ロスト・ナイト—異世界から落ちてきたのは迷子の騎士でした—

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11、口移しで満たすもの

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 その後、店員さんや消防隊員たちへの対応は淡島と九条が進んで引き受けてくれた。

 もし警察沙汰にでもなって、ティルナータの身元などを尋ねられたら厄介だ。それに、ショッピングモールの人混みにさえくたびれ果てていたティルナータを、警察になんか連れて行きたくはない。

 かくして俺たちは、店内がパニックになっている間にそっとその場を抜け出して、ずぶ濡れのまま車に乗り込み、急いで家まで帰ってきた。

 二人ともずぶ濡れだったけど、とりあえず早くその場から立ち去りたいっていう思いが強かったし、たった十分程度の道のりだからとたかをくくっていたのがよくなかった。家に帰り着く頃にはティルナータの顔色は真っ白になり、身体をかき抱いてガタガタ震えているという有様だった。

 ティルナータを支えて帰宅すると、すぐにエアコンとヒーターの電源を入れて部屋を暖めた。部屋の電気もつけずにバスルームへ走り、乾いたタオルを取ってきてティルナータの髪をがしがしと拭いつつ、俺も身体に張り付いたVネックセーターと長袖Tシャツを脱ぎ捨てる。
 恥ずかしいとか照れくさいとか言っている場合じゃない。ティルナータの顔色は蒼白だし、俺自身も身体が芯まで冷え切っている。

 ティルナータの白いセーターを脱がせ、せかせかとズボンも脱がせようとジッパーに手をかけた。すると、されるがままになりながら、ティルナータは「ユウマ……すまなかった……」と呟く。

「? なに謝ってんだよ」
「……あそこで、炎を出してはいけなかったんだろう……? だからユウマは、怒って豪雨を降らせたんだろう……?」
「え? いやいや、違うよ。俺がやったわけじゃなくて……ええとあれは、火事を防ぐためにー……あぁもう、後で説明するから、今はとにかく濡れた服を脱いで、身体をあっためないと!」
「さむい……」

 ティルナータの額に手を当てると、案の定かなりの高熱を感じた。これはやばい、やばい。多分、三十九度いってる。どうしよう。

 ぐったりしていて呼吸も浅いし、身体の震えもとまらない。俺はすぐにティルナータをベッドに寝かせて、ぐっしょりと濡れたズボンと下着を脱がせてしまうと、乾いたタオルで身体を包んで毛布をかけ、その上に羽毛布団をかけてやった。

 そして自分もすぐに乾いた服を着込んでから、ベッドに横たわるティルナータの枕にアイスノンを敷く。ティルナータは苦しげに呻き、浅い呼吸の下でまた、「さむい……」と訴えた。

「やばい……すぐ着替えさせなきゃ……。ええと、あったかいパジャマ……」
「ユウマ……」
「大丈夫か? 何か飲む?」
「……僕はこのまま……死ぬんだろうか……」
「ええっ? ……いやいや、死ぬわけねーだろ! 大丈夫だよ、ただの風邪! しっかりしろ、こんなのこっちの世界じゃよくあることだ!」
「……さむい……身体が、身体中が、痛むんだ。どこにも傷など負っていないというのに、痛い……」

 ティルナータは蚊の鳴くような声でそんなことを呟き、心細そうな目つきで俺を見上げている。暗闇に目が慣れてくると、ティルナータの瞳がうるうる頼りなく潤んでいるのが分かった。

 ティルナータにとって、これは初体験の苦しみなのだろう。風邪のひき始め独特の悪寒や関節の痛み、頭痛や喉の違和感などはひどく不快だし、心細さを感じるのも分かる。しかも、見ず知らずの土地で……。

 俺はティルナータの枕元に座り込み、今もかすかに水気を含む頭をゆっくりと撫でた。優しく、ティルナータを安心させるように、ゆっくりと。

「大丈夫だよ。水分摂って、あったかくして、いっぱい飯食ってりゃすぐ治るから。大丈夫」
「……本当か……?」
「ほんとだよ。主の言うことが信じられないのか?」
「……ううん……」

 ティルナータはいくらか安堵したように目を細め、ふうっと長いため息をついた。気持ちは落ち着いたかもしれないが、言葉だけでは身体のつらさを取り除いてやることはできない。俺はおかゆでも作ろうかと思い立ち、キッチンの方へ行こうと立ち上がりかけた。

 すると、離れていこうとする俺の手首を、ティルナータが弱々しく掴む。昼間骨が折れそうになるくらい強く腕を握り締められた時とは比べ物にならないほど、儚げな指の力だった。

「……分けて……くれないか……」
「え? 何を……?」
「魔力を、僕に……」
「え、わ、分けるって言われても俺、魔力なんか持ってねーよ」
「ユウマは、魔術師じゃないか……お願いだ、足りないんだ、力が……」
「そんなこと言われても、」

 くいっと腕を引かれて、俺とティルナータとの距離が縮まる。

 魔力を分けて欲しいなんて言われても、そもそも俺はただの人間だ、ティルナータの役に立てるわけがない……。ティルナータを宥めて服を着せ、暖かくして眠らせることが俺のやるべきことなのに、まるで身体はいうことを聞かなかった。

 それほどまでに、ティルナータの潤んだ瞳に誘われた。
 暗がりの中で見る潤んだ真紅の瞳は、今はなんとも言えず複雑な色あいを見せている。どこまでも澄み渡る夕暮れ時の空のようでありながら、燃え盛る炎を抱いているようにも見えて……その不思議な美しさから目が離せなかった。

 薄く開かれた小さな唇が、俺を求めている。それが分かる。ティルナータは、キスを求めているのだと。口移しで魔力を分けて欲しいと訴えていることが伝わってくる。

 俺はベッドサイドに跪き、ティルナータに近づいた。分け与えられるものなど何一つ持っていないというのに……。

「ユウマ……はやく、頼む……」
「でも、俺は」
「……はやく」

 シャツの襟を掴まれ、引き寄せられるままに、俺はティルナータの唇にキスをしていた。
 しっとりと濡れた唇が俺の唇の下で蠢き、吐息を盗み出すように深く呼吸している。高熱のせいで熱く熱く熟れた唇は、まさに吸い付くような柔らかさで、なんとも言えないほどに気持ちがいい。積極的に俺の唇を求めて、呼吸を合わせて弾む胸の動きはぞくぞくするほどに色っぽく、ついその先に続く行為を連想してしまう。

 ずきん、と下半身が痛むのは、ティルナータとのキスで性的な興奮に火がついてしまったせいだろう。俺はいつしか身を乗り出して、自分からティルナータの口内に舌を挿し入れていた。ティルナータがそれを拒まないのをいいことに、少しずつ少しずつ、奥へ。さらに深くへと。

「…………んっ……」

 苦しげに息を吐くティルナータの動きで、失いかけていた理性がわずかに戻ってくる。俺ははっとして身体を離しかけたけど、ティルナータは俺の襟を握り締めたまま、心底心地よさそうに、とろんと蕩けた眼差しで俺を見上げてくるのだ。


 ——……その目つきは、マジで、ヤバいって……。


 くらくらと目眩を引き起こされそうになるほどの蠱惑的な目つきだ。俺は咄嗟に目をそらし、そのままティルナータから逃げようと思った。だってもう、俺のペニスは完全に目を覚ましている。たった数回のキスで、俺のあそこは完全に猛り盛っているのだ。これ以上ティルナータと見つめ合っていたら、俺は……。


「ご、ごめん……やり過ぎた」
「ユウマ……もっとだ」
「え、でも。俺にはそんな力は、」
「あたたかい……ユウマの力が、満ちてくる……」
「俺の力って、そんなもん……あるわけ」
「もう少しだけ……」

 する、とティルナータの裸の腕が首に絡んだ。その拍子に布団がめくれ、ティルナータの白い上半身が暗がりの中に浮かび上がった。


 しなやかで、うっとりするほどに美しい艶を湛えたみずみずしい裸体が、俺の眼の前にさらされている。俺は求められるままベッドに上がり、布団の中に滑り込んでティルナータの身体をぎゅっと強く抱きしめた。

「……っ、はぁ……」

 強く抱きしめすぎただろうか。ティルナータが零した吐息はどことなく苦しげだったけれど、俺の首に絡まる腕の力は緩まることはない。俺の肩口に顔を埋め、縋るようにシャツをぎゅっと握りしめている。

 少し身体を離してティルナータの顔を見つめると、重たげに長い睫毛が持ち上がり、潤んだ緋色の瞳がうるりと揺れた。なんて綺麗な赤だろう。透明度が高く深みがあって、情熱的な……ティルナータがその手に生み出した炎のような、美しい色彩だ。


「ユウマ……もう一度……」
「……うん……」


 どうして、俺には魔力なんかないのに、どうしてティルナータは俺にもう一度キスをせがむんだ。そんな疑問と、痺れるような快感の渦が、脳内をぐるぐるとめぐっている。

 ティルナータの唇は熱く、自ら進んで俺のキスを求めてくれる。俺が調子に乗って挿入した舌を、ぎこちない動きで受け止めてくれる。ティルナータのキスは拙くて、慣れていない感じがした。それがまた無性に嬉しい。俺だって今までにキスした相手は一人しかいないんだから威張れるもんでもないっていうのに、自分よりも初心うぶで新鮮な反応を示してくれるティルナータのことが愛らしくて、いじらしくて、胸がきゅっと苦しくなった。


「ん……っ……」
「ティルナータ……これで、いいのか……?」
「ぅ、ん……っ……ゆう、ま……」
「苦しい……?」
「はぁ……っ、ぁ……」


 布団の中でもぞつくティルナータの裸体に、気づけば手を這わせていた。キスをしながら、か細い腰まわりや尖った腰骨のあたりを指の腹でやさしく撫でると、ティルナータはびくんと身体を縮めて「ぁ……んっ」と呻いた。


 まさに吸い付くような、瑞々しい肌だった。滑らかでいて、若々しく弾むような肌の感触は、触れているだけで心地が良く、ぞくそくする。裸体を撫でていると、俺に塞がれているティルナータの唇からくぐもった声が漏れ始めた。唇を離し、目をきゅっとつむって身悶えているティルナータの表情を見た途端、盛っていた俺のペニスがさらに凶暴にかさを増す。


 眉根を寄せ、長い睫毛に涙を光らせ、薄く開いた唇から漏らす甘いため息。唇は俺の唾液でしっとりと赤く濡れ、男を誘う淫らな艶めきを湛えている。引き締まった太もも、小さな尻を撫でる俺の掌が動くたび、ティルナータはその唇で「ん、ァっ……ん」と声をあげ、顎をのけぞらせて白い首筋を晒した。


「……すごく、きれいだな……。ティルナータ……きれいだ」
「ん……ユウマ……ぁ……っ」


 ちゅ、ちゅっと音をさせて首筋にキスを降らせていると、ティルナータの首筋を飾る金色の鎖が見えた。金色のペンダントヘッドと、華奢な鎖が白い肌の上を滑る様子も、ことさらに美しい眺めだった。


 そして俺は見つけてしまう。金色の鎖の下で存在を主張する、ぷっくりとした二つの尖りを。汗ばんだ白い肌の上で、控えめに屹立している二つの乳首を目の当たりにして、俺はごくりと生唾を飲んだ。ここに舌を這わせたらどんな反応をするんだろう。気持ちいいと思ってくれるのだろうか。乳首だけじゃない。ティルナータのペニスにも触れてみたい……。


 ——でも、そこに触れてしまったとして、俺はその先へ進むことを踏みとどまれるのだろうか。


 ——いや……無理だ。これ以上ティルナータに触れていたら、俺は……。


 発熱で弱っているティルナータを無理やりに犯すようなことはしたくない。しちゃいけない。ティルナータは今、俺しか頼れる人間がいないんだ。その立場を利用するようなやり方、絶対ダメに決まってる……。


 ——……これ以上、ダメだ。ダメだ。
 だってこの子は、俺のことを好きなわけじゃないんだ。俺の情欲にまみれた汚らわしい行為を押し付けるなんてこと、しちゃいけない。ダメだ……!


 俺は唇を噛んで頭を振り、ティルナータの上にのしかかっていた身体を引き剥がした。
 ティルナータはぼんやりとした表情で俺を見上げて、ゆったりと目を瞬き、小さく首をかしげている。


「……も、もういいだろ……? これ以上やったら、風邪がひどくなる、から」
「……ん……」
「もう寝ろ。俺……シャワー浴びてくるからさ。すぐそこにいるから」
「ユウマ……まって、ここに……」
「すぐ戻ってくる。すぐ戻ってきて、ティルナータが寒くないように一緒に眠るから、待ってろ」
「……うん」


 俺のその言葉を聞いて、ティルナータはようやく俺の首から腕を離し、そしてそのまま、深い寝息を立て始めた。


 そして俺は、バスルームでひとり、昂り切った分身を虚しく慰めたのだった。
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