ロスト・ナイト—異世界から落ちてきたのは迷子の騎士でした—

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14、フードの下には

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「えっ!? お、おまえ、マジで言ってんのかよ……?」
「マジやマジ。だってさぁ、そんなん、すごいやん! 僕もそんなん経験してみたいやん? まるでファンタジーやで? すごすぎるやん!!」
「そ、そりゃ、そうかもしれねーけど……それが原因かは分かんないわけだしさ」
「試す価値あると思うねんな!! 血、血ぃくれ!! 血!!」
「ちょ、迫ってくんな。ティルナータがまた怒る」
「おう……」

 九条は目をギラギラさせながら再び俺に迫ってきていたけど、厳しい目つきで俺の傍にいるティルナータを見て、もう一度身を引いた。そして、「なぁ、頼んでみてーな」と小声で付け加える。


「……う、うーん」

 一応その旨を伝えてみると、ティルナータは「……ふむ……。ユウマがそうしろというのなら……」と、不服げな顔で俺を見上げた。俺だってティルナータの血をこんな不気味な奴に飲ませるなんてことしたくないけど、言葉が通じる人間が増えたら、ティルナータにとっても心強いかもしれないな……ということを思ったりもする。だから気は引けるが、俺はティルナータに「試してみよう」と告げた。

「……わかった」
「ごめんな。でも、血って、どうしよ」
「指先を、歯で傷つければいい」
「げ、なにそれ、痛そう。やっぱやめとくか……そんなことさせられねーよ」
「いや、僕自身も試してみたくなった」

 そう言ってティルナータは、かりっと自らの人差し指の先端を噛んだ。するとぷっくりとした鮮血が傷口から玉のように盛り上がり、みるみる指の腹の方へと流れ出していく。

「お、おおっ。血……俺、血ぃとか舐めんの初めてやねんけど……。うわ、怖。どないしょ……」
「何言ってんだよ! お前がそうしたいっていうからこいつは!」
「分かってる、分かってるて!」

 九条はごくりと唾を飲み下し、するりとマスクを外して、フードを少しだけ持ち上げた。

 そこに現れたのは、意外にも整った形状をした高い鼻と、形のいい細身な唇、そしてはっきりとした二重まぶたの切れ長の目。肌の色は青白く、不健康そうな印象は変わらないけれど……おいおいおいおい、九条!! めっちゃお前、イケメンじゃねーか!! つうか美人じゃねーかよ!! 

「な、舐めるで……?」
「うむ……」

 言葉は違えど、二人の間でこれからなされるであろという行為はお互いに理解されているらしい。こくりと二人は頷きあって、ティルナータはすっとテーブルの向かいに座る九条に向かって指先を差し出した。そして九条は、乾燥した唇を潤すようにペロリと一回舌なめずりをして、首を伸ばしてティルナータの指先に唇を近づけていく。

 九条の赤く艶めいた舌が、細い唇の隙間からちらりと見えた。こわごわといった様子の九条はきゅっと目をつむって、ティルナータの指先にそっと唇で触れると、その赤い舌を伸ばして、白い指に滴る血液をゆっくりと舐め取った。

「……んっ……」
「はぁ……」

 指先を舐められてぞわっと身体を震わせ、小さく声を漏らすティルナータと、血液で唇を赤く染めて変なため息をつく九条。

 ……しかも、九条は意外にも美人……男だが美人と形容したくなるような線の細い美形だ。そ、そんなふたりのそんな行為を見せつけられた俺……どうしよ、何これエロい。美形同士のこんな行為……倒錯的でマジエロい……。


「ど、どうだ……? ティルナータ、何か喋ってみろよ」


 妙なドギマギを紛らわせるべく、俺はティルナータにそう言って反応を見た。ティルナータは傷ついた指先をちゅうっと唇で吸いながら、若干潤んだ瞳で俺を見上げる。……だから、そういうのやめて。エロいからマジやめて。

「九条、僕の言葉が、分かるか?」
「……」

 九条は黒いフードの中がキラキラしそうに美しい顔を悩ましげに歪めて、じっとティルナータを見つめ、そして俺を見た。おいおいおいおい、まつげ長っ。鼻筋通ってて細面で、なんでこんな綺麗な顔してんのにマスクとフードとかで隠しちゃうんだ!?

「おい、九条。どうだよ」
「……時田くん」

 ごく、と俺とティルナータが固唾を呑む。
 すると九条は、目を伏せてマスクを装着し、つぶやいた。

「……分かれへん」
「そ、そうか……」
「はぁ……なんで僕には時田くんに訪れたような奇跡が降臨せえへんねやろ……」
「いやいや、異世界人とこうして向かい合ってるって時点で、相当すごい経験してると思うんですけど。それに、昨日の、ティルナータの火も見たろ? あんな経験、他のやつらができることじゃねーよ?」
「時田くん……」

 って、なんで俺、九条を励ましてんだ。まぁでもその甲斐あって、九条はもう一度目を輝かせ、舐められ損のティルナータに向かってペコペコと頭を下げ始めた。

「そう、そうやんな……!! そうやんな……! ティルナータさん、日本語は僕がちゃんと教えたるから、これからも仲ようしたってな!」
「……うむ、構わんぞ」
「ありがとうな……!!」

 会話は成立しているけど、この二人は日本語とエルフォリア語で喋ってる。そして早速、九条による日本語講座が始まった。


 ——……まぁ、こうしてティルナータの理解者になろうって進んで手を差し伸べてくれる奴が現れたってことは、俺にとっても喜ばしいことだ。


 仲良く学食のポテトフライをつまみ始めたふたりを微笑ましく眺めていると、ポンと俺の肩に誰かの手が置かれた。
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