わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第三〇二話 シャルロッタ 一六歳 王都潜入 〇二

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「……散開ッ! 視線を固定させるなッ!」

「おおおおッ!」
 それほど広くない薄暗い部屋の中で複数の冒険者たちが吠え声を上げる巨大なトカゲのような怪物と死闘を繰り広げていた。
 イングウェイ王国王都の地下に広がる地下水路……王国建国以来都市の生活用水が流れていた巨大な迷宮に匹敵するその場所で、王都所属の冒険者達が必死に魔物との戦闘を繰り返している。
 先頭に立つのは巨大な戦斧バトルアックスを振るう赤髪の女性……冒険者組合アドベンチャーギルド王都支部を束ねるアイリーン・セパルトゥラその人だ。
 普段は公明正大、荒くれ者達を束ね様々な依頼を斡旋する側にいる彼女すら、地下水路における異変を治めようと戦闘に参加しているのだ。
「ギルドマスター! 危ないですって!」

「うるせええッ! 今踏ん張らなきゃ王都に魔物が溢れるよ!」

「ガギャアアアッ!」
 アイリーンが対峙している巨大なトカゲ……いや体高は二メートルちょっとの大きさではあるが、頭に生えた鶏冠、そして四対生えた脚には鋭い爪が鈍い光を発している。
 バジリスクと呼ばれる辺境の迷宮ダンジョンなどに生息する凶暴な魔物が威嚇するように大きく口を開き、紫色の煙を吹き出しながら前脚を振るう。
 この魔物は金級冒険者がパーティを組んで立ち向かうことを推奨されるような危険度に設定されており、口から致死毒の煙を吹き出し、接近戦は極めて危険だとされている。
 そして……バジリスクは目の前で戦斧バトルアックスを構えるアイリーンへそのギョロリとした黄金色に輝く瞳を向けると、彼女の周囲に恐るべき魔力が集中される。

「……はっ……あぶ……ッ!」
 咄嗟にその場から大きく飛び退いたアイリーンがそれまでいた地点がパキイッ! という軽い音を立てて色を失い、その場に自生していた植物が一瞬にして石化していく。
 視線を集中させた地点にいる生物や植物を一瞬にして石化させるバジリスクが持つ凶悪な能力を見た冒険者達は、恐怖で背筋に冷たい汗がどっと流れる。
 すでに最初のバジリスクによる奇襲攻撃で数人の冒険者が生きながらにして半身を石に変えられ絶命している……彼らはまだ銅級の若手冒険者ばかりで、この危険極まりない魔物への対処方法を覚えていなかったのだ。
 アイリーンは石化の魔力を放ったバジリスクへと一気に飛びかかる……石化は連続して使えない、視線を集中させるという間が必要だし、それ以上に魔力を集中するまでにはそれなりの時間がかかることを彼女は経験から知っていた。
「グアアアアアアアッ!」

「おおおおっ!」
 バジリスクの胴体にアイリーンの振るう戦斧バトルアックスが叩きつけられる……冒険者時代に彼女が古い遺跡より発掘した神話時代ミソロジーの武器である埃被りダステッドは、硬い外皮を持つバジリスクを最も簡単に切り裂いていく。
 叩きつけられる戦斧バトルアックスが肉を引き裂き、紫色の濃い血液を吹き出しながら苦しむバジリスクが尻尾を振り回して暴れるたびに、周囲にある壁や柱を破壊していく。
 だが、致命的な一撃を叩き込まれた魔物は次第に動きを鈍くしていく、轟音と共に地面へと倒れたのを見て、冒険者達が歓声をあげる。
「おおお! ついに!」

「やったぞ! さすがギルドマスター!」

「周囲を警戒しろ! まだ魔物が残っているかもしれん!」

「はいっ!」
 アイリーンが肩で息をしながら冒険者達へと命令すると、彼女を尊敬の目で見ていた数人が返事と共に急いで周囲の警戒を進めていく。
 現在王都に残る冒険者の大半は銅級と銀級であり、金級冒険者がほとんどいない……これは王都の防衛拠点かを進めた第一王子派に反発して王国各地の支部へと移動したものや、地方における魔物の活動激化に伴う異動などが相次ぎ、王都は手薄な状況となってしまっている。
 アイリーンは確かに金級冒険者だった過去もあるが、流石に一人だけでは激化する地下水道の魔物出現には抗しきれず疲労の色も濃くなってきている。
「……昔はバジリスクなんぞ楽勝だったのにな……流石に歳かねえ」

「大丈夫ですよ先輩、ちゃんと辺境の翡翠姫アルキオネと「赤竜の息吹」が王都へときてくれます」
 アイリーンのぼやきに少し疲れた表情ながら水袋を手渡す冒険者の一人……王都に残るもう一人の金級冒険者であるファルク・パワーウルフが笑う。
 ファルクは冒険者としては珍しく単独行動を好む人物で、剣と魔法をバランスよく扱う魔法剣士とも呼べるスタイルの戦闘方法を持つ特異な人物だ。
 以前はパーティを組んでいたが人間関係のいざこざで揉め事が起こった際に、アイリーンに助けを求め彼に一切の非がないことを彼女が確認したことから単独の冒険者となった経緯がある。
 無論、アイリーンへの恩義から王都支部の運営にも携わっており、次世代のギルドマスター候補になるのではないかと囁かれていた。
「……ってもな、クラカト丘陵で双方痛み分けって話だろ?」

「第一王子派は逃げ帰ってますけど、第二王子派は戦力を減らしながらも再編成をしていたそうですから……」

「そのための一ヶ月か……」

「再編成や補給の手配、色々やって一ヶ月は相当早いですよ……はい、先輩これ飲んで」

「まあね……ん? なんだアンタ気が効くじゃないか」
 ファルクから渡された水袋の中身を軽く口に含んだアイリーンは、水袋に水ではなくワインが詰められていたことに気がつくと、疲労を忘れたかのようにニカっと笑って軽く中身を煽った。
 地下水道における異変は一ヶ月前……それまで聖域と言っても過言ではないほどに清められたはずの内部に突如として魔物の巣窟へと変化した。
 元々迷宮ダンジョン並に複雑な構造となっている場所ではあったが、異変前まではここまで強力な魔物が出現するような場所ではなかった。
 せいぜい裏社会の食い詰め者が棲家を追われて棲みついたり、その人間を狙って這い回る小型の魔物が出現するのがせいぜいであった。
「バジリスクが出てきたのは初めてじゃないか?」

「ええ……先日は食屍鬼グールなんかも徒党を組んで現れたようですから……生態系含めてめちゃくちゃですよ」

「……本来同じ場所には出現しないはずの魔物が……」

「それと、逃げ帰ってきたものの中に悪魔デーモンを見たと話したものがいます」
 ファルクの言葉に思わず顔を歪めるアイリーン……それが本当ならこの地下水道は混沌神によって汚染された迷宮ダンジョンと化している可能性がある。
 冒険者として活動していた際に一度だけ遭遇したことがある……混沌神による祝福、人間からすると汚染に近いものではあるが、彼らは祝福としてそれを場所に与えているのだが、その魔力により認知や生態系、そして空間すらも捻じ曲げた絡み合う空間。
 古の賢者達が書き記した言葉、「星幽迷宮アストラルメイズ」と呼ばれる脅威の空間は一度入ったら戻ることが難しい狂気と恐怖の場所となる。
「……星幽迷宮アストラルメイズか……」

「古い言葉をよく知っていますね、でもこの場合は正しいかもしれません」

「私は若い頃それに遭遇したけど……当時の恋人含めて仲間を全部失ったよ」
 過去の文献ではこの世界において何度か顕現しているのだが、その全ては一定期間が過ぎると自然に消滅していったという。
 アイリーンの記憶に残る星幽迷宮アストラルメイズは超初期段階のものであり、出現していたのは小型のインプやガーゴイル、そして偽物イミテーターと呼ばれる物体や生物に擬態する魔物達だったが。
 それでも彼女は仲間を全て失った……当時支えてくれた恋人が文字通り命をかけて彼女を星幽迷宮アストラルメイズから脱出させてくれたのだ。
 それ以来彼女は悲劇を忘れるかのように必死に魔物を倒し続けた……いまだにその時の夢を見て夜中に飛び起きることすらある記憶だ。
「……大丈夫ですか?」

「悔しいが、私はいまだにその恐怖を忘れていないよ……もし次に遭遇したら全力で逃げるね」

「もし顕現するとしても、もう少し地下層になるでしょうかね……まだここは聖域に近い空気が流れてますし……おい、奥まで入るなよ」
 ファルクの言葉にようやく大きなため息をついたアイリーンは額に滲む汗を拭ってから、周りの空気に入り混じる静謐な感覚に気がついた。
 そうだここは違う……若い時よりも自分は遥かに強くなっている、あの時とは違う……私はあの時恋人が笑いながら自分を脱出させたあの頃の弱い自分とは違うのだ。
 そして今の自分は王都にある冒険者組合アドベンチャーギルドギルドマスター、アイリーン・セパルトゥラなのだ。
 アイリーンは震える手を隠すように握り締めると、気を利かせて若い冒険者達へと声をかけるファルクの肩にそっと手を乗せた。
「すまないね、ビビっちまってたよ……バカだね私は」

「……そのくらいじゃないと、先輩はらしくないですよ」

「はっ……お前も言うようになったじゃねえか」
 アイリーンは普段通りの少し強気な表情へと戻っていく……ファルクからしても彼女があそこまで弱気な表情を見せたのは珍しいと思っている。
 アイリーンが若い頃にとんでもない怪異に巻き込まれ、当時組んでいたパーティが全滅するという悲惨な経験をしていたのは知っている。
 だが彼女は決してそれを人には伝えることがなかったため、それほどの恐怖を抱えているなどとは思わなかったのだ。
 だが……今のままでは犠牲者が増えるばかりだ……辺境の翡翠姫アルキオネと「赤竜の息吹」が来てくれなければ、状況は打開できないだろう。

「頼むぞエルネット……お前達の力が王都には必要なんだ」
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