2 / 32
2
しおりを挟む窓の外から聞こえる小鳥のさえずりで、短く浅い睡眠から引き剥がされる。
覚めきらない意識のまま無理矢理体を起こした。
あたりを見回すと調合室。
そこでやっと昨晩の出来事を思い出した。
嵐は去り外は快晴。
おそらく正午頃だろう。
男は目を覚ましただろうか。
部屋の扉に耳を寄せ様子を窺う。
物音はしない。
静かに内鍵を開け寝室へ向かう。
ベッドの上の男は健やかな寝息を立てていた。
陽光に照らされた黒髪がつややかに輝いている。
昨晩とは違い穏やかな表情。
処置が効いているのだろう。
手当の最中は見る余裕がなかったが、男は端正な顔立ちをしていた。
見覚えのない顔。
レンリの少ない交友関係の中に、この男に当てはまる人物は浮かばなかった。
衣服も血や泥で汚れてはいたものの上等な仕立て。
ただの村人でないことは明白だ。
加えて彼の負っていた傷。
ただの刃物で切りつけられたものとは明らかに違った。
傷口に得体の知れない黒いもやのようなものが蠢く不穏な様子。
剣や槍など一般的な武器ではこうはならない。
可能性があるとすれば、魔法による呪い。
レンリが知る限り原因はこれしかない。
曲がりなりにも魔女の末裔、解呪にも多少の心得があったので対応はできた。
「私にも出来る範囲でよかった」
強すぎる呪いには専門家しか太刀打ちできないが、今回はそうではなかった。
おそらく専門書を読んで浅く習得しただけの者だろう。
魔法や魔術を扱うには血筋が大きく影響する。
その血を受け継がない者が行うには大きな代償を伴う。
過去には魔力を重宝された時代もあったようだが、今では異端とみなされ蔑まれることも多い。
魔女や魔法使いは隠れるように身を潜めて生きるか、誰かを殺めるような後暗い仕事を請け負うしか生きる道はない。
「っ……」
男がわずかに息を詰めた。
硬く閉じられていた瞼が徐々に解け開いていく。
黄金の瞳と目が合った。
「ッ!」
男は目を見開き体を起こそうとするが、すぐに呻いてベッドに身を沈める。
「まだ傷は塞がっていません。取って喰ったりしないのでじっとしていてください」
可能な限り冷静な声色で言う。
いきなり起き上がろうとしたのは正直驚いたし身構えた。
でもここで怯えて弱みを見せてはいけない気がした。
「ある程度動けるようになるまでは居てもらって構わないので」
あくまで敵ではないことを表し、かつ舐められないように硬い口調で伝える。
「ぁ、ありがとう」
多少掠れているがよく響く低音。
男は驚いた表情をしながらもレンリへ礼を言った。
自分から無理矢理訪ねておいてなにをそんなに驚いているのか。
色々聞きたいところではあるが、怪我人に無理をさせるわけにはいかない。
「お水、置いておきます。食事は後ほど。あっちの部屋に居ますから、なにかあればこのベルで」
ベッド脇のチェストへ、水差しと共に呼び鈴を置く。
「ああ。ありがとう」
今度はまっすぐ目を見て礼を言われる。
わずかに微笑む表情が柔らかい。
ふと懐かしさを覚える。
初めて会う人間に対して、なぜ。
黄金の瞳が不思議そうにこちらを見ている。
疑問が表情に出てしまったらしい。
慌てて顔を背けた。
弾かれたように立ち上がり、急ぎ足で寝室を出て調合部屋へ駆け込む。
ひとりになり冷静に記憶を探る。
何度思い返しても知っている人物に彼の顔はない。
ただ、懐かしさと、わずかに心が温まる感覚がしたのは確かだ。
しかし何度思い返してもぴんとこない。
もやもやとすっきりしないが、感じた気持ちは悪いものではない。
疑問は残るがこれ以上考えたところで答えは出そうもない。
「……仕事しよ」
今考えても仕方がないこと。
そう自分に言い聞かせ手を動かした。
0
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜
楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。
ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。
さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。
(リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!)
と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?!
「泊まっていい?」
「今日、泊まってけ」
「俺の故郷で結婚してほしい!」
あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。
やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。
ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?!
健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。
一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。
*小説家になろう様でも掲載しています
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?
うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。
濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる