スパダリホストと溺愛子育て始めます 愛されリーマンの明るい家族計画

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番外編

相応しい男とは〈後〉

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「で? 今日はどうしたんだよ。僕の目を見られない理由でもあるの?」
「ぐっ……」

 仕事終わりの車内。運転席にいる忍が、横顔でそう尋ねてきた。

 VIPルームで『エステサロンスタッフご一行様』の盛り上げ役に徹していたマッサは、いつになく酒を飲んでしまっていた。おかげでついさっきまではひどい眠気に襲われていたものだが、忍と二人気になった途端頭が冴え、何故だか背筋まで伸びている。

「い、いや……別に? なんもないけど?」
「嘘が下手だなぁ、マッサは。そんな顔で何もないとかよく言えるね」
「うっ……」
「僕に何か言いたいことがあるんだろ。早いとこ吐いといたほうがいいんじゃない?」
「うう……」

 ——さすが元刑事……ハンパない圧や……。

 口元には微笑みを湛えている上、とても優しい口調なのだが、その奥にある凄みがとにかく怖い。窓に肘をついて素知らぬ顔をしているつもりだが、自分の顔がひきつっているという自覚がある……。

 あいにく、マッサは恋愛経験が乏しい男だ。『ハイスペックそうなイケメン眼鏡男と親しげにしている忍さんを見てモヤっています』などという情けない感情を、どういう言葉に乗せて切り出せばいいのか分からないのである。

 マッサがしばらく黙り込んでいると、忍が小さくため息をついた。このままでは見放されてしまうかもしれない……! と危機感を抱いたマッサは、ちら、と忍の横顔を盗み見る。すると意外なことに、忍は少し寂しげな顔をしているのだ。マッサは目を見張った。

「……そんなに言いにくいことなのかな?」
「えっ!? い、いやその……そういうわけやないねんけど……」
「まさか、僕との関係を解消したいとか、そういう話だったりして……」
「…………はっ!? は!? 何それ、そんなんちゃいますよ!!! 何を言い出すんですか急に!?」
「じゃあ、何……?」
「ウッ……」

 ちょうど赤信号だ。横断歩道の手前で静かに動きを止めた忍が、マッサのほうへ視線を向けた。やや潤んだ瞳に赤い灯火が映り込み、不安げに揺れているように見え……。

 ——あ、あかん……!! こんな顔させてまうようなおおごとでも何でもないのに……!! くそっ、何やってんねん俺っ……!!

「ち……っ、違う!! 違うんですそんなんちゃうくて!! ひ……っ、昼間忍さんが、なんや眼鏡の男とええ感じやったから、誰なんやろ……って、気になってただけです!!」
「え? 眼鏡の男?」
「そ、そうですよ! そんなちっさいこと気にしてるとか思われんの嫌やったから、なんや、言い出しにくくて……!」
「あああ~、なるほど」

 マッサが一気に本音を吐くと、ついさっきまでの切なげな顔が嘘のように、忍はケロッとした顔で再び車を発進させた。……どうやらはかられたらしい。完全に忍の手のひらの上である。

「今日僕が会ってた眼鏡男は、警察庁時代の同期だよ。こないだの弓削の件でも世話になったんだ」
「え……そうなん? あー……警察……なるほど……」
「名前は忍海壮一郎。今でも連絡を取り合ってる、数少ない友人だ」
「友人……。忍さん、友達おったんや……」
「んん? どういう意味かなそれは?」 
「い、いや。大した意味では」

 暗い車内だ。にっこり笑った横顔が怖い。

「壮一郎には血の繋がらない弟がいてね。会えば大抵、自慢話を聞かされるんだよ」
「へ、へぇ……」
「その弟、昔は裏社会にいたんだけど更生して、今じゃすっかり実業家だ。モデルまでやっちゃうようなイケメンでね、デレッデレになりながら弟の話するんだよ。あれじゃ一生結婚は無理だな」
「……そうやったんや」

 なるほど、眼鏡男の目がキラキラしていたのは、忍への好意ゆえではなく、義弟の自慢話をしていたからか——と理解する。同時に、勝手に勘違いをして勝手にへこんでいた自分が、心の底から恥ずかしくなった。

「向こうは今も出世街道まっしぐらだけど、今も僕への態度は変えないやつでさ、気楽なんだ」
「す……すんませんした。俺、勝手に誤解してしもて」
「いや、構わないよ」

 そうこうしているうちに、車は忍のマンションへと到着している。忍は無言のまま車を車庫に入れエンジンを切ると、ハンドルに片手を置いたままぐいと身を乗り出して、マッサの頬にキスをした。てっきり呆れられていると思っていたので驚きだ。マッサは目を瞬いた。

「ていうか、奴と僕はそんなにお似合いに見えたのかい? 心外だな」
「ええ、まぁ……。俺よりよっぽど忍さんに釣り合うてるんちゃうかなて、チラッと思ってしもて……」
「釣り合う? ああ……それ、ひょっとして、過去のお嬢様彼女のことを思い出しちゃったりした、とか?」
「うっ、なんで分かるんですか!? こわっ……」

 いつぞや、彩人にちらっとこぼした高校時代のエピソードは、忍も知っていることだ。

 出会って間もない頃の飲みの席で、マッサは酔っ払いながら忍に語ったことがある。
 確か、『その子が後悔するくらい、めっちゃええ男になって金稼いで、見返してやりたいんです!!』……といった青臭いことを宣言してしまったような気がする。その時の若い自分を思い出すだけで、恥ずかしさのあまりぶっ倒れてしまいそうだ……。

「……自分でもびっくりで。あんな昔のこと、今でも思い出すなんてって」
「まぁ、その手のコンプレックスは、そうそう簡単に消えるものでもないしね」
「っすかね……」

 忍は微笑むと、車を降りてエレベーターへと歩いてゆく。マッサは慌てて忍の後に続いた。
 前を歩く忍の背中はすらりとして、大人で、見惚れるほどにかっこいい。それに比べて自分はどうだろう。きっと忍は自分のことを、いつまでも成長のない呆れたガキだと思っているに違いない。

 ——はぁ……へこむわ。全部見透かされとるし、アホみたいな勘違いしてまうし……ほんま俺、情けないな……。

 きっとこのあとは冷ややかなお説教か……と肩を落としていると、忍は鍵を開けて玄関に入るや、ぎゅっとマッサに抱きついてきた。甘えるように身を寄せる忍の行動は不意打ちで、面食らってしまう。

「し、忍さん?」
「あのね。マッサは、自分が思ってる以上にいい男だよ?」
「へっ」
「僕が言うんだから、間違いない」

 忍はマッサの首に腕を絡めたまま顔を上げ、ちゅ、ちゅっ……と軽やかなリップ音をさせながら下唇を啄んだ。その心地よさに誘われるように忍の腰を抱き、マッサは「そ、そやろか……」と呟く。

「ふふ……美人モデルやアイドルや女優にまで言い寄られてるくせに、どうしてこんなに自信が持てないのか、逆に不思議なくらいだなぁ」
「うっ……なぜそれを」
「そりゃ、僕は店の中で起きてることは全て把握しているから」
「……こわ……」
「ん?」
「あ、いや……。お客さんたちはまた別でしょ。ホストの顔してる俺のことを気に入って、勝手に理想抱いて寄ってきてはるだけなんやし」
「まぁ、それはそうだけどね」
「けど忍さんと付き合うてんのは、素の『俺』やろ。忍さんは俺と違って頭もええし、めちゃくちゃ稼ぐし、過去にはエリートコース歩いてはった人や。あの眼鏡の人と一緒におるとこ見て、俺でほんまにええんかな……て、思ってしもたんですよ」

 ここまできたら、本音は全てぶちまけてしまおうとマッサは思った。恥を忍んで開き直り、全てを素直に吐いたのである。すると、忍はクールに整った瞳をうるうると潤ませて、マッサの後頭部を愛おしげに撫でた。

「はぁ、もう……ほんっとにかわいいね、お前」
「くっ……なんとでも言うてください。俺どんだけ余裕ないねんて感じやけど……、忍さんには全部見抜かれてまうから、もう隠したって意味ないし」
「まぁ確かに、僕は顔も良いし頭も良いし商才もあるし金は稼ぐし、過去は色々置いとくとして、一応エリートコースを歩んでいたわけだけど」
「……自信がすごい」
「ふふっ……けどね。僕が心から信頼できて、一緒にいたいと思えるのは、お前だけだよ」

 忍は囁くようにそう言うと、しなやかに背を伸ばして、マッサの唇をキスで覆った。口づけとともに与えられた忍の言葉が、マッサの全身に安堵とい名のぬくもりを広げてゆく。マッサは呼吸をひそめ、忍の声に耳を傾けた。

「自分の悪癖が招いた結果だけど、警察組織から弾かれて、家族からも縁を切られて、流れ着いたのがこの世界だ。オーナーと知り合って『sanctuary』を立ち上げて、そこで出会ってきた彼らのことを、僕は本当に大切に思ってる」
「……はい」
「だからこそ、スタッフたちとは一線を引いてきたつもりだ。けど……お前はあの日、僕を守ろうと立ちはだかってくれた。線を踏み越えてきてくれた。そういうまっすぐな強さを持ったお前は、本当に、いい男だ」
「……忍さん」
「それに、こういう関係になってからも、僕をすごく大切にしてくれるしね。……こっちが照れちゃうくらいにさ」

 白い指でマッサの頬を撫で、忍は面映そうな笑みを浮かべた。マッサの瞳をひたと見つめる忍の瞳は、日本人にしては淡い色をしている。とても美しい色だと、改めて思った。

「ふふ、お前にはいいところがたくさんあるけど……それを誰にも気付かれたくないなぁ、とも思うんだよねぇ」
「な、なんでですか」
「決まってるだろ。ずっと、僕だけのものでいて欲しいからさ」
「っ……」

 うっとりするほどに耳触りのいい声で囁かれながら、再び唇が重なる。マッサは両手で忍の頬を包み込み、食らいつくように深いキスを忍と交わした。

 どちらからともなく舌を絡め合ううち、徐々に吐息が熱を帯び始める。忍の身体から力が抜けてゆくのを感じ、マッサは忍を強く抱き寄せた。

 ただ、嬉しかった。忍にとっての自分が、特別な存在であると言葉にしてもらえたことが。他ならぬ、この世界で一番大切な相手に……。

「……ありがとう」

 吐息とともに溢れたマッサの言葉に、忍がふっと微笑んだ。
 こうして腕に抱いていると、自分よりもずっと華奢な肉体だと感じる。『華奢』などと言えばぶん殴られるだろうから口にはしないが、このしなやかな肉体に秘められた忍の強さに、出会った頃から憧れていた。

 ——俺ももっと、しっかりせなあかんな……。

 忍の力になれるように。

「……これで終わりじゃないんだろ?」
「え?」
「あんなキスをしておいて、放っておくつもりかい?」

 頬をほんのりと紅潮させた忍に微笑みかけられるだけで、あっという間に準備ができてしまう己のチョロさに呆れてしまう。少し乱れた忍の髪を耳にかけてやりながら、マッサはようやく笑みを浮かべた。

「そんなわけないやん」
「ふふ……楽しみだ。今夜は、ちょっと激しくされたい気分だな」
「へぇ、そうなん? 明日に響いても知りませんからね」
「さりげなく年寄り扱いしないでくれるかな?」

 天女のような笑顔でぎゅうう、と尻をつねりあげられ、マッサはくぐもった悲鳴を上げた。
 
 声を立てて笑う忍の手を引いて、ふたりはベッドへとなだれ込むのだった。
 


『相応しい男とは』 おしまい♡

 
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