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10、異世界へ通じる道?
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「B・スタイガーはこう言うてはる。『地球と呼ぶこの世界だけが、我々のような人間の住む唯一の世界ではない。我々は、ものの考え方を広くしなければならない』と」
「……」
一通り俺の説明を聞いた淡島の友人・九条真之は、長い人差し指をぴんと立て、澱みない口調でそんなことを言った。彼は、俺たちと同じ大学の同期生で、京都出身。芸術学部美術科の彫刻コースに在籍しているらしい。
何と言っても、九条はまずは見た目が怪しい。分厚い黒のパーカーを着込んでフードを目深にかぶり、でっかいマスクをつけて顔をほとんど隠してる。しかも若干猫背気味で、とにかく怪しい。
ティルナータは彼を見た途端「おお……こいつも魔術師か」とつぶやいていたが、やはりちょっと九条のことを怖がっているようだった。服を買いに行った時と同じように、俺の背後に隠れたそうにしている。
ちなみに今俺たちは、ショッピングモール内にある和食屋にいる。ここは全個室でおまけに家族連れが多いから、いつだってガヤガヤと騒がしい店だ。だからこそ、多少怪しい話をしていても誰も気にしないというメリットがある。
適当に定食なんかをオーダーしつつ、九条に急かされるままにティルナータの事情を説明したところ、あのセリフが返ってきた。俺も中学高校時代は変わり者とか言われてたけど、上には上がいるもんだなぁ……。
「その、えーと。つまり……?」
「つまり、異世界は当たり前のように存在している、ということやね。僕たちが今こうして過ごしている世界のすぐそばで、僕らと同じように文明社会を築いて歴史を積み重ねている知的生命体が存在しているということを、まずは認めたほうがいいと思うねんね」
「……はぁ。じゃあ、ティルナータはやっぱり異世界から来た……ってこと? 異世界から降ってきたってこと?」
「うむ、僕はそうやと思うな。それにな、空からありえないものが降ってくるっていうのは、結構たくさん事例があることやねんで?」
「えっ!? そなの?」
「1982年10月24日、佐賀県。直径6センチ高さ2センチ、重量12グラムの鉄球が落下。1974年4月9日、アメリカ・フロリダ州ジャクソンビル近郊。直径30センチ、重量8キロの金属球が落下。それを分析した結果、球には磁性があり内部は空洞。その空洞内にもう一つの小さな金属球が入っていたことが判明」
「……」
「無機物だけじゃないで。1985年5月8日、アメリカ・テキサス州フォートワース近郊で、体長5、6センチの小魚が大量に落下。1983年8月19日、福井県三方郡でユスリカの卵が大量に落下。1981年9月29日、イギリス・ウェールズ南部。大量の小さなカニが落下。1979年、」
「おい、ちょっと落ち着け馬鹿」
と、九条の隣に座った淡島が見かねたようにフード頭をはたいた。九条は迷惑そうに頭をさすりながら淡島をにらみ、マスクを少しだけめくってお茶をずずっと一口すすった。
マスクとフードの隙間から見える九条の目元は、意外と整った綺麗な形をしているように見えるんだけど、気のせいかなぁ。なんでこんな格好してんだろ……って、ジロジロ観察してたらサッと顔を隠された。
「……とまぁ、こんな感じのやつで。超常現象系には詳しいから、何か手伝えることがあるんじゃねーかと思って連れてきたんだけど……。その子、大丈夫? 完全にビビってるよな」
「ま、まぁ……しばらくすれば、慣れると思うよ……」
そう言いつつ、俺はかいつまんでティルナータに九条の言っていたことを通訳した。ぴったりと俺にくっつくようにして掘りごたつに座っているティルナータは、小さく頷きながら俺の話を聞いている。
概ね話の内容は理解できているようで、「ほう……魔術師ではなく大賢者様か……物知りだ」と言っては感心したように九条を見上げている。その目つきにも、若干温かみが増してきたような気がしてホッとする反面、俺は枯れ木でこいつは大賢者様かよ、と卑屈な気分になったりならなかったり。
「つうか九条。ボソボソ呪文みたいな喋り方してんじゃねーよ。ガキを怯えさせるなっつーの」
「やかましい。行緒がどうしてもてゆーからクリスマスやいうのにわざわざ出てきてやったんやで。もちっと僕を丁重に扱わんかい」
「どーせ暇だろ?」
「暇ちゃうし」
もりもりトンカツを食いながら文句を言っている淡島と、繊細な手つきでしゃぶしゃぶ御前を食べている九条は、そこそこに仲が良さそうに見える。一体どういう繋がりで知り合ったのかは謎だが、まぁ少なくとも俺よりはずっと、九条は不思議な出来事に関する知識は豊富なようだ。事実、ティルナータのことを聞いても驚くそぶりを見せなかった。「そうか、異世界人か……!! ついに僕の前に異世界人が……!!」みたいな感じで超嬉しそうな反応だったもんね。
運ばれてきた天ぷら刺身定食に目を輝かせているティルナータを横目に、俺は九条に向かってさらに問いかけた。
「で、で、その超常現象と、ティルナータの件と、どういう関係があるわけ?」
「今の空からの落下物の事例な。これは竜巻や突風によって巻き上げられたものが、上空から落下してきたんやっていう説もあんねんけど。そんなわけないやん? 竜巻が、器用にカニやら魚やらだけすくい上げて空に持って行くなんてこと、できるわけないやん? つまりそれは、既存の自然現象では説明がつかへっちゅーことやん?」
「あ、うん……」
「僕が思うに、それっていうのは全部、ワームホールの仕業やと思うねん。僕はティルナータさんの一件も、ワームホールで説明がつくと思うねんな」
「わ、わーむほーる?」
——……なんかまた訳分からんワードが出てきたよ……。
救いを求めるように淡島を見たら、淡島はティルナータにワサビだの醤油だの天つゆだのの使い方を教えているところだよ。言葉は通じてないけど、ジェスチャーでうまいこと説明して、ティルナータもほくほくしながら天ぷら頬張ってるよ。
「ワームホールっていうのは、違う時空をつなげる通り道のことやねん。時空にはな、量子力学的な微小なほころびがあると考えられているんやけど、時にそれが大きく歪んで、人間が飲み込まれてしまうってことが起こりうるという説があんねんな。それがワームホール」
「……ほ、ほー……」
——……い、意味が分からない……が、しばらく解説を聞くことにする。
「ただし、この微小なほころびはすぐに閉じてしまうのが難点やねん。すぐ消えてまうし、それがまたいつどこに現れるのかは推測のしようがない」
「えっ、じゃあティルナータを元の世界に送り返すってことはできないってこと?」
「うーん。現段階では、って感じやな。僕も色々調べてみるわ。仲間にも意見を聞いてみたる」
「な、仲間?」
「僕が世話になっとるオカルトサイトにな、掲示板があんねん。声かけたら、すぐにみんな反応してくれると思うで」
「おかると、さいと……。う、うん……頼りにしてる……」
「おう、ちょい待っててな。スレだけ立てとくわな」
と、九条はスマホを取り出し、凄まじい速度で何やら文字を打ち込み始めた。
「理解できたか、悠真」
「出来てねーよ。でも、今は九条にしか頼れないし……」
のんびりした口調で他人事のようにそんなことを言う淡島をジロリと睨みつつ、俺は唐揚げ定食をモリモリと頬張った。耳慣れない言葉が頭の中をぐるぐると回って混乱している俺とは対照的に、淡島はいつもと変わらぬ悠然とした態度。ダウンベストのポケットからタバコを取り出し、身体をポンポン叩きながらライターを探している。
「なぁ、ここ禁煙? 悠真、火、持ってねぇ?」
「火なんか持ってねーよ。俺はタバコ吸わねーもん」
「真之は?」
「外行けや。僕は喫煙者は好かん」
「火ならあるぞ」
と、ティルナータが言った。俺の言葉をを聞いて、淡島が火を求めていることを理解したらしい。てか、なんでティルナータがライターなんか持ってんだよ……と言いかけて、俺は、瞠目した。
「これでいいか」
「ひっ…………!!?」
メラァァ……と、ティルナータの手が燃えている。
そう、手が丸ごと、燃えているのだ……。
淡島の口からタバコがポロリと落ち、今まさにマスクをめくってお茶を口に含んでいた九条は、盛大にそれを噴いた。そして俺はそれを浴びた。
ティルナータは燃え盛る右手を目線の高さに掲げ、懐かしいものを見るような目で炎を見つめた。綺麗な緋色の炎だ。まるでティルナータの瞳の色を映したかのような、儚げに透き通る緋色の灯火……。
——きれいだ、けど……。手、燃えてない……?
「ちょ、おまっ!! 何やってんだよお前!! えぇええ!?」
「じ、じ、人体自然発火や……!!! 動画、動画……!!」
「しょ、しょ、消火器はどこだ!! 店員、店員を呼ぼう!!」
「ばっかやろう! 人なんか呼ぶな! 動画もダメ!!」
焦りまくってわたわたしている俺たちを、ティルナータは不思議そうに見ている。俺は九条のスマホを取り上げたり店員さん呼び出しボタンを押そうとしている淡島の手を押さえたりと大忙しだ。
「なんだ? 火が必要だったのだろう?」
「そ、そーだけど!! おおおい、ここ、これ、どうなって……!!?」
「この世界では、この程度の炎を出すのが限界だ。うまく、大気に潜む火の精霊を制御できない」
「え、ちょ、ど、それってどういうことだよ……!! っつうか、消してくれ!! 火ぃ消して!!」
と、俺がわたわたしながらそう訴えると、ティルナータは不思議そうに目を瞬いてから、開いていた指をぎゅっと握りしめた。すると、あっけなく火は消えた。
「……」
俺たち、呆然。
ついさっきまで炎に包まれていたティルナータの白い指には、火傷のあと一つついていない。ティルナータは手を握ったり開いたりしながら、こんなことを言った。
「何をそんなに驚いているのだ?ユウマの方がよほどすごい魔術を使うじゃないか」
「いや俺のは魔術じゃねーから! 科学技術の恩恵だから!」
「かがくぎじゅつ? それはどんな魔術だ?」
「そういうんじゃなく、」
その時、けたたましく火災警報器が鳴り響き、同時に大量の冷たい水が俺たちの頭上から降り注いだ。スプリンクラーが作動したのだ。
それを見たティルナータは、「おおお……!! すごい、ユウマはすごいな!! 建物の中でも雨を降らすことができるとは……!」と、ずぶ濡れになりながら感動していた。
「……」
一通り俺の説明を聞いた淡島の友人・九条真之は、長い人差し指をぴんと立て、澱みない口調でそんなことを言った。彼は、俺たちと同じ大学の同期生で、京都出身。芸術学部美術科の彫刻コースに在籍しているらしい。
何と言っても、九条はまずは見た目が怪しい。分厚い黒のパーカーを着込んでフードを目深にかぶり、でっかいマスクをつけて顔をほとんど隠してる。しかも若干猫背気味で、とにかく怪しい。
ティルナータは彼を見た途端「おお……こいつも魔術師か」とつぶやいていたが、やはりちょっと九条のことを怖がっているようだった。服を買いに行った時と同じように、俺の背後に隠れたそうにしている。
ちなみに今俺たちは、ショッピングモール内にある和食屋にいる。ここは全個室でおまけに家族連れが多いから、いつだってガヤガヤと騒がしい店だ。だからこそ、多少怪しい話をしていても誰も気にしないというメリットがある。
適当に定食なんかをオーダーしつつ、九条に急かされるままにティルナータの事情を説明したところ、あのセリフが返ってきた。俺も中学高校時代は変わり者とか言われてたけど、上には上がいるもんだなぁ……。
「その、えーと。つまり……?」
「つまり、異世界は当たり前のように存在している、ということやね。僕たちが今こうして過ごしている世界のすぐそばで、僕らと同じように文明社会を築いて歴史を積み重ねている知的生命体が存在しているということを、まずは認めたほうがいいと思うねんね」
「……はぁ。じゃあ、ティルナータはやっぱり異世界から来た……ってこと? 異世界から降ってきたってこと?」
「うむ、僕はそうやと思うな。それにな、空からありえないものが降ってくるっていうのは、結構たくさん事例があることやねんで?」
「えっ!? そなの?」
「1982年10月24日、佐賀県。直径6センチ高さ2センチ、重量12グラムの鉄球が落下。1974年4月9日、アメリカ・フロリダ州ジャクソンビル近郊。直径30センチ、重量8キロの金属球が落下。それを分析した結果、球には磁性があり内部は空洞。その空洞内にもう一つの小さな金属球が入っていたことが判明」
「……」
「無機物だけじゃないで。1985年5月8日、アメリカ・テキサス州フォートワース近郊で、体長5、6センチの小魚が大量に落下。1983年8月19日、福井県三方郡でユスリカの卵が大量に落下。1981年9月29日、イギリス・ウェールズ南部。大量の小さなカニが落下。1979年、」
「おい、ちょっと落ち着け馬鹿」
と、九条の隣に座った淡島が見かねたようにフード頭をはたいた。九条は迷惑そうに頭をさすりながら淡島をにらみ、マスクを少しだけめくってお茶をずずっと一口すすった。
マスクとフードの隙間から見える九条の目元は、意外と整った綺麗な形をしているように見えるんだけど、気のせいかなぁ。なんでこんな格好してんだろ……って、ジロジロ観察してたらサッと顔を隠された。
「……とまぁ、こんな感じのやつで。超常現象系には詳しいから、何か手伝えることがあるんじゃねーかと思って連れてきたんだけど……。その子、大丈夫? 完全にビビってるよな」
「ま、まぁ……しばらくすれば、慣れると思うよ……」
そう言いつつ、俺はかいつまんでティルナータに九条の言っていたことを通訳した。ぴったりと俺にくっつくようにして掘りごたつに座っているティルナータは、小さく頷きながら俺の話を聞いている。
概ね話の内容は理解できているようで、「ほう……魔術師ではなく大賢者様か……物知りだ」と言っては感心したように九条を見上げている。その目つきにも、若干温かみが増してきたような気がしてホッとする反面、俺は枯れ木でこいつは大賢者様かよ、と卑屈な気分になったりならなかったり。
「つうか九条。ボソボソ呪文みたいな喋り方してんじゃねーよ。ガキを怯えさせるなっつーの」
「やかましい。行緒がどうしてもてゆーからクリスマスやいうのにわざわざ出てきてやったんやで。もちっと僕を丁重に扱わんかい」
「どーせ暇だろ?」
「暇ちゃうし」
もりもりトンカツを食いながら文句を言っている淡島と、繊細な手つきでしゃぶしゃぶ御前を食べている九条は、そこそこに仲が良さそうに見える。一体どういう繋がりで知り合ったのかは謎だが、まぁ少なくとも俺よりはずっと、九条は不思議な出来事に関する知識は豊富なようだ。事実、ティルナータのことを聞いても驚くそぶりを見せなかった。「そうか、異世界人か……!! ついに僕の前に異世界人が……!!」みたいな感じで超嬉しそうな反応だったもんね。
運ばれてきた天ぷら刺身定食に目を輝かせているティルナータを横目に、俺は九条に向かってさらに問いかけた。
「で、で、その超常現象と、ティルナータの件と、どういう関係があるわけ?」
「今の空からの落下物の事例な。これは竜巻や突風によって巻き上げられたものが、上空から落下してきたんやっていう説もあんねんけど。そんなわけないやん? 竜巻が、器用にカニやら魚やらだけすくい上げて空に持って行くなんてこと、できるわけないやん? つまりそれは、既存の自然現象では説明がつかへっちゅーことやん?」
「あ、うん……」
「僕が思うに、それっていうのは全部、ワームホールの仕業やと思うねん。僕はティルナータさんの一件も、ワームホールで説明がつくと思うねんな」
「わ、わーむほーる?」
——……なんかまた訳分からんワードが出てきたよ……。
救いを求めるように淡島を見たら、淡島はティルナータにワサビだの醤油だの天つゆだのの使い方を教えているところだよ。言葉は通じてないけど、ジェスチャーでうまいこと説明して、ティルナータもほくほくしながら天ぷら頬張ってるよ。
「ワームホールっていうのは、違う時空をつなげる通り道のことやねん。時空にはな、量子力学的な微小なほころびがあると考えられているんやけど、時にそれが大きく歪んで、人間が飲み込まれてしまうってことが起こりうるという説があんねんな。それがワームホール」
「……ほ、ほー……」
——……い、意味が分からない……が、しばらく解説を聞くことにする。
「ただし、この微小なほころびはすぐに閉じてしまうのが難点やねん。すぐ消えてまうし、それがまたいつどこに現れるのかは推測のしようがない」
「えっ、じゃあティルナータを元の世界に送り返すってことはできないってこと?」
「うーん。現段階では、って感じやな。僕も色々調べてみるわ。仲間にも意見を聞いてみたる」
「な、仲間?」
「僕が世話になっとるオカルトサイトにな、掲示板があんねん。声かけたら、すぐにみんな反応してくれると思うで」
「おかると、さいと……。う、うん……頼りにしてる……」
「おう、ちょい待っててな。スレだけ立てとくわな」
と、九条はスマホを取り出し、凄まじい速度で何やら文字を打ち込み始めた。
「理解できたか、悠真」
「出来てねーよ。でも、今は九条にしか頼れないし……」
のんびりした口調で他人事のようにそんなことを言う淡島をジロリと睨みつつ、俺は唐揚げ定食をモリモリと頬張った。耳慣れない言葉が頭の中をぐるぐると回って混乱している俺とは対照的に、淡島はいつもと変わらぬ悠然とした態度。ダウンベストのポケットからタバコを取り出し、身体をポンポン叩きながらライターを探している。
「なぁ、ここ禁煙? 悠真、火、持ってねぇ?」
「火なんか持ってねーよ。俺はタバコ吸わねーもん」
「真之は?」
「外行けや。僕は喫煙者は好かん」
「火ならあるぞ」
と、ティルナータが言った。俺の言葉をを聞いて、淡島が火を求めていることを理解したらしい。てか、なんでティルナータがライターなんか持ってんだよ……と言いかけて、俺は、瞠目した。
「これでいいか」
「ひっ…………!!?」
メラァァ……と、ティルナータの手が燃えている。
そう、手が丸ごと、燃えているのだ……。
淡島の口からタバコがポロリと落ち、今まさにマスクをめくってお茶を口に含んでいた九条は、盛大にそれを噴いた。そして俺はそれを浴びた。
ティルナータは燃え盛る右手を目線の高さに掲げ、懐かしいものを見るような目で炎を見つめた。綺麗な緋色の炎だ。まるでティルナータの瞳の色を映したかのような、儚げに透き通る緋色の灯火……。
——きれいだ、けど……。手、燃えてない……?
「ちょ、おまっ!! 何やってんだよお前!! えぇええ!?」
「じ、じ、人体自然発火や……!!! 動画、動画……!!」
「しょ、しょ、消火器はどこだ!! 店員、店員を呼ぼう!!」
「ばっかやろう! 人なんか呼ぶな! 動画もダメ!!」
焦りまくってわたわたしている俺たちを、ティルナータは不思議そうに見ている。俺は九条のスマホを取り上げたり店員さん呼び出しボタンを押そうとしている淡島の手を押さえたりと大忙しだ。
「なんだ? 火が必要だったのだろう?」
「そ、そーだけど!! おおおい、ここ、これ、どうなって……!!?」
「この世界では、この程度の炎を出すのが限界だ。うまく、大気に潜む火の精霊を制御できない」
「え、ちょ、ど、それってどういうことだよ……!! っつうか、消してくれ!! 火ぃ消して!!」
と、俺がわたわたしながらそう訴えると、ティルナータは不思議そうに目を瞬いてから、開いていた指をぎゅっと握りしめた。すると、あっけなく火は消えた。
「……」
俺たち、呆然。
ついさっきまで炎に包まれていたティルナータの白い指には、火傷のあと一つついていない。ティルナータは手を握ったり開いたりしながら、こんなことを言った。
「何をそんなに驚いているのだ?ユウマの方がよほどすごい魔術を使うじゃないか」
「いや俺のは魔術じゃねーから! 科学技術の恩恵だから!」
「かがくぎじゅつ? それはどんな魔術だ?」
「そういうんじゃなく、」
その時、けたたましく火災警報器が鳴り響き、同時に大量の冷たい水が俺たちの頭上から降り注いだ。スプリンクラーが作動したのだ。
それを見たティルナータは、「おおお……!! すごい、ユウマはすごいな!! 建物の中でも雨を降らすことができるとは……!」と、ずぶ濡れになりながら感動していた。
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