わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第三一〇話 シャルロッタ 一六歳 王都潜入 一〇

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 ——王城の一室、誰も来ない部屋の中で椅子に腰を下ろしている男が、ふと気がついたかのように視線を上げた。

「……何をしている? 貴殿にはまつりごとをお願いしているはずだが?」
 部屋に入ってきた男……豪華な衣服に身を包み王のみが着用できるマントを身につけた偉丈夫、第一王子にして国王代理であるアンダース・マルムスティーンが目を血走らせながら椅子に座る男を睨みつけた。
 椅子に座る男は不気味な鳥を模した仮面を着用し、黒色のローブに身を包む訓戒者プリーチャーの一人闇征く者ダークストーカーその人である。
 闇征く者ダークストーカーは書類作業の手を休めるように椅子から立ち上がると、優雅な一礼を持って部屋の中にあった質素なソファへと座れと合図を送る。
 その合図に従ってアンダースはソファへと腰を下ろすが、闇征く者ダークストーカーはそれを見て鼻を鳴らすと何もない虚空よりティーカップやポットを取り出すと、テーブルの上へと並べポットよりお茶を注ぐ。
 その様子は一流の礼儀作法を学んだ優雅なものであり、アンダースはイラついたような表情を浮かべながらもそのカップを手に取ると一口啜ってから、多少荒くカップを皿の上へと置いた。
「……もはや政など意味はないだろう……第一王子派と呼ばれた貴族たちは離散し、王都に残る兵士たちの士気は低い」

「第二王子派と殺し合えるほど戦力がないと?」

「ああ、王都を防衛するのにも兵士は足りんな……何がいけなかった?」

「そうだな、結果を見ればお前は失敗したということだろう……それは目を背けることのできない真実である」

「何がダメだったのだ……俺は直接親を手にかけてはいないはずだ、ただ隠居をしてもらっただけだ」
 アンダースは再びカップからお茶を啜る……中に満たされているのは不思議な味のするお茶で、口の中が爽やかになるような、それでいて甘ったるくない味がしている。
 闇征く者ダークストーカーも同じように懐からカップを取り出すと、自らポットよりお茶を啜ると仮面の口元にある金具を外し少し隙間を開けるとカップを寄せる。
 仮面の下にあるはずの肌や口元は見えない……どこまでもドス黒く濁ったように見えており、アンダースの目には渦巻く何かモヤのようにしか見えないのだ。
「……さあ? 全ては渦巻く混沌の中にしか答えは用意されていない」

「だが……俺は王になるべくして育った人間だぞ?!」

「その資格がないと判断されたのだろうよ、お前の弟だけでなく貴族達にもな……だがそんな王族は歴史上数え切れぬほどいるがな」
 辛辣だが的確な闇征く者ダークストーカーの言葉に思わず息を飲んだアンダースだったが、元々彼はクリストフェルと仲が悪かったわけではない。
 むしろ兄弟の仲は良かったはずだ……クリストフェルの婚約者にシャルロッタ・インテリペリが選ばれてから全てが変わってしまったのだ。
 成長していく弟の姿に焦りを感じたことも確かだ……美しすぎる弟の婚約者を手に入れたいと思ったこともあったが、本音のところそれは難しいとわかってもいた。
 国王に選ばれるのは自分自身だという認識があったからこそ、王位を手に入れるために貴族たちを従え権力を手に入れようとした、ただそれだけだ。
 弟には共に国を栄えさせるために大公の地位が送られるはずだった、少し前まではそれで良かったはずだ。
「……気がつけば弟は反逆者と化し、弟の婚約者が英雄であることを思い知らされた……」

「英雄、そうだな……英雄ね……クフフッ」

「俺はこの国の王であったはずだ……誰もがひれ伏し、誰もが忠誠を誓うはずの……」

「そうだな、イングウェイ王国最後の王として名を残すには相応しい人選だった」

「……なんだと?」
 アンダースは闇征く者ダークストーカーの言葉に思わずソファから腰をあげると、その黒色のローブの胸元を掴み上げる。
 憔悴していたとはいえ元々実力としては非常に高い騎士である彼の膂力は凄まじく、大柄な闇征く者ダークストーカーですら軽々と持ち上げるほどの力を見せている。
 だが訓戒者プリーチャーはまるで動じることもなく、仮面の口元にある金具を閉じると赤い瞳を煌めかせて殺すような声で笑う。
 明らかに侮蔑と嘲笑が含まれたその笑いに思わず怒りを爆発させそうになったアンダースだが、先ほどの「イングウェイ王国最後の王」という言葉を思い返し途端に頭の中が冷えたような気分になった。
「最後の王だと? どういうことだ? 王国が滅びるとでも?」

「左様……計画では貴殿が王国最後の王となる予定でな……今のところ確定していると言っても良い」

「では俺を殺すのか?」

「クフフッ! 命というのは大切なものだよ? この王国は魔王様復活のための贄として……全て混ざり合ってもらう、混じり合う全ての色は命そのものの混成である」
 闇征く者ダークストーカーはニタニタと笑う瞳で怒り狂うアンダースを見つめている……その瞳に映っているのは一人の人間を相手にしたものではない。
 混沌の手先、魔王の僕たる訓戒者プリーチャーにとってそれは史上の快楽であり、命を混ぜ合わせるときの悲鳴や苦痛、そして絶望の叫びを想像するだけで絶頂してしまいそうな、そんな喜び。
 アンダースにはその意味が理解できない、混ざり合う? 魔王様の復活? 全ての言葉の意味について訳がわからず彼は訓戒者プリーチャーを掴む手を離すと突き飛ばした。
「……痴れ者がッ!」

「おっと……お主が剣を抜く相手は俺ではない」

「ぬ……うッ!」
 アンダースが腰に下げた剣を引き抜こうとした瞬間、闇征く者ダークストーカーが手のひらをアンダースへと向けると、まるで全身が硬直したかのように動かなくなる。
 剣を引き抜こうとした体勢のまま彼はその場に立ち尽くす……それを見て訓戒者プリーチャーは満足そうに何度か頷くと机の側へと歩み寄ると一枚の書物を取り出す。
 魔法? 拘束する魔法はいくつもあるが詠唱や魔法の名前を唱えていない……だがこれは魔法ではなくアンダースはすでに混沌の力を取り込んでしまっており体が大きく変質している故の反応だ。
 まるでいうことを聞かない体に焦りを感じつつ、アンダースは目の前の訓戒者プリーチャーを睨みつけた。
「き、貴様……ッ!」

「焦るな国王代理……俺は魔王様復活のみが目的であって、この王国の存亡など興味はない……だが王国の民や兵士、そして今ここへと攻め込むはずの命は須く大事な素材なのだ」

「そ、素材だと……?」

「混じり合う全ての色が満たされたとき、魔王様はこの世に顕現し世界を崩壊させる……のちの残されるのは命や物体、全ての魔力が混じり合い混沌の中に溶け込む美しい色のみ」

「世界を崩壊……? くそ……最初からそれが目的で……」

「もっとゆっくりやっても良かったがね、掟破りの「強き魂」というイレギュラーが発生したために予定を早めただけだ、だから運悪く貴殿が最後の王に選ばれた」
 闇征く者ダークストーカーの手に握られた書物は恐ろしく古いものなのだろう、薄汚れていてどこか嫌悪感を感じるような、しっとりとした何かの皮で装丁がされている。
 パラパラとそのページをめくった闇征く者ダークストーカーが開いたそこには奇妙な絵が描かれている……子供の殴り書きのような、それでいて美術的には価値があるような、写実的でもあり抽象的でもあるぐしゃぐしゃと塗りつぶされた黒い何か。
 そして闇征く者ダークストーカーが書物の端を軽く叩くと、その絵はまるで生きているかのようにずるりずるりと身じろぎをした後、中央に大きな金色の瞳が開いていく。
 圧倒的な不快さ、不気味さ、嫌悪感、そして全てを見透かすかのような圧倒的な恐怖を感じてアンダースは声にならない悲鳴をあげる。
 瞳はギョロリとイングウェイ王国の国王代理である彼の顔を見つめた後、頭の中へと響く声で話しかけてきた。
「……ああ、ようやくこの時が来た……イングウェイの末裔、愚かな国王よ……一〇〇〇年の時を超えて我は蘇ろうとしている」

「ああ……ああッ! うあああああああッ!」

「命を満たせ、色を交わらせよ……全ては混沌の渦の中に存在している」

「……王都に残る命はことごとく魔王様の命へ」

訓戒者プリーチャーよ、命を満たせ……」

「ご命令のままに魔王様」
 突然書物に開かれた目は元へと戻り、それまでその場を支配していた圧倒的な力や不快感はなかったかのように消え失せる。
 静寂の中凄まじい恐怖により目を見開いたまま震えているアンダースがボロボロと涙を流しながらその場に音を立てて倒れた。
 闇征く者ダークストーカーはその書物を閉じると、恭しく表面をそっと撫でてから懐へと仕舞う……この書物は一〇〇〇年前に魔王により残された聖遺物。
 人の皮を鞣して作られた装丁は悠久の時を経ても朽ち果てることなく維持され、訓戒者プリーチャーとして生まれいでた彼は大切に守り続けてきた。
 聖遺物は魔王の意思を伝える大事な役割があり、彼はこの声に従ってずっと復活のための儀式を続けていた。
 最後の儀式の条件を満たすには……と訓戒者プリーチャーとして長きにわたって生き続けてきた彼はようやくその使命を果たせることに喜びを感じる。
 勇者クリストフェルは王城まで来るだろうか? だが彼はまだ力が弱く訓戒者プリーチャーと戦えるほどの能力には育っていない。
 肩透かしにならなければ良いが……と床に倒れ気絶したままのアンダースを乱暴に肩へと担ぐと、闇征く者ダークストーカーはゆっくりと暗闇の中へと姿を消していく。

「……さあ、シャルロッタ・インテリペリよ……早く俺の元へくるのだ、星幽迷宮アストラルメイズなどという小賢しい罠を抜け、欲する者デザイアを倒してここまで来ると良い……」
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