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(幕間) 神性介入 〇三
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——聖女候補となった私は聖堂で祈りを捧げていた。
私の日課は祈りから始まるようになっていった。
幼い頃よりハルフォード侯爵家は神聖騎士団の騎士たちを束ねる家であり、多くの司祭を輩出する家柄でもあった。
それ故に私にとって女神へと祈るという行為は日課のようなもので、心を整える重要な時間にもなっていたが、最近は聖女について考えを巡らせることが多くなった。
聖女……イングウェイ王国ではエレクトラ・キッスの名前が最も有名であり、彼女を祖としたキッス伯爵家が現代にも残されているのだが、すでに聖女を輩出した家とは思えないほど衰退しており決して熱心とは言えない信徒に成り下がっている。
逆に言えばキッス伯爵家に代表されるように、イングウェイ王国は一〇〇〇年前の戦争終結後から徐々に神への信仰心を失い続けてきた国なのかもしれない。
だからこそあのような仮面の怪しい男が貴族の間に入り込んでいる……そう思うこともあったが、意外なことに何か怪しい策謀を巡らせているようには見えず、お父様も彼に相談を持ちかけているにとどまっているという。
だからあえて私はあの男が何かをしているとは思わなくなっていった……見せようとしないものが見えない、わからないのだから仕方がない。
だが、不可解な事件は王都でも起きるようになっている……数年前に地下水道が浄化されるという出来事があったが、それ以上にさまざまな場所で魔獣が活発化し、郊外の村では兵士が出動する騒ぎなども起きていたのだという。
ハルフォード公爵家の所領は王都から少し離れた場所にあり、学園の混乱の最中私は領地へと帰省する機会があった。
『これはこれはお美しい姫君よ……こんなところで会うとは驚きですな』
領地に帰ってふと思い立って出かけた森の中で闇征く者とばったり出会ってしまった……どうしてこの森にいるのか、私が尋ねると彼は惚けるかのように仮面の奥の赤い瞳で笑うと肩をすくめて「偶然ですよ」と言い放った。
その言葉には明らかに嘲笑、いや侮蔑? よくわからないがともかく好意的ではない響きを感じて私は思わず声を荒げそうになるが、すぐに心を落ち着けた。
偶然、そう偶然だろう……この森は私が幼い頃によく歩いていた場所で、思い出深い場所だ……だが何年も経って見てみると鬱蒼とした場所へと変わっており、記憶と少し違いが出ているのだ。
『知っていますか? ここには隠された祭壇が眠っているのですよ、我が神のね』
闇征く者はクスクス笑いながらそう答えると、一礼をしてその場から立ち去っていく……祭壇? 幼い頃にこの場所は飽きるほど駆け回ったがそんな場所などなかった。
何を言っているのだろう? と私は不思議に思いつつも彼の話た祭壇に興味が湧いてきた……闇征く者の崇める神とは何なのか、私は全く知らなかったからだ。
お父様に尋ねたが、お父様は知らないと答えた……いやむしろ聞いてくれるなとばかりに、興味と持つなと忠告された。
だが……気にするなと言われれば気になるのが人の常だろう、私はある晩屋敷を抜け出すとあの森にあるという祭壇を探して歩き始めた。
幼い頃に冒険心からこの森へと出かけ、迷子になったことがある。
小さな子供だった私は森の外へ出ることができずに泣きながら助けを待っていたことがある……その時に私を救いにきてくれた人がいたが、あれは誰だっただろうか?
だが、そんな昔のことを思い出すことを許さないかのように……夜の森は静かでどこか不気味な雰囲気を漂わせていた。
自らが育った屋敷より程近く、安全であるはずのその場所はどことなく陰鬱で静かすぎる場所だった……こんなに暗い森だったろうか?
木々はねじれ、黒ずんでおり奇妙な植物が群生している……昔はもう少し明るかったはずだ、どこかおかしい。
私は変貌した森の様子に驚きながら森の奥へとランタンの灯りを頼りに進んでいく。
『聖女だ……聖女の匂いがする、見た目は違うのに、あの女と同じ匂いがする……』
森の闇の中から声が聞こえるような気がする……聖女? 私はまだ聖女じゃない。
でも聖女になるために、クリストフェル殿下を守るために、あの泥棒猫から私の愛しい彼の方を救い出すために、私は聖女になるつもりでいる。
聖女で有らんとしたい……それは子供の頃にばあやに読んでもらった聖女エレクトラ・キッスの物語にあるように私はそうありたい。
その願いはいつの日か女神様へと届くはずと信じて私は森の奥へと歩いて行った。
不意に視界が開けると、そこには朽ち果てた祠のようなものがあったが、子供の頃にこんな場所があっただろうか?
『……触れるといいよ、触れれば世界が変わるよ……のぞみが叶うよ』
その言葉に抗える者がいるだろうか? 私は私の望みのために、彼の方の側にいるために願いを叶えなければいけない。
そっと朽ちた祠に手を乗せると世界が一変した……それまで私は地面の上に立っていたはずだったが、いきなり奇妙なまでの浮遊感に包まれた。
だが……私は下には落ちていかず、ずっとその場にふわふわと浮いていることに気がつくと少し気持ちを落ち着けて周りを見渡す。
そこは一面の暗闇だった……どこまでも黒く陰鬱で寒い場所……私は寒さに思わず体を震わせる。
『あの方が来るよ』
『おお、我らが主人よ……』
『私たちを導くものよ……』
奇妙な声がうるさい……私は暗闇の先をじっと見つめるが、そこには何もないはずだったのに、身じろぐような大きな何かがそこで動いたことに気がついた。
私は見えないふりをしていたのだろうか? それはずっとそこにいたのだ……黒く大きく、醜い姿を晒したまま、私のことを盲た目でじっと見つめていたのだ、光もなく陰鬱な暗闇の中で、息を顰めて、私を待っていたに違いない。
『聖女……ずいぶん若い、でも良い……我に導かれよ、強欲な女神ではなく、慈悲を持ってお前を導こう、聖女となれ』
それは頭の中で響き渡った……荘厳なる声、神々しくあるがそれでいて嫌悪感を抱かせるかのような、低い声でまるでうめくように、まるで苦しみの悲鳴を上げるかのように。
それは恐怖そのものだったかもしれない、狂気の歌声だったかもしれない……だが私ははっきりとその声に神性を感じた。
私は聖女の資質を持っていたのかもしれない、それともそれは仕組まれたものだったかもしれない。
目の前に現れたそれが神であると、私は直感で感じ取ると恭しく跪いた……いや空中に浮いているから、そうは見えなかったかもしれないが。
『……お前の心遣い感謝する、わが聖女よ……其方の望みを叶えよう』
私は神である何かを見つめる……本当に私の望みが叶うのであれば、望むことは一つしかない。
ゆっくりと身じろぎをする神は、私のことを白く濁った瞳で見つめる……それはまるで私の頭の中を覗き込もうとするかのようだったが、不思議と不快感を感じなかった。
ずいぶんと長い時間が経ったような気がする……永遠とも言える暗闇の中で、私はずっとその瞳に見つめられていた。
『誓約せよ、誓約することでお前は更なる力を得る、誓約せよ』
次の瞬間、私は森の中に立っていた。
それまで感じていた薄暗い暗闇の中ではなく……静かでそよ風が流れる夜の森の中に。
じっとりと背中が濡れているの感じ、私はそれまで自らが恐怖を感じていたのだと初めてそこで気がついた。
深く息を吸い込む……あれは何だったのだろうか? 神の姿としては想像よりも醜い姿だった……だけど強い神性を感じた。
女神様よりも強い神性を……それが何であるのか、私にはわからないが、それでも私はその日から祈る対象を変えることにした。
私の祈りが通じたのだろうか? 次の日から私が行動するたびに、良いことが起こるようになっていった。
小さな良いことは私が好きではなかったとある子爵令嬢が、馬車の事故で大怪我を負ったことだった……その子爵令嬢の父親はあろうことか官僚と手を組んでお父様の手掛けていた事業を調査していたと後で聞いた。
貴族が手がける事業の一部は確かに不正の温床となっていることも多いと聞く……お父様も「これが明るみに出たら良くなかったな」と話していたのを覚えている。
これはあの神の授けた幸運だろうか? その後も小さなことが積み重なる……さまざまな幸運が私を助けるようになっていった。
『……ソフィーヤ・ハルフォードを聖女として認定し、聖教における聖人に認定する』
最大の幸運は聖女に任じられたことだろうか?
数人候補となるものがいたのだという……だが、私以外の候補は全て、認定の日が近づくにつれてみな不幸が降りかかっていった。
ある者は裏通りで暴漢に襲われ、ある者は不幸な事故で失明し、ある者は事故でそのまま帰らぬものへと……司祭たちはいった、何か良くないことが起きている、と。
だが私にとっては幸運の連続だった……気がつけば候補となる女性は私以外に残らなくなった、私は神へと祈りを捧げる時間が増えていった。
あの声が聞こえる気がする、あの荘厳で穏やかな声が……私は夢中になって神への祈りを続ける、あの声が聞こえる、私が崇める神の……おそらくあの闇征く者がいうところの「我が神」へと。
今日も私の祈りは続く、愛するものを手中に収めるその日まで……私はただ一人を憎み続ける。
『祈れ、信じよ、崇めよ……我がこの世に顕現するその日まで、聖女よ我を崇めるのだ』
私の日課は祈りから始まるようになっていった。
幼い頃よりハルフォード侯爵家は神聖騎士団の騎士たちを束ねる家であり、多くの司祭を輩出する家柄でもあった。
それ故に私にとって女神へと祈るという行為は日課のようなもので、心を整える重要な時間にもなっていたが、最近は聖女について考えを巡らせることが多くなった。
聖女……イングウェイ王国ではエレクトラ・キッスの名前が最も有名であり、彼女を祖としたキッス伯爵家が現代にも残されているのだが、すでに聖女を輩出した家とは思えないほど衰退しており決して熱心とは言えない信徒に成り下がっている。
逆に言えばキッス伯爵家に代表されるように、イングウェイ王国は一〇〇〇年前の戦争終結後から徐々に神への信仰心を失い続けてきた国なのかもしれない。
だからこそあのような仮面の怪しい男が貴族の間に入り込んでいる……そう思うこともあったが、意外なことに何か怪しい策謀を巡らせているようには見えず、お父様も彼に相談を持ちかけているにとどまっているという。
だからあえて私はあの男が何かをしているとは思わなくなっていった……見せようとしないものが見えない、わからないのだから仕方がない。
だが、不可解な事件は王都でも起きるようになっている……数年前に地下水道が浄化されるという出来事があったが、それ以上にさまざまな場所で魔獣が活発化し、郊外の村では兵士が出動する騒ぎなども起きていたのだという。
ハルフォード公爵家の所領は王都から少し離れた場所にあり、学園の混乱の最中私は領地へと帰省する機会があった。
『これはこれはお美しい姫君よ……こんなところで会うとは驚きですな』
領地に帰ってふと思い立って出かけた森の中で闇征く者とばったり出会ってしまった……どうしてこの森にいるのか、私が尋ねると彼は惚けるかのように仮面の奥の赤い瞳で笑うと肩をすくめて「偶然ですよ」と言い放った。
その言葉には明らかに嘲笑、いや侮蔑? よくわからないがともかく好意的ではない響きを感じて私は思わず声を荒げそうになるが、すぐに心を落ち着けた。
偶然、そう偶然だろう……この森は私が幼い頃によく歩いていた場所で、思い出深い場所だ……だが何年も経って見てみると鬱蒼とした場所へと変わっており、記憶と少し違いが出ているのだ。
『知っていますか? ここには隠された祭壇が眠っているのですよ、我が神のね』
闇征く者はクスクス笑いながらそう答えると、一礼をしてその場から立ち去っていく……祭壇? 幼い頃にこの場所は飽きるほど駆け回ったがそんな場所などなかった。
何を言っているのだろう? と私は不思議に思いつつも彼の話た祭壇に興味が湧いてきた……闇征く者の崇める神とは何なのか、私は全く知らなかったからだ。
お父様に尋ねたが、お父様は知らないと答えた……いやむしろ聞いてくれるなとばかりに、興味と持つなと忠告された。
だが……気にするなと言われれば気になるのが人の常だろう、私はある晩屋敷を抜け出すとあの森にあるという祭壇を探して歩き始めた。
幼い頃に冒険心からこの森へと出かけ、迷子になったことがある。
小さな子供だった私は森の外へ出ることができずに泣きながら助けを待っていたことがある……その時に私を救いにきてくれた人がいたが、あれは誰だっただろうか?
だが、そんな昔のことを思い出すことを許さないかのように……夜の森は静かでどこか不気味な雰囲気を漂わせていた。
自らが育った屋敷より程近く、安全であるはずのその場所はどことなく陰鬱で静かすぎる場所だった……こんなに暗い森だったろうか?
木々はねじれ、黒ずんでおり奇妙な植物が群生している……昔はもう少し明るかったはずだ、どこかおかしい。
私は変貌した森の様子に驚きながら森の奥へとランタンの灯りを頼りに進んでいく。
『聖女だ……聖女の匂いがする、見た目は違うのに、あの女と同じ匂いがする……』
森の闇の中から声が聞こえるような気がする……聖女? 私はまだ聖女じゃない。
でも聖女になるために、クリストフェル殿下を守るために、あの泥棒猫から私の愛しい彼の方を救い出すために、私は聖女になるつもりでいる。
聖女で有らんとしたい……それは子供の頃にばあやに読んでもらった聖女エレクトラ・キッスの物語にあるように私はそうありたい。
その願いはいつの日か女神様へと届くはずと信じて私は森の奥へと歩いて行った。
不意に視界が開けると、そこには朽ち果てた祠のようなものがあったが、子供の頃にこんな場所があっただろうか?
『……触れるといいよ、触れれば世界が変わるよ……のぞみが叶うよ』
その言葉に抗える者がいるだろうか? 私は私の望みのために、彼の方の側にいるために願いを叶えなければいけない。
そっと朽ちた祠に手を乗せると世界が一変した……それまで私は地面の上に立っていたはずだったが、いきなり奇妙なまでの浮遊感に包まれた。
だが……私は下には落ちていかず、ずっとその場にふわふわと浮いていることに気がつくと少し気持ちを落ち着けて周りを見渡す。
そこは一面の暗闇だった……どこまでも黒く陰鬱で寒い場所……私は寒さに思わず体を震わせる。
『あの方が来るよ』
『おお、我らが主人よ……』
『私たちを導くものよ……』
奇妙な声がうるさい……私は暗闇の先をじっと見つめるが、そこには何もないはずだったのに、身じろぐような大きな何かがそこで動いたことに気がついた。
私は見えないふりをしていたのだろうか? それはずっとそこにいたのだ……黒く大きく、醜い姿を晒したまま、私のことを盲た目でじっと見つめていたのだ、光もなく陰鬱な暗闇の中で、息を顰めて、私を待っていたに違いない。
『聖女……ずいぶん若い、でも良い……我に導かれよ、強欲な女神ではなく、慈悲を持ってお前を導こう、聖女となれ』
それは頭の中で響き渡った……荘厳なる声、神々しくあるがそれでいて嫌悪感を抱かせるかのような、低い声でまるでうめくように、まるで苦しみの悲鳴を上げるかのように。
それは恐怖そのものだったかもしれない、狂気の歌声だったかもしれない……だが私ははっきりとその声に神性を感じた。
私は聖女の資質を持っていたのかもしれない、それともそれは仕組まれたものだったかもしれない。
目の前に現れたそれが神であると、私は直感で感じ取ると恭しく跪いた……いや空中に浮いているから、そうは見えなかったかもしれないが。
『……お前の心遣い感謝する、わが聖女よ……其方の望みを叶えよう』
私は神である何かを見つめる……本当に私の望みが叶うのであれば、望むことは一つしかない。
ゆっくりと身じろぎをする神は、私のことを白く濁った瞳で見つめる……それはまるで私の頭の中を覗き込もうとするかのようだったが、不思議と不快感を感じなかった。
ずいぶんと長い時間が経ったような気がする……永遠とも言える暗闇の中で、私はずっとその瞳に見つめられていた。
『誓約せよ、誓約することでお前は更なる力を得る、誓約せよ』
次の瞬間、私は森の中に立っていた。
それまで感じていた薄暗い暗闇の中ではなく……静かでそよ風が流れる夜の森の中に。
じっとりと背中が濡れているの感じ、私はそれまで自らが恐怖を感じていたのだと初めてそこで気がついた。
深く息を吸い込む……あれは何だったのだろうか? 神の姿としては想像よりも醜い姿だった……だけど強い神性を感じた。
女神様よりも強い神性を……それが何であるのか、私にはわからないが、それでも私はその日から祈る対象を変えることにした。
私の祈りが通じたのだろうか? 次の日から私が行動するたびに、良いことが起こるようになっていった。
小さな良いことは私が好きではなかったとある子爵令嬢が、馬車の事故で大怪我を負ったことだった……その子爵令嬢の父親はあろうことか官僚と手を組んでお父様の手掛けていた事業を調査していたと後で聞いた。
貴族が手がける事業の一部は確かに不正の温床となっていることも多いと聞く……お父様も「これが明るみに出たら良くなかったな」と話していたのを覚えている。
これはあの神の授けた幸運だろうか? その後も小さなことが積み重なる……さまざまな幸運が私を助けるようになっていった。
『……ソフィーヤ・ハルフォードを聖女として認定し、聖教における聖人に認定する』
最大の幸運は聖女に任じられたことだろうか?
数人候補となるものがいたのだという……だが、私以外の候補は全て、認定の日が近づくにつれてみな不幸が降りかかっていった。
ある者は裏通りで暴漢に襲われ、ある者は不幸な事故で失明し、ある者は事故でそのまま帰らぬものへと……司祭たちはいった、何か良くないことが起きている、と。
だが私にとっては幸運の連続だった……気がつけば候補となる女性は私以外に残らなくなった、私は神へと祈りを捧げる時間が増えていった。
あの声が聞こえる気がする、あの荘厳で穏やかな声が……私は夢中になって神への祈りを続ける、あの声が聞こえる、私が崇める神の……おそらくあの闇征く者がいうところの「我が神」へと。
今日も私の祈りは続く、愛するものを手中に収めるその日まで……私はただ一人を憎み続ける。
『祈れ、信じよ、崇めよ……我がこの世に顕現するその日まで、聖女よ我を崇めるのだ』
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