犬系バーテンダーは薬師の彼女を溺愛する

山吹花月

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 祭りの当日、イリオは時間通りにエラを迎えに来た。

「エラさん、イリオです」

「えっもう!?」

 思わず大きな声が出た。

「ごめんねイリオ。もう少しだけ時間もらえないかな」

「もちろんいいですよ」

「じゃあ中で……」

「あ、それは、結構です」

 玄関を開け彼を招き入れようとするがなぜか断られた。

「外で待ってます」

「でも」

「待ってます」

 頑なな理由はわからないが、イリオは中に入る気がないらしいのでそのまま外で待ってもらう。




 服装や髪型など散々迷った挙句全然決まらず、彼を十五分ほど待たせてしまった。

「おまたせ。中で待っててくれてもよかったのに」

「いえ、入るわけには」

「散らかってないと思うけど」

「そこの心配じゃなくて、僕の事情です。じゃあ行きましょうか」

 この話は終わりと言わんばかりに手を繋ぎ引かれる。

 先日のバーからの帰り道で繋いだことがあるとはいえ、あの時は酔っぱらっていたという自分への言い訳があった。

 今は特になにもない。

 同時に振り払う理由もない。

 むしろ嬉しい。

「う、ん……」

 動揺を悟られないよう頬を引き上げ、きゅっと彼の手を握り返す。

 無言でさらに握り返される。

 嬉しいけど恥ずかしくて、彼の顔を見れなかった。




「…………」

「…………」

 手を繋ぎ歩き出したはいいものの、どちらもなにもしゃべらず無言が続いている。

 さすがに気まずくなって無理矢理話題探す。

「ぁ、えっと、お迎えありがとう。遠いのに」

「いえ、僕は全然平気です」

 すんなりと返事が返ってきて安堵する。

「エラさんの方こそ大変なんじゃないですか? 毎日この道を歩いてくわけだし。引っ越しとかはしないんですか?」

「物件探す時間がね。今は店のことに集中したいから当分は難しいかな」

「……そうですか」

「…………」

「…………」

 また沈黙になってどうしようかと焦ったが、場所的にもうすぐ街が見えてくるはずだ。




「すでに賑わってますね」

 街に到着したのは正午頃。

 祭りのメインは夜のキャンプファイヤーだが、すでに露店がいくつか開いておりちらほら客もいる。

「エラさん、お腹はどうですか? なにか食べます?」

 屋台から香る良い匂いに急激に空腹を覚えた。

「そうね、なにか食べたい。私屋台ってあまり詳しくないんだけど、イリオのおすすめがいいな」

「ならあっちの串焼きが美味しいですよ」

 普段も肉料理を出している店の露店らしい。

 幸いにも並ぶことなくすぐに買うことができた。

「はいよ! おまち!」

 元気のいい声と共に受け取った串は見た目以上に重量があった。

 肉汁が滴り、炭火のこんがりとした香ばしい匂いが食欲をそそる。

「飲み物も買いましょう」

「あ、ならエール……」

「だめです」

 こんがり焼かれた肉には絶対にエールが合うと思ったのに、イリオに全力で止められてしまう。

「お酒はここではだめです」

「でも折角のお肉……」

「外ではだめです。僕と一緒に居る室内でなら飲んでいいので。今はだめ」

 なにを言ってもイリオは折れない。

 酒癖がわるいという印象が付いてしまったのだろうか。

 このまま押し問答が続くと折角の串焼きが冷めてしまうので、渋々エラが折れた。

 ノンアルコールの果実水で乾杯し、手頃なベンチで串焼きを頬張る。

「ん、美味しい」

 ほろ苦い炭火の香りの後、弾力はありつつ噛み切る歯応えが気持ちいい。

 肉の油をさっぱり洗い流していく果実水の爽やかさもまた良い。

 夢中で食べていると視線を感じた。

「イリオ? 食べないの?」

 彼は自身の串に手を付けずエラを見つめていた。

「すごく美味しそうに食べるので、つい見惚れちゃって」

 欲望のままに肉にかぶりつく姿をあますところなく見られていたのかと気付き恥ずかしいくなる。

「もう! イリオも早く食べなよ」

 羞恥をうやむやにしたくて彼に無理矢理串を食べさせる。

「わかりましたって。自分で食べますから……美味しい」

 ひと口食べてイリオの表情がぱっと明るくなる。

 嬉しそうに食べる姿はどこかあどけなさを感じる。

 先日バーで見た彼とは印象がずれる。

 どちらも好ましくは思っているが、ギャップに振り回されてしまう。

「もう、エラさん。仕返しですか?」

 イリオの言葉で、自身がずっと彼を見つめていたことに気付く。

「えっ別に……」

 慌てて視線をそらし果実水を飲んで誤魔化す。

「もっと見ていいですよ、僕のこと。エラさんにならずっと見られたい」

 口元は微笑んでいるが視線が鋭い。

 からかわれているのかと思ったがそうではないようだ。

 まっすぐ見つめてくる青い瞳に囚われてしまう。

「……機会があれば」

 瞬きをしてなんとか視線の呪縛から逃れる。

 ずっと見つめ合っているのはさすがに照れてしまう。

「今でもいいのに」

 イリオも諦めたのか、目線を肉に戻し食事を再開する。

 瞳ひとつ、言葉ひとつで彼に振り回されて、ずっと鼓動がうるさい。




 食事を終えた後は他の露店を見て回った。

 飲食系以外にもいくつかあり、雑貨を取り扱う場所もちらほら見付ける。

 その中でひとつの露店が目に留まった。

 木彫りの小物を扱った店。

 エラよりもいくつか年上であろう夫婦が切り盛りしている。

 細工が精緻で、磨き上げられた木目が美しい。

「全部一点物ですよ」

 奥さんであろう女性から声を掛けられた。

「そうなんですね。ご夫婦で作ってらっしゃるんですか?」

「主に旦那が。私はたまに手伝うくらいですね」

 ほんわか和む雰囲気のある旦那さんをてきぱきとフォローする奥さん。

 初めて会ったのにふたりの相性の良さが伝わってきた。

 数ある商品の中で、可愛らしいバレッタが目に入った。

 中央に薔薇が彫られ青く着色されている。

「わ、かわいい」

「気に入った物、ありましたか?」

 イリオに急に声を掛けられた。

「あ、まあ……」

 咄嗟に誤魔化す。

 柄でもないのにこんな可愛らしい髪飾りを見ていたと思われるのが気恥ずかしかった。

「あ、これ、このお皿!」

 隣にあった小皿を指す。

「店の商品を並べる時に使えば見栄えするかなって。あの、これください」

 彼がなにか言う前に店員へ声を掛けた。

「僕が……」

「これはうちの店の備品だし。それにさっきも御馳走してもらったから」

 串焼きも果実水も、すべて彼が支払ってくれた。

「包みますのでお待ちください。……お客さん手綺麗ですね」

 商品を受け取る時に奥さんから話掛けられた。

「ハンドクリームのお陰かな。私薬師をやってるんですけど最近ハンドクリームを新しく作ってて、よかったら試してみますか?」

「是非!」

 褒められたことが嬉しくてついつい営業をしてしまった。

 試供品を渡したらすぐに試してくれた。

「これすごくいい! よく伸びるし匂いも強くないから使いやすそう」

「よかった。嬉しいです」

 自分の商品を褒められるのはやはり嬉しい。

 個々の悩みが解消され表情が明るくなっていく様を見ているのも心満たされる。

「あっごめんなさい長々と引き止めちゃって。彼氏さんもお待たせしてごめんなさいね」

 奥さんの言葉にびくりと肩が跳ねてしまう。

「ご、ごめんねイリオ。それじゃあ、ありがとうございました」

 早口に礼を言い店を離れる。

「イリオつまんなかったよね。つい……」

「全然。仕事熱心なエラさん、素敵でしたよ」

 数分話し込んだがイリオは嫌な顔ひとつしなかった。

 また見つめられていたのかと思うと恥ずかしい。





 他の露店も見て回るうちにすっかり陽が落ち、祭りのメインイベントであるキャンプファイヤーが始まった。

 街一番の広場で大きな火が上がる。

 楽団が軽快な音楽を奏で、それに合わせて街人たちが火の回りを踊っている。

「僕たちも踊りませんか」

「そんな、私踊ったことなんて」

「大丈夫、動きなんて適当でいいんですから」

 見回すとみんなそれぞれ好きに動いているのがわかる。

「僕がエスコートします」

 促されるがまま踊りの輪の中へ。

 彼に手を引かれ、見よう見まねで体を動かす。

「すごい。エラさん上手です」

 イリオが上手く手を引いて先導してくれるおかげで自然と体が動いた。

 まるで自分で踊れているかのような気分になる。

「楽しい。ありがとうイリオ」

「僕も楽しいです。エラさん」

 踊って少し昂揚した様子のイリオ。

 無邪気に笑う表情が愛おしかった。




 楽しい時間はあっという間だ。

 祭りが終わってからの帰宅だと遅い時間になるので少々早めに切り上げた。

「ありがとう。送ってくれて。」

 いつもは長く感じる帰路、イリオと喋るのが楽しくて一瞬で自宅に着いてしまう。

「いえ。一緒に居られて楽しかったです」

 帰り道も繋いでいた手。

 名残惜しくて離すタイミングを見失っていた。

「エラさん。少し目を閉じていて」

「え、うん」

 よくわからないが言われるまま目を閉じる。

 彼が近付く気配。

 ふわりとイリオの甘い香りが鼻腔に広がる。

 髪を梳かれ、ひとつに束ねて肩の辺りでゆるくまとめられた感触がする。

「開けていいですよ」

 目を開け髪を確認する。

 エラの髪には露店で見ていた青薔薇のバレッタ。

「これ、どうして。いつ?……ぁ」

 奥さんと話し込んでいたことを思い出す。

 おそらくその時に買ったのだろう。

「絶対に似合うと思って」

「……嬉しい。ありがとう」

 バレッタを見ていたことが知られているのも恥ずかしいが、それ以上に気付いてもらえたことが嬉しい。

「エラさん」

 急にイリオの表情に緊張が走る。

「僕は」

 両手が強く握られた。

「エラさんが好きです」

 まっすぐ真摯な瞳に射抜かれる。

 強く高鳴る鼓動がうるさい。

「誰よりも大切に、幸せにします。僕とお付き合いしてもらえませんか」

 まず溢れたのは喜び。

 次に動揺。

 イリオのことは好ましく思っている。

 この『好き』はどういう意味の好きなのか。

「……もちろんだよ。イリオ」

 脳内に答えが出るよりも先に言葉が出た。

 言葉にしたことによって、自分は男性としてイリオに好意を寄せていることをはっきりと自覚する。

 自分を見つめる青い瞳が愛しい。

 柔らかく笑う彼の幸せを守りたい。

「「嬉しい」」

 思わず零れていた言葉はイリオの声と重なる。

 ふたり同時に呟いていた。

 タイミングが合いすぎて、互いに笑いが込み上げる。

「ゆっくり休んでくださいね。エラさん」

「うん、ありがとう」

「戸締りには気を付けてくださいよ」

「わかってる。……前もこんなやりとりしたね」

「そうでしたっけ?」

「心配性だね」

「エラさんだからです」

「私がうっかりしてるって話?」

「違います。好きな人だからです」

 彼の顔が近付く。

 額に柔らかな感触。

 触れるだけのキスをされた。

「おやすみなさい。エラさん。また来ます」

「うん、おやすみ。またね」

「……」

「……」

 どちらも動こうとしない。

「エラさん、家に入ってください」

「今度は私がイリオを見送りたい」

「だめです。もう暗いですから早く中へ」

 どちらも譲らず押し問答が続く。

「じゃあ、僕が先に行きますから、僕に聞こえるように大きな音で施錠してください」

 施錠の音なんてどうやって大きくするんだろう。

 だがここで疑問を口にすると一生言い合いが続く気がした。

「わかった。それじゃあね」

「はい。また」

 しぶしぶといった様子で彼が歩き出す。

 何度も振り返っては手を振ってくる。

「やっぱり懐っこい大型犬みたい」

 彼が見えなくなったところで扉を閉めた。

 静まり返った夜の空にかちゃりと施錠の音が響く。

「これなら聞こえたかな」

 額に手をやり、彼の唇を思い出す。

 思いが通じ合ったことが嬉しい。

 この夜、どきどきと鼓動がうるさくてなかなか寝付けなかった。

 
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