4 / 21
三、清之助の来し方
しおりを挟む
「陰間にそんなことを謝る人、初めて見た」
彼は急に砕けた口調になると、涙を拭って私を見た。
「旦那、本当に優しいんだね。姉さんが好きになるはずだ」
「……いや、だって」
「客がみんな旦那みたいな人間だったらなぁ、俺も仕事がもっと楽なのに」
「違うのか」
「違いますよ。若い衆はそうでもないけど……そうだな、名前は言えないけど、もっと歳のいったお大尽なんかを相手にする時は大変だ。俺も思いつかないようなおかしな行為をしたがるから」
「……それって、君は嫌じゃないのか」
「嫌……でしたけど。今はそういうのすら興奮させられてしまう身体に変えられてしまいましたから。まぁよっぽど痛い事をされそうになったら、見張り番を呼びますけどね」
「……そうなのか。きつい仕事だ」
「まぁ、姉様たちと変わらない。ただ、俺には断る権利がないってだけで。でも金は貯まるよ」
「金が、いるのか」
「まぁね。俺、十で売られてここへ来た。最初は吉原の下男になるって話だったけどさ、こんな顔だし、俺を気に入って客を取らせようって考えたやつがいてね。その見世で、今も暮らしてる」
「嫌じゃ……なかったのか」
「金を貯めれば、なんでも出来るって言われて。俺、餓鬼だったから、その金で早く家に帰りたいって思った。でも、俺は売られたんだ、帰る場所なんてない。そう気づいたのが、客を取り始めた頃だったかな」
「……そう」
「でもその金で、俺は今姉さんに色々と習うことができてる。生きていくためには、そういう知識も必要だろ」
「そうだね」
「今は他に行くとこなんかないけどさ、もし、どっか行きたいところが出来たら、その金使ってこんな所出て行くんだ。そう思えば、なんとなくやっていけるもんさ」
清之介は私の膝の間に座ったまま、笑顔でそんなことを語った。私は、何故だか胸が苦しくなってくるのを感じながら、清之介の美しい顔立ちを見つめることしか出来なかった。苦界に落ちた者が、そう簡単に外の世界でやっていけるとは考えにくい。それを、若い清之介はまだ分からないのだろう。
私とて、それくらいの噂は耳にしている。悲惨な事件も多い世界の片隅を、私は生業としているのだから。
「……そうか」
「俺、何でこんな話。続き、しないの?」
「つ、続き?」
「もっといいこと、してやれるよ。俺」
「いやいや、もう充分だよ。それより、もっと君と話をしたいな」
「話? 俺と?」
また更に意外そうな顔で、清之介は目を丸くした。私は居住まいを正して正座をすると、とりあえず座布団まで戻らないかと提案する。清之介は頷くと、片袖を直して立ち上がった。
「あのう」
「何?」
「どうせ喋るなら、布団に入れてくれねぇかな。俺、何にもしないから」
「え」
慇懃丁寧な口調をやめると、清之介はとても幼く見える。私に警戒心を解いたのか、顔つきまで幼く見える。清之介はぼりぼりと袷に手を突っ込んで腹を掻くと、大あくびをした。
「ここんとこ呼び出しが多くて、あんまり寝てないんだ。横にならせてくれるだけでありがたい。それに、ここにいれば見世に帰らなくていいから、余計な客も取らなくていいし」
「あぁ……なるほど」
私は納得して、清之介を寝間へと連れて行く。彼は私の文机の上に広げられている図案を見つけると、わぁと声を上げてそちらに駆け寄った。
「きれいな絵だ。あんたが書いたの」
「そうだよ、玉屋からの注文の品だ。それは、来月振袖新造になる子のための振袖になる絵柄なんだよ」
「へぇ、牡丹だよな。きれいだな」
私は仕事を褒められて、単純に嬉しかった。女達とも付き合いが多いためか、話をしてみると彼は着物や帯、扇や櫛などの知識も豊富なことが分かった。
「詳しいね」
「姉さんたちの楽しみって言ったらそれくらいだからね。俺も自然と知識がつく」
「なるほど。君は、いつもあんな艶やかな衣を着ているのかい」
「茶屋にいて、若いもんの相手するときはあんな格好しないけど。お大尽呼び出されるときは、その人の好みに合わせて着替えるんだ」
「ほう」
「脱がす楽しみもないとな」
「……なるほど……」
布団は一組しかないが、それを敷いてやると清之介は喜んで布団の中に潜り込んだ。本当に、ここで眠っていくらしい。
「旦那もほら、来てよ」
「いや……私は仕事をして……」
「こっち来て喋ろうよ。添い寝してやるからさ」
「男に添い寝されて喜ぶ趣味もないのだが」
「あはははっ、そりゃそうか。まぁいいじゃん、横にいてくんなきゃ、喋りづらいよ」
「……そうかな」
結局清之介の言いなりで、私は彼の隣に横になった。行灯の火を吹き消した清之介は、もぞもぞと私の方へ身体を向けて寝転ぶ。
「旦那は若い頃からこの店の主人なんだろ?」
「ああ、十五の頃、両親が辻斬りに遭ってね。それ以来、がむしゃらにやって来た」
「十五か、今の俺と同じ年だ」
「そうだね」
「苦労したろ」
「ああ……まぁね。人間の醜い部分をたくさん見た。大人ってのはなんでこう金に汚いのかと呆れたこともあった。いっそ全部捨てて、全く違う町で、ただの奉公人として働こうかと思ったこともあったけれど、それは思いとどまったな。……私はなんだかんだと言って、ここにある美しい反物や着物が好きだった。それを着て嬉しそうにする女性たちを見るのも好きだった。男ぶりがぐっと上がって、お侍の背筋が伸びるのを見ることも、好きだったんだ」
「そうなんだ」
「それに、私を助けてくれる大人もいた。代わりにほうぼう駆けまわって、得意先を引き止めてくれたりしてね。今も隣に住んでるけど、彼がいなければ私はやっていかれなかったな」
「ふうん……。そりゃ、女にうつつを抜かしてる暇もなかったんだな」
「そうだね。……おっと、私がぺらぺらと話をしてしまったね」
「いいよ。旦那がどんな人か、俺ももっと知りたいと思っていたから」
「そうかい?」
「花巻のねぇさんから、旦那のことは聞いていたよ。とっても優しいけど、まるでこっちを見ちゃいない。そういうところに、どうしても惹かれちまう。こっちを見させようと頑張っちまうんだって、言ってた」
「……そう」
「どんな奴かと思ってたけど、今なんとなく分かった気がするよ」
「……彼女の気持ちは知っていたが、どうしても私の気持ちが追いつかなくてね。だんだん辛くなって、結局逃げたのさ」
「女ってのは、一度執心するとこわいものね」
「君は若いのに、よく分かっているんだな」
「まぁね」
清之介がふっと笑う。口調が重く、眠たくなってきているようだ。
「旦那はそれでもまだ恵まれてたんだな。俺みたいにならなかった」
「うん……それはそうかもしれない。まぁ、君のように華やかな容姿もしていないし、こういった仕事には就けなかったさ」
「母ちゃんが、美人だったんだ。借金返せなくて困ってた時、人買いが来た。おめぇが来ねぇなら、おっかさんもらっていく。いい女だもんなって言われて……」
「それで君がここに」
「あぁ、俺は男だから、なんとかなるって思ってた。母ちゃんの代わりに、なんでもするんだって思ってな」
「すごいな、君は」
「気づけばこんな仕事してた。何年かは、藍間屋の雑用とかしてたんだ。兄さんたちの身の回りの世話とかさ。皆いい人たちなんだぜ、俺よりずっときれいな兄さんもいるんだ」
「へぇ……それは、見たことのない世界だな」
「十三になった頃かな、そろそろ客を取る準備をしなくちゃいけねぇなって、兄さんに言われたんだ。痛くないように、俺たちがお前の身体をちゃんと躾けてやるからって言われて……」
「……ほう」
「皆そうするんだって。いろんなことを教わった。今日俺が旦那にしたようなこと、兄さんにされた。薄々分かってはいたけど、尻の穴とかに指突っ込まれて、いいところ突かれてさ、もう俺、痛いやら気持ちいいやら泣きたいやらで、ぐっちゃぐちゃ」
「……」
「そういうの一週間くらいされてから、今度は本番の練習だって。兄さんたちが、とっかえひっかえ俺を後ろから前から責めるんだ。皆よく知ってる人たちだし、皆すごく優しかったから怖くはなかったけど、最初はすげぇ痛くて、でも気持ちよくもあってさ……もう、わけわかんなかったな」
「……何と言っていいか」
清之介は軽く笑った。私にはまるで想像もできない世界のことを、さらりと言ってのけるこの少年は、私がしてきた苦労とはまるで異なる苦労をしてきたのだ。
「そういうことを、三日に一遍くらいずっと繰り返して……もうすっかり俺の身体は馴らされたってわけだ。そこからは、この通り」
「……そうか」
「藍間屋は吉原に見世があるだけあってさ、陰間を買うにも高いんだ。変なことできないように、必ず見張り番がいるしな。まぁでも中級以上の遊女を買うよりは安いから、怖いもの見たさでこっちに来る若いのもいるし、心底男が好きってやつもいるし」
「ほう」
「でも旦那みたいのは初めてだ。俺を人間扱いする客なんて、いないからな」
「……君は立派に人間じゃないか」
「そんなことないよ。結局、蔑まれる存在だ。しゃぶれ、穴をだせ、それだけ」
「……そんな」
「そんなもんなんだって。だから旦那は、特別だ」
「君の言うことは分かった。下衆な大人も多いってこともよく分かったよ」
「ははっ、旦那は面白いな。ねぇ、また俺を呼んでおくれよ。俺、旦那のことはもっとよく知りたいな」
きっとどの客にもそんなことを言っているのだろうということは分かる。しかし、苦界にいるこの歳若い少年が、ここで安眠を得ることが出来るのであれば、それはそれで良い事のような気もした。
それに何より、私は清之介と話すことが思いの外苦ではなく、どうも居心地のいいものであることを感じていた。花巻のことを吐露できたおかげか、彼に装飾品の知識が多かったせいか、分からないが。
それに、この少年は私に重たい気持ちを押し付けてくる気配もない。彼は割りきって自分の仕事をこなしている。
「……そうだな、たまにはいいか」
「ほんとう? 一晩、二分(三万円程度)はするよ、俺」
「何となく、君は話がしやすいから。人付き合いの苦手な私には珍しく」
「旦那は商人なのに」
「仕事と私事は違うからね」
「ははっ、嬉しいな。そんなに優しくされると、俺、たまに自分から来ちゃうかもよ」
「聞いたことないな、そんな話」
そう言って私が少し笑うと、清之介も笑って私に少し身を寄せてきた。自分で私の腕を取ると、腕枕にして横になる。
まぁそちらのほうが眠りやすかろうと、私は何も言わずそのまま彼の肩を軽く抱く。清之介は、深く息を吐いた。
「あぁ、いい気持ちだ」
「君が?」
「うん、旦那はいい匂いがするし」
「あ、そう……」
「姉さんに怒らっれちまう……」
そんなことを言いながら、清之介はとろとろと眠りに落ちていった。軽く寝息を立て始めた少年の顔を見下ろすと、安堵しきった幼い顔で眠り込んでいるのが見える。
——明るく振舞っているが、いったい心中では何を思いながらこの生業を生きているのだろう……。
私はそう考えずにはいられなかった。そして、花巻のことも。
馴染みの顔の女達も。この清之介と同じ気持を抱えて、あの華やいだ世界で生きているのだろうと思いを巡らせるだけで、私は眠れる気がしなかった。
彼は急に砕けた口調になると、涙を拭って私を見た。
「旦那、本当に優しいんだね。姉さんが好きになるはずだ」
「……いや、だって」
「客がみんな旦那みたいな人間だったらなぁ、俺も仕事がもっと楽なのに」
「違うのか」
「違いますよ。若い衆はそうでもないけど……そうだな、名前は言えないけど、もっと歳のいったお大尽なんかを相手にする時は大変だ。俺も思いつかないようなおかしな行為をしたがるから」
「……それって、君は嫌じゃないのか」
「嫌……でしたけど。今はそういうのすら興奮させられてしまう身体に変えられてしまいましたから。まぁよっぽど痛い事をされそうになったら、見張り番を呼びますけどね」
「……そうなのか。きつい仕事だ」
「まぁ、姉様たちと変わらない。ただ、俺には断る権利がないってだけで。でも金は貯まるよ」
「金が、いるのか」
「まぁね。俺、十で売られてここへ来た。最初は吉原の下男になるって話だったけどさ、こんな顔だし、俺を気に入って客を取らせようって考えたやつがいてね。その見世で、今も暮らしてる」
「嫌じゃ……なかったのか」
「金を貯めれば、なんでも出来るって言われて。俺、餓鬼だったから、その金で早く家に帰りたいって思った。でも、俺は売られたんだ、帰る場所なんてない。そう気づいたのが、客を取り始めた頃だったかな」
「……そう」
「でもその金で、俺は今姉さんに色々と習うことができてる。生きていくためには、そういう知識も必要だろ」
「そうだね」
「今は他に行くとこなんかないけどさ、もし、どっか行きたいところが出来たら、その金使ってこんな所出て行くんだ。そう思えば、なんとなくやっていけるもんさ」
清之介は私の膝の間に座ったまま、笑顔でそんなことを語った。私は、何故だか胸が苦しくなってくるのを感じながら、清之介の美しい顔立ちを見つめることしか出来なかった。苦界に落ちた者が、そう簡単に外の世界でやっていけるとは考えにくい。それを、若い清之介はまだ分からないのだろう。
私とて、それくらいの噂は耳にしている。悲惨な事件も多い世界の片隅を、私は生業としているのだから。
「……そうか」
「俺、何でこんな話。続き、しないの?」
「つ、続き?」
「もっといいこと、してやれるよ。俺」
「いやいや、もう充分だよ。それより、もっと君と話をしたいな」
「話? 俺と?」
また更に意外そうな顔で、清之介は目を丸くした。私は居住まいを正して正座をすると、とりあえず座布団まで戻らないかと提案する。清之介は頷くと、片袖を直して立ち上がった。
「あのう」
「何?」
「どうせ喋るなら、布団に入れてくれねぇかな。俺、何にもしないから」
「え」
慇懃丁寧な口調をやめると、清之介はとても幼く見える。私に警戒心を解いたのか、顔つきまで幼く見える。清之介はぼりぼりと袷に手を突っ込んで腹を掻くと、大あくびをした。
「ここんとこ呼び出しが多くて、あんまり寝てないんだ。横にならせてくれるだけでありがたい。それに、ここにいれば見世に帰らなくていいから、余計な客も取らなくていいし」
「あぁ……なるほど」
私は納得して、清之介を寝間へと連れて行く。彼は私の文机の上に広げられている図案を見つけると、わぁと声を上げてそちらに駆け寄った。
「きれいな絵だ。あんたが書いたの」
「そうだよ、玉屋からの注文の品だ。それは、来月振袖新造になる子のための振袖になる絵柄なんだよ」
「へぇ、牡丹だよな。きれいだな」
私は仕事を褒められて、単純に嬉しかった。女達とも付き合いが多いためか、話をしてみると彼は着物や帯、扇や櫛などの知識も豊富なことが分かった。
「詳しいね」
「姉さんたちの楽しみって言ったらそれくらいだからね。俺も自然と知識がつく」
「なるほど。君は、いつもあんな艶やかな衣を着ているのかい」
「茶屋にいて、若いもんの相手するときはあんな格好しないけど。お大尽呼び出されるときは、その人の好みに合わせて着替えるんだ」
「ほう」
「脱がす楽しみもないとな」
「……なるほど……」
布団は一組しかないが、それを敷いてやると清之介は喜んで布団の中に潜り込んだ。本当に、ここで眠っていくらしい。
「旦那もほら、来てよ」
「いや……私は仕事をして……」
「こっち来て喋ろうよ。添い寝してやるからさ」
「男に添い寝されて喜ぶ趣味もないのだが」
「あはははっ、そりゃそうか。まぁいいじゃん、横にいてくんなきゃ、喋りづらいよ」
「……そうかな」
結局清之介の言いなりで、私は彼の隣に横になった。行灯の火を吹き消した清之介は、もぞもぞと私の方へ身体を向けて寝転ぶ。
「旦那は若い頃からこの店の主人なんだろ?」
「ああ、十五の頃、両親が辻斬りに遭ってね。それ以来、がむしゃらにやって来た」
「十五か、今の俺と同じ年だ」
「そうだね」
「苦労したろ」
「ああ……まぁね。人間の醜い部分をたくさん見た。大人ってのはなんでこう金に汚いのかと呆れたこともあった。いっそ全部捨てて、全く違う町で、ただの奉公人として働こうかと思ったこともあったけれど、それは思いとどまったな。……私はなんだかんだと言って、ここにある美しい反物や着物が好きだった。それを着て嬉しそうにする女性たちを見るのも好きだった。男ぶりがぐっと上がって、お侍の背筋が伸びるのを見ることも、好きだったんだ」
「そうなんだ」
「それに、私を助けてくれる大人もいた。代わりにほうぼう駆けまわって、得意先を引き止めてくれたりしてね。今も隣に住んでるけど、彼がいなければ私はやっていかれなかったな」
「ふうん……。そりゃ、女にうつつを抜かしてる暇もなかったんだな」
「そうだね。……おっと、私がぺらぺらと話をしてしまったね」
「いいよ。旦那がどんな人か、俺ももっと知りたいと思っていたから」
「そうかい?」
「花巻のねぇさんから、旦那のことは聞いていたよ。とっても優しいけど、まるでこっちを見ちゃいない。そういうところに、どうしても惹かれちまう。こっちを見させようと頑張っちまうんだって、言ってた」
「……そう」
「どんな奴かと思ってたけど、今なんとなく分かった気がするよ」
「……彼女の気持ちは知っていたが、どうしても私の気持ちが追いつかなくてね。だんだん辛くなって、結局逃げたのさ」
「女ってのは、一度執心するとこわいものね」
「君は若いのに、よく分かっているんだな」
「まぁね」
清之介がふっと笑う。口調が重く、眠たくなってきているようだ。
「旦那はそれでもまだ恵まれてたんだな。俺みたいにならなかった」
「うん……それはそうかもしれない。まぁ、君のように華やかな容姿もしていないし、こういった仕事には就けなかったさ」
「母ちゃんが、美人だったんだ。借金返せなくて困ってた時、人買いが来た。おめぇが来ねぇなら、おっかさんもらっていく。いい女だもんなって言われて……」
「それで君がここに」
「あぁ、俺は男だから、なんとかなるって思ってた。母ちゃんの代わりに、なんでもするんだって思ってな」
「すごいな、君は」
「気づけばこんな仕事してた。何年かは、藍間屋の雑用とかしてたんだ。兄さんたちの身の回りの世話とかさ。皆いい人たちなんだぜ、俺よりずっときれいな兄さんもいるんだ」
「へぇ……それは、見たことのない世界だな」
「十三になった頃かな、そろそろ客を取る準備をしなくちゃいけねぇなって、兄さんに言われたんだ。痛くないように、俺たちがお前の身体をちゃんと躾けてやるからって言われて……」
「……ほう」
「皆そうするんだって。いろんなことを教わった。今日俺が旦那にしたようなこと、兄さんにされた。薄々分かってはいたけど、尻の穴とかに指突っ込まれて、いいところ突かれてさ、もう俺、痛いやら気持ちいいやら泣きたいやらで、ぐっちゃぐちゃ」
「……」
「そういうの一週間くらいされてから、今度は本番の練習だって。兄さんたちが、とっかえひっかえ俺を後ろから前から責めるんだ。皆よく知ってる人たちだし、皆すごく優しかったから怖くはなかったけど、最初はすげぇ痛くて、でも気持ちよくもあってさ……もう、わけわかんなかったな」
「……何と言っていいか」
清之介は軽く笑った。私にはまるで想像もできない世界のことを、さらりと言ってのけるこの少年は、私がしてきた苦労とはまるで異なる苦労をしてきたのだ。
「そういうことを、三日に一遍くらいずっと繰り返して……もうすっかり俺の身体は馴らされたってわけだ。そこからは、この通り」
「……そうか」
「藍間屋は吉原に見世があるだけあってさ、陰間を買うにも高いんだ。変なことできないように、必ず見張り番がいるしな。まぁでも中級以上の遊女を買うよりは安いから、怖いもの見たさでこっちに来る若いのもいるし、心底男が好きってやつもいるし」
「ほう」
「でも旦那みたいのは初めてだ。俺を人間扱いする客なんて、いないからな」
「……君は立派に人間じゃないか」
「そんなことないよ。結局、蔑まれる存在だ。しゃぶれ、穴をだせ、それだけ」
「……そんな」
「そんなもんなんだって。だから旦那は、特別だ」
「君の言うことは分かった。下衆な大人も多いってこともよく分かったよ」
「ははっ、旦那は面白いな。ねぇ、また俺を呼んでおくれよ。俺、旦那のことはもっとよく知りたいな」
きっとどの客にもそんなことを言っているのだろうということは分かる。しかし、苦界にいるこの歳若い少年が、ここで安眠を得ることが出来るのであれば、それはそれで良い事のような気もした。
それに何より、私は清之介と話すことが思いの外苦ではなく、どうも居心地のいいものであることを感じていた。花巻のことを吐露できたおかげか、彼に装飾品の知識が多かったせいか、分からないが。
それに、この少年は私に重たい気持ちを押し付けてくる気配もない。彼は割りきって自分の仕事をこなしている。
「……そうだな、たまにはいいか」
「ほんとう? 一晩、二分(三万円程度)はするよ、俺」
「何となく、君は話がしやすいから。人付き合いの苦手な私には珍しく」
「旦那は商人なのに」
「仕事と私事は違うからね」
「ははっ、嬉しいな。そんなに優しくされると、俺、たまに自分から来ちゃうかもよ」
「聞いたことないな、そんな話」
そう言って私が少し笑うと、清之介も笑って私に少し身を寄せてきた。自分で私の腕を取ると、腕枕にして横になる。
まぁそちらのほうが眠りやすかろうと、私は何も言わずそのまま彼の肩を軽く抱く。清之介は、深く息を吐いた。
「あぁ、いい気持ちだ」
「君が?」
「うん、旦那はいい匂いがするし」
「あ、そう……」
「姉さんに怒らっれちまう……」
そんなことを言いながら、清之介はとろとろと眠りに落ちていった。軽く寝息を立て始めた少年の顔を見下ろすと、安堵しきった幼い顔で眠り込んでいるのが見える。
——明るく振舞っているが、いったい心中では何を思いながらこの生業を生きているのだろう……。
私はそう考えずにはいられなかった。そして、花巻のことも。
馴染みの顔の女達も。この清之介と同じ気持を抱えて、あの華やいだ世界で生きているのだろうと思いを巡らせるだけで、私は眠れる気がしなかった。
10
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
菊松と兵衛
七海美桜
BL
陰間茶屋「松葉屋」で働く菊松は、そろそろ引退を考えていた。そんな折、怪我をしてしまった菊松は馴染みである兵衛に自分の代わりの少年を紹介する。そうして、静かに去ろうとしていたのだが…。※一部性的表現を暗喩している箇所はありますので閲覧にはお気を付けください。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

秘めてはいるけど男が好きな真面目系お武家様が、美丈夫の陰間にとろとろにされちゃう話。
瀧野みき
BL
江戸は湯島天神。
宵の口、武家の跡取り養子の佐伯光之進(さえきこうこしん)は陰間茶屋「みなとせ」へと忍んで行った。陰間茶屋とは言いつつ、「みなとせ」は男を抱く場所ではなかった。男に抱かれたい者が来る場所である。
いつも通り馴染みの竜泉(りゅうせん)を指名し、座敷に通された光之進は、期待に高揚しながら男を待つ。
※作中に出てくるのは、あくまで「みなとせ」の作法あるいは光之進と竜泉のやり方です。
※なろうにも投稿している作品です。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
その、梔子の匂ひは
花町 シュガー
BL
『貴方だけを、好いております。』
一途 × 一途健気
〈和孝 × 伊都(梔子)〉
幼き日の約束をずっと憶えている者同士の話。
梔子の花言葉=喜びを運ぶ・とても幸せです
---------------------------------------------
※「それは、キラキラ光る宝箱」とは?
花町が書いた短編をまとめるハッシュタグです。
お手すきの際に覗いていただけますと幸いです。
去りし桜の片隅に
香野ジャスミン
BL
年季あけ間近の陰間の桜。胸には、彼に貰った簪。
でも、彼はもういない・・・
悲しい想いの桜が幸せを掴んでいく・・・・
「ムーンライトノベルズ」で公開している物です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる