わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
上 下
360 / 430

第三〇五話 シャルロッタ 一六歳 王都潜入 〇五

しおりを挟む
「……結構歩いていますけど……到着しないですね」

「放射水路はまっすぐ伸びているわけではないので……大きく迂回する水路だったようです」
 確かにわたくし達が歩いていた水路は左右に曲がりくねるような構造になっており、作りの悪さから時折腐った水溜りなどが点在しているような状態であった。
 奇妙な匂いの原因はこれかな? と思うような謎の骨とか、ひっくり返って乾燥した昆虫の死骸とかまあ色々転がっている。
 うーん、放射水路の大半があまり使用されていなくて荒れ放題というのが誇張ではないのだな、と思わせられる光景である。
 それ以上に先ほどの生霊レイスが口にしていたように、聖女がここを通すなと命じたという言葉……それがずっと引っかかっている。
「……先ほどの聖女が命じたという話ですけど本当でしょうかね……」

「新しい聖女が生まれた、ということですか……?」

「その場合は聖教による認定と、発表があるはずです」
 この国における聖女認定の儀式は聖教における最高指導者である大司祭によって行われる……一応ソフィーヤ様はちゃんとこの手順に則って認定を受けており、認定までには様々な試験や証明を求められるとかで案外面倒なものなのだ、というのを聞いたことがある。
 初代聖女であるエレクトラ・キッスの残した手記からその手順が定められたとか聞いたけど、ともかく認定をされていないのに聖女を名乗るというのは案外勇気がいるものなのだ。
 聖教の神官であるエミリオさんはそう言った話を伝え聞いていないということなので、おそらく聖女を名乗る何か、もしくは周りが持ち上げているだけなのだろうとは思うけど。
「貧民街の聖女か……」

「過去に似たようなケースがあったそうですよ、例えば……」
 エミリオさんが過去にあった聖女を僭称する事件について語り出す……とかく聖女というのは神格化されやすく、名誉や権威を欲する者にとっては貴族を名乗るより簡単に手に入るかもしれないという幻想を感じるのだとか。
 とある貴族令嬢が聖女を名乗り、その地方において無許可での布教活動を行なった例……神の声を聞いたと嘯く少女が大規模な農民反乱を巻き起こした事件など。
 イングウェイ王国一〇〇〇年の歴史の中にはそう言った数々の事件が起きており、聖女がなかなか認定されにくいのもそう言った過去の戒めが働いているのだという。
 そう考えるときちんとした手順で認定を受けたソフィーヤ様はすごかったのだろう……最終的には命を落としてしまったが、最後の瞬間まで彼女は誇り高き令嬢であったことは間違いない。
「ともかく女神に仕える身として流石に僭称は看過できないですな……」

「王都に入ったら貧民街へと赴いてみましょうか」

「そうですね……誤りを正すのも神に仕えるものの使命と考えておりますゆえ」
 そんなことを話しながら歩いて行くと、次第に水路に軽く澱んだ水が多く貯まる場所へと辿り着いた……まとわりつくようなじっとりとした湿気が不快感を感じさせる。
 手で軽く汗を拭ってから水路を進んでいくが、水路の奥へと進むと次第に床に貯まる澱んだ水が量を増していき床一面が腐ったような、油の浮いた水で覆われて行くのに時間はそれほどかからなかった。
 リリーナさんが軽く足を踏み入れたところですぐに不快そうな表情を浮かべると、手信号で何か合図を出すとそれに反応してエルネットさんが腰に下げた剣の柄へとそっと手を添える。
「……結構深い場所がありそう、何かが潜んでていてもおかしくない」

「この場所で出てくるならスライムあたりか?」

「汚水の中にいるやつを、あまり想像したくないわね……」
 スライム……ロールプレイングゲームなどでは最弱と言われる魔物ではあるけど、実際のスライムは不定形で蛸のように体色を自由に変化させるかなり厄介な怪物に分類される。
 湿気の多い場所に生息していて動物の死骸や昆虫などを捕食しているものが大半だが、雑食性で人間にも普通に襲いかかるという点で厄介な存在だ。
 消化器官が全身であるという点から、捕食した生物を分泌する酸で生きながら溶かしていくという性質を持っていて、人間の顔とかに張り付いたスライムが皮膚を焼き焦がすなんていう事故は結構多い。
 この世界では魔法で治療したりポーションで皮膚を再生できるとはいえ、窒息しながら肉を消化されるというのは凄まじい苦痛だろうしな。
「……お待ちを、我が前に出ましょう」

「頼むわ」
 わたくしの隣に座っていたユルが立ち上がるとリリーナさんの前へと移動して行くが、彼もわたくしの影響を受けてかなりの綺麗好きなので澱んだ水に足を踏み入れる時にはかなり躊躇している様子がみて取れる。
 かく言うわたくしも正直いえばこの澱んだ水の中にお気に入りのブーツで入りたくねえなあ……と言う気分ではいるのだけど、ここを抜けないとどうにもならないからな。
 全員で少しふうっ、と諦めにも近いため息をほぼ同時につくとわたくしや「赤竜の息吹」のメンバーはゆっくりと澱んだ水の中へと足を踏み入れていく。
「……う、臭い……」

「これ病気にならないかな……」

「昔あったよな、遺跡の中に溜まってた水に落ちたリリーナが感染症にかかったやつ」

「今それを思い出すなよ、バカか……」
 エルネットさん達が不快さを表情に出しながら話しているが、そういや昔地下水路に落ちた時は比較的綺麗な場所だったため、わたくしはそこまで被害に遭わなかったんだよね。
 とはいえお気に入りの服に変な匂いがついて、魔法で浄化してなんとか対処した記憶が……とそこまで考えてわたくしはこの場所を浄化ピュリフィケーションして仕舞えばなんとかなるんじゃないかと思い立つ。
「浄化したら匂い消えますかね?」

「消えるけど、そこに怪物がいたら……」

「……ちょっ……まっ!」

「……浄化ピュリフィケーション

「きゅぎいいいっ!」
 デヴィットさんがわたくしを止めようとするものの、時すでに遅し……わたくしを中心に広がった光が地下水道いっぱいに広がると同時に、突然ユルの踏み入れていた水溜りの中から悲鳴と共に巨大な不定形の物体が飛び出し、まだ浄化が行われていない澱んだ水を巻き上げていくとともに、水路いっぱいに巻き上がった水は雨のようにわたくし達へと降りかかった。
 澱んだ水をたっぷりと全身に浴びたわたくし達は呆然とした表情で水溜りの中から飛び出した生物を見るが……それはスライムのように見えるが、全然違う生物であることにそこで気がついた。
偽物イミテーター!?」

「バカな、ここは地下水路第一層だぞ?!」
 水に見える半透明の部分が石のような物体へと有機的に変化すると、そこに獰猛な牙を持った口がパックリと広がる……かと思えば別の部分には枯れた草のようにしか見えない部分が地面に同化しながらゆっくりと何かの骨のようなものへと変化している。
 それはまるでその光景へと擬態するかのように目の前で目まぐるしく姿を変えていく……だが、中央にギラリと黄金の光をはなつ瞳のようなものが浮かぶと、全身にいくつもの口をパックリと開けてわたくし達を威嚇するように吠え声を上げた。
「ギョワアアアアッ!」

破滅の炎フレイムオブルインッ!」
 デヴィットさんの手から稲妻状の炎が解き放たれる……炎は偽物イミテーターと呼ばれる怪物の表層へとぶつかると小爆発を起こして辺りに炎を撒き散らす。
 それと同時に剣を引き抜いたエルネットさんが腰だめに構えた剣を怪物へと突き刺そうとするが、そこは肉体の一部に見える何もない空間だったようで、彼はバランスを崩して水溜りへと膝をつく。
 それをみた偽物イミテーターはいくつも生えた口をまるで触手のように伸ばして彼へと噛みつこうとするが、その口を目掛けて放たれたリリーナさんの矢が突き刺さると、悲鳴をあげて後退していく。
「風景と半分同化しているぞ、剣を突き刺すんじゃなくて振り払え!」

「うげ……ペッ……口に汚水が……わかった!」

「女神よ、英雄に力を!」
 エミリオさんの言葉と同時にエルネットさんの剣が神聖な魔力に包まれて淡く光り輝く……再びエルネットさんへと襲い掛かろうとした偽物イミテーターの口を振り払うように剣を振るうと、それが表層に当たって肉体を切り裂いたのか、七色に光る体液を撒き散らしながら怪物が悲鳴をあげる。
 傷をつけたことで、それまで風景と半分同化していたような偽物イミテーターの本当の肉体が姿を現していく……恐ろしく大きい、水路の高さいっぱいに広がる七色に明滅する血管が浮かびあがっていく。
「で、でか……」

「こんな大きさのが第一層に潜んでいるだと!?」

火球ファイアーボールッ!」
 ユルの放った火球ファイアーボール偽物イミテーターの肉体に衝突して爆音を轟かせる……威力はそれほどでもないが、連鎖する爆発苦痛を感じたのか怪物は悲鳴をあげながら再び粘膜状に広がる体を大きく広げた。
 そこへリリーナさんが放った矢……先端に小瓶がついており、それを目印にデヴィットさんからの火線が交差するように爆発を起こすと、キラキラと煌めく粉末がそのまに舞い踊る。
 魔力を妨害する粉末が偽物イミテーターの肉体を白く染め上げる……この怪物の肉体は魔力を循環させているため、魔力を阻害されると風景に溶け込むことが難しいのかもしれない。
 そこへエルネットさんが一気に駆け込むと、中央でブルブルと震える一つしかない黄金の瞳に向かって白く輝く剣を突き立てた。
「うおおおおっ!」

「ギアアアアアアアアッ!」

「う……がはあっ!」
 剣を突き立てられた偽物イミテーターは悲鳴と共にその白く染まった体をめちゃくちゃに振り回し、その肉体を叩きつけられたエルネットさんは大きく跳ね飛ばされる。
 大きさからしても質量が凄まじいのだろう……身長も高いエルネットさんだったが、数メートル飛ばされると地面に叩きつけられ、苦しそうに喘いだ。
 それをみたリリーナさんが慌てて彼の元へと走っていく……だが、わたくし達がみている目の前で、突然偽物イミテーターはその肉体から水分が抜けたかのように白くひび割れ、文字通り崩れ落ちていく。
 それをみた全員がほっと息を吐くと共に、地面に叩きつけられて苦しそうに咳き込むエルネットさんの無事を確かめるために彼の元へと駆け寄る。
 エルネットさんは少し苦しそうな咳を何度か繰り返した後、苦笑いを浮かべてわたくし達へと話しかけてきた。

「……これほどの大物が潜んでいるとは……ゴホッ……ちょっと休んでいいか?」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!

まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。 そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。 その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する! 底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる! 第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

処理中です...