犬系バーテンダーは薬師の彼女を溺愛する

山吹花月

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 翌日。

 幸いにも嵐は去り馬車の手配が出来た。

 正午には宿屋を出発し、日が暮れる前にはエラの店まで辿り着くことができた。

「荷物はこれで最後です」

 イリオが抱えていた麻袋を棚に下ろす。

「運んでくれてありがとう」

 いつもは馬車と店をひとりで何往復もしていたが、イリオが手伝ってくれたお陰で半分以下の時間で運び込むことができた。

「仕分けとかあったら手伝いますよ」

「大丈夫。明日の休みでまとめてやっちゃうから」

 普段も仕入れの翌日は丸一日休みにして仕分け作業をしている。

 新しいハーブなどの使用方法を考えながら行うこの作業が、エラは意外と好きだった。

「楽しそうですね」

 イリオがくっくと喉を鳴らして笑う。

「普段はしっかりした大人の女性なのに、ハーブや薬草のことになると子供みたいに無邪気な顔になるの、本当に可愛いです」

「初めて言われた……」

 落ち着いていると言われることはあっても、無邪気などとは一度も言われたことがない。

 ショックというわけではないが、子供っぽい一面が表に出ているのかといくらか衝撃があった。

「なら、もう誰にも言わせないで」

 エラの髪をひと房彼が掬い上げる。

「無防備な顔は僕の前でしかしちゃだめですから」
「う、ん……」

 上目遣いに妖艶に微笑むイリオの圧に、思わず頷いてしまった。




「送ります」

 エラの店の施錠を終え解散しようとした時、イリオから申し出があった。

「大丈夫だよ。私の家まで来るとイリオが遠回りになっちゃう」

「いいえ、僕は元気ですから。最後まで荷物持ちさせてください」

 彼と一緒の時間が伸びるのは嬉しい。

「もう少しエラさんと居たい」

 いつも欲しい言葉を先回りして与えてくれるイリオ。

「うん、行こ」

 嬉しさと、自分もなにか彼に返したい気持ちでイリオの手を握る。




 他愛もない会話をしながらふたりで並んで歩く。

 荷物も減り身軽になって気分も軽いからか、デートの帰り道のような高揚感がある。

 しかし楽しい時間は瞬く間に過ぎ、あっという間にエラの家まで到着する。

「お茶でも飲んでく?」

 以前家にはいるのを拒否されたことがあるが、だめ元で提案してみる。

「嬉しいです。おじゃまします」

 前回祭りの日には入室を断られたのでエラは面食らってしまった。

「なんで自分で誘っておいてびっくりしてるんですか?」

 エラの表情に気付いたイリオ。

「祭りの日はすっごい勢いで拒否してたから」

「ああ、あれは……」

 イリオが気まずそうに口ごもる。

 聞いてはいけなかっただろうか。

「とりあえず、どうぞ」

「あ、はい」

 このままでは玄関で立ったまま時が過ぎそうなので彼を中へ促した。




 お茶をふたり分準備して、仕入れ先で買ってきたお土産のお菓子を食べる。

「イリオはお店いつから再開するの?」

 彼はエラの仕入れに合わせて休みを取ってくれていた。

「明後日辺りには開けようかと」

「じゃあ明日はおやすみか」

「はい」

「いっぱい歩いたし、ゆっくり休んでね」

「エラさんも」
「ありがとう。……あ、そうだ」

 エラは棚からひとつ小瓶を取り出す。

「この香油使って足のマッサージするといいよ。たくさん歩き回ったから。消炎効果のあるハーブを入れてるから。匂い、平気?」

 差し出した小瓶に、なんの疑いもせずイリオが鼻を寄せる。

「すっきりする香りですね。僕好きです」

「よかった。じゃあこれはどうかな。私も使ってるんだけど」

 もうひとつ取り出し彼に差し出す。

 再び彼は素直に嗅ぐが、すぐに顔をしかめて顔を離した。

「あっごめん。苦手だったかな」

 自身も愛用しているので咄嗟に体を離す。

「いえ、そうではなくて……」

 耳まで真っ赤に染めて彼が俯く。

「良い匂いなんですけど、エラさんのこと思い出して……色々大変というか、手につかなくなるというか」

「色々……」

 照れるイリオの反応を見て様々な妄想をしてしまった。

 昨日も思ったが、彼から匂いに関する言葉が多い気がする。

 主に好意的な言葉。

 昨晩の情景を思い出す。

「でも」

 イリオがエラに寄り、耳の辺りですんと鼻を鳴らす。

「……やっぱり少し違うかな。これがエラさんの匂いってことですかね。良い匂い」

 体臭の指摘は誉め言葉であっても恥ずかしい。

「エラさんからする匂いの方が好きです」

 頬を染めながらイリオが呟く。

 嬉しそうに言われて悪い気はしないが非常に照れくさい。

「さっき言いかけましたけど、この家、エラさんの良い匂いがすごくするんです」

 祭りの日に頑なに室内に入らなかった、という話だろう。

「好きな人の家で好きな人の匂いに包まれたら、僕、なにかしちゃいそうだったから……」

 耳元で切なげに彼が囁く。

 イリオが耳を甘く噛んできた。

 反射的に肩が跳ねる。

「好き、エラさんの匂い」

 陶酔したような声。

 いつの間にか彼の腕が腰に回されていた。

 抱き寄せられ、耳朶や耳の裏側の皮膚が薄い部分に彼の唇が添う。

「……ぁ、また僕、すいません」

 イリオは慌てて体を離した。

「ねえイリオ。今日、泊ってく?」

 離れがたくて、気が付けば口をついて言葉が出ていた。

「ッ……」

 彼が息を飲む気配がする。

 すぐそのあとに深いため息が吐かれた。

「エラさんは本当に……。すぐそうやって無自覚に誘うんですから」

 エラは彼の溜息を拒絶と受け取った。

「慣れない仕入れに付き合って疲れてるよね。ごめん、なんでもない」

「そうじゃなくて」

 イリオの指が絡んできた。

「今度こそ、寝かせてあげられないって話です」

 手を引かれ指キスをされる。

「っ」

 指先を甘噛みされた。

「昨日、あれでも頑張って耐えてたんですよ?」

 一気に情事が蘇る。

 体温が上がり、生々しい感覚を思い出した腹の奥がじくじく疼く。

「エラさん、今、色っぽい顔してますよ」

 イリオの唇が指先から掌へ順にキスを落としていく。

「思い出しちゃいました?」

 手首に舌が這わされた。

 濡れたざらつき。

 昨晩この舌で愛された感触が蘇る。

「だからこれ以上僕を煽るのは……」

「いいよ」

 くすぶり始めた熱は発散させないと収まりそうにない。

「耐えなくて、いい」

「ッ……」

 イリオの瞳の奥に一気に劣情が滲んだ。

 
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