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しおりを挟む夕食の準備を整えたレンリ。
ランジのいる寝室へ運ぼうと盆を持ち上げた時、ちょうど彼がキッチンに入ってきた。
「よければ一緒に」
そう言う彼を無下にも出来ず、キッチンにあるテーブルセットで向かい合って食事を始める。
「今回は本当に手間をかけてすまない。助かった」
ランジはぽつぽつと自身のことを話し始めた。
年齢はレンリと同じ二十四歳。
近隣の村より遙か遠くから来たと言う。
確かに、ランジのような黒髪と黄金の瞳はこの近隣ではあまりない色と聞く。
ほとんどがレンリと同じ明るい茶髪にブラウンの瞳だ。
場所の詳細は語らなかったので、レンリから問い詰めることもしない。
「なぜうちに?」
「ぁ、それは……」
ランジが急に言いにくそうに口ごもる。
「あなたが……薬学に精通している魔女がいると聞いて」
呪い付きの傷を負ったことで、対応できそうなレンリに白羽の矢が立ったのか、と合点がいく。
「それにしても、魔女の噂って近くの村以外にも広まっているのね」
「いや、そういうわけでは」
またしても彼は言いにくそうにした。
「偶然噂を耳にしただけで、広まっているわけでは」
「そう」
相変わらず歯切れが悪いのでそのまま深掘りはしないでおいた。
話が広まっていたとしてもどうせ良い内容ではないだろう。
それにレンリ自身、この村や森から出ていくつもりはなかったので気にしないことにした。
しばらくは食器のささやかな音だけがキッチンに響いた。
「なにか俺にできることはないだろうか」
唐突にランジが口を開く。
「痛みもだいぶ治まってきて体の調子が良い。なにか君に返したいんだ」
「そうね……」
本当は寝てろと言いたいところだが、前回も申し出を断っている。
タダで世話になるのも気が引けるのだろう。
「なら、仕事を少し手伝ってもらおうかしら」
翌日、調合部屋に彼を招き入れた。
大量の薬草が珍しいのか、ランジは黄金の瞳をきらきら輝かせて部屋を見回している。
「これ、花と葉と茎に分けてほしいの」
薬草が入ったかごを彼の前へ差し出す。
「このテーブルで……ちょっと暗いわね、待ってて」
レンリは指先から炎を生み出しランプへ火をつける。
必要以上に大きめに燃やして見せた。
レンリの思惑通り、ランジは驚いた表情で炎に見入っている。
これは牽制の意味もある。
今後彼が回復すれば力では敵わない。
腕の一本でも捻り上げられてしまえばなす術はない。
彼が全快する前に、こちらには魔法があるから今すぐにでもお前を燃やしてしまえるぞ、という脅しの意味を込めて魔法を誇示しておきたかった。
正直なところ、誰かを攻撃できるほどの威力はない。
それどころか先程のような大きな炎を出すのは手練れの魔法使いでも難しく、いろんな細工を駆使して演出したはったりだった。
ランジの顔を見るに充分効果はあったと思われる。
ひとまずはこれで迂闊に手は出してこないだろう。
簡潔に作業の手順を説明する。
体同様、手も指も大きいランジ。
仕分けのような細々とした作業は不向きかとも思われたが、いきなり薪割りなどの肉体労働をさせるわけにもいかない。
だが予想は良い意味で裏切られた。
彼は筋張った長い指で器用に花や葉を仕分けていく。
「器用ね」
思わず声に出ていた。
「昔から手先は器用なんだ。裁縫もよくやったよ。自分の服は自分で繕ったりしていたから」
意外だった。
裕福な家庭で針仕事などとは無縁だとばかり思っていた。
「羨ましいわね。私は昔から不器用でね。必死になって訓練したもの」
ふっとランジが笑った。
真顔のままでは同い年に見えないほど大人びているが、笑っている表情は無邪気で年相応に見える。
「成果が見える。努力家だ」
優しい瞳で彼は部屋を見回す。
なにかを懐かしむような表情。
この調合室を通して誰かを思い出しているのだろうか。
詮索するのもどうかと思い言葉を控える。
互いに無言で、薬草の乾いた音や器具の擦れる音だけが部屋に流れた。
会話がなくても不思議と苦ではないことに驚く。
誰かと共有する穏やかな時間。
祖母が亡くなってからこんな機会に恵まれたことはない。
どこの誰かもわからないランジ。
もちろん警戒は解いていない。
なのに、彼のまとう穏やかな雰囲気がレンリの波長とよく合う。
少なからず好意的に感じている自身の気持ちを否定することはできなくなっていた。
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