わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
344 / 430

第二九四話 シャルロッタ 一六歳 純真なる天使 〇四

しおりを挟む
「……では、異世界の勇者殿に第一階位がどのようなものか、教育してやろうぞ」

「く……」
 純真なる天使イノセンスの纏う神力が莫大な波となって周囲を吹き飛ばし始める……前々世で見ていたアニメや漫画で、力が強すぎて触れてもいないのに地形を破壊するなんて描写があったが、今まさに似たような光景を見せられている気がする。
 神の眷属としては最高位、おそらく訓戒者プリーチャーとは別軸の頂点に辿り着いたものが天使エンジェルとして存在するのだろう。
 その証拠に今まで遭遇した訓戒者プリーチャーはどことなく悪魔デーモンに近い雰囲気を持っていたのと違って、天使エンジェルは全く別の存在に変わったかのような感覚を覚える。
 対照的、とでも言えば良いのだろうか? この期に及んでも彼女が放つ神力はどことなく女神と邂逅した時のように不快さをあまり感じさせないもののように思う。

「神域結界……甘美なるスウィート貪欲《オブセッション》ッ!」
 その言葉と同時に純真なる天使イノセンスを中心とした半径一〇メートル近い空間がまるでぽっかりと穴が空いたかのように闇に包み込まれ、強烈な落下感と共にわたくしは下方向へと落ち始める。
 ヤバいッ……と、わたくしが魔法陣を展開してその場にとどまろうとするが、まるで強烈な重力によって引き寄せられるように、一瞬で陣が砕けそのまま体ごと下へ下へと落ちていく。
 これは、どこかで味わったような……とわたくしが落下しながらなんとか姿勢を制御しようともがくが、いきなり純真なる天使イノセンスの拳が眼前に迫ってきた。
「……クハハッ!」

「がっ……!」
 防御結界などお構いなしに振り抜かれた拳の衝撃で、わたくしは姿勢を制御するまもなく空中で回転しながら弾き飛ばされる。
 結界のおかげで肉体の破損は免れたが、衝撃とまるで無重力に浮かんでいるかのように、平衡感覚を失ったわたくしはくるくると空間の中を漂っていく。
 まずい、姿勢を制御しなければとわたくしが無理やり体を捻って空中に静止しようとした瞬間、落下方向がいきなり逆側へと変化し、わたくしはそれまで落ちてきた方向とは真逆の、上に向かって落ちていく。
 自分が感じている感覚からするとそれはまるで空に向かって落ちていくようで、わたくしは強烈な吐き気と共に咳き込む。
「うぷ……げはっ……」

「カハハ! どうした」
 落下方向にいきなり現れた純真なる天使イノセンスが両手を組んでわたくしへと横殴りに叩きつける……凄まじい衝撃でゴキリという鈍い音を立てて、その一撃に耐えきれなかった肋骨の一部が砕け鈍い痛みが走る。
 真横に飛ばされたわたくしだが、瞬時に肉体を修復するとなんとか姿勢を制御して空中へと静止しようと再び魔法陣を展開した。
 落下方向に逆らわず……ただ体を固定し、強い浮遊感を制御するだけの単純なもの、という指向性を持たない展開により、上方向へと落下を続けながらもわたくしはなんとか空中に立ちあがる。
 それを見た純真なる天使イノセンスが少し驚いたような表情を浮かべ、その攻撃の手を休める。
「……適応が早いな……これは驚いた」

「……舐めてんの? 前に同じようなものを食らってるからそりゃなれるわよ」
 そうだ、この攻撃……同じような無差別に空間を落下させられる感覚……夢見る淑女ドリームレディの空間へと落ちた時によく似ている。
 初めてこれを食らったらわたくしは何をしていいのか分からずに一方的に攻撃を受け続けただろうけど、すでに経験しているものであったため、対処法がなんとなく理解できたのだ。
 あれと同じ……いや夢見る淑女ドリームレディが自らの空間へと人を呼び出すときに使う力よりはまだ弱い、あれは対処しようがないくらいの凶悪な落下感と、三半規管を揺さぶる勢いが尋常ではなかった。
 だから、目の前の純真なる天使イノセンスは神に近いけど神ではない、という事実を再認識することになった。
「……前にも食らった……クハハッ! まるで神と対峙したかのような言い草じゃの」

「……冗談じゃないんだけどね……」

「だが甘美なるスウィート貪欲《オブセッション》だけが妾の攻撃手段ではないぞ?」
 目の前に立つ純真なる天使イノセンスの言葉と同時に、突然それまで起きていた落下感が急停止するとともに上下左右四方向が一瞬光った。
 それと同時に四方向からの神罰の白ゴッド・スマックがほぼ同時にわたくしの防御結界へと叩きつけられる。
 いや完全に同期して放たれたわけでもなければ、威力も単体のものよりは大幅に弱い……だが、ほぼ同時に着弾した攻撃が連鎖的な小爆発を起こすと、わたくしの体がミシミシという音を立てて鈍い痛みを発する。
 ぐ……なんて面倒な……出どころがわからないとつぶせない上に、純真なる天使イノセンスはまるで神罰の白ゴッド・スマックを放つ時の姿勢じゃなかった。
 放たれた光の方向へとチラリと視線を向けると、そこにはリングがいくつも回転しながら浮かんでいるのが見える。
「……あれは……」

「クハハッ! 先ほど放ったリングがまだ生きておるよ?」
 まじか、あのリングは放った後消滅すらしておらずそのまま攻撃の起点として使えるのか……再び下方向への重力に引き込まれるように、凄まじいまでの落下感に見舞われるが、その間も空間内を飛翔するリングは白く輝く光線をわたくしに向かって放ち続ける。
 バシイッ! という音と共に防御結界に衝突した光がわたくしの肉体へと衝撃を与える。
 だが、先ほどと違い小爆発は起きない……いや正確にいうと随分上空の方でドンッ! という音を立てて爆発した気がする。
 甘美なるスウィート貪欲《オブセッション》は空間を上下左右に揺さぶって強烈な落下感と、人間の感覚を完全に狂わせる空間を作り出している。
 だが、その空間は現実に上下左右に激しく動いている……そのため現実の空間における座標も大きく変化していて、今わたくしは落下感を味わっているが故に、命中から少し遅れて起きる爆発がはるか上空で巻き起こるなんていう珍事が発生したのだ。
「む……う? まだまだ使いにくい技じゃ」

「……た、助かった……いやバグみたいなもんか、これは」

「だが……このまま削りきれば妾の勝利は確約したものじゃの……クハハ」
 ニタリと笑った純真なる天使イノセンスが再び神罰の白ゴッド・スマックを放つときに見せた体勢をとる……まずい、今度のはなんとか避けなければ、とわたくしが動こうとした瞬間、わたくしから見て左方向へと体が一気に落ち、そして瞬時にその動きが停止する。
 身体は落下方向へと引っ張られたにも関わらず、急停止したことによりバランスを崩したわたくしに向かって放たれた神罰の白ゴッド・スマックが防御結界を容易に貫いた。
 その破壊的は光線は、最も容易くわたくしの左脚へと直撃しブチブチブチッ! という嫌な音と共に引き裂いていく。
 肉体を引き裂かれる凄まじい痛みと共に遅れて血液が噴き出すが、わたくしは表情を歪めながらもその損傷を瞬時に修復し、失ったはずの左足が何事もなかったかのように復活する。
「ぐ……ああああッ!」

「……尋常ではない回復力、治癒ではない……そうか復元している?!」

「あああッ! 四の秘剣……狂乱乃太刀クレイジートレインッ!」
 純真なる天使イノセンスが驚きつつ、再び攻撃を繰り出そうとしたその一瞬を狙って復活したての左脚で地面を叩きつけるように蹴り飛ばすと、わたくしは純真なる天使イノセンスに向かって一気に跳ぶ。
 狂乱乃太刀クレイジートレイン……剣戦闘術ソードアーツ第四の技にして音速を超える突進は、文字通り音の壁を超えた凄まじい破壊力を生み出す。
 わたくしが一瞬で純真なる天使イノセンスとの距離を詰め、その体に斬撃を叩き込むと、遅れてゴオアアアアアッ! という轟音と共に爆風が周囲を包んでいた結界へとヒビを入れる。
 天使の背後へと降り立ったわたくしへと振り返った純真なる天使イノセンスの顔は、呆気にとられたかのように驚愕した表情を浮かべている。
「……な、あ……」

「はあっ……はあっ……」
 わたくしの一撃で甘美なるスウィート貪欲《オブセッション》を構成していた結界が一気に崩壊し、ガラスを砕くような甲高い音ともに周囲の風景が元へと戻っていく。
 純真なる天使イノセンスの腹部に斬撃の跡が走り、そのままブチブチと音を立ててその肉体が真っ二つに引き裂かれ、大量の血液と共に上半身が地面へとズドオオン! ……と倒れていった。
 荒い息と共に一気にそれまで感じていなかった疲労感が全身を包み込む……多少強引だったが、あのヤバすぎる結界はなんとか破壊し、天使エンジェルの肉体を引き裂いた。
 だが、全身が凄まじく重く鈍い痛みを発している……見れば無理やりに地面を蹴飛ばしたことで、左足は捻じ曲がり、それを認識してしまったが故に恐ろしい激痛でわたくしは思わず声にならない悲鳴をあげる。

「く……は、早く修復を……う、ああああっ!」
 復元魔法による修復は治癒と違って恐ろしい痛みを発する……そりゃ痛みを取らずに元に戻そうっていうんだから仕方ないんだけど。
 戦闘中なら大量のアドレナリンが放出されているので、痛みすら気にならないけど緊張感から解き放たれると流石に痛いものは痛いな……わたくしはある程度体を修復すると、地面に倒れたままの純真なる天使イノセンスへと視線を向ける。
 だが、そこでわたくしは気がついてしまった……彼女はわたくしを見て笑っていたということに。
 純真なる天使イノセンスはゆっくりと腕を使って体を起こすとわたくしへと話しかけてきた。

「……やるなお主……今のは流石に避けれなんだわ」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...