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第三三七話 シャルロッタ 一六歳 序曲 〇七
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「ああ……これは罠だったってことかな?」
「いやいや、招待したんだ……君と一度話したくてね、そう身構えないでくれたまえ」
エルネットの前に立つ黒衣の男は、鳥を模した仮面の奥に光る赤い瞳を輝かせながら恐るべき威圧感を放っていた。
スパルトイを引きつけ、ヴィクターとマリアンがいる部屋から十分に引き離したと思った瞬間、彼はいきなり暗闇から腕をぐいと力強く引かれ、一瞬目の前が真っ暗になった気がした。
そして目を開けるとそこはオーヴァチュア城の一角にある巨大な礼拝堂であった……一瞬で移動した、ということにさほど驚きはしなかったが、そこにいた人物を目にした時エルネットの全身の毛が逆立つような感覚に陥る。
「闇征く者……」
「会うのは二度目かな? いやもしかしたらもっと会っているのかも……まあそれもどうでも良いことだろう」
鳥を模した仮面、そしてその奥に光る赤い瞳……身長はかなり高く黒いローブ姿ではあるが、その体格は非常にガッチリとしているのが服の上からもわかる。
そして放たれる存在感……圧倒的な邪悪とでも呼べば良いだろうか? 人ならざるものが放つ嫌悪感や、恐怖などを凝縮したような感覚。
目の前にいる恐るべき男の姿をエルネットは一度だけ見たことがある。
シャルロッタと混沌の眷属たる知恵ある者が激突した際、その戦いを止めにきた黒衣の魔人……闇征く者と名乗っていただろうか?
訓戒者を束ねる存在であり、後日印象を聞いたエルネットに対してシャルロッタをして『あいつだけは別格ですわね』と言わしめた存在である。
「……招待? どういうことだ?」
「人の身でありながら、それを超越した存在というのはいつの時代も存在するものだ……現代におけるシャルロッタ・インテリペリはそれに該当している」
闇征く者はまるで講義でもしているかのように、エルネットへと語りかけるがその言葉の中に殺意や敵意のようなものが感じられず彼は内心困惑する。
だが下手に動けば自分が死ぬ、という直感めいた何かを感じてエルネットは一歩も動けない……恐怖を感じるわけではない、圧倒的な強者の風格に身動きすら許されない。
だがそんな彼の状態にはあまり興味がないのか闇征く者は淡々とした口調で話続ける。
「弛まぬ努力と死の危険を潜り抜けた強者のみがその場所へと辿り着くことができる……私の記憶によれば最古のものは勇者アンスラックス……彼は素晴らしい逸材であった」
「アンスラックス……一〇〇〇年前の勇者だな」
「彼は勇者となるべくしてなった人物だ、私にとっても良き仇敵と言っても良かった」
仮面の奥に光る目が懐かしそうに細められる……一〇〇〇年前の人物を仇敵と呼んでいるその事実はさておき、その口調はあくまでも過去の出来事を思い出したかのようにほんの少しだけ感情めいたものを含んでいた。
ここにきてようやくエルネットは自らの体が恐怖に慣れ、ほんの少しだけだが動くようになったことに気がついた。
長年冒険者として活動し実績を積み上げてきた人間であるからこそ、人よりも咄嗟の危機に対して反応できる速度が速い……それでも魔人の放つ圧倒的な存在感の前に体は遅々とした反応を見せるだけだ。
そんなエルネットの様子を見ながら、すぐに殺すわけでもなく闇征く者は彼へと話しかけ続ける。
「さて、君はどうだろうか? 英雄としての一歩を踏み出し、長年培った研鑽が生と死の間際でどう行動するのか……それは存在を変えることも許容する」
「何を言っているのかわからない……」
「ふむ、では言葉を変えよう……君は強くなるために訓戒者になりたくはないか?」
闇征く者の口調はあくまでも平静であり淡々としたものだったが、エルネットはその言葉を聞いて少なからず驚きを隠せなかった。
訓戒者になる? 彼が知っている混沌の眷属はおおよそ人間らしい特徴を残していない怪物と言っても良い存在だった。
人間から訓戒者へと変化するという道は、すなわちこの世界の全てを裏切って堕落した存在へと変化することを意味している。
その対象に自分を選ぶという意味がよくわからない……エルネットが戸惑って黙っていると、そんな彼の様子を楽しそうな目で見つめながら闇征く者は続けた。
「ああ、すまないね……今まで君の前に現れた連中はもちろん人間から変わったわけではないよ」
「そうだろうな……どう見ても人間らしいものが少なかった」
「だが私は一つの仮説に辿り着いた……我々にも大きな変化が、変革が、そして変容が必要なのだとね」
「変化?」
「我々は混沌神の眷属だが、混沌とは何を意味するのか? 悪魔から進化した存在には実はその司る神の持つ権能以上の存在が生まれないのではないかと考えている」
混沌神は当たり前だが神である以上、自らが司る権能や象徴は変化することはない……混沌という古土場に含まれる不明瞭な様は弛まない変化や変質を意味するのだが。
訓戒者は眷属である悪魔が階位を上げたその先、究極の位置に属しておりそれは神の代弁者と言っても過言ではない。
だがそれは同時に神が生み出したものであり、混沌神の象徴する力以上のものは生まれにくいということなのだろう。
またシャルロッタの手によって訓戒者はほぼ全滅している……再び混沌神の眷属を生み出し、長い時間をかけて訓戒者を生み出すのには永遠に近い時間がかかるのだ。
闇征く者は仮面の奥に光る瞳で笑いを浮かべながら、引き攣った声をあげる。
「クフフッ! どうしてこれに気が付かなかったのか……人間は無限の可能性を秘めているというのに……エルネット・ファイアーハウス、君が私たちと同じ存在へと堕落したらどうなるだろうねぇ?」
「……断ることを前提に聞いているな?」
「クフフッ! まあ君ならそういうだろうね……英雄とはそうでなくてはならない、正義を貫く……実に結構」
「じゃあもう一度言うぞ……お断りだ」
「君ならそう言うと思ってたよエルネット・ファイアーハウス……だからこそ君はここで死ななくてはならない」
エルネットが恐怖から解き放たれ腰に下げた剣を引き抜き、盾を構えた瞬間……闇征く者の全身に溢れる巨大な魔力が渦巻く。
絶対的な恐怖と圧力……エルネットの持つ盾に何か不可視の力が衝突したと感じた瞬間、彼の体が大きく跳ね飛ばされる。
壁に体が衝突すると同時に、全身の骨がミシミシという音を立て凄まじい痛み意識が一気に飛びそうになる……まるで見えない、訓戒者の体から波のように放たれた魔力がエルネットを弾き飛ばしたのだと、理解するまで数秒かかった。
だがまだエルネットは生きている……視界が真っ赤に彩られるがそれがあまりに圧力で眼球付近の血管が切れたことだと彼の中の冷静な部分が伝えている。
「……く、おおおおおっ!」
「……素晴らしい、それでこそ今世の英雄だ」
エルネットが一気に剣を構えて闇征く者に肉薄しようと走り出す……彼には手に持った剣と盾以外にほとんど武器がない、シャルロッタのように超魔法を駆使したりすることもできないし、覚醒しつつあるクリストフェルのように洗練された剣術と、魔力を見る目も持っていない。
だが長い冒険者生活の中で培われた知恵と勇気が彼の実力を確かなものにしている……エルネットが剣を袈裟懸けで振うが、その一撃は訓戒者の肉体を切り裂く前にぴたりと止まる。
魔力による防御結界……シャルロッタが見せたような薄くしなやかなものではなく、もう少し硬質な印象のあるそれを闇征く者が展開したのだ。
「……クフフッ! これはあの辺境の翡翠姫も使っていたかな」
「そうかよ」
盾を持つ左腕を軽く振ると小さな銀色の筒が飛び出す……それを見た闇征く者は思わずギョッとして目を見開いた。
それはシャルロッタすら追い詰めることができた魔力消失の秘薬を封じ込めた筒であり、彼はお守り代わりにいくつかを盾の中に仕込んでいた。
衝撃で割れることのないように粉末状のものを利用しているが、今回ばかりはそれが役に立ったのだ……返す刀で筒を切り裂くとパンッ! という音と共に独特の匂いを発する粉があたりに撒き散らされる。
それと同時に訓戒者を覆っていた魔力による防御結界が一瞬にして消滅する……そのまま体を回転させて剣を振りかぶったエルネットは全力で叫ぶ。
「うおおおおっ!」
「……クフッ! 素晴らしいッ!」
防御結界が消失すれば彼の剣は訓戒者に届くはずだった……だが、魔力を失ったと判断するが早いか、闇征く者はまるで猫のように体をしならせながら徒手空拳の構えをとると、叩きつけられようとするエルネットの剣の腹を拳を使って一撃で払いのける。
鈍い音と共にまるで凄まじく重い何かで軌道を逸らされた斬撃の勢いに引かれ、エルネットが態勢を崩したところに手のひら……格闘戦では掌底と呼ばれる一撃が彼の胸甲へと叩き込まれた。
ズドンッ! という凄まじい音と共にエルネットは再び空中へと跳ね飛ばされ、何度も地面に叩きつけられながら転がっていく……肺の中の空気が全てなくなったかのように息ができない。
ようやく勢いがなくなり、軋む全身に鞭を打つように身を起こすと、何度か咳き込んだ後にエルネットは自分が今礼拝堂の出口付近まで飛ばされていることに気がついた。
「げはっ! ……く、くそ……」
「クフフッ!」
笑いながら一歩一歩距離を詰めようとしてくる闇征く者から必死に距離を取ろうと、エルネットは足を引き摺りながらその場から逃げ出していく。
生き延びなければ……死ぬわけにはいかない、その思いで必死にその場から走り出す……冒険者にとって逃げるのは恥ではない。
むしろ生き残ってこそ次の冒険へと挑戦できるのだから、あえて逃走するというのも彼らにとっては重要な選択肢の一つなのだ。
そんなエルネットを見ながら闇征く者は引き攣った笑みを浮かべながら、獲物を追いかける狩人のように焦らずに一歩一歩進んでいく。
「生への執着……素晴らしい、英雄とは生き残ったものだけが享受できるものなのだ……どこまで逃げられるのか、見せてもらおう」
「いやいや、招待したんだ……君と一度話したくてね、そう身構えないでくれたまえ」
エルネットの前に立つ黒衣の男は、鳥を模した仮面の奥に光る赤い瞳を輝かせながら恐るべき威圧感を放っていた。
スパルトイを引きつけ、ヴィクターとマリアンがいる部屋から十分に引き離したと思った瞬間、彼はいきなり暗闇から腕をぐいと力強く引かれ、一瞬目の前が真っ暗になった気がした。
そして目を開けるとそこはオーヴァチュア城の一角にある巨大な礼拝堂であった……一瞬で移動した、ということにさほど驚きはしなかったが、そこにいた人物を目にした時エルネットの全身の毛が逆立つような感覚に陥る。
「闇征く者……」
「会うのは二度目かな? いやもしかしたらもっと会っているのかも……まあそれもどうでも良いことだろう」
鳥を模した仮面、そしてその奥に光る赤い瞳……身長はかなり高く黒いローブ姿ではあるが、その体格は非常にガッチリとしているのが服の上からもわかる。
そして放たれる存在感……圧倒的な邪悪とでも呼べば良いだろうか? 人ならざるものが放つ嫌悪感や、恐怖などを凝縮したような感覚。
目の前にいる恐るべき男の姿をエルネットは一度だけ見たことがある。
シャルロッタと混沌の眷属たる知恵ある者が激突した際、その戦いを止めにきた黒衣の魔人……闇征く者と名乗っていただろうか?
訓戒者を束ねる存在であり、後日印象を聞いたエルネットに対してシャルロッタをして『あいつだけは別格ですわね』と言わしめた存在である。
「……招待? どういうことだ?」
「人の身でありながら、それを超越した存在というのはいつの時代も存在するものだ……現代におけるシャルロッタ・インテリペリはそれに該当している」
闇征く者はまるで講義でもしているかのように、エルネットへと語りかけるがその言葉の中に殺意や敵意のようなものが感じられず彼は内心困惑する。
だが下手に動けば自分が死ぬ、という直感めいた何かを感じてエルネットは一歩も動けない……恐怖を感じるわけではない、圧倒的な強者の風格に身動きすら許されない。
だがそんな彼の状態にはあまり興味がないのか闇征く者は淡々とした口調で話続ける。
「弛まぬ努力と死の危険を潜り抜けた強者のみがその場所へと辿り着くことができる……私の記憶によれば最古のものは勇者アンスラックス……彼は素晴らしい逸材であった」
「アンスラックス……一〇〇〇年前の勇者だな」
「彼は勇者となるべくしてなった人物だ、私にとっても良き仇敵と言っても良かった」
仮面の奥に光る目が懐かしそうに細められる……一〇〇〇年前の人物を仇敵と呼んでいるその事実はさておき、その口調はあくまでも過去の出来事を思い出したかのようにほんの少しだけ感情めいたものを含んでいた。
ここにきてようやくエルネットは自らの体が恐怖に慣れ、ほんの少しだけだが動くようになったことに気がついた。
長年冒険者として活動し実績を積み上げてきた人間であるからこそ、人よりも咄嗟の危機に対して反応できる速度が速い……それでも魔人の放つ圧倒的な存在感の前に体は遅々とした反応を見せるだけだ。
そんなエルネットの様子を見ながら、すぐに殺すわけでもなく闇征く者は彼へと話しかけ続ける。
「さて、君はどうだろうか? 英雄としての一歩を踏み出し、長年培った研鑽が生と死の間際でどう行動するのか……それは存在を変えることも許容する」
「何を言っているのかわからない……」
「ふむ、では言葉を変えよう……君は強くなるために訓戒者になりたくはないか?」
闇征く者の口調はあくまでも平静であり淡々としたものだったが、エルネットはその言葉を聞いて少なからず驚きを隠せなかった。
訓戒者になる? 彼が知っている混沌の眷属はおおよそ人間らしい特徴を残していない怪物と言っても良い存在だった。
人間から訓戒者へと変化するという道は、すなわちこの世界の全てを裏切って堕落した存在へと変化することを意味している。
その対象に自分を選ぶという意味がよくわからない……エルネットが戸惑って黙っていると、そんな彼の様子を楽しそうな目で見つめながら闇征く者は続けた。
「ああ、すまないね……今まで君の前に現れた連中はもちろん人間から変わったわけではないよ」
「そうだろうな……どう見ても人間らしいものが少なかった」
「だが私は一つの仮説に辿り着いた……我々にも大きな変化が、変革が、そして変容が必要なのだとね」
「変化?」
「我々は混沌神の眷属だが、混沌とは何を意味するのか? 悪魔から進化した存在には実はその司る神の持つ権能以上の存在が生まれないのではないかと考えている」
混沌神は当たり前だが神である以上、自らが司る権能や象徴は変化することはない……混沌という古土場に含まれる不明瞭な様は弛まない変化や変質を意味するのだが。
訓戒者は眷属である悪魔が階位を上げたその先、究極の位置に属しておりそれは神の代弁者と言っても過言ではない。
だがそれは同時に神が生み出したものであり、混沌神の象徴する力以上のものは生まれにくいということなのだろう。
またシャルロッタの手によって訓戒者はほぼ全滅している……再び混沌神の眷属を生み出し、長い時間をかけて訓戒者を生み出すのには永遠に近い時間がかかるのだ。
闇征く者は仮面の奥に光る瞳で笑いを浮かべながら、引き攣った声をあげる。
「クフフッ! どうしてこれに気が付かなかったのか……人間は無限の可能性を秘めているというのに……エルネット・ファイアーハウス、君が私たちと同じ存在へと堕落したらどうなるだろうねぇ?」
「……断ることを前提に聞いているな?」
「クフフッ! まあ君ならそういうだろうね……英雄とはそうでなくてはならない、正義を貫く……実に結構」
「じゃあもう一度言うぞ……お断りだ」
「君ならそう言うと思ってたよエルネット・ファイアーハウス……だからこそ君はここで死ななくてはならない」
エルネットが恐怖から解き放たれ腰に下げた剣を引き抜き、盾を構えた瞬間……闇征く者の全身に溢れる巨大な魔力が渦巻く。
絶対的な恐怖と圧力……エルネットの持つ盾に何か不可視の力が衝突したと感じた瞬間、彼の体が大きく跳ね飛ばされる。
壁に体が衝突すると同時に、全身の骨がミシミシという音を立て凄まじい痛み意識が一気に飛びそうになる……まるで見えない、訓戒者の体から波のように放たれた魔力がエルネットを弾き飛ばしたのだと、理解するまで数秒かかった。
だがまだエルネットは生きている……視界が真っ赤に彩られるがそれがあまりに圧力で眼球付近の血管が切れたことだと彼の中の冷静な部分が伝えている。
「……く、おおおおおっ!」
「……素晴らしい、それでこそ今世の英雄だ」
エルネットが一気に剣を構えて闇征く者に肉薄しようと走り出す……彼には手に持った剣と盾以外にほとんど武器がない、シャルロッタのように超魔法を駆使したりすることもできないし、覚醒しつつあるクリストフェルのように洗練された剣術と、魔力を見る目も持っていない。
だが長い冒険者生活の中で培われた知恵と勇気が彼の実力を確かなものにしている……エルネットが剣を袈裟懸けで振うが、その一撃は訓戒者の肉体を切り裂く前にぴたりと止まる。
魔力による防御結界……シャルロッタが見せたような薄くしなやかなものではなく、もう少し硬質な印象のあるそれを闇征く者が展開したのだ。
「……クフフッ! これはあの辺境の翡翠姫も使っていたかな」
「そうかよ」
盾を持つ左腕を軽く振ると小さな銀色の筒が飛び出す……それを見た闇征く者は思わずギョッとして目を見開いた。
それはシャルロッタすら追い詰めることができた魔力消失の秘薬を封じ込めた筒であり、彼はお守り代わりにいくつかを盾の中に仕込んでいた。
衝撃で割れることのないように粉末状のものを利用しているが、今回ばかりはそれが役に立ったのだ……返す刀で筒を切り裂くとパンッ! という音と共に独特の匂いを発する粉があたりに撒き散らされる。
それと同時に訓戒者を覆っていた魔力による防御結界が一瞬にして消滅する……そのまま体を回転させて剣を振りかぶったエルネットは全力で叫ぶ。
「うおおおおっ!」
「……クフッ! 素晴らしいッ!」
防御結界が消失すれば彼の剣は訓戒者に届くはずだった……だが、魔力を失ったと判断するが早いか、闇征く者はまるで猫のように体をしならせながら徒手空拳の構えをとると、叩きつけられようとするエルネットの剣の腹を拳を使って一撃で払いのける。
鈍い音と共にまるで凄まじく重い何かで軌道を逸らされた斬撃の勢いに引かれ、エルネットが態勢を崩したところに手のひら……格闘戦では掌底と呼ばれる一撃が彼の胸甲へと叩き込まれた。
ズドンッ! という凄まじい音と共にエルネットは再び空中へと跳ね飛ばされ、何度も地面に叩きつけられながら転がっていく……肺の中の空気が全てなくなったかのように息ができない。
ようやく勢いがなくなり、軋む全身に鞭を打つように身を起こすと、何度か咳き込んだ後にエルネットは自分が今礼拝堂の出口付近まで飛ばされていることに気がついた。
「げはっ! ……く、くそ……」
「クフフッ!」
笑いながら一歩一歩距離を詰めようとしてくる闇征く者から必死に距離を取ろうと、エルネットは足を引き摺りながらその場から逃げ出していく。
生き延びなければ……死ぬわけにはいかない、その思いで必死にその場から走り出す……冒険者にとって逃げるのは恥ではない。
むしろ生き残ってこそ次の冒険へと挑戦できるのだから、あえて逃走するというのも彼らにとっては重要な選択肢の一つなのだ。
そんなエルネットを見ながら闇征く者は引き攣った笑みを浮かべながら、獲物を追いかける狩人のように焦らずに一歩一歩進んでいく。
「生への執着……素晴らしい、英雄とは生き残ったものだけが享受できるものなのだ……どこまで逃げられるのか、見せてもらおう」
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