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しおりを挟む肩になにか温かいものが触れている。
「…………ちゃん」
うっすら名を呼ぶ声が聞こえる気がする。
「クレオちゃん」
意識が引き上げられ、クレオはゆっくりと瞼を上げた。
「風邪ひくよ?」
目の前には心配げに覗き込むロキの姿。
「あ、ごめん、寝ちゃってた」
夕食の後にロキがハーブティーを淹れている間、耐えがたい睡魔に襲われソファーで寝入ってしまったらしい。
「すぐベッド行く?」
ロキの後ろには準備してくれたであろうハーブティーが見えた。
「飲んでからにするね」
幸いにもまだ温かいままのハーブティーをゆっくり飲み、体が温まったところで寝室へ向かった。
近頃クレオは寝付きがよくなかった。
季節の変わり目に体調を崩すことはよくあること。
できるだけリラックスできる時間を設けたり無理をしない、といった積み重ねで毎年どうにか乗り越えている。
「また眠れない?」
ベッドに入っても眠れずもぞもぞしていると、ロキがクレオの髪を撫でながら呟いた。
「うん」
「ぎゅってする?」
静かに頷く。
ロキの両手が背に回り抱き締められた。
自身より高い体温に少しだけ気持ちが和らぐ。
早く眠れるよう祈りながら瞳を閉じた。
「今日は全部僕がやる」
休日の朝、目覚めた瞬間からロキがなにやらはりきっていた。
「朝食にする? 休日だし二度寝する?」
「え、じゃあ、朝食……」
いつになく楽しそうにするロキに圧倒されながらも答えた。
「よし、じゃあ」
カーディガンを掛けられ、次の瞬間には体が浮いていた。
「えっちょっと!」
ロキに抱き上げられ、慌てて彼の首にしがみつく。
「僕が運ぶからクレオちゃんはなにもしなくていいよ」
額にキスが降った。
記念日でもなんでもない日のはずだが、どうしたんだろうか。
疑問は尽きないが、ロキが楽しそうなので身を委ねることにした。
「わあ、豪華」
テーブルには普段よりも豪勢な朝食が並んでいた。
かといってこってり重たいものではなく、寝起きでも胃腸に負担がかからないような優しいメニューばかり。
心なしか装飾も華やか。
ランチョンマットくらいは使っていたが、今回はそれ以外にも小さな花やかわいらしい置物などが飾られている。
「どうぞめしあがれ。あ、僕が食べさせてもいいかな」
「お、お気持ちだけで……。いただきます」
以前ロキに食事のお世話をされて恥ずかしかったことを思い出し丁重にお断りした。
まずはスープから。
黄金色に透き通っていて、食べやすい大きさにカットされた野菜がいくつか入っている。
ひと口含めば、コンソメの香ばしい香りと野菜のうま味が広がった。
体温の上がりきっていない朝の体に温かさが染み渡る。
「美味しい」
「よかった」
クレオの反応に満足したのか、にこにこと頬を緩めたロキは自身の食事を始めた。
ロキの宣言通り、この日一日クレオが家事や雑事に煩わされることはなかった。
朝食に始まり掃除洗濯はすべてロキが済ませ、その間クレオが楽しむためのハーブティーや本まで準備されていた。
「ここでくつろいでてね」
いつものソファーには肌触りのいいカバーが掛けられていて気持ちがいい。
テーブルには飲み物以外にもお菓子がいくつも並んでいる。
猫や花の形をしたクッキーは、おそらくロキが焼いたもの。
さくさくとした歯応えが楽しくて、ほんのりとした甘味が美味しい。
家事の合間にこまめにロキが顔を出し、他愛もない話をしたりただ隣に座って共に穏やかな時間を過ごしたりした。
夕飯もすべてロキが準備し、本当にクレオはなにもすることなくのんびりとした一日を過ごすことができた。
「最後にとっておきがあるんだ」
案内された浴室はいつもと雰囲気が違っていた。
暗闇はいくつものキャンドルで照らされ、湯舟にはバラの花びらが浮かべられている。
「素敵」
「マッサージもあるからね」
浴槽の縁にタオルが敷かれ、湯船に浸かった状態でそこにクレオが首を乗せる。
華やかな香りのオイルを手に取ったロキの指で頭皮がマッサージされていく。
「きもちいい……」
ちょっとしたリゾート気分だ。
湯で温まった後は寝室に連れられた。
いつの間に準備したのか、ここにもキャンドルが灯されバラが飾られていた。
「オイルマッサージで全身を解すからね」
当然のように抱き上げられていたクレオは、ふわふわのタオルがひかれたベッドに横たえられた。
タオルを巻いただけという格好だが部屋の中が温かくて心地がいい。
「うつ伏せになって、楽な体勢でいてね」
浴室で使っていたオイルと同じ香りがする。
「まずは手からね」
ロキの両手に包まれた。
ゆっくりと心地よい圧で掌が解されていく。
続いて腕、肩、首、と順番にロキの手が滑っていった。
いつも触れる官能的な手つきではなく、クレオを癒すことだけを目的とした心地よいマッサージ。
湯で温まった体がさらにリラックスしていく。
「寝ちゃってもいいからね」
クレオがうとうとしていたことに気付いたロキが優しい声色で囁く。
返事をする間もなくクレオはすっとまどろみへ落ちていった。
クレオの意識が浮上した時、ちょうど腰のあたりを指圧されていた。
仕事で座りっぱなしも珍しくなく、負担がかかっていた部分なので程よく解され心地がいい。
少し眠ったことでクレオは随分とすっきりしていた。
「んっ」
思わずロキの指に反応して色付いた声が零れてしまった。
「ごめん、痛かった?」
情事を目的としていない愛撫なのに、悦を見出してしまったことに羞恥が湧く。
「ぁ、平気」
「もうちょっと弱めようか」
ロキは手の力を弱めたがそれがさらに絶妙な刺激となり、クレオはまたしても甘い吐息を洩らしてしまう。
一度官能を見つけてしまった体は、ロキに触れられているというだけで愉悦を生んでしまう。
「ロキ……」
仰向けに体勢を変えたクレオは、掛けられていたタオルを自らの手で取り去る。
「したくなっちゃった……」
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