ダンジョンに住む

綾崎日向

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第五話 初めての人

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 一つ前の分岐点まで戻って、壁に「この先行き止まり」と石で壁に書き込みをする。
 もし、何らかの原因で迷って戻ってきてしまったときの目印だ。
 そして、もう一方の通路を進み始めた。
 しばらく歩いていると、前方から女の子のような、しくしく泣く声が聞こえる。

 こんなところに女の子?

 ちょっと気味が悪いと思いつつ、声のするほうに慎重に近づいていく。
 そうすると、通路の進行方向とは別に、5メートル四方の部屋があった。
 その中には、横たわった男性としくしく泣いている女の子がいた。

 腕時計を見ると、この洞窟に入って早1日が経過しようとしていた。
 そんななか、初めての人間に遭遇した。
 女の子はアラブの女性が着ている様な、すっぽり頭から体全体を覆う服を着ている。
 フードを深く被っているので顔はよく見えない。
 元は白だったであろうその服は、まだらに薄汚れて灰色になっている。

 俺は、泣いている女の子に近寄ると、女の子は気配を察知してビクッとなり後ずさりして逃げようとする。
 
 「心配ないよ。大丈夫だよ。どうしたの?」

 俺は膝を折ってしゃがみ、極力ゆっくりとやさしい声で女の子に語りかける。
 しばらく、女の子はフードの影の中から、俺の様子をじーっと観察していたが、意を決したように喋りかけてきた。

 「…あのね、ご主人様。死んじゃった」

 女の子は横たわっている男性を指差して、ポツリと言い放った。
 どうやら俺の言葉は分かるらしい。
 ただ、女の子がしゃべっている言葉は明らかに日本語ではなかった。
 しかし、不思議とその意味は明快に理解できる。
 正直、その状況に心情的にはかなり戸惑っているが、顔に出さないように注意する。 
 
 俺は、女の子が言ったことを確認するため、横たわった男性に近づいて見てギョッとする。
 その男は目を見開いて、苦悶の表情で死んでいた。
 よく見ると、男性の顔は紫色になり首の一部が盛り上がっている。
 そして、頭頂部が不自然に平らになって乾いた血がつき、地面の土も着いている。
 たぶん、察するに頭から落ちて首の骨を折ってしまったような感じだ。
 
 女の子はまたしくしく泣き始めた。

 俺は、リュックの中から板チョコを取り出して、半分に割って差し出す。

 「食べな。おいしいよ」

 女の子はまだ俺のことを警戒している様子で、受け取るか迷っている。
 しかし、グゥーとおなかが鳴ると我慢できずパッと俺の手からひったくるように取ると、銀紙をはがしてあっという間に食べた。

 「……美味しい。ありがとう」

 その言葉を聞いて女の子の警戒心がちょっと解けたのが分かった。

 「僕の名前は渡瀬晃、お名前は?」

 「リーン」

 「そう。えっと、リーンちゃんは、どうしてここにいるの?」

 「……分からない。ご主人様と次の街に行くために街道沿いを歩いていたはずなの。けど気づいたらここにいて、ご主人様は死んじゃってた」

 「ふーん、そっか。えっとねぇ、ちなみにご主人様って何?」

 「ご主人様はご主人様だよ。私奴隷なの」

 「奴隷? えっ?えっ?」

 「ご主人様は奴隷商人なの。私の家は貧乏で、家に食べるものもないから売られたの。死ぬよりいいだろうって。それで、大きな町のご飯がお腹一杯食べられる、住み込みのお店に行く途中だったの」

 住み込みの店と言っているが、前後関係から考えるに、よく時代劇とかである遊女の身売りというやつなのでは?
 今の時代そんなことはありえないのだが、着ている服装をみるに、どう考えても日本人ではない。

 「うーん、奴隷かぁ。ちなみに他の人は?」

 「私の他に奴隷が3人いたんだけで、気づいたら私とご主人様だけここにいたの。他の3人は居なくて、ご主人者はこうなってた」

 俺はなんといえばいいのか分からず、あれこれ悩む。 
 しばらく沈黙が続くとリーンが話してきた。

 「お願いがあるの」

 「なに?」

 「あきらが、私の次のご主人様になってほしい」

 「へぇ?」
 
 俺は口をあんぐり空けて、驚いた。

 「ご主人様になってほしい」

 「いやいや、聞こえていたよ。でもなんで?」

 俺は首をかしげて、リーンに問い直す。

 「私奴隷。奴隷は必ずご主人様が必要。だからご主人様になってほしい」

 言っている意味がよくわからない。

 「いやいや、わざわざ僕がご主人さまなる必要は無いよ。もう君を縛る人はいないんだから。自由に生きればいいんじゃない?」

 俺は横たわっている前のご主人様を指差しながらリーンに教えてあげる。

 「違うの。奴隷はご主人様が死んでも奴隷。一生奴隷のまま」

 「いや、別に誰も見てないからわからないよ」

 「そうじゃないの。クビのここにある紋様が奴隷の証。これは死ぬまで消えないの。でもご主人様がいなくなった奴隷は見つけた人のものになるの。だから、この先逃げても意味無いの」

 「……えっと、いやそういわれてもねぇ」

 「お願い。料理はまだ出来ないけど、洗濯は出来る。何でもする。まだ小さいけど、頑張れば夜のお相手もできる。だから、あきら、私のご主人様になって下さい」
 
 リーンはそういうと、ガシッと俺の胴体にしがみついてきた。
 その瞬間、頭に被っていたフードが取れる。

 グレーな肌に燃えるような赤毛で、その赤毛の中には2本の小さな黒い角が生えていた。
 どう考えても人ではない。
 コスプレにしてはものすごいクオリティだ。

 「え”え”ぇ、 リーンちゃんは人間じゃないの?」

 俺はそれ見て、更にびっくり。

 「……そうなの。私は魔族なの。ごめんなさい」

 リーンはうつむいた顔で、ちょっと節目がちになる。

 「いや、謝らなくてもいいんだけどね」

 俺は、ポカンとした。
 というより、本当は考えないようにしてただけだ。
 リーンを見たとき、袖口から見えている手の平が、えらく黒い皮膚だなと思っていた。
 黒人の黒さではなく、グレーの黒なのだ。
 更に、その目は真紅だ。
 ちなみに容姿は平均以上で、美人系というよりかはかわいい系な感じだ。

 「はははは、魔族かぁ。そうかぁ、やっぱりなぁ」

 俺はこんなところで現実を突きつけられた、まぁ薄々わかっていたことではあるが、どう考えても日本じゃない。
 というか、地球じゃない。
 当たり前だが地球に魔族はいない。
 少なくとも、俺の常識では知らない。

 「はぁ~」
 
 俺は大きなため息をついた。
 リーンはなぜか悲しい表情で俺の顔を見る。

 「どうしたの? あきら、魔族嫌い?」

 「うーん、(はじめてだから)よく分からないなぁ」

 「あきら、私殺す?」

 「えっ!? 殺さない殺さない。小さな女の子を殺したりしないよ。いったいどうしたの?」

 「人間の中には、魔族嫌いな人がたくさんいる。問答無用で殺そうとする人がいる」

 「そうか、リーンちゃんも大変なんだなぁ」

 リーンはうつむいた様子で、ぽつぽつと聞いてきた。

 「……それで、あきら、リーンのご主人様になってくれる?」

 「うーん、まあ、リーンちゃんがそれでいいなら、いいよ」

 俺はこのままリーンをほっておくわけにもいかないので、なるようになれという感じだ。

 「ほんと?」

 「ああ、いいよ」

 「……ありがと。精一杯奉仕するの。何でもする」

 「ははは、まあ、ほどほどにね」

 「それで、お願いがあるの」

 「なに?」

 「私の首の紋様に、あきらの血を一滴たらしてほしい。それで奴隷契約が結べるから」

 「ふーん、血を垂らせば良いの?」

 「そう」

 「分かった」

 俺はそういうと、リュックからカッターナイフを取り出し、指先をチョンと切りつけ、血をリーンの紋様に垂らす。
 その瞬間、リーンの体が光りだして、その光は俺に結びつく。

 「これで奴隷契約が完了」

 「これって、他の人がまた血を垂らしたらどうなる?」

 俺はふと疑問に思い聞いてみた。

 「奴隷契約が結ばれたら、その間には目に見えない糸が結ばれるの。その糸はご主人様じゃないと切れない。そして糸がある限り、別の人が結ぶことは出来ない。そう出来てるの」

 「ふーん、そう言うもんなんだ」

 「これで、あきらがリーンのご主人様。これからよろしくおねがいします。あと、これからはリーンと呼んでね。マスター。」

 急にあきらという呼び捨てからマスターと呼ばれて、背中がかゆくなってきた。

 「マスターはやめてよ。あきらでいいよ」

 俺はくしゃっとした表情で、リーンに言い聞かせる。

 「うん、わかった。あきらがそういうならそうする。ふふっ」

 奴隷とご主人様というかなりアンニュイな関係なのに、なぜかリーンの表情は明るい。

 「はいはい、じゃ、よろしく。えっと、ちなみにリーン……は戦うこととかできるのかな」

 会った早々奴隷契約を結び、あっという間に呼び捨ての関係になってちょっと戸惑うが、俺は基本的に流されるタイプの人間なので、あわせることにした。 

 「……ごめんなさい。戦ったことないからわからない。でも、でも、力は強い方」

 「そっか、うん、じゃあ、リーンはとりあえず荷物持ちということで」

 「わかった」

 そういうと、俺は亡くなっているリーンの元ご主人様に両手を合わせて、背負っているリュックを外す。
 更に男性のポケットなどをごそごそと確認する。
 
 内ポケットからは金貨の袋が出てきた。
 更に、結構暖かそうなコートを身に着けているので、それを拝借することにした。

 リュックの中身を確認すると、手帳と手紙と食料が入っていた。
 更に、近くには弓矢が落ちていた。

 「リーンは弓矢を使ったことはある?」

 「ない」

 「じゃあ、やってみようか」

 「はい」

 そういうと、俺は弓矢をリーンに持たせて、ためしうちさせる。
 
 パシューン

 矢はまっすぐ飛んで、土壁に当たり、ビィィンとしなりながら突き刺さった。
 小さい女の子にしては、弓をしっかり引き絞って放っていることから、本当に力があることがわかる。

 「よーし、いい感じだ。これからは俺が合図したら、指示した奴に向けて矢をはなってくれるかい?」

 「はい、わかりました」

 リーンは自分の役割が出来て非常にうれしそうだ。

 「じゃあ、行こうか!」

 「はい、ご主人様」

 こうして俺は、1日目にしてなぜか魔族の女の子の奴隷を手に入れたのだった。
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