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しおりを挟むどうして私の髪を、と聞くわけにもいかず、かと言って他の話題も見付からないので黙々と作業を続ける。
「いなくなってるな」
なんのことかわからずランジの視線を追う。
柵の向こう、子ギツネたちがじゃれあっていた場所に向けられていた。
やっぱり気になるのだろうか。
今度見付けたらゆっくり見てていいよって伝えよう。
「日も落ちてきたしね」
いつのまにか日が傾き始めていた。
「よし、それじゃあ……」
きりのいいところまで作業を終え立ち上がった。
が、急に視界がぐらりと揺れ、ふっと目の前が暗転する。
「レンリ!」
ランジの慌てた声も若干遠くに聞こえる。
あ、これはまずい。
このまま後ろに倒れてしまう。
でも四肢から力が抜けて自分では支えられない。
衝撃に備えて硬く目をつぶることしかできなかった。
「……?」
覚悟した地面の感触ではなく、熱く柔らかいなにかに背を包まれている。
「大丈夫か?」
頭上からランジの焦った声がする。
彼の胸に背を預ける体勢で体を支えられている。
腹に回されたランジの両腕のおかげでなんとか立てていた。
徐々に視界が明るくなり、痺れるような感覚と共に手足の力が戻ってくる。
彼の腕に掴まりぐっとふんばってみる。
なんとか立てそうだ。
「ごめんねランジ。立ちくらみみたいで、もう大丈…っ」
レンリの言葉が終わる前に体が浮いた。
膝裏と背をランジの腕ががっちりと支えている。
横抱きの状態だ。
「ら、ランジッ……大丈夫だから、降ろして」
「室内まで運ぶ」
「大丈……」
「おとなしくしてろ」
有無を言わさず運ばれる。
靴や外着などもすべて彼が対応していく。
一度も自身の手を使うことなく、レンリはふわりとベッドに降ろされた。
普段彼が使っているベッド。
ランジの香りが鼻腔に広がる。
なんだか照れくさい。
「待ってろ」
しばらくして濡れたタオルと水差しを持ったランジが戻ってくる。
彼の掌が額に触れた。
次に頬、首、と順に触れていく。
「少し体温が高いな。日光にあてられたのかもしれない」
濡れたタオルを額や顔に当てられた。
ひんやりと気持ちがいい。
「水は飲めるか?」
頷く。
「少しだけ起こすぞ」
背に手が添えられ体が起こされる。
彼がコップに水を注ぎ、それが口元まで持ってこられる。
「自分で飲める」
「いいから」
押し切られ、彼に介助されながら水を飲み干す。
美味しい。
自分が思っていた以上に喉が渇いていたようだ。
あっという間に飲み干した。
「もう一杯飲むか?」
「半分だけ」
注がれたコップが同じように差し出されたので、そのまま彼の助けを借り飲む。
水分を摂ったおかげかずいぶんと楽になった。
「横になれ」
うながされるまま横になる。
濡れたタオルが額に乗せられた。
「まだめまいはするか?」
「もう大丈夫」
「気持ち悪さは?」
「ないよ」
「欲しいものがあったら言ってくれ」
「うん、今は平気。ありがとう」
彼の掌が頭に触れた。
ゆっくりと撫でられる感触が心地いい。
体調を崩した時にそばに誰かが居てくれる。
それだけでふっと心が温かくなった。
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