ロスト・ナイト—異世界から落ちてきたのは迷子の騎士でした—

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17、ティルナータ、キレる

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 ティルナータの顎を掴んで、俺は強引に唇を奪った。歯列をこじ開けるようにして舌を挿し入れ、思うさま口内をかき乱す。
 そして同時にティルナータのセーターの中に手を差し込み、冷え切った手で無遠慮に肌を撫でた。するとティルナータはくぐもった声を漏らし、びくっと身体を揺らして顔をそむけようとする。


「ゆっ……ユウマっ……」
「してくれるんだろ? 性の相手」
「こんなっ、何で急に……っ」


 ほっそりとした首筋に舌を這わせ、所有印を刻むようにきつく吸う。ティルナータが抵抗の意思を示すたびに金色のピアスがキラキラときらめき、長い金髪が床の上で波打った。

 突如俺が男の本性を丸出しにしたことに怯えているのだろう。その気になれば、俺なんかすぐに跳ね除けてしまえるだろうに、ティルナータは全身は硬く強張ったままだ。

 セーターの中を這い回っている左手を胸元まで持ち上げると、あの日触れるのを我慢したティルナータの胸の飾りへと指を伸ばす。緊張と恐怖の表れか、そこに少し指を這わせるだけで、ティルナータの乳首は硬くしこった。

「……っ……んっ」
「触りたかったよ、ここも。でもずっと我慢してた。ここを舐めて、ティルナータがどんな反応するのか、知りたかった」
「や、めろっ……!!」
「ここも、触りたい。……触るだけじゃ足りない。しゃぶってやりたい。お前がどんな顔してイくのか、見てみたい」
「ぁっ……!」

 ティルナータの脚を開かせ、身体の中心に太ももを擦り付けながら、ティルナータの耳穴を舌先でくすぐった。そこは当然のように何の反応も示しておらず、ティルナータが俺のおぞましい行為に怯えきっていることが感じ取れた。

 俺はもう一度、ティルナータの細い顎を掴んで上を向かせた。
 緩やかな上り眉をハの字にして、真紅の美しい瞳を涙で潤ませ、ティルナータは不安げな眼差しで俺を見上げている。みるみるふくれ上がっていく涙が雫となって、すうっと滑らかな頬の上を滑り落ちた。


 そこまでしてようやく、俺はティルナータの手首を戒めていた利き手から力を抜いた。
 俺の手形が赤い痣となり、ティルナータの細い手首に痛々しい痕跡を残している。


 俺はティルナータの上に四つ這いになったまま、はぁ……っと大きなため息をついた。


「……セックスの相手になるとか、簡単に言っちゃダメだ。嫉妬に負けて、自分を見てもらうためだけに身体を差し出すなんてこと、絶対にやっちゃいけない」
「……うっ……」
「ごめん……泣かすつもりはなかったんだ。でも、自分の価値を下げるようなこと、お前には言って欲しくなくて」


 性欲をぎらつかせ、自らの身体を狙って襲いかかってくる男がどれだけ恐ろしいか。同じ男であったとしても、自分をセクシャルな部分に狙いを定め、がむしゃらに攻め立ててくる男が、どんなに汚らわしく、獣じみているか……ティルナータにはそれを知って欲しかった。

 俺は高校生の頃、性的な興味と人恋しさから、出会い系サイトに手を出したことがあった。ただの興味半分、本当に、恋人になってくれるような相手に出会えたらいいのにという期待半分で登録してみたら……あっという間に数十人の男から声をかけられた。
 男子高校生で、初物、タチ希望……このワードに、出会いを求めたゲイたちが食いつかないわけがない。俺は比較的普通そうで、安全そうな男の人を選別し、俺はその男とサイト上のメッセージ機能を使ってしばらくやり取りをしていた。

 そしていつしか、俺はその男にことば巧みに操られ、メールアドレスと電話番号を聞き出されてしまった。簡単なことだったと思う。不慣れで、”これが真の出会いなのではないか”などという浮かれた幻想を抱いていた俺みたいなアホを釣るには、ほんのちょっとの甘いセリフがあれば十分だったのだ。

 その日から、俺の携帯にはその男からの卑猥なメールが届きまくった。『早く会ってセックスしよう』というメッセージとともに恥部を撮影した写メが送られてきたり、留守電にはその男が自慰に耽っているような音声が記録されていた。吐き気を催すような視覚的、聴覚的な攻撃に俺はすっかり参ってしまい、しばらく食事が喉を通らなくなった。街を歩けばその男がどこかから襲いかかってくるような気がしてとてもとても怖かった。……その時、俺は自分の浅はかさを思い知ったのだ。


 こんなにも美しく、清廉な心を持つ少年だからこそ、簡単に貶められて欲しくない。
 凛々しく気高いティルナータの肉体を、俺なんかの薄汚い欲情で穢されて欲しくない……。


 ティルナータは、俺の元に降りてきた天使のような存在だ。共に過ごした時間は短いけれど、俺は確実にティルナータに惹かれつつある……というか既に、惚れている。


 無条件に俺に頼って、甘えて、俺の存在価値を認めてくれて、花の咲くような笑顔をくれて……。このままじゃ俺は、引き返せなくなるほどに、ティルナータを求めてしまう。ティルナータ自身が俺から一線を引いてくれなければ、俺はきっと……。


「ごめん……怖かったよな。だからさ、もうちょっと俺との距離感、考えたほうがいい。じゃないと俺……絶対、またこうやってティルナータのこと襲おうとしちゃうから……」
「……」
「ごめん。やりすぎて、悪かった」

 俺は立ち上がり、仰向けになって呆然としているティルナータにそっと手を差し伸べた。まぁ、その手をティルナータが掴むはずはない。きっともう、ティルナータは自分から俺に触れてこようとか、魔力を分けてくれだとか、そんなことは言わなくなるだろう。

 それでいい、そうじゃないと困る。戻れなくなる。俺は、こいつを元の世界に戻す方法を考えなきゃいけないんだ。ティルナータには、帰るべき場所があって、きっとこいつの帰りを待っている人たちがたくさんいるはずだ。こんなところに、いつまでも存在し続けていいはずがないのだ。

 俺は、差し出した手を引っ込めた。するとティルナータはゆっくりと身体を起こし、乱れた長い髪もそのままに、じっともの言いたげな瞳で俺を見上げてくる。

 そういう目つきも、やめてほしい。……ドキドキするんだ、すごくきれいで、可愛くて、どんな手を使ってでも自分だけのものにしたいとか、物騒なことを考えてしまう。


「ユウマ……」
「さーて。何か食うか? 腹減っただろ?」

 俺は気を取り直すために明るい声を出すと、立ち上がり、アウターを脱いだ。

 すると、キッチンに立つ俺の背中に、ティルナータがきゅっと抱きついてきた。心臓が止まりそうになる。びっくりしたのと、嬉しいのと、俺の言ってることがまだ分かんねーのかっていう腹立ちと戸惑いで。


「離せよ。また怖い目にあいたいのか」
「僕は、ユウマと暖かいフトォンの中にいるのが、好きだ」
「へ?」


 ……な、何を言い出すんだこいつは……!? もっと訳が分からなくなり、俺はひしと抱きついてくるティルナータの方を首だけで振り返ってみた。俺のセーターに顔を埋める金髪のつむじを。


「ユウマと肌を触れ合わせていると、すごく気持ちがいい。ユウマの魔力を分け与えてもらって、僕はすごく嬉しかった」
「だから、俺は魔力なんて、」
「今日、他の男に抱きつかれているユウマを見て、嫌だと思った。ユウマは僕にだけ触れていてほしい。このぬくもりを、他の誰にも奪われたくない。ユウマの優しい眼差しを、僕以外の誰かに向けて欲しくない」
「そ、それは……お前が慣れない土地で不安だから……俺しか頼れる人間がいないからであって。ええと、つまり、俺を奪われたくないってのは、」
「……もう、黙れ」
「えっ」


 ピシリ、とティルナータは低い声で呟いた。聞いたことがないくらい、ドスの効いた声で……。


 そしてジロリと俺を見上げてくる深い緋色の三白眼……。こ、怖ぇええ……!!


「いい加減にしろ!! ぐだぐだとくだらん理由をつけて、僕の好意を無碍にするなと言っているんだ!!」
「ごっ、ごめんなさい!!」


 突如声を荒げられ、俺は仰天して飛び上がった。ティルナータは赤い瞳の中にごおおと怒りと苛立ちをはっきりと燃え滾らせ、恐ろしいほどに凄みのある目つきで俺を見上げている。そして、そのまま、ぐいっと襟首を掴まれて……。


「あんたが頼れる人間だと判断したから、僕はあんたを頼ったんだ!! もし、ユウマが僕にとって、そばにいる意味も価値もないようなくだらん人間だったなら、僕はとっととあんたの前から立ち去っている!! それくらいの観察眼は持っている!! 馬鹿にするな!!」
「ご、ごめんなさい!!」
「黙って聞いていれば”俺なんか俺なんか”と情けないことばかりほざきやがって!! 僕はな、そういううじうじと後ろ向きに悩むやつが大嫌いだ!! ユウマに価値がないだなんて、誰が決めたんだ!? あぁ!? 誰かにそう言われたのか!? あの娼婦のような男にそんなことを言われたのなら、僕はあいつを半殺しにしてもいいんだぞ!?」
「い、言われてないです!! 誰にもそんなこと言われてないです!!」
「じゃあなぜだ!? 何故僕を遠ざけようとするんだ!? そんなに僕がここにいるのが迷惑なのか!? そんなに僕が嫌いなのか!!」
「ち、ち、ちがうっ……!! そんなわけねーだろ!! 俺は……俺はこれからもずっとずっと、ティルナータがここにいてくれたらどんなにいいかって……」


 あれよあれよという間に本音を引き出され、俺は思わず口をつぐんだ。
 ティルナータは目を瞬き、はっとしたように俺の襟首を掴みあげている手から力を抜いた。
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