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第一章(1)
しおりを挟む「本当に申し訳ない、メレディス」
「……いえ、頭をお上げください、おじ様、おば様」
メレディスの目の前に平伏した二つの頭。
何も貴方たちがそこまで謝らなくてもいいのにと、どこか冷静な自分が静かな声を出す。
どこか現実感のない現実。
目の前に突き付けられた話に、メレディスはただ俯いて口を引き結んでいた。
代わりにギャスゲーティア伯爵夫妻に向かって怒りを露わにしているのは両親だ。父は特に打ち震えるほどに憤慨していて、顔を真っ赤にしている。母もそんな父を口では宥めているものの、内心怒り心頭なのだろう。怒りが声に滲み出ていた。
メレディスも怒るべきなのだろう。もしくは涙を流してさめざめと泣くべきなのかもしれない。
けれども彼女の中には虚無しかなく、茫洋とした不安の海に投げ出されてただ沈んでいっているような気持ちに陥った。
「どうするんだ! もう結婚式は半年後だったんぞ! それなのに……それなのに、花婿が逃げ出すなんて……っ」
「申し訳ない! どうしようもない愚息だとは思っていたが、まさかこんな愚かな真似をするだなんて。謝っても謝り切れない」
ギャスゲーティア伯爵は何度も何度も頭を下げてはひたすらに謝り続ける。メレディスが『結構です』と何度言ってもまだ足りないとばかりに言葉を尽くして謝るのだ。
「今懸命にバラッドを探している最中だ。話では国境に向かって行っているとのことなので、そちらの方面で人をやって捕まえる段取りを組んでいる」
「それでまた娘と結婚させようと言うのか?! バラッド君はあろうことか娼館の女性と逃げたんだぞ!! そんな奴と再びメレディスを嫁がせられるか!!」
父の怒鳴り声を聞きながら、太腿の上に置いていた手をギュッと握り締める。
きっとバラッドが戻ってきたとしても、父は彼との結婚を赦さないだろう。
六年前、婚約者を決めるとき、メレディスはバラッドを選んだ。
それ以来彼とは婚約関係でいたが、まさかここにきてこんな形で裏切られるなんて思いもしなかった。
――――いや、きっと予兆はあったのだ。
バラッドはずっとメレディスを疎ましがっていた。
「もちろん! もちろんそんなことはさせない! うちとしてももうあの馬鹿息子を後継者とするつもりもメレディスと結婚させるつもりもない! もう勘当すると妻とも話していて、連れ戻したら然るべき償いをさせてから家から追い出す予定だ!」
メレディスはメレディスなりにバラッドに尽くしてきた。彼が気にいるように、彼が満足するように、彼が苛立たないようにと。
だが、それでも何かが不十分だった。
何が不十分だったのかを知っているメレディスは、何の感傷も持たなかった。
致し方なかったのかもしれない。
そればかりが頭の中を渦巻く。
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