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愛人もOKだなんて聞いてません。

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「人の感情なんて、掟ひとつで縛れるものじゃないだろう」

 イグニスさんの冷静で、それでいて鋭い言葉は容赦なく私の胸に突き刺さる。ブスブスブスブスと、抉るように。
 でも、彼の言うことは理解できるし、真理だ。
 人の感情は本来そんなもので縛られるものではないし、ふとした瞬間に簡単に超越する。それを知っているから否定できなかった。

「部隊は一人の女を嫁として迎える。男たちはその女を生涯愛し子をなし、家族として暮らす。だが、皆が皆一斉に一人の女を愛するのはなかなかないし、一度抱いた愛情すら薄れることもあるだろう。その場合は外に愛人をつくるのを暗黙の了解で赦されている。ただし、愛人との間に子供が生まれてもその子は嫁とその家族が育てるがな。子育ては愛人は蚊帳の外。それは婚外子であろうとも変わりはない。俺も婚外子だ。愛人が生み、家族で育てられた。だから俺を生んだ女の顔は見たことがないし、これからもない。」

 ただ、絶望した。
 そして、隊長もいずれはそうなってしまうんじゃないかと怖くなった。隊長だけじゃない。イグニスさんもミルくんももしかすると将来的にはそうなる可能性だってあるってことだ。

「俺らはそうやって暮らしてきた。そのルールのもとに生まれてきた。だから、俺は隊長が外で愛人をつくったとしても責めるつもりはないし、隊長がお前を選ばないんであればそういう選択肢も受け入れる」

 受け入れるって……。
 そんな簡単なこと? そんなすんなりと夫が愛人を持つのを赦せるの?
 それがズェラの風習で、それが当たり前で。
 でもこの国で生まれて常識を学んできた私には到底理解できない。

「で、でも、カレンちゃんが俺たちのお嫁さんであることには変わりないし、何よりも嫁を大事にするのもズェラの掟だ。だから隊長がたとえ愛人をつくったとしても、カレンちゃんより優先するってことはないよ! ぜんぜん大丈夫!」
「…………う、うん」

 もし、本当にこのまま隊長が愛人をつくったとして、その人と子供ができたりしたら。

「っていうか! 隊長がよそに女つくるわけないじゃん! 隊長はカレンちゃんを好きだし! 大好きだし! 挿れないのだって何か理由あるし! ってか、遅いだけだし!」
「…………そう、だね」

 隊長大好きイグニスさんもそれに感化されたり、私よりも料理上手な女性を見つけて、その人の手にご執心となったら。

「……だからさぁ、カレンちゃん。そんな顔しないでよ……。ね? 大丈夫だって」

 ミルくんだって若い。これからいろんな女性に会って、私との結婚を若気の至りだと思ってしまったら。

「…………」

 私の中で最悪のシナリオばかりが浮かんでくる。

「カレンちゃん……?」

 ミルくんが気づかわし気にこちらを覗き込む。
 私はその問いかけに答えることもできずに呆然と立ち尽くした後、ゆっくりと二人に向かって引き攣った顔を見せた。

「…………やっぱりここを辞めて、故郷に帰らせていただきます」

「あ?」
「カレンちゃん?!」

 そして、ふらふらとした足取りで家を出て行った。


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