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第三一一話 シャルロッタ 一六歳 地下水路 〇一

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「……この場所から星幽迷宮アストラルメイズになってるなら、冒険者が来なくて正解かもね……」

 地下水路の第二層に入ってすぐ、いきなり床が動いてぱっくりと暗闇の中に落ちるという星幽迷宮アストラルメイズの洗礼を受けたわたくしは暗闇の中を速度を一定に保ったまま降下していく。
 こんな深い竪穴が自然にできるわけがないし、降下しながら見ていると壁面が有機的な変化を続けてずっと下へと深く潜っていっているのがわかる。
 おそらくだけど次に第二層へと足を踏み入れた場合は深い縦穴が広がるのではなく、通常の水路が伸びているかもしれないし、階段が伸びているかもしれない。
 迷宮主メイズマスターによる選別……まあ、この程度でわたくしが死ぬとは思っていないだろうけど、少しでも嫌がらせをしておこうという意図によるものかな。

「……でもまあ、落下程度なら飛行魔法でどうにでもなるしね……」
 もう一〇分近く落下を続けているが、少し遠くに見える床はまるでこちらの速度に合わせて逃げているような動きを見せており、まだまだ深く潜っていく。
 壁面には時折運が悪いのだろうけど、小型の魔物が目ざとくわたくしを見つけて襲い掛かろうとその場から飛び出した瞬間、床面がないことで手足をバタバタと動かしながら高速で落ちていき床面へと叩きつけられ、悲鳴をあげる間もなくミンチと化して真っ赤な血を撒き散らしているのが見える。
 わたくしは速度を調整しているけど、それと飛び出した魔物の速度は全く違うためこういう現象が起きたりもしてるんだけど……認識がおかしくなったかのような気分になるな。
 突然落下方向への動きが収まったためわたくしは床へと足をつけるが、それと同時に今度は壁面がその形を変化させていく……先ほどまで床にあったミンチがそのまま壁の中へと取り込まれて姿を消していくが、今度は小さな長方形の部屋のような形状へと迷宮が変化する。
 そして部屋の先に大人が二人程度並んで通れるくらいの幅の通路が生み出されると、それが真っ直ぐに伸びていくのが見えた。

「……こっちへ来いということか……灯火ライト
 わたくしが小さな枝を懐から取り出して、それに対して魔法を発動させると一気に光が部屋の中を満たしていく。
 壁は石造りのようにも見えるが、微妙に脈動しておりまるで生き物の肌のようにも感じる……触ろうとするとほんの少し手を避けるように奥へと移動するため、壁面には触れてくれるなということかと変な意味で納得してしまう。
 所々に小さな窓のようなものがのぞいているのがわかるが、そこにはこれまた小さな瞳……黄金色をしており、山羊の瞳孔を思わせる形状をしているが、それがギョロギョロとわたくしを見ており、目が合う寸前に瞼を閉じるようにその場から姿を消していく。

「うーん……絶妙にキモいな……」
 勇者ライン時代の星幽迷宮アストラルメイズはもう少し城塞のような外見と、硬質な感覚があったんだけどこれは迷宮主メイズマスターのイメージに近いものになっているからかもしれない。
 まっすぐに伸びる通路を進んでいくと、わたくしが見ている目の前で通路の形が組み上げられ、そして背後に戻れないように壁や曲がり角が生成されていくのがわかる。
 これは前に進むしかないという星幽迷宮アストラルメイズ特有の構造によるもので、一度前に進むと来た道を戻っても先ほどの小さな部屋にたどり着けなくなっているためだ。
 同じ場所に戻れないので、通常の迷宮ダンジョンと攻略方法がまるで異なり、ひたすら前に進んでひたすらに迷宮主メイズマスターがイメージする全ての罠、困難を乗り越える方法が最も最適解であると言える。

 逆に単純に脱出するだけであれば戻り続けるというのも一定の攻略法にはなり得る……ただその場合はひたすらに構造が違う迷宮ダンジョンを踏破し続け、入り口へとたどり着くという方法となるため踏破という意味では失敗と考えて良い。
 そんなことを考えながら前に進むと床面が大きく段差を作っていき、まるで巨人が登るような大きな階段へと変化していく。
 人間では登ることのできない高さ……石づくりの壁面に似た作りなので手足を引っ掛ければクライミング技術の高い者であれば登れるかもしれないけど、とわたくしは床面を強く蹴り飛ばすと一気に一段目を軽々と飛び越える。
 一段目を乗り越えると二段目の段差が目の前で変化し、より高い段差へと変化していく……一々飛び越えるのも面倒だな、と再びわたくしは足元に魔法陣を展開するとゆっくりと空中へと浮遊し二段目の段差を飛び越えていく。
 のんびりと上昇するわたくしの速度と並行して階段の段差は次々と作り替えられるが、大体四〇メートルほど上へと移動し終えると、先ほどまで階段となっていた床面がわたくしが足をつける高さまで押し上げられ、それに呼応するかのように壁と天井が広がって広間が形成されていく。

「……そろそろかなーと思ったけど、まずは小手調べってところか……」
 広間の中央に突然闇を凝縮したかのような球体が生み出されるが、そこから一体の騎士が躍り出る……古風な板金鎧を身につけ、手には自らの首を持ち片方の手には長い棒状のものを携えている。
 首無し騎士デュラハンと呼ばれる不死者アンデッド……以前ラヴィーナ嬢が召喚したものよりも遥かに巨躯であり、大きな魔力を秘めた上位の存在がその場へと姿を表す。
 強いなこいつ……首無し騎士デュラハンは創造から時間を経過することによってその能力を向上させていく上位不死者アンデッドの一種だ。
 見たところ数百年……いや五〇〇は行っていないだろうけど、それでもそれなりの時間が経過し能力の底上げがなされた個体がそこには立っている。
 小脇に抱えられた首はわたくしを見た瞬間に表情を変え、まるで強者を見つけて喜ぶ騎士のような獰猛さで笑った。
「貴殿か……強き魂、この迷宮ダンジョンを流離う者は……」

「どうも、わたくしシャルロッタ・インテリペリと申しますわ」

「私は首無し騎士デュラハンイスールト……普段は冥界の中を彷徨う者である」
 冥界ね……つまりこいつは創造主が人間じゃなく、より高次元に生きる神格を持ったものによって作り出された不死者アンデッドだってことか。
 面倒だな……わたくしの表情が少し動いたことに気がついたのか、イスルートは手に持った棒状の武器……持ち手に皮が巻かれた金属製の六角棒の先端をこちらへと向ける。
 周りに目を配るが、この広間の先にはわたくしの感覚ですら見通すことのできないもや……つまり認識阻害が行われており、目の前にいる首無し騎士デュラハンを倒さないと先に進めないような仕掛けになっていることがわかった。
「……んじゃまさっさとテメーをぶっ倒して先に進ませてもらうわ」

「……ふむ……単なる少女かと思えば驚くべき殺気……よかろう、シャルロッタ……貴殿を我が敵として打ち滅ぼすとしよう」

「はぁ? 脳みそまで腐っている不死者アンデッドのクセに偉そーな口聞くんじゃないわよ」
 虚空より不滅イモータルを引き抜いて構えたわたくしを見て、イスルートは小脇に構えた首を空中へと放る……するとその首はまるでその場に固定されたかのように静止し、身体だけが重い金属音を上げながら前へと駆け出した。
 あいつら首が弱点だからな……可能な限り安全な場所に首を置いておくことを好むんだけど、それにしたって空中に固定したところで魔法の餌食だろうに。
 わたくしはその空中に静止しているイスルートの首に向かって無慈悲に魔法を叩き込む。
「……氷嵐の爆槍ブリザードランス

「うおおおおっ!」
 絶対零度を誇る氷の槍が宙に浮かぶイスルートの首へと叩きつけられる……周りの空気を氷結させながら細かい結晶を撒き散らして白い爆発を巻き起こしていくが、首を狙ったにも関わらずにイスルートの肉体は少し重い動きながら六角棒をわたくしに向かって振り下ろす。
 ドガアアッ! という鈍い音を立ててわたくしの頭を叩き潰すために振り下ろされた金属製の六角棒は、わたくしの肌に触れる前に不可視の結界に阻まれて動かなくなる。
 だが、それと同じくして空中に浮かぶイスルートの首もまるで無傷のままその場で静止しているのが見え、わたくしは眉を顰めて首を傾げた。
「あれ? なんで魔法が到達していないの?」

「はっはっは……貴様と同じく私の首には魔力による結界を張り巡らせている」

「……前の世界だとわたくしの専売特許だったのにな……」
 この世界ではレッドドラゴンであるリヒコドラクが同じものを再現しているし、今目の前でも少し方法は違うにせよイスルートが再現した。
 うーん……こりゃ別の防御手段を考え直してもいい頃合いかなあ、と考えつつわたくしは軽くイスルートの胸の装甲板を拳でコンコン、と叩いて感触を確かめるとそのままノーモーションの裏拳を肉体側へと叩き込む。
 ドゴオオッ! という爆音と共にイスルートの纏う金属製の鎧がひしゃげ、わたくしよりも大きな巨体が宙を舞うように弾き飛ばされるが、流石にその一撃では肉体を粉砕することはできず、ズシン! という思い音と共にイスルートは地面へと着地した。
 だがダメージは相当なものだったようで、着地と当時に膝をつき片手で胸の辺りを確かめるように触っている。
「ぐ、ぎ……貴様……なんて拳を……」

「それなりに力入れたんだけどね……消滅しないのは本当にお見事よ」
 わたくしがにっこりと笑うと、空中にうかぶイスルートの首には怒りの表情が浮かぶ……おそらく首が弱点なので防御結界の効果は肉体側にはそれほど付与されていないんだな。
 だから拳の一撃でも十分ダメージが伝わっている……わざわざ裏拳にしたのは衝撃を鎧の下にある肉体に浸透させるためだし。
 拳の調子を確かめるようにわたくしが軽く指をゴキゴキと鳴らすのを見て、イスルートは肉体をなんとか立ち上がらせると、大きく両手を広げるような姿勢をとって身構える。
 何する気だ……? 魔法による攻撃を繰り出さなかったところを見ると、接近戦に特化しているような気もするんだけど。
 身構えるわたくしを見ながらイスルートの首は口元を歪めて笑うと大声で叫んだ。

「鎧を浸透する打撃はお見事……であれば私も全力を持ってお相手しよう……魔装脱着キャストオフッ!」
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