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「しばらく会えない」

 エラの言葉にイリオが絶望した顔をする。

「それってどういうことですか? 距離を置こうとかそういう?」

 イリオに握られた手が引かれ鼻先が触れ合いそうな近さになる。

「え?」

「嫌だ。離れたくない」

 ここまでものの数秒で展開する。

 エラが自身の言葉足らずに気付いた時にはすでに彼の腕の中だった。

「ごめん。言葉が全然足りなかったね」

 体を離し彼を見上げる。

「私だってイリオと一緒に居たい。けどね」

「けど?」

「そろそろ仕入れに行きたいの」

「仕入れ……」

 エラは月に一度、近隣の街まで出向いて商品の仕入れを行っている。

 仲介業者も存在するが、どうせなら自分の目で見て良いと思ったものを選びたい。

 自ら見て回ることで新たな発見や初めて見るハーブとの出会いもあったりする。

「イリオに初めて会った日も仕入れの帰りだったな」

「だからあんなに大荷物だったんですね」

「もう一ヶ月か。あっという間だったね」

 ひとりでしみじみこの一ヶ月に思い出に浸る。

 イリオと出会った時はまさか恋人になるとは思ってもみなかった。

「あの、エラさん」

 イリオの声で引き戻される。

「本当に、これは僕のわがままなんですけど……」

 視線を下げ言いにくそうにイリオが切り出してきた。

「なあに?」

「仕入れの時に連れていく護衛なんですけど、その、女性の方にしてもらえないかなって」

「護衛?」

「はい、女性の護衛を見付けるのが大変なことは重々承知してるんですけど、やっぱりエラさんと他の男性にふたりきりになってほしくなくて」

「いないよ?」

「僕が探しますから! なので女性に……」

「いや、護衛は付けないよ」

「……は?」

 間の抜けた声を発してから彼が黙ってしまった。

「付けないよ」

 聞き取れなかったのかと思いもう一度伝える。

「護衛、付けないんですか?」

「うん」

「なんでですか!?」

 ものすごい剣幕で迫られる。

「ぇ……そんな危ない目にあったこともないし、いつも行く街だから慣れてるし」

「いつも安全とは限らないじゃないですか!」

 こんなに声を荒げるイリオは初めて見たかもしれない。

「だめです。護衛を付けてください。女性の護衛、僕が探しますから」

「いいよ、イリオに手間かけさせたくないし」

「エラさんひとりきりはだめです」

「でもなあ……知らない人と一緒だと好きに買い回るのも気が引けるしなあ……」

「なら僕が付いていきます」

「イリオが?」

 思いもよらない申し出だった。

「護衛の人ほど強くはないですけど、女性ひとりより男が付いてた方が牽制にもなります。それに意外と力はあるんです。ほら、触ってみて」

 手を取られ、彼の二の腕を強制的に触らされる。

 掌には硬い力こぶがしっかりと感じられた。

 着痩せをするタイプらしい。

「でもイリオ自分の店もあるし」

「元々不定休でやってます。一緒に行かせてください」

 しばらく粘ったが、イリオが引く気配はない。

「じゃあ、お願いしようかな」

 エラが折れた。

「はい! エラさんは僕が守りますからね」

 ぱっと花が咲くようにイリオが笑う。

 心底嬉しそうな表情を向けられ、エラもつられて口角が上がる。

「ほんとに仕入れだけだから楽しくないと思うよ?」

「エラさんと一緒ならどこでもなんでも楽しいですよ」

 手の甲にキスを落とされた。

 甘く吸いつくような柔らかさが心地いいけど照れてしまう。

 上目遣いに見つめてくるイリオと目が合う。

「初めて一緒に行く旅行、楽しみです」

「まあ、そういうことになるのか。でも目的は仕入れだからね」

「はい、もちろんです」

 彼に釘を刺したけれど、エラも内心楽しみで少し浮かれていた。





 エラの宣言通り、朝から晩までひたすら店を見て回った。

 気になるものがあれば片っ端から試していく。

 わからないものは店員に聞き、理解できるまで探求した。

「エラさん体力ありますね」

 十数件目の店から出たところでイリオが感嘆の声を漏らす。

「そう言うイリオだって」

 イリオはエラの分まで荷物を持っている。

 そのおかげで身軽に見て回ることが出来ているが、彼の負担は少なくないだろう。

 なのに息ひとつ切らすことなく平然としている。

「酒樽とかよく運んでますから。荷物持ちは任せてください」

「頼もしい」

 エラの誉め言葉にイリオは頬を染めた。

 視線はそらされてしまったが、口元がにやついているので喜んでいることがわかる。

 自分から迫る時は照れる素振りを見せないのに、いざエラから来られると恥じらってしまう彼。

 そんなところも可愛いな、とほっこりする。

 順調に買い込み、予定していた物はすべて手に入れることが出来た。




「え、土砂崩れ?」

 無事に仕入れを終え、あとは街に帰るだけという時。

 急に悪化した天候のせいで、帰り道で土砂崩れがあったらしい。

 そのせいで馬車が出せないという。

 回り道も検討したが、そちらでも道が埋まっていたら夜を明かす場所が無くなってしまう。

 さすがのエラも野宿は避けたかった。

「仕方ない。この街で一泊していこうか」




「あいにく一部屋しか空いてないですね」

 同じような境遇の人間が多かったのだろう。

 何件もの宿屋を巡り、やっと見付けた空きはひとつ。

 夜も更け天候は悪化の一途。

 今から別の宿へ向かっても空きがないであろうことは容易に想像できた。

「その部屋をお願いします」

 イリオが申し出る。

「僕は酒場かどこかで朝まで時間を潰しますから」

「えっなんで」

「本来ひとり用の部屋ですし、ずっと歩き回って疲れも溜まっているはずです。エラさんにゆっくり休んでほしい」

「それはイリオも同じでしょ」

「僕はまだまだ元気ありますよ」

「疲れがないわけじゃないでしょう?」

「あのお……こちらお部屋の鍵ですが、お泊りになりますか?」

 ふたりの押し問答に店員の声が割って入る。

「泊まります。いこ、イリオ」

「っ! エラさん!?」

 慌てる彼を無視して強引に手を引いていく。

「イリオも疲れてるでしょう? ちゃんと部屋で休もう」

「でも……同じ部屋だと」

 様子のおかしいイリオ振り返ると俯いていた。

 わずかに耳が赤く染まっている。

 ぎゅっと強く手が握り返された。

「……だめですって」

 消え入りそうなか細い声でイリオが抵抗する。

「好きな人と同じ部屋だと……僕」

 イリオの言いたいことに察しがつき心臓が強く打つ。

 交際し始めてからいくらか時が経ったが、キス以上の触れ合いはなかった。

 エラが拒んでいるわけでもなく、イリオが求めてくるわけでもなく。

 そういった雰囲気になることもなかったので、エラ自身そこまで気に留めていなかった。

 もしかしたらイリオはそういった行為にあまり積極的じゃないのかも、とまで思っていた。

 が、今の彼の反応を見てそうではないことを悟る。

「大丈夫」

「エラさ……」

 顔を上げたイリオは頬まで真っ赤だ。

「大丈夫だから。一緒に」

「……」

 言葉は返ってこないが、握っていたはずの手が解かれ、逆に指を絡め取られた。

 うろたえ揺れる彼の瞳の奥に、確実な劣情を見た気がした。

 イリオと同じくらい自分の顔も赤いだろうな。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、彼の手を握り返した。

 
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