わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第二六一話 シャルロッタ 一六歳 竜人 〇一

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「ウハハハッ! その笑みを絶望へ変えてやるっ!」

「やってみせろよ!」
 リーヒの拳が轟音をあげてわたくしのこめかみを掠っていく……この一撃だけでも戦意を削り取るくらいの圧力がある良い拳だ。
 その拳がぐりん、と曲線的な挙動に変化するとドゴンッ! という鈍い音ともにわたくしの防御結界へと衝突する……鱗の生えたドラゴンの前足がわたくしまで後数ミリのところで静止している。
 人間の関節だと一〇〇パーセント無理な軌道で拳が跳んできたぞ? 柔軟な関節だな……直線的な軌道からの変化で裏拳とは恐れ入るが、当のリーヒは明らかに避けられない軌道の攻撃がなぜかわたくしに命中していないことに訝しがるような表情を浮かべる。
 手応えはあるんだろうな、ただそれはわたくしの防御結界に衝突した手応えなんだけど……魔力で展開する防御結界は単に硬いだけじゃない。
「これは防御結界……?! なんて密度の高い……!」

「御名答……これは不可視の結界だからね、気が付かないのも仕方ないわ」
 魔力という目に見ることのできない力を展開してあらゆる攻撃を防御する力場、つまりは不可視の盾のようなものなのだけど、打撃などの衝撃に対しては硬く拡散する力を。
 刺突などの攻撃にはその攻撃を包み込むような柔軟さを……そして不可視の攻撃に対しては分厚いカーテンのような効果を生み出す。
 言葉にするのは簡単だが、わたくしのように恐ろしく薄いヴェールのように展開するのは超高等技術に相当しているらしく、昔の仲間は誰も同じことができなかった。
 勇者だからできるのかねえ……と言われたもんだが、これはわたくし自身が前々世で日本人であったことにも起因していると思う。
 イメージの世界……限界まで薄くしなやかな膜を展開し、自らの体を包み込む……そのイメージが前世の世界レーヴェンティオラの住人では思いつかなかったらしい。

「カアアッ!」
 リーヒの口から再び炎が撒き散らされる……爆炎はわたくしのいる空間を一瞬で業火へと包み込み、視界が真っ赤に染まるが、その灼熱の炎は少しもわたくしへと届かない。
 ちなみに熱だけを伝えることなども可能だ……今やると髪の毛や衣服が燃えちゃうのでやらないけど。
 燃え盛る炎の中から無傷のわたくしが姿を現したのをみて、リーヒは凶暴な笑みを浮かべる……大概竜族ってやつはバトルジャンキーが多いな、全く。
 わたくしは次の瞬間地面を蹴って一瞬でリーヒとの距離を詰める……彼女の目にはわたくしの動きはどう映っただろうか?
 いきなりわたくしが目の前に現れたように見えただろうか? まずは小手調べ……軽く引いた右拳に魔力を込めるとそのままリーヒの脇腹へと向かって拳を振り抜く。
「死ぬなよ?」

「くう……クアアアアアッ!」
 リーヒは肘を使ってその一撃を受け止める……メリメリメリッ! という鈍い音と共に彼女の体が大きく跳ね飛ばされる。
 手応えが薄い? いや防御と同時に自分から跳んだのか? 空中でくるりと回転するとリーヒは勢いを殺すように地面を滑っていくと器用に立ち上がった。
 だが……わたくしの拳を防御した肘がへし折れ、あらぬ方向へと捻じ曲がっておりそれをみた彼女は思い切り顔を顰める……吹き飛んでないのか? ドラゴンの鱗の頑丈さは凄まじいな。
 竜族の鱗は組み合わせることで鎧に加工したりすることもあったな……形を変えることが難しいので、鱗鎧スケイルアーマーの形で加工するんだとか。
「さすがドラゴン……腕が吹き飛んでないのは天晴よ」

「ぐ……なんて拳だ」
 リーヒが炎の魔力を集中させると、捻じ曲がった腕がまるで何事もなかったかのように元へと戻っていく……わたくしの修復と違ってちゃんとした治癒だな。
 何度か腕の調子を確かめるようにくるくると回すと、リーヒは再び腰を少し下ろした姿勢をとる。
 戦意は失われていないな、それでこそレッドドラゴンだと言える……わたくしは何度か指をパキパキと鳴らすと、もう一度かかってこいとばかりに手招きする。
 次の瞬間、再びほぼノーモーションでわたくしの視界が炎で真っ赤に染まった……威力は先ほどとあまり変わらないか?
 次の瞬間、わたくしの防御結界にズンッ! という音を立ててリーヒの拳が衝突する……ミシミシミシッ! という音を立てて防御結界とせめぎ合う拳。
「ウハハハ……硬いのう、このイメージは我々にはないのう?」

「そりゃね……わたくしだからできることですわよ?」

「だが……我ら竜族は引くことは考えん……! あくまで前進あるのみッ!」
 彼女は防御結界に衝突したままの拳をいきなり開くと鋭い爪を結界へ捩じ込むように回転させる……爪が赤熱したかのように真っ赤に染まると結界の一部が溶けていく。
 まじか、強引に一点集中させた魔力を使って防御結界をぶち破ろうってことか?! わたくしは咄嗟に後方へと跳んで距離を取ろうとするが跳んだ瞬間を見計らってリーヒは再び炎を吐き出した。
 視界が真っ赤に染まるのと同時に炎が炸裂するように小規模な爆発を引き起こし、わたくしは大きく空中を跳ね飛ばされる。
「うあ……」

 何度か体を回転させるとわたくしは空中に魔法陣を展開して静止する……いや思ったよりも骨があるなリーヒは。
 あのままだと防御結界を強引に突破されて腕くらいは吹き飛ばされたかもしれない……まあすぐに修復できるからそこまで影響は出ないだろうけど。
 空中に静止したままのわたくしを見上げてリーヒはクハッ! と嬉しそうに笑うとその赤熱する爪を持った手をパキパキと鳴らす。
 思ったより強いな……以前レッドドラゴンの姿で戦った時はここまで強くなかった気がするし竜族の大半が自分の姿に自信と誇りを持っている。
 その誇りを捨ててでもわたくしと戦って勝つための方法を研究し、訓練しここまで迫ってきている……わたくしはそのことに少しだけ嬉しくなる。
「やるじゃないリヒコドラク……防御結界を貫くことができているのは数人しかいないわよ」

「我はレッドドラゴンなるぞ、人間が本来届かぬ高みにいる種族だ」

「そうね……竜族は大空の支配者でもあるからね」

「そうだ、我らは原初の世界からずっと大空を支配してきた誇り高き種族……それが今人の姿を持ってお前と対峙している」
 リーヒはめりめりと拳を強く握りしめる……竜族は本当にプライドが高く人などいつでも捕食できるおやつ程度にしか思ってないに違いない。
 ファンタジーとかだと結構な勢いで討伐される対象でしかない竜族だが、実際にこの世界でドラゴンを討伐できるものがどれだけいるのだろうか?
 ティーチがマカパイン王国で絶対的な尊敬と畏敬の念を抱かれ、そして他国からすると恐怖の対象となるのか……それはドラゴンを殺せるような冒険者や戦士は本当に少ないからだ。
 特にリヒコドラクは推定でも数百年は生き続けた真のレッドドラゴンとも言える存在だ……彼女の爪を持ち帰ったティーチは人智を超えた英雄として認められたのだろう。
 まあ、今はあそこの天幕から顔を覗かせて震えているだけなんだけど……うん、イメージが完全に崩壊してしまうから兵士がいなくてよかったな。
 わたくしはふわりと地面へと降り立つと軽く首を鳴らしてから宣言する。
「……んじゃま第二ラウンドと行きますかね、いいサンドバッグが出来上がるわ」



「……古き竜と喧嘩か……いい気なものだな」
 王城の窓から遠くの空を見つめながら、訓戒者プリーチャー筆頭である闇往く者ダークストーカーは仮面の下に光る赤い瞳を輝かせる。
 彼の目に何が映っているのかそれは本人しかわからないのだが、それでも遠くの空では黒雲が立ち込め雷鳴が轟いているのが見えている。
 先日の中立派貴族の襲撃により国王、宰相、王妃の三人が使なった……本来であればもう少し時間をかけて定着させるはずが、不測の事態により肉体が崩壊してしまったのだ。
 欲する者デザイアが駆けつけたもののすでに破壊されてしまったこともあって破棄せざるを得なかった……残念ながらこの世界には一度失われた命を復活させるわざは存在しない。

「……人間は脆すぎるな」
 混沌の眷属からすると想像もつかないほど人間は脆く弱い……だがその魂は純粋で悪意と欲に塗れ、魔王復活の糧として扱うにはちょうど良い。
 今すぐに復活をさせることは難しいもののもう少し時間をかけて魂を集め続ければ、魔王様の器を満たすだけの量を集めることができるのだろう。
 第一王子派と第二王子派、そして今回マカパイン王国軍を動かしたことでその動きはより加速していく……強き魂であるシャルロッタ・インテリペリはこのことに気がついているのだろうか?
 闇往く者ダークストーカーは先日邂逅した彼女が、自らに匹敵する存在であることを短い時間の中で理解していた。
「だが我らが相まみえるのはもう少し先……異世界の勇者たる力を存分に味合わせてくれ」

 仮面の下で赤い瞳が嬉しそうな色を帯びる……闇往く者ダークストーカーからすると、強い相手がいないことが唯一の不満であったが、それを解消する存在が現れたのだ。
 辺境の翡翠姫アルキオネは気がつけば第二王子、勇者の器たるクリストフェル・マルムスティーンを成長させる原動力となり、そして勇者の器も自分では理解していないだろうが加速度的にその秘められた能力を研ぎ澄ませている。
 スコット・アンスラックスを超える逸材……それが闇往く者ダークストーカーから見たクリストフェルの評価であり、数年前まで悪魔デーモンの呪いによって封じ込めていたのだから。
 いつの日か彼が銀色の戦乙女とともに彼の前へと姿を現すのであろうか? その時自分はどんな顔で彼らを迎えるのであろうか?

「……それはそれで楽しみであるな、我が全力で戦うことができるその日まで、シャルロッタ・インテリペリを待つとしよう」
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