に櫛を入れながら、俺たちの方へ一歩一歩と近づいてくる。

「ここはなぁ、うちの若頭のお気に入りの場所なんだよ。てめえらみてぇなクソガキが勝手に入っていい場所じゃねーんだよタコ!! しかもなんだ!? 何だこの落書きは!?」
「え、えっと……す、すみません!! すぐにこれ、消して、ここから立ち去りますから!!」

 ヤクザ相手にものを言うのは死ぬほど怖くて膝が笑ったけど、フードかぶってガタガタ震えている九条と、すでにお迎えを待って空を仰いでいる淡島は到底頼りにならない。ティルナータはビビっている様子はないけれど、またメラメラ手から炎でも出されたら厄介だ。こんなやつらにあれを見られたら、ティルナータの身が余計に危ない気がする。

 だから俺は、ティルナータの襟首を引っ張って自分の背後に隠しつつ、震える声でそのオールバックにそう言った。するとオールバックはドスのような目つきで俺を見下ろし……ぐいっと、俺の襟を掴んで、ものすごい力で引き摺り寄せられ……って最近俺、なんかしょっちゅう首しめられてる気がすんだけど。


 ——ってか顔近い、タバコ臭い、目が怖い……うううっ……くそっ。何で俺がこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ!


「あ? 立ち去りますで済む問題じゃねぇんだよガキが。いいか? この土地買い上げるのにいったいいくら……」

「手を離せ」


 そして案の定、ティルナータが男らしく俺を救出にやってきた。俺はすぐに「お前は離れとけ!! 命令だ!」って叫んだんだけど、ティルナータはもう俺の言葉なんか耳に届いていないってくらい険しい顔をして、じっと男を睨んでいる。

 190は余裕で超えていそうな大男相手に、170センチ未満のティルナータが食らいついているという絵は、端から見れば哀れしか誘わないであろう不憫な構図だ。しかし、ティルナータは騎士なのだ。しかも、炎の使い手……。

「僕の主人に触れるなと言っているんだ」
「あぁ? 何だこのクソがき…………う……」
「手を離せと言っているんだ。これ以上ユウマに触れてみろ、貴様など一瞬にして灰にしてやるぞ!!」
「う、ぁ? うぉぁあああああ!!!!」


 ゴォオオッ……と、ティルナータが握りしめた男の腕が、紅蓮の炎に包まれて燃え上がった。男は驚愕と恐怖の表情を顔に張り付かせ、「あちい!! あちぃいいっ……!!」と身悶え、砂利だらけの地面をのたうち回る。


 無様に地面を転がる男を睥睨するティルナータの目に表情はなく、ルビーの瞳に自らの生み出した炎を冷え冷えと映している。ティルナータの足元からは、ぐるぐると激しく渦巻く熱風が巻き上がり、まるでティルナータを守るようかのように暴れまわっていた。そばにいた俺でさえ、とっさに距離を取らなければやけどをしてしまいそうなほどの高温に包まれていた。


 全く容赦のない仕打ちに、俺はただただ呆然とするばかりだった。
 ようやく我に返ったチンピラ集団の一人が、大慌てで上着を脱ぎ、それで男の腕の炎を叩き消そうと頑張っている。が、炎は一向に弱まる気配を見せない。そこにいる全員が恐れ慄いた表情でティルナータを見つめ、あたりは一瞬にして静まり返り、男の断末魔のような悲鳴だけが、採石場に響き渡っていた。


 その時、すうっと背中をなでるような冷気が、その場を一瞬にして包み込んだ。
 何事かと思ってあたりを見回すと、ぴき、ぴきと音を立てて、地面が白く凍り始めている。吐き出す吐息は白くなり、晴れ渡っていた空は一瞬にして曇天へと変化し、はらはらと白い雪が降り始めた。


 そして、炎に巻かれて苦しんでいた男の腕に……信じがたいことに、厚い氷がじわじわと這い上がっているではないか。ぴき、ぴきと微かな音を立てながら男の腕がそっくりそのまま氷の中に閉じ込められてしまうと、ティルナータの炎はようやく消えた。


「……お前の炎の気配を感じて、急いで来てみれば」


 その時、氷のようにしんと冷えた男の声が、やんわりと沈黙を破った。
 ティルナータを遠巻きに取り囲んでいたチンピラ集団の一角にさっと道ができ、こちらに歩いてくるすらりとした長身の男が見えてきた。


 艶のある黒髪を緩く束ねた、黒いスーツの男だ。
 姿勢が良く、歩き方も堂々としてしなやか。浮世離れした、華々しい美貌。男らしい体格をしているが、どことなく中性的な雰囲気をも漂わせる美しい男だった。


 その男はやけどを負った男のそばで一瞬立ち止まると、「よくやった」と一言告げる。その言葉を聞くや、リーゼント男は「ふぁ、ふぁいっ……」と涙を流しながら嬉しそうにこくこくと頷き、仲間たちに支えられて車の方へと戻っていく。


 そして黒いスーツの男は、ティルナータの目の前に立ち、まるで白い百合の花が開くような艶やかさで、微笑んだ。


「ようやく、ようやく見つけたぞ。ティル」
「……シュリ……?」
「ティル。……はぁ、この日をどんなに待ち望んでいたことか……!」


 シュリと呼ばれたその男は、ティルナータをひしと抱きしめた。懐かしげな笑みを浮かべてティルナータの髪に頬ずりをし、「よかった……!! よかった……!」と、何度も何度もつぶやいている。
 そして当のティルナータも、「ほ、ほんとに、シュリ……なのか?」と、戸惑いがちでありながらも、再会の喜びをかみしめるような声色で男に言葉を返し、スーツの男の腕にそっと手を触れた。

「どうして……? どうして、シュリがニホンにいるんだ!?」
「お前が白い光に包まれて消えてからずっと、お前の行方を捜していた。魔術師たちの持てる力すべてを使って、ありとあらゆる時代、ありとあらゆる国、ありとあらゆる時空を捜していたのだ」
「そ、それで、僕を見つけた……?」
「そうだ。そして俺は、術師たちの力を借りて、この世界へとやってきた。だがな……」


 シュリという男はそっと身体を離し、ティルナータを見つめてうっとりと微笑む。


「若干の誤差があってな。俺はかれこれ、五年も前からこの日本で暮らしている」
「えっ……!? 五年……!?」
「そうさ。おかげさまで、日本語も達者だ。そして、こちらの世界でも軍勢を得た」


 そう言って、男はちらりと背後に居並ぶチンピラ集団に目配せをする。すると男たちは「はぁぁ……」というため息とともに、シュリという男にうっとり見惚れているではないか。すげぇ……。


 ——ん? てか、軍勢……って、ヤクザの集団のこと? ついさっき”若頭”とか言ってたの、この人のことか!?


「そういうわけだ。だが、俺はお前を見つけた。これでようやく務めが果たせる」
「務め……って?」


 ティルナータの問いかけに、シュリという男はにっこりと微笑んだ。


「お前を、エルフォリアに連れ帰ることだ」
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