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第二四二話 シャルロッタ 一六歳 大感染の悪魔 〇二
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「……戦線は崩壊しつつありますな」
「本当に役に立たないこと……ナディアはあれだけ可愛い子なのに、同じ親族なのかしらね」
神聖騎士団の陣から遠眼鏡などを使ってディルが戦場の状況を伝えると、その隣で豪華な椅子に座って微笑んでいるソフィーヤは表情を変えずに辛辣な一言を言い放つ。
ナディアはこの戦場にはついてきていない……ラヴィーナの負傷もあり、彼女の側にいたいと申し出たこともあってソフィーヤは無理強いをしなかった。
それに……この戦場へ連れてきていないお友達も預ける場所が必要だったのだから、ナディアを王都に残してきて正解だったと考えている。
「ディル、戦場の予想をしなさい」
「はっ……そうですな……スティールハート軍の後詰でモーターヘッド軍が動くかと、我々は味方の救援をしつつ、いつでも動けるように待機……くらいですかな」
「そうね、それくらいしかやれることはなさそうだけど……まずそうなら私が出ないとダメかもしれないわね」
ソフィーヤは本来戦場での活躍を見込まれて神聖騎士団を連れているわけではない……だが、ディルはこのまだ少女とも言える女性が醸し出す底知れぬ雰囲気に背筋がぞくっとしたように感じた。
同じように辺境の翡翠姫を見た時に感じるのだろうか? わからない……ソフィーヤを補佐する仕事だと言われて喜んで参加をしたはずなのに、今ではもうこの少女のそばにいるのは危険だと感じるようになっている。
普段は決してそんなことを考えるようなことはない、彼は非常に有能で真面目な神聖騎士の一人なのだ……職務と女神への信仰に忠実であれ、という教えを熱心に守り続けている。
「……聖女様が出ることはありますまい」
「シャルロッタ様にも挨拶はしたいのよ、これでも学友なのですから」
「そうですか……」
ディルの不思議そうな顔すらも楽しむように微笑んでいるソフィーヤだが、以前神聖騎士団との手合わせが行われた時に、彼女は徒手空拳での格闘戦において素晴らしい能力を見せていた。
護身術程度だ、と謙遜したような発言をしていたものの、あれだけ細い身体で軽々と大の大人をひっくり返してしまうような戦いぶりに大いに感心したものだった。
いくら「ハーティの戦女神」と謳われるシャルロッタと言えどもそう簡単に彼女をのせるとは思えない……それに女神の加護が強いこともあり、身体強化などにも長けた存在であることは間違いない。
盾を拳の一撃で簡単に破壊してのけたのを見た時に、逆らってはいけないと感じたのは確かだ。
「……出陣なさいますか?」
「まだ出ないけどね……いつぐらいにしましょうかね」
ソフィーヤは椅子から立ち上がるとゆっくりと背伸びをしながら微笑んでいるが……緊張感など感じない、あくまで自然な仕草に見える。
まるで貴族のお茶会にでも出るかのような気楽さだな、とディルは変な意味で感心してしまう……初陣の兵士は皆食事すら喉も通らないほどに緊張するものなのだが。
それが前線には出ないものだったとしても、普段よりもビクビクとしていることが多いはずなのに、目の前の少女はいくらなんでも肝が座りすぎている気がする。
「……怖くはないのですか?」
「戦場は怖いわ、それでも聖女となった以上そうもいっていられませんから」
くすくす笑うソフィーヤの表情はあくまでもいつものような自然体だ……ディルは先ほどまでの危機感が薄くなっていることに気が付く。
これがカリスマというものだろうか? それまでのソフィーヤはどちらかというと普通の貴族令嬢としてしか知られていなかった。
神聖騎士団員であればこの少女が家族から可愛がられて育っていることは知っている……第二王子クリストフェルが婚約者候補にするのではないか? とも噂されていたが、結局はそうならなかった。
本人はクリストフェルへの思慕の念を捨て去ることはできなかったのだろう、学園でシャルロッタ・インテリペリへと詰め寄る姿も目撃されていた。
聖女として認められてからは職務に忠実であり、それまでの人物像からはかけ離れた行動を見せるようにはなっていたが……微笑みのままに人を救う彼女と、微笑みのままに人を生贄にしてしまう彼女。
そのどちらが本性なのだろうか? 再び目の前の聖女が何者であるのか、ディルの心は再び猜疑心に蝕まれていく……悪魔が呼び出されてしまったのは不運なのか?
「あの時……天使を呼び出すことはできたのですか?」
「……出てきたのが悪魔なのは、あの兵士の煩悩が強すぎたためよ……聖女も万能ではないわね」
再び妖しく微笑むソフィーヤの表情は自然だ……ディルはその笑顔を見てほっと胸を撫で下ろす。
そうだ女神様が認める聖女に間違いがあるなどあるわけがない……もし間違いがあったとしても、それは女神様が試練を与えただけなのだ。
あの兵士が悪い、あの兵士が何かよからぬことを考えていた……だから悪魔となってしまった、これは不運な事故なのだ。
ディルが黙って頷いたのを見て、ソフィーヤは満足そうに再び微笑むと激戦の繰り返されている戦場へと再び視線を戻す。
「……でもおかわりくらいはしても良さそうね、殿下は思ったよりも強くなっているわ……」
「ワーボス神は皆様に平等な苦痛を与えます、この鎖鋸刃は少しでも苦しみという原罪を人間に教え込む素晴らしい拷問器具なのです!」
暴力の悪魔クーランは唸りをあげる両腕の回転する鎖鋸刃を見せびらかすかのように軽く重ねるが、その度に金属同士がぶつかる甲高い音と火花が散る。
あの武器はまずい、クーランの腕の長さはさほどではないが懐に入ってもあの武器に切り裂かれる可能性がある……クリストフェルは手に持つ名剣蜻蛉を一度チラリとみる。
美しい刀身はまるで自分を信じろとばかりに鮮やかな虹色に輝いており、魔法の炎を複雑な色合いへと変えている。
「原罪だと? 僕らがまるで罪を背負って生きているかのような言い方だな!」
「人間は生きるだけで罪……そう、そして我々暴力の悪魔はその罪を皆様に教え込むための存在……暴力によって、罪を理解させます」
「笑わせる……生きていることが罪ならなぜ新しい命が生まれる!」
クリストフェルはその言葉とともに前に出る……この悪魔との戦いでは攻めなければ勝てない、守りに徹したところで状況は好転しないとわかっているからだ。
裂帛の気合いとともに剣を横薙ぎに振るうが、鋭い一撃をクーランは左腕の鎖鋸刃を使って受け止める……ギャリギャリギャリ! という嫌な音を立てて刃同士が衝突するが、その瞬間蜻蛉に宿った炎がクーランの腕を焼き尽くし始める。
驚いたのか悪魔は地面を大きく蹴って空中へと身を踊らせるが、そこに向かって数本の矢が風を切って迫ると、その肉体へと突き刺さる。
「く……そこの雌豚が暴力の邪魔を……ッ!」
「殿下! 援護します!」
いつの間にか短弓へと武器を持ち替えたマリアンが叫ぶ……クーランが着地と同時にマリアンに向かって駆け出そうとした瞬間、視界にもう一本の剣が見え、悪魔は咄嗟に右腕を使ってその攻撃を受け止める。
もう一人の侍従であるヴィクターの横なぎの一撃は受け止められたが、そこへ恐ろしい速度で突っ込んできたクリストフェルの刺突が暴力の悪魔の左肩を貫く。
反応すらできない電光石火の一撃……だが、突き刺された肩を気にすることはなくクーランは軽い唸り声とともにさらに大きく後背へと飛び退る。
着地したクーランは貫かれた左肩と突き刺さった矢傷からはどす黒い血液を流し、ギリギリと歯軋りをするように顎を動かしている。
「今ので取れないか……」
「殿下、ヒヤヒヤするからやめてくださいよ!」
「ああ、悪い悪い……」
クリストフェルの左右を固めるようにヴィクターとマリアンが立つが、そこでクーランはもう一匹……一番警戒しなければいけない存在が姿を見せていないことに気がついた。
あの幻獣ガルムはどこへ行った……? 慌てて左右を見るが、あの巨体がまるで神隠しにでもあったかのように見えない。
魔法能力、特に炎の魔法を扱わせるとガルムは厄介だ……だがそれよりも気をつけなければいけないことがある、それはガルムの姿が巨大な狼と同じであるということなのだ。
彼らは鋭い牙と、鉄すら容易に切り裂く爪とそして凄まじいまでの身体能力を有している。
「グオオオオオッ!」
暴力の悪魔に備わる生命探知器官に警告が流れる……あの巨大なガルムはいつの間にか真上から鋭い爪を突き立てるべく、空中に身を踊らせていたのだ。
それはクリストフェル達は守るだけでなく、戦闘時に連携ができる存在であると認識していたかのような……阿吽の呼吸とも言えるとっさの連携によりクーランに大きな隙を作ることに成功していた。
防御体勢を取ろうとしたクーランの背中を、まるでカーテンでも引き裂くかのように前足の爪を使って引き裂くと、地面に着地したユルは器用に体を回転させると、後ろ脚を使って悪魔を蹴り飛ばす。
「すでに我はシャルとともに悪魔と戦っておりますからな……大体の能力は把握しておりますよ」
「この……暴力を理解せぬクソ犬が……っ!」
クーランはその一撃で大きく体勢を崩すと、なんとか踏ん張ろうと蜘蛛のような四つ足を使って地面を踏ん張ろうとするが、切り裂かれた背中の傷から大きく体液が吹き出し、暴力の悪魔の機能に大きな障害を起こしていた。
足を折ってなんとか体を擦り付けるように勢いを殺したクーランだったが、なんとか立ちあがろうとした次の瞬間、胸にドンッ! という衝撃と何かが体を貫くような感覚に気がつき、驚いたように視線を下げる。
自らの胸へと突き立てられた一本の剣……虹色に輝く美しい刀身、そしてそこに付与された炎が肉体へと燃え移ろうとしていることに驚愕する。
呆然と視線を上げると、突き立てられた剣の持ち主であるクリストフェルと真っ直ぐに目が合った。
「……暴力の悪魔クーラン……! お前をお前が崇める神の元へと返してやるっ!」
「本当に役に立たないこと……ナディアはあれだけ可愛い子なのに、同じ親族なのかしらね」
神聖騎士団の陣から遠眼鏡などを使ってディルが戦場の状況を伝えると、その隣で豪華な椅子に座って微笑んでいるソフィーヤは表情を変えずに辛辣な一言を言い放つ。
ナディアはこの戦場にはついてきていない……ラヴィーナの負傷もあり、彼女の側にいたいと申し出たこともあってソフィーヤは無理強いをしなかった。
それに……この戦場へ連れてきていないお友達も預ける場所が必要だったのだから、ナディアを王都に残してきて正解だったと考えている。
「ディル、戦場の予想をしなさい」
「はっ……そうですな……スティールハート軍の後詰でモーターヘッド軍が動くかと、我々は味方の救援をしつつ、いつでも動けるように待機……くらいですかな」
「そうね、それくらいしかやれることはなさそうだけど……まずそうなら私が出ないとダメかもしれないわね」
ソフィーヤは本来戦場での活躍を見込まれて神聖騎士団を連れているわけではない……だが、ディルはこのまだ少女とも言える女性が醸し出す底知れぬ雰囲気に背筋がぞくっとしたように感じた。
同じように辺境の翡翠姫を見た時に感じるのだろうか? わからない……ソフィーヤを補佐する仕事だと言われて喜んで参加をしたはずなのに、今ではもうこの少女のそばにいるのは危険だと感じるようになっている。
普段は決してそんなことを考えるようなことはない、彼は非常に有能で真面目な神聖騎士の一人なのだ……職務と女神への信仰に忠実であれ、という教えを熱心に守り続けている。
「……聖女様が出ることはありますまい」
「シャルロッタ様にも挨拶はしたいのよ、これでも学友なのですから」
「そうですか……」
ディルの不思議そうな顔すらも楽しむように微笑んでいるソフィーヤだが、以前神聖騎士団との手合わせが行われた時に、彼女は徒手空拳での格闘戦において素晴らしい能力を見せていた。
護身術程度だ、と謙遜したような発言をしていたものの、あれだけ細い身体で軽々と大の大人をひっくり返してしまうような戦いぶりに大いに感心したものだった。
いくら「ハーティの戦女神」と謳われるシャルロッタと言えどもそう簡単に彼女をのせるとは思えない……それに女神の加護が強いこともあり、身体強化などにも長けた存在であることは間違いない。
盾を拳の一撃で簡単に破壊してのけたのを見た時に、逆らってはいけないと感じたのは確かだ。
「……出陣なさいますか?」
「まだ出ないけどね……いつぐらいにしましょうかね」
ソフィーヤは椅子から立ち上がるとゆっくりと背伸びをしながら微笑んでいるが……緊張感など感じない、あくまで自然な仕草に見える。
まるで貴族のお茶会にでも出るかのような気楽さだな、とディルは変な意味で感心してしまう……初陣の兵士は皆食事すら喉も通らないほどに緊張するものなのだが。
それが前線には出ないものだったとしても、普段よりもビクビクとしていることが多いはずなのに、目の前の少女はいくらなんでも肝が座りすぎている気がする。
「……怖くはないのですか?」
「戦場は怖いわ、それでも聖女となった以上そうもいっていられませんから」
くすくす笑うソフィーヤの表情はあくまでもいつものような自然体だ……ディルは先ほどまでの危機感が薄くなっていることに気が付く。
これがカリスマというものだろうか? それまでのソフィーヤはどちらかというと普通の貴族令嬢としてしか知られていなかった。
神聖騎士団員であればこの少女が家族から可愛がられて育っていることは知っている……第二王子クリストフェルが婚約者候補にするのではないか? とも噂されていたが、結局はそうならなかった。
本人はクリストフェルへの思慕の念を捨て去ることはできなかったのだろう、学園でシャルロッタ・インテリペリへと詰め寄る姿も目撃されていた。
聖女として認められてからは職務に忠実であり、それまでの人物像からはかけ離れた行動を見せるようにはなっていたが……微笑みのままに人を救う彼女と、微笑みのままに人を生贄にしてしまう彼女。
そのどちらが本性なのだろうか? 再び目の前の聖女が何者であるのか、ディルの心は再び猜疑心に蝕まれていく……悪魔が呼び出されてしまったのは不運なのか?
「あの時……天使を呼び出すことはできたのですか?」
「……出てきたのが悪魔なのは、あの兵士の煩悩が強すぎたためよ……聖女も万能ではないわね」
再び妖しく微笑むソフィーヤの表情は自然だ……ディルはその笑顔を見てほっと胸を撫で下ろす。
そうだ女神様が認める聖女に間違いがあるなどあるわけがない……もし間違いがあったとしても、それは女神様が試練を与えただけなのだ。
あの兵士が悪い、あの兵士が何かよからぬことを考えていた……だから悪魔となってしまった、これは不運な事故なのだ。
ディルが黙って頷いたのを見て、ソフィーヤは満足そうに再び微笑むと激戦の繰り返されている戦場へと再び視線を戻す。
「……でもおかわりくらいはしても良さそうね、殿下は思ったよりも強くなっているわ……」
「ワーボス神は皆様に平等な苦痛を与えます、この鎖鋸刃は少しでも苦しみという原罪を人間に教え込む素晴らしい拷問器具なのです!」
暴力の悪魔クーランは唸りをあげる両腕の回転する鎖鋸刃を見せびらかすかのように軽く重ねるが、その度に金属同士がぶつかる甲高い音と火花が散る。
あの武器はまずい、クーランの腕の長さはさほどではないが懐に入ってもあの武器に切り裂かれる可能性がある……クリストフェルは手に持つ名剣蜻蛉を一度チラリとみる。
美しい刀身はまるで自分を信じろとばかりに鮮やかな虹色に輝いており、魔法の炎を複雑な色合いへと変えている。
「原罪だと? 僕らがまるで罪を背負って生きているかのような言い方だな!」
「人間は生きるだけで罪……そう、そして我々暴力の悪魔はその罪を皆様に教え込むための存在……暴力によって、罪を理解させます」
「笑わせる……生きていることが罪ならなぜ新しい命が生まれる!」
クリストフェルはその言葉とともに前に出る……この悪魔との戦いでは攻めなければ勝てない、守りに徹したところで状況は好転しないとわかっているからだ。
裂帛の気合いとともに剣を横薙ぎに振るうが、鋭い一撃をクーランは左腕の鎖鋸刃を使って受け止める……ギャリギャリギャリ! という嫌な音を立てて刃同士が衝突するが、その瞬間蜻蛉に宿った炎がクーランの腕を焼き尽くし始める。
驚いたのか悪魔は地面を大きく蹴って空中へと身を踊らせるが、そこに向かって数本の矢が風を切って迫ると、その肉体へと突き刺さる。
「く……そこの雌豚が暴力の邪魔を……ッ!」
「殿下! 援護します!」
いつの間にか短弓へと武器を持ち替えたマリアンが叫ぶ……クーランが着地と同時にマリアンに向かって駆け出そうとした瞬間、視界にもう一本の剣が見え、悪魔は咄嗟に右腕を使ってその攻撃を受け止める。
もう一人の侍従であるヴィクターの横なぎの一撃は受け止められたが、そこへ恐ろしい速度で突っ込んできたクリストフェルの刺突が暴力の悪魔の左肩を貫く。
反応すらできない電光石火の一撃……だが、突き刺された肩を気にすることはなくクーランは軽い唸り声とともにさらに大きく後背へと飛び退る。
着地したクーランは貫かれた左肩と突き刺さった矢傷からはどす黒い血液を流し、ギリギリと歯軋りをするように顎を動かしている。
「今ので取れないか……」
「殿下、ヒヤヒヤするからやめてくださいよ!」
「ああ、悪い悪い……」
クリストフェルの左右を固めるようにヴィクターとマリアンが立つが、そこでクーランはもう一匹……一番警戒しなければいけない存在が姿を見せていないことに気がついた。
あの幻獣ガルムはどこへ行った……? 慌てて左右を見るが、あの巨体がまるで神隠しにでもあったかのように見えない。
魔法能力、特に炎の魔法を扱わせるとガルムは厄介だ……だがそれよりも気をつけなければいけないことがある、それはガルムの姿が巨大な狼と同じであるということなのだ。
彼らは鋭い牙と、鉄すら容易に切り裂く爪とそして凄まじいまでの身体能力を有している。
「グオオオオオッ!」
暴力の悪魔に備わる生命探知器官に警告が流れる……あの巨大なガルムはいつの間にか真上から鋭い爪を突き立てるべく、空中に身を踊らせていたのだ。
それはクリストフェル達は守るだけでなく、戦闘時に連携ができる存在であると認識していたかのような……阿吽の呼吸とも言えるとっさの連携によりクーランに大きな隙を作ることに成功していた。
防御体勢を取ろうとしたクーランの背中を、まるでカーテンでも引き裂くかのように前足の爪を使って引き裂くと、地面に着地したユルは器用に体を回転させると、後ろ脚を使って悪魔を蹴り飛ばす。
「すでに我はシャルとともに悪魔と戦っておりますからな……大体の能力は把握しておりますよ」
「この……暴力を理解せぬクソ犬が……っ!」
クーランはその一撃で大きく体勢を崩すと、なんとか踏ん張ろうと蜘蛛のような四つ足を使って地面を踏ん張ろうとするが、切り裂かれた背中の傷から大きく体液が吹き出し、暴力の悪魔の機能に大きな障害を起こしていた。
足を折ってなんとか体を擦り付けるように勢いを殺したクーランだったが、なんとか立ちあがろうとした次の瞬間、胸にドンッ! という衝撃と何かが体を貫くような感覚に気がつき、驚いたように視線を下げる。
自らの胸へと突き立てられた一本の剣……虹色に輝く美しい刀身、そしてそこに付与された炎が肉体へと燃え移ろうとしていることに驚愕する。
呆然と視線を上げると、突き立てられた剣の持ち主であるクリストフェルと真っ直ぐに目が合った。
「……暴力の悪魔クーラン……! お前をお前が崇める神の元へと返してやるっ!」
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