わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第二八〇話 シャルロッタ 一六歳 野戦 一〇

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「ええい、まだ落とせんのか!」

「全体としては我が軍の方が優勢……特に丘陵の一部の防衛陣地は占拠することに成功しております故……」
 第一王子派の軍勢を率いるアンダース・マルムスティーン国王代理はイラついたように手に持ったゴブレットを地面へと叩きつける……中に入っていた年代物のワインが飛び散り、天幕の中に独特の匂いが振りまかれた。
 彼の軍勢はクラカト丘陵に籠る第二王子派との戦闘へと突入したのち、複数存在する防御陣地を一つ一つ攻略するという気の遠くなるような戦いを強いられていた。
 岩石による落石攻撃により正面からの攻撃が不可能と悟った第一王子派は舞台をいくつかに分けて、正面とは別の斜面を狙って攻撃を仕掛けていた。
 少し緩めの斜面にはいくつか平坦となっている場所があり、兵士はそこを休憩場所に使用しながら時間をかけて登坂していく作戦を実行に移していた。
 だが、そこには第二王子派の部隊が立て篭もる防御陣地が幾重にも構築されていて、その個々の陣地を少数の部隊が地道に攻略する羽目に陥っている。
 短い時間の間に良くぞこれだけの陣地を構築したと感心するものもいるだろうが、どうやってそれが成し得たのかを考える者は少ない。
「少数の部隊が籠る陣地なのだろう? 一揉みに捻り潰せんのか?!」

「陣地自体は独立して構築されているのですが相互に援護し合えるような構造になっておりまして……」
 一つの陣地を攻撃する度に別の陣地からの攻撃を側面から受けるような配置となっており、それを放置しながら戦うには損害が大きすぎるのだ。
 これではまるで小さな砦を同時に城攻めしているような状況であり、特に丘陵地帯の最も高い場所にある本陣からの激しい攻撃もあり、攻略は遅々として進んでいない。
 ようやく丘陵全体の一〇パーセントほどの位置までを攻略したところ……絶対的な数に勝る第一王子派の軍勢だったが、当初の目論見通りに戦況が動いていないのは誰の目にも明らかだった。
「野戦に持ち込んで神聖騎士団による突撃でトドメをという予定からはほど遠く……攻城兵器の到着までにはかなりの時間がかかるかと思われます」

「……全く……作戦を立てたものは王都に帰ったら縛首にするしかあるまいな」
 第一王子派の諸侯はインテリペリ辺境伯軍が野戦を挑んでくると思い込んでいた。
 それは辺境伯自身が野戦の名手であるからこそ、伯の最も得意な形で挑んでくると考えられていた……当たり前だがクレメント伯は勇敢であり、野戦により状況を何度も打開した経験を持っているからだ
 だが辺境伯は最初から野戦など挑む気はなく、第一王子派の軍勢を防御陣地に籠ったまま迎え撃った……そもそもの数が少なかったことと、神聖騎士団という戦力を過小評価することなく戦い方を選んできたのだ。
 野戦であればもうすでに決着はついていたかもしれない……むしろ、第一王子派はどうにかして敵軍を丘陵地帯から引きずり出さねばならなかったのだ。

『……どうしてそうしなかったのか? なぜだ?』

 荒れるアンダースを見ながら、直立不動の体勢を崩さない近衛騎士レブロイニ・ラウンチー伯爵はふと疑問を感じた。
 なぜだかわからないが、開戦時に何人かの指揮官が丘陵の様子を見て攻撃を控え、無理に攻めず一度丘陵から離れ敵軍を誘引する方が良いと提案を持ち込んできていた。
 だが誰もがそれに激怒した……「王国の戦士が逃げ回るような真似はできない」と、伝えむしろそのような提案を行う味方はいらないとばかりに追い返した。
 今困惑気味にそのことを思い出しているラウンチー伯爵も当初はそれに賛成したが、今から考えると自分の思考に違和感を感じるのだ。
 わからない……なぜかその時は奇妙なくらいに丘陵への攻撃をしなければならないと思い込んでいた……まるで誰かが囁くように、とそこまで考えて彼はねっとりとした視線を感じてゆっくりとそちらへと目をむける。

 そこには美しい美女……の姿をした奇妙な女が、この天幕内に置かれた簡素な椅子に座る聖女ソフィーヤ・ハルフォードの隣に立ってラウンチー伯爵を見てニヤニヤと笑っていた。
 確か説明があった……聖女様が呼び出した神の使いフェリピニアーダとかいう人物、まるで整いすぎた人形のような美しい顔と神々しさすら覚える白亜の翼を持った天使エンジェルのような存在。
 彼女の目はまるでラウンチー伯爵に考えるな、と言っているかのように不気味な光を湛えている……そう思った瞬間に、伯爵の思考がまるで真逆にすり替わる。

『戦いに勝てていないのは味方が不甲斐ないからだ……もっと戦いを挑み、もっと殺さなければならない……』

「陛下、私めに出撃の許可を」
 ラウンチー伯爵は一歩前に進み出ると、アンダースに向かって恭しく首を垂れた。
 そう、殺さなければならない……敵は全て皆殺しにしなければ気が済まない、第二王子派を気取る愚か者どもを皆殺しにしなければ、全ては終わらないのだ。
 伯爵の顔を見たアンダースは急に嬉しそうな顔で微笑む……今の伯爵はどういう顔をしているのか自分ではわからない、ただただ彼は丘陵に籠る敵兵を殺さなければいけないことだけを考えている。
「……わかった、お前の部下を連れていけ、敵の首級をあげてこい」

「はっ! おまかせを!」
 足音高くラウンチー伯爵が天幕を出ていくのを見て、フェリピニアーダはくすくすと引き攣ったような笑い声を上げた。
 アンダースは不機嫌そうに自分の椅子へと座り直すと、別のゴブレットへと自分の手でワインを注ぎ少し乱暴に中身を呷った。
 それを見た聖女ソフィーヤはやれやれと言わんばかりに六情の悪魔エモーションデーモンを見上げると小声で彼女へと話しかける。
「……伯爵は近衛騎士よ? 陛下の守りが薄くなるのは良くないことでは?」

「あの者は疑問を持っておった、それ故にアンダースを唆す可能性もあるからの」

「だから排除すると?」
 ソフィーヤとフェリピニアーダの会話は耳に入らないのか、アンダースは目の前に置かれた地図を見て軽くため息をついている。
 最初の一騎打ちで受けた傷はすでに治癒しているが、アンダース本人としてはかなり不快なのだろう、開戦を決めた後の状況に不満を抱いて荒れている。
 少し離れた場所に座っている二人に注意を払うこともなく、苛々とした様子で再びワインをゴブレットへと注ぐ。
 それを見たソフィーヤは呆れたような顔で頭を振ると、こちらを見ようともしないアンダースへと一礼するとフェリニピアーダを連れて天幕の外へと出た。
「……やっぱり陛下にはクリストフェル様ほどの才能はないってことかしらね……」

「人には役割があるからの、先ほどの騎士は勇敢に戦い死ぬ、それが定めじゃよ」

「じゃあアンダース陛下や私は?」

「さてな……そのうちわかるじゃろ」
 含みのある笑顔に違和感を覚えたソフィーヤだが、彼女の姿を見て駆け寄ってきた騎士隊長ディル・アトキンスに気がつくとそれ以上の追求を諦めた。
 これ以上追求したところでこの悪魔デーモンは答えをはぐらかすだけだ……嘘をつくことができないと言われる悪魔デーモンとはしては珍しくフェリピニアーダはそういった行動ができる。
 それはなんであるか理解はできないものの、この六情の悪魔エモーションデーモンが持つなんらかの権能であることは間違いない。
 ディルは微妙な空気を漂わせる二人に多少の違和感を感じているのか、何かを言い淀んだ後にすぐ表情を引き締め直すとソフィーヤへと話しかけた。
「お嬢様クラカト丘陵への第三次攻撃が開始されます、我々にも持ち場が設定されそちらへ移動することとなりました」



「丘陵の下層部は大半が占拠されたようです、ですが相応の被害を敵に与えたと考えても良いかと」
 リヴォルヴァー男爵の淡々とした報告に少し表情を歪ませながら耳を傾けていたクレメント・インテリペリ辺境伯は深くため息を吐くと、軽く机を拳で叩いた。
 クラカト丘陵に構築した防御陣地だが最も堅固な頂上付近と違って、下層部は比較的簡素な作りになっており防御陣地としては中途半端なものだ。
 そこを守っている兵士たちは文字通り命懸けで使命を全うしている……敗走し本陣へと逃げ込んでくる兵士たちの数も数人程度、多くは殺されたか捕虜として捕えられたかであろう。
「こちらも被害は甚大だな、作戦としては理解しているがやはり兵を失うのは堪えるな……」

「はい、ですが下層部に配置した兵の殆どは自ら志願しております、彼らの意思を無駄にすることのないように」

「男爵……わかってはいるが……」

「……ったくクレメント、お前が折れたら全てが無駄になる、殿下も最前線で戦っているぞ」
 リヴォルヴァー男爵はクレメント伯の胸に軽く拳を押し当てると彼に向かって無表情で呟く……二人は普段は周りを気にして言葉遣いを選んでいるが、幼い頃からの友人である。
 学生時代には身分の垣根を越え共に学び、笑い、そして背中を預け合った中なのだ……辺境伯家に仕える貴族家の中でも男爵が特に重用されているのはそういった面もある。
 二人きりの時にはこうした言葉遣いをすることもあるのだ……そして男爵の拳が軽く震えていることに気がつくと表情を変えてはいないが彼自身も我慢をしているのだとわかった。
 クレメント伯は深く息を吸って吐き出すと、すぐに表情を引き締め男爵の手をそっと握り笑顔を浮かべる……それを見た男爵は友がいつもの為政者としての表情を取り戻したことを理解した。

「ああ、そうだ……俺がここで下を向いては失った命に申し訳ない、勝つぞ絶対に!」
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