ロスト・ナイト—異世界から落ちてきたのは迷子の騎士でした—

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18、通う気持ちとキスの味

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「あ、いや、ええとそのっ!! でもお前は元いた世界に帰りたいわけだから!! そのための努力はもちろん惜しまないのであって!!」
「……ユウマ、それは……」
「だから、だから今のはっ!! 今の、うわっ……!」

 突然、ティルナータは俺の胸ぐらを掴んでいた手を離し、「……それは、本気か……?」と問いかけてくる。

「ええと、だからその……」
「本気かどうかと聞いているんだ!!」
「ほ、本気ですごめんなさい!!」

 ドスの利いた声に負けて、ついつい謝罪が混じってしまう……。ティルナータは俺の胸に抱きついたままそっと顔を上げ、怒ったような顔で俺を見上げている。

「なぜ謝る」
「だって……お前は、元の世界に戻りたいだろ? なのにこんなこと言われても、困る……じゃん」
「それは、そうだが……」
「いいんだ。俺が勝手にそう思ってるだけだからさ、気にしなくていいんだ」
「……?」
「嬉しくなって、つい本音が漏れちゃったんだ。ありがとうな、ティル。さっきお前が言ってくれたこと、すっげぇ嬉しかった」

 ぽんぽんとティルナータの頭を撫でると、眉間によっていたシワがふわりと消え、どことなく甘えたような表情になった。

「こっちの世界じゃさ、男が男に惚れるってのは、ちょっと普通じゃないんだよ。だから俺、なかなか自分の気持ちとか言えなくて、誰かにちゃんと想いを伝えたことなんてなかった。……だから、嬉しかった。ティルが俺のこと認めてくれてて、しかも俺といるのが好きとか言ってくれるとかさ……すげー嬉しい」
「……ユウマ。だから僕は、」
「うん、うん……いいんだって。お前に気持ちを伝えられて、よかったよ。だから気にすんな。俺、失恋には慣れてるからさ。ちゃんとティルのことを元の世界に戻せるように、」
「うぁぁもうイライラする!! だからそうやって、ぐだぐだと逃げ道作りをするのはやめろと言っているんだ!! いいから僕の話も聞け!!」
「ご、ごめんなさい!!」

 こめかみに青筋を浮かべたティルナータから浴びせられたのは、ビシッと背筋が伸びるような厳しい声。俺は速攻で口を閉じた。さすが軍人だぜ……。

 そしてティルナータは、強い眼差しを俺に向けながら、ゆっくりとした調子で問いかけてくる。

「男しか愛せなくて、何が悪い。こちらの世界でいう普通の生き方というものから逸れてしまうことは、そんなにも恐ろしいことか。命でも取られるのか?」
「えっ? いや、そんなことはねーけど……」
「僕が誰にでも性の相手になるなんてことを軽々しく言い放つようなふしだらな男に見えるのか!?」
「み、見えません!!」
「僕は……だから僕は、ユウマだからそうなってもいいと言ったんだ!!     そういう意味での好意だと言ってるんだ!!」
「ふぇっ……!?」


 変な声が漏れた。
 ティルナータはほんの少しばかり目元を朱に染めながら、思いっきりでかい声でそんなことを言い放った。


 ——……そ、それは……マジでか……?


「そっ……それは、ええと、ど、どういう意味……」
「いきなり性行為をしたいと言ってるわけじゃない……ただ、僕はもっと、ユウマと近づきたい。そうやって勝手に遠ざかっていかれるのは、すごくつらい」
「ち、近づきたいって……それ、ええと、俺、いったいどうしたら……」
「いちいちおどおどするんじゃない! それもで僕の主なのか!?」
「ごっ、ごめんなさい!」
「だから、自分勝手な屁理屈で、僕を拒絶するなと言っているんだ!! 僕にだって、感情はあるんだぞ!? そりゃ僕は、エルフォリアに帰らなきゃならない!! 戦況は気になるし、シュリが最後に言った言葉の意味だって気がかりだ!! 戻って、戦って、国を守って……僕はエルフォリアを守護する騎士だ!! こんなところで、平穏な温もりに歯牙を抜かれている場合じゃないんだ!! でも、でも……」
「……」
「どうしてか、ユウマといると、ものすごく安心する。あんたから与えらえるぬくもりを、とても幸せだと感じてしまう。こんなにも穏やかな気持ちになったのは、生まれて初めてだ。僕は……ユウマともっと、この平穏な時間を……」


 俺は思わず、ティルナータを引き寄せて、抱きしめた。
 ティルナータも混乱しているのだろうか……。凛々しい口調ではあるけれど、そこには若干涙声が混じっているように聞こえて、守ってやらなければという気持ちになった。

 戻らなければならないという義務感や焦燥感がある反面、俺ともっと一緒にいたいと思っていてくれていること……それがようやくリアルに伝わってきて、今まで以上にティルナータを愛おしく感じる。俺はふわふわとした金色の髪に鼻先を埋めて、痩身を抱きしめる腕に力をこめる。

「……刹那でもいい。僕の気持ちに、応えてほしい」
「……うん。お、俺でよければ……」
「ほら、またそういう卑屈な言い方をする。そういうのをやめろと言っているんだ」
「ご、ごめん」
「……僕は、ユウマがいいんだ」

 ティルナータは俺の腕の中で顔を上げ、今までの険しい表情が嘘のように柔らかく微笑んだ。
 まるで常闇の世界に光がさすかのような神々しい微笑み。俺はそのまぶしさと愛おしさに目を細め、そっとティルナータの唇にキスをした。

「……ん……」

 ふわりと、とろけるようなキスの味だ。ティルナータの腕がするりと首に絡まって、身体同士が密着する。俺はティルナータの腰を抱き寄せ、サラサラの金髪を撫でた。角度を変えつつティルナータの唇の弾力を味わっていると、ずっと身の奥に押し込めていた熱いものがじわじわと溢れ出してくる。

「んっ……ぁ……」
「ティル……」
「っ……はぁ……っ」

 突き動かされるままにティルナータとキスを交わしながら、俺はひょいとその身体を横抱きにして、ベッドへ運んだ。
 ティルナータを横たえ、ゆっくりとその上に覆いかぶさると、さっきよりも深く激しいキスを浴びせた。ティルナータもそれを拒まない。セーターをたくし上げていくと、ティルナータは自分から身をくねらせてそれを脱ぎ捨て、白い裸体を俺の眼の前に晒した。

 生唾が滴りそうなほどに、美しい裸体だった。
 いつもは見るのを避けていたから、ちゃんとティルナータの身体を見るのは初めてだ。

 痩せて見えるけれど、眼の前に横たわる彼の上体は、しなやかに引き締まった筋肉で覆われている。みぞおちのあたりでキラリと光る金色のペンダントヘッドには、何やら文字のようなものが刻まれていて、ティルナータの瞳の色とよく似た石がはまっていることに気がついた。

 その装身具も美しいが、緊張気味に上下する白い胸元を彩る薄い桃色のそれも、途方もなく可愛いと思った。初々しい清らかさを見せつつも、それは既に俺を誘って淫らに硬さを持ち、俺の愛撫を待っているように見える。

 どこも触らず、キスもせず、じっと身体を観察されることに羞恥心を抱いたのか、ティルナータは顔を赤くして身をよじった。

「……じ、じろじろ見るな……!」
「えっ、あ、ごめん。でも……すごく、きれいだから、見惚れてた」
「……ユウマも、脱いでくれ。肌に触れたい」
「あ、うん……」

 するりと上を脱ぐと、ティルナータの瞳が小さく潤んだ。枯れ木だ薄い身体だなんだかんだと言われたから、あんまりティルナータの前で脱ぎたくはなかったけど……俺だって、そんなに弱々しい身体をしてるわけじゃないんだ。自信を持て、俺……と、言い聞かせつつ、もう一度ティルナータに身を寄せる。

「……ユウマの身体も、きれいだ」
「え、まじか? いいよ、無理にそんなこと言わなくても」
「無理にじゃない。服を着ていては分からなかったが……まさかこんなにも逞しい肉体を隠し持っていたとは……」

 そう言って、ティルナータは俺の腹筋を指でなぞる。くすぐったさに負けて、俺はすぐにその手を取り、ベッドの上に押し付けた。

 そして、今度は優しく優しく、ティルナータの乳首に唇を寄せる。
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