わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
上 下
288 / 430

第二四八話 シャルロッタ 一六歳 大感染の悪魔 〇八

しおりを挟む
「……嫌な視線じゃ……無粋でいけ好かない下衆めが」

 六情の悪魔エモーションデーモンフェリピニアーダが突然そう吐き捨てたのを聞いて、聖女ソフィーヤ・ハルフォードはギョッとした顔で振り返る。
 第二階位の悪魔デーモンはこの世界に顕現することはこれまでない……自ら召喚した存在としては強力かつ強大すぎるフェリピニアーダの機嫌を損ねた場合、どういう災厄が降りかかるか想像すらできないのだ。
 だが、ソフィーヤはこの強大なる六情の悪魔エモーションデーモンを召喚したことに満足感は覚えている、世界初の快挙と言っても良いのだから。
「どうかした? フェリピニアーダ」

「……神聖なる魔力を持つものが妾を見ておってな……不快なことじゃ」
 魔力を遮断して自分を見ているものからの視線を遮ったとはいえ、その存在はかなり厄介だなと彼女は考えていた。
 少し前に同格たる大感染の悪魔パンデミックデーモンが顕現していたはずなのだが、今その魔力が消失しておりおそらくではあるが倒されたのだとフェリピニアーダは理解している。
 同格の悪魔デーモンを倒す存在……相手も消耗しているだろうが、ここで聖女を守りながら戦うのは不利であると判断しての行動だった。
 悪魔デーモンは目の前の聖女に応じてこの世界へと顕現した、だが今の聖女は自分と同格ではない……それ故に守るべき対象となっている。
「安心せい、妾がいれば大抵の連中は退けることができよう」

「……そうね、貴女は強いわ」

「それがわかるだけ十分優秀じゃなお主は」
 ソフィーヤはその言葉に微笑むとのんびりと前を歩いていく……その光景を見ていた神聖騎士団の騎士たちは自らが崇める聖女の背後にいる不気味な怪物の姿に一瞬驚いたように目を見開くが、すぐに敵意をおさめて黙って頭を下げた。
 不気味な悪魔デーモンの姿だが、聖女が呼び出した存在が邪悪であるはずがないという思い込みなのか、それとも職務に忠実なのか……そのどちらもあっているのだろう。
 その光景が滑稽に見えフェリピニアーダはくすくすと笑うと、バカにしたような目で彼らを見つめソフィーヤへと話しかけた。
「……クハハッ! こやつら面白いのぉ……内面でせめぎ合っておる」

「神聖騎士団はお父様の軍隊ですから……それに聖女たる私を裏切ることなど決していないわ」

「それは随分と忠実な軍じゃな、で? 今お前の軍は負けそうになっているのか?」
 フェリピニアーダの言葉にソフィーヤは面白くなさそうな表情を浮かべて小声で「そうよ」とだけ伝えた……今現在第二王子派が不利な状況にあることは変わりない。
 状況の好転を図って悪魔デーモンを召喚したが、第二王子クリストフェル・マルムスティーンの手によって滅ぼされた。
 勇者の器、それは聖教においては聖女とともに世界を救うとされる最強の存在……だが器という言葉が示す通り、勇者そのものではなく勇者たりえる人物であるという証でしかない。
 過去の何人もの器が認定されたが、その全てが悲劇的な最後を遂げている……クリストフェルも数年前まで謎の病魔に侵され二〇歳までは生きられないだろうと噂されていたのだから。
 だが……現実はどういうわけだがクリストフェルは生き延び、今では美しい婚約者と共に第一王子と戦う姿勢を見せ、悪魔デーモンを倒してすら見せた。

『……なぜ殿下は病魔を克服したのか……そしてそれを成し遂げるのは自分ではないのか?』

 ソフィーヤはその気に食わない真実を考えてしまい、思わず歯噛みをする……感情の揺れが伝わるのか背後にいるフェリピニアーダがクスクスと不快な失笑を漏らしたことにも内心腹が立つ。
 聖女とは勇者の側にあってなお一層輝く存在である……幼少期からソフィーヤはそう教えられて育ってきている。
 敬虔な女神の使徒であったはずの自分が彼の側におらず、それどころか王国で最も美しいと言われる少女が彼の寵愛を受けているという現状に腹がたつ。
 シャルロッタ・インテリペリ……銀色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ美女……学園に現れた彼女を見てソフィーヤは内心驚いた。
 自分が考えていたよりもはるかに彼女は美しかったのだから。

 ——これならば殿下が見初めるのもわかる気がする。

 そう思ってしまった自分に腹が立って仕方がなかった……負けたと思いたくない。
 どうにかして彼女を殿下から遠ざけなければと考えていたが、そのうちクリストフェルは王国に反旗を翻すよう行動をとり始めた。
 確実にあの女のせい、あの女がいるからこそ彼はおかしくなっている、あの女は殿下を惑わす魔女……そう思うようになっていったのは必然だろうか? それとも誰かに唆されているのだろうか。
 機嫌の悪そうな顔で前を歩くソフィーヤをじっと見つめながら、フェリピニアーダは口元を歪めて咲う。
 ああ、なんだすでにじゃない……とソフィーヤの内部に潜む強い魔力を見てそう確信する。
 混沌神ノルザルツの眷属たるフェリピニアーダよりも遥か高位の存在、神に愛され神に導かれ……そして神の言葉を代弁する至高の存在。
 訓戒者プリーチャーがこの哀れな聖女を誘導しているのだ……であれば自分の役目は一つしかない。
「ソフィーヤ、我が聖女……助言や力を与えて良いか?」

「……有益なのでしょうね?」

「それはもちろん、妾は六情の悪魔エモーションデーモン、そこら辺にいる吐いて捨てて良いような魔物と同一の存在ではないぞ?」
 自信ありげに笑みを浮かべるフェリピニアーダの表情にそこ知れぬ何かを感じたのか、ソフィーヤは背筋がゾッと寒くなったような気がした。
 人智の及ばない階位に到達している六情の悪魔エモーションデーモンの言葉である……信じるより他ないではないか、とさえ思うのだ。
 そう考える彼女の肩にフェリピニアーダの細くてしなやかな指が軽く触れた……その感触はそれまでに感じたことのないような電流のような感覚と、そして自分の中にある感情を強く掻き立てられるようなそんな感覚を覚え、ソフィーヤは人目があるにもかかわらず思わず吐息を漏らしてしまう。
「う……あんっ……な、何を……」

「怒り、悲しみ、愛情それらの感情の動きは人間にとって不可欠なものだ、聖女とはいえ人間らしい感情を捨てることはない」

「く、うう……んっ!」
 ガクガクと身を震わせて地面へと膝をつくソフィーヤだが、それを見て神聖騎士団員が駆け寄ろうとするのをなんとか手で制すると、荒い息を吐きながら動悸のする心臓を抑えながらなんとか立ち上がる。
 くすくす笑うフェリピニアーダはそっと指先を彼女の頬へと這わせる……その動きだけでも自らがおかしくなりそうなくらいの感触と快感を覚えソフィーヤはぼうっとする思考の中なんとか大きく息を吐いて冷静になろうと努める。
 そんな気丈な彼女を見て六情の悪魔エモーションデーモンは満足そうに何度か頷くと、歪んだ笑みを浮かべて笑いながら優しくソフィーヤの耳元で囁いた。
「さすが聖女……妾はお主が気に入った、それ故に全力でお前を支えてやろう、素晴らしい契約を」



「軍をまとめよ! 第一王子派の軍勢へと攻勢を仕掛けるっ!」
 クリストフェル・マルムスティーンは周囲の兵士に向かって高らかに宣言する……目の前で悪魔デーモンを滅ぼした英雄の言葉に背筋が伸びるような気持ちを掻き立てられ、思わず彼らは背筋を伸ばした。
 第一王子派に属するスティールハート軍はすでに軍勢としての機能を果たせていない……暴力の悪魔バイオレンスデーモンが味方であるはずの彼らを踏み潰しながら突進したのだから仕方がないことではあるが。
 だが今は攻勢に出るべきだ、と彼の中にある何かが囁く……それは幼少期より帝王学や戦術の英才教育を受ける環境にいた彼だからこそ感じるものなのか、彼は剣を振り上げて周りの兵士へと声をかけて鼓舞するべきだと感じたのだ。
「殿下……っ! 今でございますか?!」

「ああ、今しかない……僕にはわかる! 続けるものだけでいい、我に続き進軍せよっ!」

「殿下に続け! ラッパ鳴らせええっッ!」
 クリストフェルの気迫に押され、近くにいた小隊長が号令を発する……それに合わせてそれまで強大な悪魔デーモンの猛威に呆然としていたはずの第二王子派の兵士達が一斉に隊列を整え直した。
 隊列が整ったことを理解したのか、クリストフェルが歩き出す……慌てて彼の後を侍従であるヴィクターとマリアンが続き、やれやれと言わんばかりに何度か首を振った幻獣ガルム族のユルが続く。
 彼らに合わせて軍楽隊による進軍ラッパが掻き鳴らされると、その音に合わせて第二王子派……インテリペリ辺境伯軍を中心とした数千の兵士達が一斉に歩き始める。
「殿下……攻勢に出ることは予定されていませんでした」

「わかってる……でも僕にはわかる、今攻勢に出ないと大変なことになると……」
 クリストフェルに話しかけたヴィクターは彼の顔を見てギョッとする……クリストフェルの深く優しい青い瞳に仄かな光が宿っているように感じたからだ。
 何度か目を擦ってから見直すと、そこには普段のクリストフェルの顔がある……見間違いだっただろうか? だが、進軍を開始した彼らの姿を見ていたスティールハート軍の残党は、慌てて立ち上がると逃げ出し始める。
 これはどういうことだろうか? クリストフェルという英雄の誕生を間近にみて、彼が指揮する軍には勝てないと悟ったのか……それとも。
 だがそんな潰走し始めているスティールハート軍兵士には目もくれず、クリストフェルは敵軍の主力であるモーターヘッド軍の陣がある場所へと一直線に向かっていく。

「……諸君、この戦い我らが勝利するぞ! クリストフェル・マルムスティーンの名において……勝利を!」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...