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しおりを挟む木目が美しい飴色の扉を開けると、清々しい草木のような香りがした。
「いい香り。なんの匂いだろう」
クレオが鼻をすんと鳴らし記憶を探っていると、荷物を床に置いたロキが部屋の奥を指差した。
「ここの床の匂いみたいだよ」
彼の指す部屋の床には若草色が広がっていた。
「タタミっていうらしいよ。遠い異国の地で古くから愛されてる工芸品だって」
クレオとロキは仕事の休みを合わせて避暑地へ来ていた。
湖の近くの隠れ家的旅館。
ふたりともあまり遠出をするタイプではないので、今回の旅行はとても楽しみにしていた。
「ここにフトンを敷いて眠るんだよ」
「フトン?」
「ふかふかの分厚い布、大きなクッションみたいなものかな」
「大きなクッション……!」
寝具と言えばベッドにしか馴染みのないクレオは目を輝かせた。
「僕も初めてだから楽しみだな」
浮かれるクレオの頭を撫でながらロキが笑う。
「今日は移動で疲れたでしょ? もうすぐ夕飯を持ってきてくれるらしいから、それまで部屋でゆっくりしていようか」
ふたりの住む街からは随分と離れた場所にこの旅館はある。
早朝に出発したものの、何度も馬車を乗り換えてすっかり陽が落ちていた。
「そうね。お茶淹れるね」
大きな机の上にぽつんと置かれていた茶器を手に取った。
茶葉は筒状の入れ物に入っている。
「わあ、不思議な香り」
普段クレオが飲んでいるハーブティーとは違う香ばしい匂いがした。
「ロキ、どうぞ」
うぐいす色の透き通った茶が入った湯のみをロキへ差し出す。
「ありがとう。綺麗な色だね」
「リョクチャっていうらしいの」
筒の入れ物に書かれていた文字を読み上げた。
香りを楽しんだ後にひと口含む。
「渋みがあるのね」
いつものハーブティーは華やかな風味の物が多いので全く違う風情だ。
「初めて飲む味だけど、なんだか落ち着くね」
ロキがほっと表情をゆるめた時、扉をノックする音が聞こえた。
「お食事をお持ち致しました」
扉の向こうから女性の声が聞こえる。
いつの間にか夕食の時間になっていたようだ。
次々と机に並べられていく色とりどりの料理たち。
あんなに広かった机上はあっという間に埋め尽くされた。
「ごゆっくり」
優雅な所作で女性は客室を後にした。
「早速食べよう」
見たことのない料理を前に、ロキが目を輝かせた。
「そうね、いただきます」
「いただきます」
湖が近いということもあり、魚料理が豊富だった。
「この焼き魚、身がすごくふっくらしてる」
「天ぷらも美味しいよ。さくさくだ」
互いに感想を言い合いながら心ゆくまで食事を楽しんだ。
「この部屋、外に風呂があるらしいんだ」
食休みをしながらまったりしているとロキが口を開いた。
「外……」
クレオが一瞬怪訝な顔をする。
「周りからは見えないようになってるから大丈夫だよ」
あからさまな表情にロキが吹き出した。
「こっちだよ」
窓を開けベランダのような場所へ出る。
「ほら、ここ」
木目が活かされた柵で囲まれた空間の中央に、円状の湯舟。
そこには常に湯が注がれ続けている。
感じる空気は屋外のものだが、しっかりと囲われているので安心感がある。
「クレオちゃん、上」
言われるがままに見上げると、満天の星空が視界いっぱいに広がった。
「わあ……」
幻想的な光景に思わず言葉を失う。
「折角だし一緒に入ろうか」
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