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エリナの意識が浮上した時にはすっかり辺りは静まり返っていた。
窓の外からはおだやかな虫の声が聞こえるばかり。
ゆっくり体を起こす。
ほんのりと倦怠感はあるものの痛みや違和感はない。
「服……」
行為の後、あられもない姿のまま眠ってしまった記憶がある。
おそらくユミトが着せてくれたのだろう。
エリナはベッドから立ち上がり店に繋がる扉へ近付く。
耳を当て様子を窺う。
かすかに物音はするが複数人の人間がいる気配はない。
ドアに手をかけ、極力音を立てないように開く。
気配に気付いたユミトが振り返った。
「起きたか。体の調子は?」
ユミトはすぐに視線を手元に戻し、紫色の怪しげな煙を立てる液体をかき混ぜながら問う。
「平気」
「そうか」
一瞬で会話が途切れてしまった。
手持無沙汰になりひとまずソファーへ座ることにする。
エリナがこの店に来た時と同じように積まれている本を手に取った。
渡り人について書かれた本。
見知らぬ文字をなぜか理解できる、という感覚はやはり不思議で違和感がある。
「ほんとに現実なんだ……」
なんとなくここが現実であり異世界であることは受け入れたつもりであったが、改めて身に染みて感じた。
「まだ寝てんのか」
「起きてるわよ」
エリナを見ることなくつっかかるユミトに食い気味に言い返した。
彼の出方を窺ったが、それ以上なにも言ってこないのでエリナからも言葉を発することはしなかった。
適当にページをめくりなんとなく読み始める。
記録に残る渡り人は、たったひとり。
この世界では珍しい限りなく黒に近い髪と瞳の色。
なんの前触れもなく現れ、最初に発見した時は教会の入り口に倒れていたらしい。
元の世界に帰る方法は見つからず、そのまま教会で生活して当時の人々には想像もつかないような技術を提供し国の発展に貢献、とあった。
現在も、ここよりエリナの居た世界の方が文明が進んでいるように見える。
が、エリナは博識なわけでもないので貢献できそうな知識を暗記しているわけもない。
もし特別な知識や力があったならなにかしら重宝され保護される未来もあっただろう。
しかし、今のエリナには役に立ちそうなものはなにも持ち合わせていない。
なにもなくとも自分が生きていくだけの金銭は稼がなければならない。
ユミトを盗み見た。
目の前の調合かなにかに夢中でエリナの様子は気にも留めていない。
いつまでも彼に世話になるわけにはいかないだろう。
「ねえ」
「なんだ」
手元から視線を外さずユミトが返事をする。
「すぐには難しいけど、ちゃんと自立して返すから」
「なにがだ」
「服とか宿代とか。まずは仕事探し、いや、教会に行った方がいいのかな」
最後は独り言が混ざった。
「は?」
振り返ったユミトは眉間に皺を寄せて怪訝そうな表情をしている。
「自分で生活できるようにするから」
いつまでもユミトに世話になっているのは気が引けた。
今すぐには難しいだろうが、この世界でひとりで生きていく術を身に着ける必要がある。
「だからもう少しだけここに……」
「教会に行きたいのか?」
居候させてほしい、と言い終わる前にユミトの声に遮られた。
「この本に渡り人は教会で暮らしたって書いてあるから私もそうしようかと」
「なんで」
一層不機嫌そうな声色で返事が返ってくる。
「なんでって、あなたにこれ以上世話になるわけには……」
「だから、なんでそうなるんだよ」
怒ったように乱暴に器具を置いたユミトがずかずかと近付いてくる。
彼が怒る理由がわからず困惑していると、両肩を掴まれソファーに押し倒された。
「っ!」
倒された衝撃で目を硬く閉じてしまう。
「……なにか気に入らなかったのかよ」
か細い声が降ってきた。
聞いたことのない弱々しい音に驚き目を見開く。
視線が合うと彼はバツが悪そうに顔を背けた。
「教会なんて節制節約ばっかりで毎日質素な食事だわ酒も飲めねえわ、外出の制限はされるわ雑多な用事を押しつけられるわ、なんにも楽しいことなんてないぞ」
反論の隙がないほどユミトにまくし立てられる。
「それに、あれだ、研究」
「研究?」
「そうだ。俺は魔法使いとして渡り人の力を研究したいんだ」
「研究……?」
自身になにか力があるとは思えず、エリナは困惑の表情を浮かべた。
「アンタが嫌がることを強いるようなことはしないし、協力してくれるなら衣食住も提供する。な? 悪くない条件だろ? それに……」
ユミトの表情が曇る。
「教会に行ったら何人もの男と関係を持つ羽目になる。それでもいいのか?」
正直好きでもない相手、しかも複数人と交わることはエリナの趣向とは合わずできれば避けたい。
「嫌、かな」
「ここに居れば俺ひとり。相性も悪くなかっただろ?」
「まあ……」
正直相性は良いと感じた。
「ならここに居ろ」
赤い瞳にまっすぐ射抜かれる。
ふざけた調子はなりをひそめた真摯な視線。
これまでぶそんな態度ばかりだったユミトが急に必死になったことに違和感を覚えた。
が、見つめ返したその瞳は、エリナを騙そうとか搾取しようといった不埒な様相は見受けられなかった。
いくら渡り人が珍しいとはいえなぜここまで必死になるのか、正直疑問は尽きないがエリナにとってはありがたい申し出。
「……お世話になります」
エリナが頷くと、ユミトはふっと表情をやわらげた。
窓の外からはおだやかな虫の声が聞こえるばかり。
ゆっくり体を起こす。
ほんのりと倦怠感はあるものの痛みや違和感はない。
「服……」
行為の後、あられもない姿のまま眠ってしまった記憶がある。
おそらくユミトが着せてくれたのだろう。
エリナはベッドから立ち上がり店に繋がる扉へ近付く。
耳を当て様子を窺う。
かすかに物音はするが複数人の人間がいる気配はない。
ドアに手をかけ、極力音を立てないように開く。
気配に気付いたユミトが振り返った。
「起きたか。体の調子は?」
ユミトはすぐに視線を手元に戻し、紫色の怪しげな煙を立てる液体をかき混ぜながら問う。
「平気」
「そうか」
一瞬で会話が途切れてしまった。
手持無沙汰になりひとまずソファーへ座ることにする。
エリナがこの店に来た時と同じように積まれている本を手に取った。
渡り人について書かれた本。
見知らぬ文字をなぜか理解できる、という感覚はやはり不思議で違和感がある。
「ほんとに現実なんだ……」
なんとなくここが現実であり異世界であることは受け入れたつもりであったが、改めて身に染みて感じた。
「まだ寝てんのか」
「起きてるわよ」
エリナを見ることなくつっかかるユミトに食い気味に言い返した。
彼の出方を窺ったが、それ以上なにも言ってこないのでエリナからも言葉を発することはしなかった。
適当にページをめくりなんとなく読み始める。
記録に残る渡り人は、たったひとり。
この世界では珍しい限りなく黒に近い髪と瞳の色。
なんの前触れもなく現れ、最初に発見した時は教会の入り口に倒れていたらしい。
元の世界に帰る方法は見つからず、そのまま教会で生活して当時の人々には想像もつかないような技術を提供し国の発展に貢献、とあった。
現在も、ここよりエリナの居た世界の方が文明が進んでいるように見える。
が、エリナは博識なわけでもないので貢献できそうな知識を暗記しているわけもない。
もし特別な知識や力があったならなにかしら重宝され保護される未来もあっただろう。
しかし、今のエリナには役に立ちそうなものはなにも持ち合わせていない。
なにもなくとも自分が生きていくだけの金銭は稼がなければならない。
ユミトを盗み見た。
目の前の調合かなにかに夢中でエリナの様子は気にも留めていない。
いつまでも彼に世話になるわけにはいかないだろう。
「ねえ」
「なんだ」
手元から視線を外さずユミトが返事をする。
「すぐには難しいけど、ちゃんと自立して返すから」
「なにがだ」
「服とか宿代とか。まずは仕事探し、いや、教会に行った方がいいのかな」
最後は独り言が混ざった。
「は?」
振り返ったユミトは眉間に皺を寄せて怪訝そうな表情をしている。
「自分で生活できるようにするから」
いつまでもユミトに世話になっているのは気が引けた。
今すぐには難しいだろうが、この世界でひとりで生きていく術を身に着ける必要がある。
「だからもう少しだけここに……」
「教会に行きたいのか?」
居候させてほしい、と言い終わる前にユミトの声に遮られた。
「この本に渡り人は教会で暮らしたって書いてあるから私もそうしようかと」
「なんで」
一層不機嫌そうな声色で返事が返ってくる。
「なんでって、あなたにこれ以上世話になるわけには……」
「だから、なんでそうなるんだよ」
怒ったように乱暴に器具を置いたユミトがずかずかと近付いてくる。
彼が怒る理由がわからず困惑していると、両肩を掴まれソファーに押し倒された。
「っ!」
倒された衝撃で目を硬く閉じてしまう。
「……なにか気に入らなかったのかよ」
か細い声が降ってきた。
聞いたことのない弱々しい音に驚き目を見開く。
視線が合うと彼はバツが悪そうに顔を背けた。
「教会なんて節制節約ばっかりで毎日質素な食事だわ酒も飲めねえわ、外出の制限はされるわ雑多な用事を押しつけられるわ、なんにも楽しいことなんてないぞ」
反論の隙がないほどユミトにまくし立てられる。
「それに、あれだ、研究」
「研究?」
「そうだ。俺は魔法使いとして渡り人の力を研究したいんだ」
「研究……?」
自身になにか力があるとは思えず、エリナは困惑の表情を浮かべた。
「アンタが嫌がることを強いるようなことはしないし、協力してくれるなら衣食住も提供する。な? 悪くない条件だろ? それに……」
ユミトの表情が曇る。
「教会に行ったら何人もの男と関係を持つ羽目になる。それでもいいのか?」
正直好きでもない相手、しかも複数人と交わることはエリナの趣向とは合わずできれば避けたい。
「嫌、かな」
「ここに居れば俺ひとり。相性も悪くなかっただろ?」
「まあ……」
正直相性は良いと感じた。
「ならここに居ろ」
赤い瞳にまっすぐ射抜かれる。
ふざけた調子はなりをひそめた真摯な視線。
これまでぶそんな態度ばかりだったユミトが急に必死になったことに違和感を覚えた。
が、見つめ返したその瞳は、エリナを騙そうとか搾取しようといった不埒な様相は見受けられなかった。
いくら渡り人が珍しいとはいえなぜここまで必死になるのか、正直疑問は尽きないがエリナにとってはありがたい申し出。
「……お世話になります」
エリナが頷くと、ユミトはふっと表情をやわらげた。
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