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第一章(4)

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 それから数日はひたすらに一人静かに過ごした。
 屋敷の誰もが気を使ってくれたのだろう。食事の用意ができたと知らせに来た以外声をかけられることはなかった。

 父が一度だけ部屋に訪れて『すまなかった、こんなことになって』と肩を小さくして謝ってきたが、何も父が悪いわけではないと互いを慰め合うように言葉を交わした。怒りが一旦治まれば、父の顔には憔悴が色濃く見えた。

 『私が何とかするからな』と言ってはいたが、もう十分だと思った。
 もう年過ぎた女性を誰が貰ってくれるのだろう。しかも婚約者に逃げられた疵物を。
 よしんばいたとしても年老いた男性の後妻がせいぜいいいところだ。
 メレディスにもそのくらいが理解できていた。

 けれども希望を捨てるなと力強く言う父の前では諦観めいた言葉を吐くわけにはいかずに、メレディスは『よろしくお願いします』と言うしかなかった。
 両親にはいつまで経っても苦労をかける。

 人と直接まみえたのはその一度だけで、あとはこれからのことを一人で考えた。
 考えなければならないことはたくさんあった。
 結婚のこと、家のこと、バラッドの行方、――――そしてもうずっと会っていないオーランド。

 目を閉じれば瞼の裏にはオーランドの顔が映る。
 最後に見た彼は酷く怒っていた。絶望もしていたし、メレディスに失望もしていた。
 他の誰でもない自分を婚約者として選んでくれるだろうと確信していた彼は、メレディスの酷い裏切りを恨んだだろう。
 それでも構わないと思ったはずなのに、今でもその顔を思い出すたびに哀しくなる。
 
 オーランドを切り捨ててバラッドを選んだ婚約は終わった。
 きっともう自分には結婚する意味などないのだろう。

(もういっそのこと……修道院に行こうかしら)

 それが最善のような気がした。
 メレディスはもう『愛』というものを諦めなければならない立場になりつつあるのだから。

 ところが突然の婚約破棄から五日後。
 ようやく区切りをつけて現実を見ようとするメレディスの決意を挫く話が、父によってもたらされた。
 あまりにも衝撃的で、あまりにも非現実的な話。

「喜べ、メレディス! さきほどギャスゲーティア夫妻から手紙がきて、オーランド君がお前と結婚したいと名乗り出てくれている!」

 オーランドがバラッドの代わりに自分と結婚すると言ってきているなど俄かに信じがたくて、くらりとした眩暈を覚えた。目の前の父の顔がぐにゃりと歪んで見えて、世界が歪に揺れ動く。
 メレディスはとうとう立っていられなくなって、近くにあったソファーに座り込んだ。

(…………オーランドが、何故)

 ありえない。
 こんなことあっていいはずがない。

 オーランドが夫になるだなんて。
 それを回避するために六年前に溢れ出そうな涙と愛情を押し殺したいうのに。

「お前も驚きだろう。私もだ。まさかオーランド君がそんなことを言ってくれるなんてな。あの時は随分と怒っていたのに…………。まぁ、それもきっと長い年月を経て消化させていったんだろう」

 茫然自失とするメレディス労わるように父が隣に座って肩を抱く。父はメレディスがあまりの驚きと言葉に尽くしがたい歓喜に打ち震えて言葉が出ないと勘違いしていた。

「…………お父様、私…………私は…………」

 その先の言葉を紡ぐのは勇気が必要だった。
 こんなに喜んでいるのだ。
 メレディスの言葉に激怒するに違いない。

 だが、父の怒りよりももっと恐ろしいことが彼女の心の中にはあった。
 一生未婚のままで終わるより、この家から追い出されるよりもっとおぞましくて震えるほどの恐怖が。

「…………ご、ごめんなさいお父様…………私…………オーランドとは結婚できない」

 ようやく出せた声は随分と掠れていた。




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