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 窓の外から聞こえる小鳥のさえずりで、短く浅い睡眠から引き剥がされる。

 覚めきらない意識のまま無理矢理体を起こした。

 あたりを見回すと調合室。

 そこでやっと昨晩の出来事を思い出した。

 嵐は去り外は快晴。

 おそらく正午頃だろう。

 男は目を覚ましただろうか。

 部屋の扉に耳を寄せ様子を窺う。

 物音はしない。

 静かに内鍵を開け寝室へ向かう。

 ベッドの上の男は健やかな寝息を立てていた。

 陽光に照らされた黒髪がつややかに輝いている。

 昨晩とは違い穏やかな表情。

 処置が効いているのだろう。

 手当の最中は見る余裕がなかったが、男は端正な顔立ちをしていた。

 見覚えのない顔。

 レンリの少ない交友関係の中に、この男に当てはまる人物は浮かばなかった。

 衣服も血や泥で汚れてはいたものの上等な仕立て。

 ただの村人でないことは明白だ。

 加えて彼の負っていた傷。

 ただの刃物で切りつけられたものとは明らかに違った。

 傷口に得体の知れない黒いもやのようなものが蠢く不穏な様子。

 剣や槍など一般的な武器ではこうはならない。

 可能性があるとすれば、魔法による呪い。

 レンリが知る限り原因はこれしかない。

 曲がりなりにも魔女の末裔、解呪にも多少の心得があったので対応はできた。

「私にも出来る範囲でよかった」

 強すぎる呪いには専門家しか太刀打ちできないが、今回はそうではなかった。

 おそらく専門書を読んで浅く習得しただけの者だろう。

 魔法や魔術を扱うには血筋が大きく影響する。

 その血を受け継がない者が行うには大きな代償を伴う。

 過去には魔力を重宝された時代もあったようだが、今では異端とみなされ蔑まれることも多い。

 魔女や魔法使いは隠れるように身を潜めて生きるか、誰かを殺めるような後暗い仕事を請け負うしか生きる道はない。

「っ……」

 男がわずかに息を詰めた。

 硬く閉じられていた瞼が徐々に解け開いていく。

 黄金の瞳と目が合った。

「ッ!」

 男は目を見開き体を起こそうとするが、すぐに呻いてベッドに身を沈める。

「まだ傷は塞がっていません。取って喰ったりしないのでじっとしていてください」

 可能な限り冷静な声色で言う。

 いきなり起き上がろうとしたのは正直驚いたし身構えた。

 でもここで怯えて弱みを見せてはいけない気がした。

「ある程度動けるようになるまでは居てもらって構わないので」

 あくまで敵ではないことを表し、かつ舐められないように硬い口調で伝える。

「ぁ、ありがとう」

 多少掠れているがよく響く低音。

 男は驚いた表情をしながらもレンリへ礼を言った。

 自分から無理矢理訪ねておいてなにをそんなに驚いているのか。

 色々聞きたいところではあるが、怪我人に無理をさせるわけにはいかない。

「お水、置いておきます。食事は後ほど。あっちの部屋に居ますから、なにかあればこのベルで」

 ベッド脇のチェストへ、水差しと共に呼び鈴を置く。

「ああ。ありがとう」

 今度はまっすぐ目を見て礼を言われる。

 わずかに微笑む表情が柔らかい。

 ふと懐かしさを覚える。

 初めて会う人間に対して、なぜ。

 黄金の瞳が不思議そうにこちらを見ている。

 疑問が表情に出てしまったらしい。

 慌てて顔を背けた。

 弾かれたように立ち上がり、急ぎ足で寝室を出て調合部屋へ駆け込む。

 ひとりになり冷静に記憶を探る。

 何度思い返しても知っている人物に彼の顔はない。

 ただ、懐かしさと、わずかに心が温まる感覚がしたのは確かだ。

 しかし何度思い返してもぴんとこない。

 もやもやとすっきりしないが、感じた気持ちは悪いものではない。

 疑問は残るがこれ以上考えたところで答えは出そうもない。

「……仕事しよ」

 今考えても仕方がないこと。

 そう自分に言い聞かせ手を動かした。

 
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