わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第二五〇話 シャルロッタ 一六歳 大感染の悪魔 一〇

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 ——着地と同時に全力で白銀の炎を展開すると、邪悪な混沌の力に支配された兵士たちが苦しみ始める……。

「邪悪を滅し浄化せよ……ッ! 魂の焔ソウルフレイムッ!」
 地面へと着地したわたくしを中心に渦を巻いて白銀の炎が周囲へと広がっていく……その炎は聖なる天界の炎と同等であり、邪悪なる混沌の僕を焼き尽くす特性を持っている。
 炎に包まれた第二王子派の兵士たちは激しい炎の勢いとは裏腹に、身を焦がす痛みすら感じずに明るくあたりを照らしていることに呆然とした表情を浮かべている。
 ……まあ一部の兵士は色々後ろ暗いことがあったのか、炎に巻かれて痛みに苦しんでいるようだが……すまん、その辺りは選択できねーんだわ。
 大半の敵がこの白銀の炎に焼かれ、崩れ落ちていくのを見てクリスがわたくしへと話しかけてきた。
「シャ……シャル?! この白銀の炎は一体……味方の大半は無事だが……」

魂の焔ソウルフレイムは聖なる炎ですわ、邪悪の僕を焼き尽くす……一部の兵士は後ろ暗いことがあったのかもしれません」

「そ、そうか……しかし彼らはモーターヘッド軍のようにも見えるが……」
 そう、肉体を焼き尽くされて崩れ落ちた凶暴化した兵士の身につけている鎧には牙を剥く猪スナグルトゥースの紋章が刻まれていることから元々はモーターヘッド軍所属の兵士だったことがわかる。
 だが……魂の焔ソウルフレイムの炎に焼かれたということは混沌の影響下にあったということだろうか? うーん、わからん……わたくし自身が精神操作系の魔法をそれほど得意としているわけじゃないし、大体この手の魔法は対象一人に対してかけるものだ。
 集団を一斉に凶暴化するなんて普通の業じゃない……わたくしが考えていると、そこへユルが尻尾を振って近寄ってくる。
「シャル……待っていましたよ」

「いい子ね、クリスたちを守ってくれていたんでしょ?」
 わたくしが彼の頭をそっと撫でると、気持ちよさそうにユルはその動きに合わせて身をすり寄せてくる……うん、魂の焔ソウルフレイムのおかげで汚れがほとんど落ちて毛艶が良くなってて気持ち良い。
 だが……突然上空に空間を割って邪悪な気配が出現したことで、わたくしとユルは咄嗟に身構える……それを見たクリスも気がついたのか剣を構えて上空を見上げた。
 そこには一人の女性が浮かんでいる……まるでつくられたかのように整った容姿に、グラマラスな肉体を押し込めたような淫らな服装、そしてその背には六対の白亜の翼が広がっている。
 一見すると天上に住まう天使のように美しい姿……現実に神々しさすら感じる外見を見た第二王子派の兵士たちは、神の使いが現れたのかと驚きと共に目を見開き涙をこぼしているものすらいる。
「……妾を見ても驚かぬのだな? 辺境の翡翠姫アルキオネと……勇者の器、いやこの世界の勇者殿」

「当たり前でしょ、あなた悪魔デーモンよね? 見た目は綺麗だけど腐った性根が透けて見えるわよ」

「ク……クハハハッ! そうかわかるか……妾は混沌神ノルザルツが遣わす第二階位たる存在、六情の悪魔エモーションデーモンフェリピニアーダじゃ」
 第二階位……こいつもかよ……内心げっそりしつつも、その放たれる凄まじい威圧感にビリビリと肌が刺激される感触がある。
 六情の悪魔エモーションデーモンと言われると確かにモーターヘッド軍が一斉に凶暴化したことも理解できる……ノルザルツの眷属は人を欺き、コントロールすることに長けている。
 以前プリムローズ様が肉欲の悪魔ラストデーモンにコントロールされて学園で暴挙を起こしたように、モーターヘッド軍の兵士たちを扇動し操ったということだろうか?
 わたくしの思考がわかるのか、それとも予想しているのかわからないがフェリピニアーダはニヤリと咲う。
「その防御結界は見事じゃな……妾の侵入を阻む素晴らしい密度は人間業とは思えぬ」

「……そりゃどうも」

「そこから想像するに大感染の悪魔パンデミックデーモンを倒したのは辺境の翡翠姫アルキオネじゃな……勇者殿はそこまで強くない」
 チラチラとクリスの方へと視線を動かしつつフェリピニアーダはニヤニヤと彼ら特有の歪んだ笑みを浮かべている。
 その視線に気がついたのかユルが心配そうにクリスの側へと近寄るが、今この場で六情の悪魔エモーションデーモンに対抗できるのは正直いえばわたくししかいない。
 まずいな、味方の兵士を全員守って戦うなんて正直言えば難しすぎる……そしてインテリペリ辺境伯家の兵士をできる限り失わずに戻りたいこちらにとってこれ以上の損失は痛手になる。
 どうする? わたくしはじっとフェリピニアーダを見つめながら考える……最悪クリスだけでもどうにか逃して……そんな考えを巡らせていると六情の悪魔エモーションデーモンはくすくす笑い出した。
「……何よ」

「いやいや失敬……今のところは楽しみは後に取っておくことにしようぞ」

「逃げるの? 第二階位の悪魔デーモンが?」

「戦略的撤退というやつじゃ、妾は聖女の守護者である故……お互い守るものが多いのぅ?」
 フェリピニアーダはどこから取り出したのか翼と同じ白亜の羽を使ってつくられた大きな扇を広げると口元を隠してにっこりと笑う。
 美しいが何を考えているのかわからない表情……食えない存在だな全く。
 わたくしの知識にある六情の悪魔エモーションデーモン肉欲の悪魔ラストデーモンなどとは比べ物にならないレベルでの災厄を象徴する存在だ。
 一つの国を傾けることができるのが肉欲の悪魔ラストデーモンだとしたら、六情の悪魔エモーションデーモンはその言葉だけで大陸を滅ぼすことができると言われる。
 第二階位の悪魔デーモンそのものが災害レベルでしかないのに加え、先ほどまで操られていた万の兵士を簡単に操ってみせた彼女の実力はこちらが想像するよりも遥かに高い。
「……今ここで決着つけてもいいのよ?」

「妾はどうも殴る蹴るなどの野蛮な行動に興味が疎くての……どちらかというとそちらの勇者殿の味見をしたくて仕方がない」

「なっ……! ぼ、僕はお前の食事ではないぞ!」

「ああん? 初心じゃのぅ? 妾のいう味見は※※※※バキュン※※※※ドキュンして※※※※ブキュンする方じゃよ」
 思い切り卑猥な言葉をぶつけられたクリスは思わず赤面するが、フェリピニアーダはその感情すらも味わいたかったのか扇で隠した口元で舌なめずりをしたような卑猥な音を立てた。
 ダメだなこいつ、やっぱここでとどめを刺そう……そう思ったわたくしの体に異変が起きる……下腹部が熱く熱を持ったかのような感覚に襲われ、わたくしは思わず腹部を押さえて膝から崩れた。
 ジンジンとした熱が下腹部から全身に広がっている気がする……これは……絶え間なく広がる刺激と漣のように広がる快感に思わず熱を持った吐息が漏れる。
 思考が急にまとまらなくなる……全身が痺れるように力が入らない……今までこんなことは感じたことがない、強い快楽はどんどんわたくし自身を混乱させていく。
 いけない……ぼうっとした思考の中わたくしは集中して魔力を展開しそれまで以上に防御結界を強化していく……それと同時に先ほどまで強く感じた刺激、いや快楽か? その感覚は次第に波が引いていくように小さくなっていくがそれでも体がいうことを聞こうとしなかった。
「ん……くぅ……あ、貴女何を……う……んっ……」

「単純な生理現象じゃよ、お前は女子おなご……そして妾は六情の悪魔エモーションデーモンである……触れずして女子おなごに快楽を与え、愉悦の頂きへと導くなど造作もないことよ」

「ま……まて……んっ……」

「婚約者の前で劣情に狂う姿をみせずに済んでよかったのぉ? また会おうぞ辺境の翡翠姫アルキオネ……そして勇者殿」
 くすくす笑いながら跪いたまま動けないわたくしへと歪んだ笑みを浮かべて咲うと、フェリピニアーダはゆっくりとその姿を虚空の中へと消していく。
 それと同時に強くわたくしを刺激していた快楽が次第に小さくなり、わたくしは荒い息を吐きながら立ちあがろうとするが、脚が震えてそのままぺたんと地面に座り込んでしまった。
 悔しい……まさか女性に転生したことでたかが第二階位の悪魔デーモンにしてやられるとは……だが、この強い快楽が他の女性……例えばクリスの近くで心配そうにわたくしを見つめているマリアンさんなどに仕掛けられなくてよかった。
 マジでとんでもねえ事になってたはずだ……膨大な魔力による防御結界をすり抜けてしっかりこんなことしてくるあたり、油断ができないレベルの敵であることがわかる。
「シャ……シャル? だ、大丈夫なのか?」

「……だ、大丈夫……少し休めば……ユル……手を貸して……」
 クリスが心配そうにわたくしの肩に触れるが、その感触すらも先ほどの余韻を感じさせてしまい、わたくしは思わず身を縮めたことで彼はびっくりしたのか思わず二、三歩後ずさりしてしまう。
 わたくしはクリスの顔を見て少し無理矢理に微笑むと、ユルへと声をかけると忠実なる幻獣ガルムはわたくしの側へとよると器用に服を噛んで背中へと放って載せ、すぐにその場を離れていく。
 ユルは心配そうにわたくしたちを見つめるクリスやマリアンさんを背に、第二王子派の陣営に設置されている天幕へと走り出す。
 大丈夫少し休めばちゃんと体力も戻るし、戦えるようになる……強い疲労と眠気からわたくしはすぐに暗闇の中へと意識を落としていく。



 ——第一王子派の派遣軍と第二王子派主力の激突により両軍には大きな損害が生まれた。
 特にスティールハート軍とモーターヘッド軍が受けた損害は大きく壊滅状態に……だが第二王子派の軍勢にも多数の被害が生じ、両軍の戦闘は痛み分けという状況が生まれた。
 戦闘中に多数の被害を出したのは不気味な怪物と、突然暴れ出したモーターヘッド軍の兵士だという噂も流れたものの、その中で怪物を倒してみせたクリストフェル・マルムスティーンの活躍と、その素晴らしい能力が喧伝されたことで彼は「勇者の再来」として名声を得ることとなる。
 そして……イングウェイ王国の内戦はさらなる混迷を生み出していくこととなる。
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