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 俺と雪兄は、同じマンションの同じ階に住んでいる。同じ保育園を利用していた縁で母親同士が親しくなり、俺と雪兄も仲良くなった。

 どちらかの母親が残業でお迎えに行けないときは、どちらかが代わりに迎えに行くようになり、夕飯を食べたり風呂に入ったりしながら母親の帰宅を待つ——……俺が二歳、雪兄が四歳の頃からそういう生活が始まった。

 あの頃の俺は、やんちゃで暴力的な二歳児組の保育園仲間との付き合いに疲れていた。
 どいつもこいつも自己主張ばかりで人の話を聞かない暴君ばかり。早生まれで小柄だった俺は、そんなやつらにとって格好の獲物だった。

 おやつを取られたり、おもちゃを奪われたり、泣いて怒るから面白いという理由で小突かれたり——……けどまあ、二歳児なんてだいたいそんなもんだ。過去の恨みは今は一旦置いておこう。

 保育園に行くのがいやだったけど、忙しい母さんを困らせるのはもっといやで、俺は幼いながらもストレスを抱えながら保育園通いをしていた。

 だけど、雪兄が現れてから一転。暗黒の保育園生活はまばゆい光に満たされた。

『しゅうくん、きょうはぼくのおうちにいっしょにかえるんだよ』

 フワッとした茶色い髪の毛に、色白のマシュマロほっぺの愛らしい天使が、笑顔で俺に手を差し伸べてきた。
 描いたばかりのカッコいいロボットの絵にぐりぐりと真っ赤なクレヨンで落書きをされ(当然、そのいじめっこは先生の手により御用となったが)、えぐえぐ泣いていた俺の目の前に天使が現れたのだ。

『ろぼっとのえ、すっごくじょうず。また、ぼくにもかいてくれる?』

 俺のそばにしゃがんだ雪兄はにっこり笑い、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。その瞬間……俺は、恋に落ちた。

 そしてその日から、雪兄とのひだまりのような日々がスタートした。
 一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、時には同じ布団に入った。雪兄の優しい声も、ふんわりした笑顔も、あったかい手のひらも、なにもかも大好きだった。

 俺は母さんの忙しさを理解している聡い幼児だったから、自分から甘えるってことをほとんどしてこなかった。だけど、「おとうとができたみたいでうれしいなぁ」といって俺をなでなでしてくれる雪兄には、思いっきり甘えることができた。

 雪兄と過ごす日々は幸せそのもの。その幸せは、俺の心を強くした。
 二歳児の暴君どもに萎縮していた俺はどこへやら。身体はチビのままだったけど、言い合いでも小づきあいでも負けることがなくなった。小学校に上がる頃には『さくらほいくえんのドン』というあだ名がつく程度にはたくましい児童に成長した。

 一方雪兄は、先に入った小学校ですでに女子にモテまくっていた。
 保育園児の頃から可愛かった雪兄が、美少年に成長するのは必至。水泳クラブに通いはじめた雪兄は背がすらりと伸びていて、常に背の順では一番後ろ。そのうえ足は速いし頭はいいし、誰にでも優しいときた。モテないほうがどうかしている。

 それでも、雪兄の一番は俺だという自負があった。保育園の頃から続いていた習慣——同じ家に帰ってどちらかの親の帰宅を待つという俺たちの生活は変わっていなくて、雪兄は昔と変わらず俺にすごく甘かった。

「宿題わかんない、おしえて」といえば「しょうがいないなぁ」と微笑んで、傍らで勉強を教えてくれた。ぴったりと肩をくっつけ合う距離感は、小さい頃のままだった。

 雪兄と触れ合う場所に少しずつ熱を感じるようになったのは、小学六年生のころ。

 中学二年生になった雪兄はまたすらりと背が伸びて、ふっくらしていたほっぺたはほっそりとシャープになり、声も少し低くなった。ぐっと大人びてこれまで以上にカッコよくなった雪兄に、俺は毎日ドキドキしていた。

 俺がねだれば、雪兄は一緒に風呂に入ってくれた。
「もう小六なんだからひとりで入れるだろ?」と苦笑する雪兄に、俺は「昨日見たホラーのせいで目をつむるのが怖い」とか「今日は眠いから風呂場で溺れるかも」などなど苦しい言い訳をくっつけて、雪兄と一緒に入浴した。

 そのたび、美しく成長した雪兄の身体を惚れ惚れと盗み見る。
 水泳部に入った雪兄の身体には筋肉がつき、首筋も背中も、ほっそりした腰もきゅっと締まった小さなお尻も、そしてうっとりするほどしなやかな美脚も、なにもかもすごく綺麗だった。

 俺の視線にふと気づき、「こら、見過ぎ」といって微笑みながらゆっくりと浴槽に戻ってくる雪兄の股ぐらも、盗み見ることを忘れない。

 柔らかそうな下生えと、中学生になってから急にサイズ感が増したように思える雪兄の性器をチラチラと盗み見ては、照れ臭くなって浴槽の中で膝を抱えた。そうして縮こまっていないと、身体の奥底のほうからじんじんと疼く感覚が抑えられなくて、恥ずかしかった。

 雪兄のそれは、白い柔肌とはアンバランスなほどに大きくて……なんだか、そこだけすごく『男』っていう感じがして、ものすごくいやらしかった。
 小六でもあいかわらず小柄でやせっぽちな俺のちんことは大違い。あれを触ったら、雪兄はどんな反応をするんだろう。触らせてくれないかな……なんてことを考えながら、俺も中学生となり思春期を迎えた。

 雪兄とエッチなことをするという妄想で初めての自慰をしてしまって以来、ずっと俺のオカズは雪兄だ。それも、あの男らしいペニスで俺が喘がされるっていう妄想で……それが普通じゃないことくらい、俺だって理解している。
 だからこそ、この気持ちはなんとしてでも隠さなきゃと思っていた。

 だが、ついに大問題が発生してしまった。 

 高校に入ってさらにモテ始めた雪兄に、とうとう彼女ができてしまったのだ。

 とある春の日。
 なにげなく「今晩どっちの家で飯食う?」とLINEを送ったら、半日以上経ってから返信がきた。
 普段は一時間以内に返信をくれる雪兄から反応がないので心配していたところに、「実は彼女ができたんだ。帰りが遅くなるから、夕飯はひとりで食べてね」とメッセージが入ってきて——……。

 俺は目を疑った。

 ごしごしと目をこすり、アプリを閉じて開いて目をこすり、メッセージを読んでは現実を疑い、小一時間茫然自失。そして三日間寝込んだ。

 雪兄に彼女? 女? うそだろ。雪兄は永遠に、俺にだけ優しい兄貴でいてくれると思ってたのに、女ができた? これからはその女に、あの優しい眼差しを向けて、微笑んで、頭を撫でるのか? しかも付き合ってるってことは、キスとかエッチとかもしちゃうってこと……!?

 信じられない、そんなの絶対許せない。だって雪兄は俺のだ。雪兄の特別は俺だけだったのに……! 

 枕を抱いて咽び泣きながら……ふと俺は考えた。

 ——特別ってなんだろう。

 雪兄だって一人の人間だ。俺の兄貴的な立場でいてくれているけれど、それは雪兄の一面でしかない。俺の知らない顔があったって不思議じゃない。

 聖母みたいに優しい雪兄だけど男だし、あんなに立派なちんこを持ってるんだし、女の子とエロいことをしたいと思ってたって不思議じゃないよな……と。

 そこでまた、性別の壁を感じた。悲しいかな、俺は男だ。
 中学に入っても、いまだに私服で歩いていると女と間違われてナンパされてしまうような見た目だけど、一応男。雪兄の恋人になんてしてもらえない……。

 寂しさを紛らわすために女装オナニーをし始めたのは、まさにこの頃からだった。
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