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「どうしよ……居心地良すぎ……」

 湯舟に浸かりながらエラは思わず呟いていた。

 様子を見るだけのつもりだったのに、イリオの家を訪問してからすでに二週間も寝泊りしている。

 家賃はいらないと彼は言うが、さすがに申し訳ないので食事や生活用品はエラが手配することにした。

 家事、掃除などを手伝おうと考えたが、元々物が少ないせいかイリオが散らかすこともほとんどない。

 料理を振舞うと瞳を輝かせて美味しそうに頬張ってくれる。

 毎朝顔を合わせるたびに嬉しそうに微笑み、好きだ綺麗だと甘い言葉を囁かれ、これではお返しをするつもりが貰ってばかり。

 エラは幸せな日々を噛みしめていた。

 ただ、ひとつだけ気になることがある。

 イリオの家に泊まり始めてから一度も夜の誘いがない。

 キスやハグは毎日。

 疲れていて気分が乗らないだけだろうか。

 空き部屋をひとつエラ専用に宛がってもらっているので、眠るときはひとり部屋。

 ひとつ屋根の下、同じ家に居るのですぐに触れ合える距離。

 互いの店の営業時間の関係で多少生活時間はずれているものの、全くの正反対というわけではない。

 エラにとって遅めの夕飯はイリオにとっていつもの時間の食事。

 イリオが目覚めるころにはエラが朝食の準備を終えて一緒に食べる。

 夕飯の後に一緒にハーブティーを飲みながら雑談するくらいの時間の余裕はある。

 なのに、エラの家に泊まった日以来一切触れられていない。

 さすがに少し寂しくなってしまう。

 たくさんの言葉やハグやキスだけでは満足できなくなっていた。

「欲張りなのかな……」

 イリオの熱い手や体を思い返した。

『エラさん、可愛い、好き』

 甘く囁く言葉が蘇り、腹の奥が切なく疼いた。





「イリオ、まだ起きてる?」

 初めて彼の寝室を訪ねる。

 意を決して行動に移すことにした。

 翌日はエラの定休日でイリオも店を休むと聞いている。

 互いに休日の前夜。

 共に食事を終え、雑談をし、ハグとキスでおやすみと言葉を交わした。

 いつも通り、それ以上のことはない。

「エラさん?」

 疲れてもう寝てしまっているかも、と心配したがすぐに返事が返ってきた。

「どうしたんですか? なにかありましたか?」

 すぐに扉を開けてイリオが顔を出す。

「もうちょっと一緒に居たくて」

 はっきりと言葉にするのはさすがに恥ずかしくて出来なかった。

「可愛いこと言いますね。じゃあもう少しお茶でも飲みながら……」

「待って」

 寝室から出てこようとするイリオに抱き付き制止する。

「一緒に、寝よう?」

 彼の胸に頬を押し付け言う。

 ごにょごにょと不明瞭になってしまったが聞こえたはずだ。

「ぁ、えっと……一緒には、ちょっと……」

 煮え切らない返事が返ってくる。

 これは拒絶だろうか。

「嫌?」

 咄嗟に出た言葉は少し揺れてしまった。

「そうじゃなくて、エラさん一度離れて」

 いつもはイリオから抱き締めるくせに。

 彼の手がエラの肩に触れ軽く押し離してくる。

 拒否された。

 そう思った瞬間、目頭が熱くなり視界が歪む。

「ッエラさん!?」

 エラの涙に気付いたイリオが取り乱す。

 頬が彼の手に包まれ親指で涙を拭われる。

 一度溢れ出したら止まらなくて、自分が思っている以上に気がかりだったんだと自覚した。

「ねえイリオ、嫌になっちゃった?」

 この二週間、エラはイリオとの生活が楽しかった。

 幸せで、これがずっと続けばどんなに良いかと思っていた。

 もしかしたらイリオは違ったのかもしれない。

 夜の営みがないという、たったそれだけのことと言ってしまえばそれまで。

 でも、全身でエラを求めてくるイリオが愛おしかったし、また触れ合いたいと思っている。

 一緒に生活することで女性として見れなくなってしまったのだろうか。

「もう私に魅力感じなくなっちゃった?」

「そんなことあるわけないです」

 涙で濡れた瞼に彼の唇が触れる。

「じゃあなんで触れてくれないの?」

 ぎくりとイリオの肩が跳ねた。

「ああ……えっと……そういうことか」

 自身の額に手をやり、ごにょごにょとイリオが呟く。

「ひとまず中、入りましょうか」




 彼のベッドに並んで座る。

 初めて入った彼の寝室。

 リビングと同じく無駄なものがなく整頓が行き届いている。

 ただ、イリオの香りが強く、少しくらくらしてしまう。

「エラさん」

 膝の上で硬く握り締めていた手に、彼のそれが重ねられた。

「不安にさせてしまってごめんなさい」

 きゅっと握ってきた彼の掌が熱い。

「エラさんはとても魅力的です。以前からずっと」

 イリオの指が絡んでくる。

「いつだって、僕はエラさんに触れたい」

 引かれた手の甲に彼の唇が触れる。

「ならなんでこの二週間……」

「それは……」

 歯切れが悪くなったイリオ。

 そのまま視線をそらし、バツが悪そうに口をへの字に曲げた。

「なんだか、住まいを提供する代わりに強要している感じがして……」

 すぐには彼の言う意味が理解できなかった。

 エラの表情から伝わっていないことを悟ったのか、イリオが言葉を続ける。

「タダで住ませてやるからエッチさせろ……みたいな」

 自分で言っておきながらイリオは恥ずかしそうに頬を染めている。

「……そう思ってるの?」

「まさか! 思ってませんよ!」

 食い気味に返事が返ってくる。

「エラさんが引け目に感じて、気分でもないのに無理して付き合わせたりしたら嫌だなと思って……」

 握られていた手が彼の両手に包まれる。

「僕は、いつでもエラさんに触れたいと思っています」

 視線が絡んだ。

 目が合わせられたまま、指先にキスをされる。

 爪から関節をなぞり、指の付け根へ丁寧に口付けられていく。

「エラさんは?」

 ちゅっと軽い音を立てて彼の唇が離れた。

「私も……イリオに触れたいよ。引け目には感じてないけど、触れてもらえないのは寂しかった」

 肩が包まれ抱き寄せられた。

「いい、ですか?」

 触れた彼の胸から強い鼓動が伝わってくる。

 ゆっくり頷くと、そのままベッドへ押し倒された。

 

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