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第一章(6)
しおりを挟む「姉上は聡明だけど、ときどき愚かになる。今はそれが顕著だ。思わないのか? 自分が馬鹿げたことをしているって」
「シルヴェスター……」
彼の辛辣な言葉に針の筵になりながらメレディスは視線を逸らす。
シルヴェスターはメレディスと同じプラチナブロンドの髪を掻き上げながら昨日の父との騒動を聞いて呆れたような溜息を吐くと、ばっさりと斬りつけた。
彼は普段は優しいけれど意見ははっきりしている方で、相手が間違っていると思ったら容赦なく自分の思ったことを言う。
今回も彼の言葉通り、メレディスを愚かだと見ているのだろう。
「父上の言う通りだ。何故オーランドがダメなんだ? 理解できないなぁ」
「理解してもらわなくてもいいわ。私には私なりの理由があるの」
「たとえばバラッドを本当に愛していたとか?」
それが真実ならきっといくらか救いになっていた。
バラッドを思って結婚を渋っているとなれば、いくらか家族を説得できたのだろう。たとえ愚かだと言われてもメレディスは言葉を尽くして心の内を曝け出せたに違いない。
だが、結局こうやって曖昧に微笑む態度が家族の不信感と不満を煽っている。
シルヴェスターも目を眇めてメレディスの真意を探ろうとしていた。
「その沈黙をどう取ればいいのか分からないけど、もしもバラッドを愛しているからっていうなら僕は弟として全力で止めるよ。今までずっと目を瞑っていたけど、もう我慢も限界だ。散々姉上が侮辱を受け続けたこと、一生恨んでやる」
「物騒なこと言うのね」
「もう義理の兄になる可能性はなくなったからね。それにギャスゲーティア家から追い出されれば、僕には一生関わり合いのない人。ぬけぬけと顔を見せでもしようものなら全力で潰す」
彼の握り締められた拳は本当に骨の一つでも握り潰せそうなほどに力強い。シルヴェスターの性格ならばバラッドを見た瞬間にやってのけそうだから怖いものだ。
昔はここまでバラッドを嫌ってはいなかった。
オーランドと同等くらいに慕っていたはずだったのに、いつの間にかシルヴェスターはバラッドを毛嫌いするようになった。
いや、いつの間にか、ではないと思い返す。
夜会に行ったときに、シルヴェスターと一緒に庭園の茂みで情事に耽っていたバラッドと女性を見つけたときからだ。シルヴェスターに殴られたバラッドが喚き散らし、その醜聞は広く知れ渡る結果になった一件だった。
そのたびにバラッドは反省の色を見せて二度としないとメレディスに誓い、また数か月後に裏切る。同じことを何度も繰り返し、両家が二人の婚姻を見直そうとしていた矢先だったのだ、バラッドの逃亡は。
「逆にオーランドが義理の兄になるなら大歓迎だよ。真面目だし、女癖とか悪くなさそうだし。将来性もあるしね。何より姉上を幸せにしてくれるって確信を持てる」
シルヴェスターの目から見てバラッドを選んでからの六年間は、メレディスが苦労を背負わされた不遇なものに見えているのだろう。
だが、メレディスにとっては覚悟の上での苦労だった。
バラッドを選んだからには何があろうとも彼について行くと決めていたから、いくらでも耐えられたのだ。
でもオーランドとの結婚は。
きっとメレディスは耐えられない。
感情が溢れてしまうのを止められるはずがないと分かっていた。
「私……もう結婚は……」
「嫌だって? バラッドに逃げられたから? それこそ愚かだろう。あいつ見返すくらいに幸せにならなきゃ」
「別に見返す必要はないわ。バラッドを恨んでない。ただ無事にいるのを願うだけよ」
「偽善っぽい」
偽善と言われればそうなのだろう。
メレディスが嫌で逃げ出したのであれば、今は楽になっていることを祈るばかりだ。
口を曲げて不服そうにしているシルヴェスターに微笑んで『そうかしらね』と言うしかなかった。
「でもさ、実際問題父上は認めなかったんだろう? オーランドと結婚しないという選択は。どうするの? オーランドから申し込んできたってことは、彼もあちらの家も乗り気なんだろうし。バラッドで面目を潰された分、オーランドで挽回しようと躍起になってると思うよ? そこの利害は父上と合致しているから、姉上一人で対抗しようと思ったら難しいんじゃないの?」
「それは……」
「あ、僕を当てにしてもらっても困るよ。後添えも修道院もバラッドもはんたーい」
目の前でクロスさせながらお茶目に言っているものの、その目は真剣だ。
今のメレディスには味方は誰一人おらず、孤軍奮闘状態。難しい立場であるのは承知の上だった。
「オーランドを説得するわ。彼とちゃんと話して取り下げてもらう」
残された穏便な方法はそれしかないだろう。
オーランドが諦めると言ってくれさえすれば、突破口は開かれる。
それでもダメなのであれば……やはり無理にでも逃げるしかない。
「へぇ……上手くいくといいけどねぇ」
『これは見ものだね』とシルヴェスターの笑う声が聞こえてくるようだった。
オーランドも話せば分かってくれる人だ。
優しくて思いやりがあって。
一人でいるメレディスに声をかけてくれた、あの頃のままの彼がいるのだと思っていた。
メレディスの中の彼は六年前のままでいてくれるのだと、疑いもしなかった。
実際、オーランドと会うまでは。
彼がやって来たのは、どんよりと曇った空が今にも雨粒を落としそうな午後だった。
梢に止まった鳥が飛び発ち、黒い空を低く飛んでいく。
自室の窓からその様子を見ていると、ギャスゲーティア家の馬車が門扉の前に停まるのが見えた。
馭者が馬車の扉を開く。
するとその扉の奥から一人、背の高い男性が出てきた。
あのダークブラウンの髪。
馭者を労うようにポンと肩に手を置くそのしぐさ。
メレディスが知っている六年前のオーランドとは背も体格も違うというのに、一目で分かった。
ほぅ、と悩ましい熱い吐息を吐く。
窓に張り付き、オーランドの顔をもっと詳しく見ようと目を凝らした。
きっと彼を目の前にしたら顔を真っ直ぐ見られないだろう。
見てしまえば最後、自分の気持ちを知られてしまうかもしれない。
メイドが呼びに来るまで、ずっとメレディスは見つめ続けた。
惜しむように、願うように。
どうかオーランドが頷いてくれますように。
今は彼の良心に縋るように賭けるしかなかった。
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