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「……危なかった」
バーに帰りついたイリオは、扉にもたれてずるずると座り込む。
自分の店にエラを招きハーブ酒試飲会を開いた。
ふたりきりで過ごす穏やかな時間が嬉しくて、油断すると頬が緩んでいたと思う。
少々酔いが回っている様子のエラを自宅まで送り届け、自分の店に戻ってきたところだ。
脳裏に蘇るのは、酔いが回りいつもより無防備なエラの姿。
瞳はうるみ、頬はわずかに色付く。
上目遣いに見上げてくる表情には警戒心が欠片も見えない。
心を許してもらえている喜びと同時に、そのまま抱きすくめて腕の中に閉じ込めてしまいたい独占欲が渦巻いた。
「というか、抑えられなかったわけだけど」
今まで勢いあまって手に触れることはあった。
これでも最大限の我慢をしていたのである。
だが今回は理性が敗北した。
あまりにも愛らしい表情をするエラを前に自制心はもろく崩れ去る。
許可なく頭を撫でるわ髪や指にキスをするわの大暴走。
「なんであんなに無防備なのあの人」
両手で顔を覆い唸る。
自分を警戒していないと考えれば喜ばしいが、酔うと誰にでもあんなに隙だらけなのかと思うと心配でならない。
「店に行く回数増やそうかな」
自分の店の仕入れ状況や営業時間、その他もろもろの予定を高速で脳内で処理して空き時間を無理矢理作る。
もうハーブ勉強会の名目はないので新しい理由を考えてみる。
「店で出す甘味、かな」
ハーブ酒に合うスイーツ、というテーマで。
となると店に招いて食べ合わせを試してもらうことになる。
「…………それはさすがにまずいな」
酔いの回ったエラの姿を思い出す。
自分を抑えられる自信はなかった。
理由なくただの客として会いに行ってもいいが、彼女はまたイリオが礼のために通っていると誤解するだろう。
「エラさん、真面目過ぎ。可愛い」
開店時間は間近に迫っているというのに、へらへらと緩みきった頬が元に戻らない。
「甘やかしたいなあ」
一度零れ始めた独り言は止まらない。
普段抑え込んでいる願望や欲望が店内に響き続けた。
◇
「イリオ君、最近表情が柔らかくなったね」
祖父の代から通ってくれている常連の男性に声を掛けられた。
「そうですか?」
接客業なので常に笑みは絶やさないが、自分の店で大きく感情を出すことはない。
自身ではいつもと変わらない表情だと思っていた。
「なんとなくだけどね、すごく安定してると言うか、なにか支えになるものが出来たのかもしれないね」
「支え、ですか」
すぐにエラの顔が浮かんだ。
「……心当たりがあるようだね」
「そんなに顔に出ていますか?」
自覚がない分焦ってしまう。
「ぱっと見はわからないから安心しなさい。ここに通って長いからね。君が幼い時から知っているし、私にとっても孫みたいなものだ。今まで苦労もあっただろうが、君には幸せになってもらいたいと思っているよ」
仕事を終え、静まり返った街を横切り帰路につく。
常連客の言葉を思い出す。
『表情が柔らかくなったね』
冷たいつもりはないが、基本的に誰にでも愛想を振り撒くタイプではない。
本当に好ましい相手にだけ。
でもエラには誤解されている。
「イリオは人懐っこいね、って。そんなのエラさんにだけなのに」
こんなにも心奪われる人に会ったのは初めてだ。
少しずつ仲を深めていきたいのに、彼女に会うたびに愛しさが募る。
いつか暴走して傷付けてしまうんじゃないかという不安が湧く。
「エラさん、ちゃんと眠れてるかな」
夜空を見上げて呟く。
「早く会いたい、エラさん」
バーに帰りついたイリオは、扉にもたれてずるずると座り込む。
自分の店にエラを招きハーブ酒試飲会を開いた。
ふたりきりで過ごす穏やかな時間が嬉しくて、油断すると頬が緩んでいたと思う。
少々酔いが回っている様子のエラを自宅まで送り届け、自分の店に戻ってきたところだ。
脳裏に蘇るのは、酔いが回りいつもより無防備なエラの姿。
瞳はうるみ、頬はわずかに色付く。
上目遣いに見上げてくる表情には警戒心が欠片も見えない。
心を許してもらえている喜びと同時に、そのまま抱きすくめて腕の中に閉じ込めてしまいたい独占欲が渦巻いた。
「というか、抑えられなかったわけだけど」
今まで勢いあまって手に触れることはあった。
これでも最大限の我慢をしていたのである。
だが今回は理性が敗北した。
あまりにも愛らしい表情をするエラを前に自制心はもろく崩れ去る。
許可なく頭を撫でるわ髪や指にキスをするわの大暴走。
「なんであんなに無防備なのあの人」
両手で顔を覆い唸る。
自分を警戒していないと考えれば喜ばしいが、酔うと誰にでもあんなに隙だらけなのかと思うと心配でならない。
「店に行く回数増やそうかな」
自分の店の仕入れ状況や営業時間、その他もろもろの予定を高速で脳内で処理して空き時間を無理矢理作る。
もうハーブ勉強会の名目はないので新しい理由を考えてみる。
「店で出す甘味、かな」
ハーブ酒に合うスイーツ、というテーマで。
となると店に招いて食べ合わせを試してもらうことになる。
「…………それはさすがにまずいな」
酔いの回ったエラの姿を思い出す。
自分を抑えられる自信はなかった。
理由なくただの客として会いに行ってもいいが、彼女はまたイリオが礼のために通っていると誤解するだろう。
「エラさん、真面目過ぎ。可愛い」
開店時間は間近に迫っているというのに、へらへらと緩みきった頬が元に戻らない。
「甘やかしたいなあ」
一度零れ始めた独り言は止まらない。
普段抑え込んでいる願望や欲望が店内に響き続けた。
◇
「イリオ君、最近表情が柔らかくなったね」
祖父の代から通ってくれている常連の男性に声を掛けられた。
「そうですか?」
接客業なので常に笑みは絶やさないが、自分の店で大きく感情を出すことはない。
自身ではいつもと変わらない表情だと思っていた。
「なんとなくだけどね、すごく安定してると言うか、なにか支えになるものが出来たのかもしれないね」
「支え、ですか」
すぐにエラの顔が浮かんだ。
「……心当たりがあるようだね」
「そんなに顔に出ていますか?」
自覚がない分焦ってしまう。
「ぱっと見はわからないから安心しなさい。ここに通って長いからね。君が幼い時から知っているし、私にとっても孫みたいなものだ。今まで苦労もあっただろうが、君には幸せになってもらいたいと思っているよ」
仕事を終え、静まり返った街を横切り帰路につく。
常連客の言葉を思い出す。
『表情が柔らかくなったね』
冷たいつもりはないが、基本的に誰にでも愛想を振り撒くタイプではない。
本当に好ましい相手にだけ。
でもエラには誤解されている。
「イリオは人懐っこいね、って。そんなのエラさんにだけなのに」
こんなにも心奪われる人に会ったのは初めてだ。
少しずつ仲を深めていきたいのに、彼女に会うたびに愛しさが募る。
いつか暴走して傷付けてしまうんじゃないかという不安が湧く。
「エラさん、ちゃんと眠れてるかな」
夜空を見上げて呟く。
「早く会いたい、エラさん」
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