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第二二七話 シャルロッタ 一六歳 煉獄 一七
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「うおおおおおっ!」
リオンの剣が疫病の悪魔ブラドクススに向かって振り下ろされる……鋭い一撃は空を切るものの、その一撃には聖なる力が込められていることに気がつき、悪魔の笑顔がほんの少しだけ固まる。
後方に位置する女性……美しく気高い印象を与えるその人物が女神の奇跡を行使していることに気がつくと、そちらを先に片付けようと視線を向ける。
だが、機先を制するかのようにブラドクススの足元で炎が爆発し、悪魔は被害を最小限に抑えるために後方へと大きく跳躍する。
「ケヒヒッ! ガルムだねぇ!」
「彼女へは寄らせませんよ! 破滅の炎ッ!」
幻獣ガルムのユルが吠えると、その口から幾重にも稲妻状の炎が放射されると、ブラドクススへと襲いかかる……魔力が思っていたよりも強い。
一発一発の威力はそれほどでもないが、それでも何発も喰らうと確実にダメージを蓄積されてしまう、それは痛くて好きじゃない。
ブラドクススは大きく息を吸い込むと前方に向かって紫色のブレスを吹き出す……それは地面を腐らせ、植物を一瞬で枯らせる毒の息だが、迫り来る破滅の炎に衝突すると、炎を爆発させ威力を大幅に減退させる。
「ケヒヒッ!」
「……厄介な……!」
ユルの魔法は決して威力が低いわけではなく、人間の魔法使いが行使するそれとは速度も破壊力も比較にならないほど高い。
しかし疫病の悪魔の放った毒の息はその魔法すらも相殺するだけの厚みと重厚さを持ち、即席の盾として機能していた。
紫色をしたブレスは空気に混じるとプチプチという耳障りな音を立てながらその存在を消滅させていく……だが、明らかに空気を澱ませ、腐らせているのかあたりに悪臭を撒き散らしていく。
「もっと強力な魔法じゃないと貫けないよぉ!」
「食らえっ!」
だがそのブレスを掻い潜るような形で接近していたリオンの横凪の一撃がブラドクススに迫る……斬撃をギリギリのところで回避すると、悪魔は腕を振り回すと、その一撃が体勢を崩していたリオンのほんの少し上を掠める。
その無造作な一撃ですら人間の頭を果実のように潰すには十分な膂力があるのだろう、ゾッとするような寒気を覚えつつさらに一歩踏み込むと彼はもう一度剣を薙ぎ払うように繰り出した。
軽い手応えとともに疫病の悪魔の肉体に食い込んでいく……紫色の血液が飛び散るものの、致命傷にはほど遠くブラドクススはさらに大きく飛び退く。
「クヒイッ! やるじゃなぁい?」
「く……間合いが掴めんっ!」
悪魔の歪んだ体は正規の剣術を学び、魔獣との戦闘経験豊富なリオンですら目測を定めにくい形状をしている。
ユルは以前シャルロッタが大威力の剣術を使って一撃で倒していたことを思い返すが、気持ちよく薙ぎ払うなどという離れ業をやってのけた自分の主人が特別なのだ、と改めて考えさせられた。
だがまだシャルロッタは目覚めない……覚醒の時は迫っているが、まだ彼女が目覚めたような感覚は感じられていない、もう少しかかりそうだ。
「悪魔は人ではありません、歪んだ身体は防御にも最適なのでしょう」
「ああ、自分の腕のなさを実感しているよ!」
「だが当たれば確実にダメージを与えます、続けましょう! 神よ……我が愛する夫に力を!」
ミルアが祈るとその魔力が奇跡となってリオンの全身を白くぼんやりとした光の衣が包んでいく……女神の奇跡の一つである聖なる衣は、魔獣などの攻撃から命を守る防御魔法の一つだ。
どこまで役に立つかわからないが、少なくとも神聖な力が自らを守るとわかっている……リオンは剣を構えてさらに突進する。
歪んだ笑みを浮かべたブラドクススに与えた傷はまだ完治していない、聖なる女神の奇跡は確実に目の前の悪魔を倒すだけの力があるのだ。
「うおおおおっ!」
「ケヒイッ!」
ブラドクススは前に出てきたリオンに向かって前進する……悪魔は引くことをしない。
それは確実に自らよりは弱い相手を狩れるとわかっているからだ……幻獣ガルムの能力は予想外に高いもののミルアの防御を優先して積極的に前に出ることをしていない。
ユルが接近戦を挑んでくればおそらくブラドクススも相当に苦戦しただろうが、その場合ミルアを防御するのはリオンとなってしまい、リオンは一人では悪魔と戦うだけの力はない。
結果的にユルがリオンとミルア両名のバックアップに回ることで、現状は戦線を支えている。
「お前弱いくせに前出る、ムカつくっ!」
「ああ、俺はもう引退しているからなッ!」
交差する瞬間にリオンは懐から小さな玉をいくつか取り出すと、鎧で擦ってからファイアリィブラストへと放り、自らは地面へと身を投げ出す……ギリギリのところだったがブラドクススが振るった横凪の腕は彼のはるか上を通過していく。
リオンの放った小さな玉……中に入った火薬が炸裂し、高めの破裂音と小さな閃光をブラドクススの目の前で炸裂し、彼の視界が一瞬だけ真っ白に染まる。
冒険者時代に大型の魔獣を確実に仕留めるためによく使った手で、威力は大したものではないが確実に視界を一定時間奪う。
ブラドクススは思い切りその光を見てしまい、悲鳴を上げながら目を押さえて空いた片手を横薙に振り回す。
「クヒイイッ! 目が……目があぁッ!」
「今だ!」
「火炎炸裂ッ!」
「神よ、邪悪なものへと天罰を」
「グヒイイッ!」
ユルの口から放たれた火線がブラドクススへと直撃すると大爆発を起こし、さらにミルアの放った光の槍が苦しむ悪魔へと突き刺さった。
だが……炎が収まるとそこには無傷ではないが憎々しげな表情で笑みをなくしたブラドクススの姿が現れる。
魔法により表面は焼けこげ光の槍が突き刺さった場所からは紫色の血液を流しているが、致命傷には程遠い……それでも傷をつけている。
リオンはそのまま剣を構えて突進する……この機会を逃してはいけない、ここで確実に悪魔を倒さないと街に甚大な被害が発生してしまう。
「おおおおっ!」
「……! ま、待て何かおかしい!!」
「ケヒ! 死にたいならそうしてあげるよぉ……混沌魔法屍鬼の外套」
ブラドクススが再び満面の笑みを浮かべた矢先、切り掛かったリオンと少し離れた場所にいたユルとミルアを巻き込んで全ての景色が色を失う。
疫病の悪魔を中心とした一〇〇メートル四方が外界と完全に隔離され、邪悪なる混沌神の眷属による魔法が発動する。
まるで巨大な天蓋が組み上がるように、周囲に萎びた人皮のような外見を持つ結界が覆い尽くすと、地面がぐにゃりと動いたような気がした。
「な……」
「リオン、ミルア殿! 我の側へ……離れるとまずい!」
ユルの叫びに咄嗟に大きく地面を蹴って彼のそばへと戻った二人だが、それまで二人がいた場所にどす黒く異臭を放つ不気味な汚水のようなものが染み出すと、そこから怨嗟の表情で苦しむオークやゴブリン、そして魔獣達の姿を模した汚泥が吹き上がる。
屍鬼の外套……混沌魔法の一つであり、術者を中心として周囲を結界で取り囲み、中にいた生命を汚泥によって喰らい尽くす恐るべき魔法だ。
ユルが咆哮するとリオンとミルアを守るように炎を周囲に張り巡らす……幻獣ガルムの魔力が吹き荒れると、ドス黒い汚泥は悲鳴をあげて炎を避けていく。
「うお……あつ……熱くない?」
「なんて神聖な炎を……」
「咄嗟にやりましたが案外できるもんですね、しかしジリ貧です……」
ミルアはその驚くほどの清らかで神聖な炎に驚く……これほどの神聖な魔力を行使できるガルムなど存在しない、本来ガルムの炎は女神などの恩恵を受けないものだからだ。
ミルアはユルが契約しているというシャルロッタの影響が強いのか? という一つの仮説に気がつくと、自分たちを守るガルムを見上げる……そうだとしたらシャルロッタはもしかして。
ユルの張り巡らせた炎は結界術の絶対的な必中攻撃をなんとか防いでいるが、炎の外へ一歩でも出ればリオンやミルアは一瞬で汚泥に喰らい尽くされ、魂ごと破壊されるだろう。
「……我の魔力が尽きるまでは生きていられますよ、こちらは相手に対しての攻撃能力が喪失してますけど……」
「もしかして詰み……か?」
「何か、何か方策があるはずです……あきらめてはいけません!」
ユルのこめかみに汗が流れる……残念ながらシャルロッタのように防御結界を展開しながら攻撃する、などという高等技術は習得していない。
まあシャルなら身が崩れ落ちようとも修復しながら戦うのでしょうが……と、敵を一気に抑え込んだことに喜ぶブラドクススを憎々しげに睨みつける。
疫病の悪魔はまるで獲物をとらえて喜んでいるかのように、地面を跳ね回ってくるくると回転しながら笑みを絶やさず踊っている。
「残念だねぇ! 今ブラドクススは魔力が尽きない……魔法の自然消滅を考えているなら無駄だよぉ?」
「……ユル……俺が犠牲になればミルアと君は助かるか?」
「リオン!?」
リオンが一度ため息をついた後にユルへと尋ねる……確かに賭けにはなるが、リオンがあの汚泥に飲み込まれる瞬間、大きく跳躍しながらユルが魔法を結界へと叩きつければ二人は脱出できるかもしれない。
だが……確証はなく、その問いにユルは迷う……やれないことはないかもしれない、だがそれが失敗してしまった場合、全員魔法の効果で汚泥に沈む。
ユルが答えないようとしないのを見て、リオンはミルアをじっと見つめてから微笑むと彼女を引き寄せて一度軽く抱きしめると剣をしまってから歩き出す……少しでも可能性があるのであれば。
「可能性に賭けるのも冒険者ってな……やるぞ!?」
「ま、待って……いや……」
「ケヒヒッ! 自殺かなぁ?」
荒れ狂う汚泥が炎の外に出ようとするリオンを待ち構える……それはまるで巨大な捕食者が力なき獲物を見つめるような、そんな獰猛な殺意を感じる。
割と悪くなかった……ミルアという愛する妻を得て、少しの間でも幸せを感じられて……だから自分はちゃんと生きたんだ、と前を向いたリオン、それを止めようとするミルア……意図を汲んで魔力を集中しようとしたユル。
次の瞬間、ドガアアアアンン! という轟音と共に屍鬼の外套によって張り巡らされた結界がいきなり粉砕される。
その場にいた全員の真上から光が差し込む……そこには一人の人物が崩壊する結界内へと飛び込んでくるのが見える。
「……きったねー結界ですわね? こんなもん展開して匂いが染み付いたらどーするんですのよ」
リオンの剣が疫病の悪魔ブラドクススに向かって振り下ろされる……鋭い一撃は空を切るものの、その一撃には聖なる力が込められていることに気がつき、悪魔の笑顔がほんの少しだけ固まる。
後方に位置する女性……美しく気高い印象を与えるその人物が女神の奇跡を行使していることに気がつくと、そちらを先に片付けようと視線を向ける。
だが、機先を制するかのようにブラドクススの足元で炎が爆発し、悪魔は被害を最小限に抑えるために後方へと大きく跳躍する。
「ケヒヒッ! ガルムだねぇ!」
「彼女へは寄らせませんよ! 破滅の炎ッ!」
幻獣ガルムのユルが吠えると、その口から幾重にも稲妻状の炎が放射されると、ブラドクススへと襲いかかる……魔力が思っていたよりも強い。
一発一発の威力はそれほどでもないが、それでも何発も喰らうと確実にダメージを蓄積されてしまう、それは痛くて好きじゃない。
ブラドクススは大きく息を吸い込むと前方に向かって紫色のブレスを吹き出す……それは地面を腐らせ、植物を一瞬で枯らせる毒の息だが、迫り来る破滅の炎に衝突すると、炎を爆発させ威力を大幅に減退させる。
「ケヒヒッ!」
「……厄介な……!」
ユルの魔法は決して威力が低いわけではなく、人間の魔法使いが行使するそれとは速度も破壊力も比較にならないほど高い。
しかし疫病の悪魔の放った毒の息はその魔法すらも相殺するだけの厚みと重厚さを持ち、即席の盾として機能していた。
紫色をしたブレスは空気に混じるとプチプチという耳障りな音を立てながらその存在を消滅させていく……だが、明らかに空気を澱ませ、腐らせているのかあたりに悪臭を撒き散らしていく。
「もっと強力な魔法じゃないと貫けないよぉ!」
「食らえっ!」
だがそのブレスを掻い潜るような形で接近していたリオンの横凪の一撃がブラドクススに迫る……斬撃をギリギリのところで回避すると、悪魔は腕を振り回すと、その一撃が体勢を崩していたリオンのほんの少し上を掠める。
その無造作な一撃ですら人間の頭を果実のように潰すには十分な膂力があるのだろう、ゾッとするような寒気を覚えつつさらに一歩踏み込むと彼はもう一度剣を薙ぎ払うように繰り出した。
軽い手応えとともに疫病の悪魔の肉体に食い込んでいく……紫色の血液が飛び散るものの、致命傷にはほど遠くブラドクススはさらに大きく飛び退く。
「クヒイッ! やるじゃなぁい?」
「く……間合いが掴めんっ!」
悪魔の歪んだ体は正規の剣術を学び、魔獣との戦闘経験豊富なリオンですら目測を定めにくい形状をしている。
ユルは以前シャルロッタが大威力の剣術を使って一撃で倒していたことを思い返すが、気持ちよく薙ぎ払うなどという離れ業をやってのけた自分の主人が特別なのだ、と改めて考えさせられた。
だがまだシャルロッタは目覚めない……覚醒の時は迫っているが、まだ彼女が目覚めたような感覚は感じられていない、もう少しかかりそうだ。
「悪魔は人ではありません、歪んだ身体は防御にも最適なのでしょう」
「ああ、自分の腕のなさを実感しているよ!」
「だが当たれば確実にダメージを与えます、続けましょう! 神よ……我が愛する夫に力を!」
ミルアが祈るとその魔力が奇跡となってリオンの全身を白くぼんやりとした光の衣が包んでいく……女神の奇跡の一つである聖なる衣は、魔獣などの攻撃から命を守る防御魔法の一つだ。
どこまで役に立つかわからないが、少なくとも神聖な力が自らを守るとわかっている……リオンは剣を構えてさらに突進する。
歪んだ笑みを浮かべたブラドクススに与えた傷はまだ完治していない、聖なる女神の奇跡は確実に目の前の悪魔を倒すだけの力があるのだ。
「うおおおおっ!」
「ケヒイッ!」
ブラドクススは前に出てきたリオンに向かって前進する……悪魔は引くことをしない。
それは確実に自らよりは弱い相手を狩れるとわかっているからだ……幻獣ガルムの能力は予想外に高いもののミルアの防御を優先して積極的に前に出ることをしていない。
ユルが接近戦を挑んでくればおそらくブラドクススも相当に苦戦しただろうが、その場合ミルアを防御するのはリオンとなってしまい、リオンは一人では悪魔と戦うだけの力はない。
結果的にユルがリオンとミルア両名のバックアップに回ることで、現状は戦線を支えている。
「お前弱いくせに前出る、ムカつくっ!」
「ああ、俺はもう引退しているからなッ!」
交差する瞬間にリオンは懐から小さな玉をいくつか取り出すと、鎧で擦ってからファイアリィブラストへと放り、自らは地面へと身を投げ出す……ギリギリのところだったがブラドクススが振るった横凪の腕は彼のはるか上を通過していく。
リオンの放った小さな玉……中に入った火薬が炸裂し、高めの破裂音と小さな閃光をブラドクススの目の前で炸裂し、彼の視界が一瞬だけ真っ白に染まる。
冒険者時代に大型の魔獣を確実に仕留めるためによく使った手で、威力は大したものではないが確実に視界を一定時間奪う。
ブラドクススは思い切りその光を見てしまい、悲鳴を上げながら目を押さえて空いた片手を横薙に振り回す。
「クヒイイッ! 目が……目があぁッ!」
「今だ!」
「火炎炸裂ッ!」
「神よ、邪悪なものへと天罰を」
「グヒイイッ!」
ユルの口から放たれた火線がブラドクススへと直撃すると大爆発を起こし、さらにミルアの放った光の槍が苦しむ悪魔へと突き刺さった。
だが……炎が収まるとそこには無傷ではないが憎々しげな表情で笑みをなくしたブラドクススの姿が現れる。
魔法により表面は焼けこげ光の槍が突き刺さった場所からは紫色の血液を流しているが、致命傷には程遠い……それでも傷をつけている。
リオンはそのまま剣を構えて突進する……この機会を逃してはいけない、ここで確実に悪魔を倒さないと街に甚大な被害が発生してしまう。
「おおおおっ!」
「……! ま、待て何かおかしい!!」
「ケヒ! 死にたいならそうしてあげるよぉ……混沌魔法屍鬼の外套」
ブラドクススが再び満面の笑みを浮かべた矢先、切り掛かったリオンと少し離れた場所にいたユルとミルアを巻き込んで全ての景色が色を失う。
疫病の悪魔を中心とした一〇〇メートル四方が外界と完全に隔離され、邪悪なる混沌神の眷属による魔法が発動する。
まるで巨大な天蓋が組み上がるように、周囲に萎びた人皮のような外見を持つ結界が覆い尽くすと、地面がぐにゃりと動いたような気がした。
「な……」
「リオン、ミルア殿! 我の側へ……離れるとまずい!」
ユルの叫びに咄嗟に大きく地面を蹴って彼のそばへと戻った二人だが、それまで二人がいた場所にどす黒く異臭を放つ不気味な汚水のようなものが染み出すと、そこから怨嗟の表情で苦しむオークやゴブリン、そして魔獣達の姿を模した汚泥が吹き上がる。
屍鬼の外套……混沌魔法の一つであり、術者を中心として周囲を結界で取り囲み、中にいた生命を汚泥によって喰らい尽くす恐るべき魔法だ。
ユルが咆哮するとリオンとミルアを守るように炎を周囲に張り巡らす……幻獣ガルムの魔力が吹き荒れると、ドス黒い汚泥は悲鳴をあげて炎を避けていく。
「うお……あつ……熱くない?」
「なんて神聖な炎を……」
「咄嗟にやりましたが案外できるもんですね、しかしジリ貧です……」
ミルアはその驚くほどの清らかで神聖な炎に驚く……これほどの神聖な魔力を行使できるガルムなど存在しない、本来ガルムの炎は女神などの恩恵を受けないものだからだ。
ミルアはユルが契約しているというシャルロッタの影響が強いのか? という一つの仮説に気がつくと、自分たちを守るガルムを見上げる……そうだとしたらシャルロッタはもしかして。
ユルの張り巡らせた炎は結界術の絶対的な必中攻撃をなんとか防いでいるが、炎の外へ一歩でも出ればリオンやミルアは一瞬で汚泥に喰らい尽くされ、魂ごと破壊されるだろう。
「……我の魔力が尽きるまでは生きていられますよ、こちらは相手に対しての攻撃能力が喪失してますけど……」
「もしかして詰み……か?」
「何か、何か方策があるはずです……あきらめてはいけません!」
ユルのこめかみに汗が流れる……残念ながらシャルロッタのように防御結界を展開しながら攻撃する、などという高等技術は習得していない。
まあシャルなら身が崩れ落ちようとも修復しながら戦うのでしょうが……と、敵を一気に抑え込んだことに喜ぶブラドクススを憎々しげに睨みつける。
疫病の悪魔はまるで獲物をとらえて喜んでいるかのように、地面を跳ね回ってくるくると回転しながら笑みを絶やさず踊っている。
「残念だねぇ! 今ブラドクススは魔力が尽きない……魔法の自然消滅を考えているなら無駄だよぉ?」
「……ユル……俺が犠牲になればミルアと君は助かるか?」
「リオン!?」
リオンが一度ため息をついた後にユルへと尋ねる……確かに賭けにはなるが、リオンがあの汚泥に飲み込まれる瞬間、大きく跳躍しながらユルが魔法を結界へと叩きつければ二人は脱出できるかもしれない。
だが……確証はなく、その問いにユルは迷う……やれないことはないかもしれない、だがそれが失敗してしまった場合、全員魔法の効果で汚泥に沈む。
ユルが答えないようとしないのを見て、リオンはミルアをじっと見つめてから微笑むと彼女を引き寄せて一度軽く抱きしめると剣をしまってから歩き出す……少しでも可能性があるのであれば。
「可能性に賭けるのも冒険者ってな……やるぞ!?」
「ま、待って……いや……」
「ケヒヒッ! 自殺かなぁ?」
荒れ狂う汚泥が炎の外に出ようとするリオンを待ち構える……それはまるで巨大な捕食者が力なき獲物を見つめるような、そんな獰猛な殺意を感じる。
割と悪くなかった……ミルアという愛する妻を得て、少しの間でも幸せを感じられて……だから自分はちゃんと生きたんだ、と前を向いたリオン、それを止めようとするミルア……意図を汲んで魔力を集中しようとしたユル。
次の瞬間、ドガアアアアンン! という轟音と共に屍鬼の外套によって張り巡らされた結界がいきなり粉砕される。
その場にいた全員の真上から光が差し込む……そこには一人の人物が崩壊する結界内へと飛び込んでくるのが見える。
「……きったねー結界ですわね? こんなもん展開して匂いが染み付いたらどーするんですのよ」
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